クルマ
その部屋は、俺が寝ていた部屋の隣にあった。
部屋自体は打ちっぱなしのコンクリートのような場所で、スマートさは無縁。
そして中は、いろんな機械の試作品とか、作りかけが大量に転がっていた。
これは工場というより、むしろ作業場、あるいは実験場?
で、現物なのだけど。
「……俺の車?」
そこにあったのは、最後に乗っていた俺の愛車。
スズキエブリイをベースに、下回りを改造された車だった。
まるでクロスカントリー車のような大きなタイヤが目を引く。
反面、フォグランプなどのこの手の改造によくある定番パーツは何もついていない。
『吸い上げた、あんたの車のデータを元に再現したものさ。
見てわかるように、荒れ地走行用の改造と強化を施してある。
どうだい、使えそうかい?』
「動かしてみないとわからないけど……これマジで使っていいの?」
『もちろんだとも』
「おー!」
それは嬉しい。
『勝手に改造しちゃって、すまないね』
「いや、そりゃ仕方ないでしょ。
俺の車は民間の商用車で、しかも軽四だし。
クロスカントリー車でも軍用車でもないんだから、強化は必然だよ」
現地がどんな環境か知らないけど、日本の高速道路みたいな綺麗な舗装路があるとは限らない。
改造はむしろ当たり前だ。
頑丈そうなシャーシ。
まるで同じスズキ製のクロスカントリー車、ジムニーを思わせる強化された下回り。
大径ホイールに、ごついタイヤ。
これは改造したというより……。
「むしろ、ジムニーのシャーシにエブリイ載せたみたいになってるなぁ」
おそらくだけど、これジムニーよりはるかに頑丈なんじゃないか?
タイヤハウスの隙間から見えるシャーシは、鉄製ではなさそうだけど……たぶん半端なく頑丈なんだと思う。
きっと、宇宙人的にとんでもない素材なんだろうな。
ブレーキやシャフトなどの見慣れた部分も、あきらかに何か異質な、頑強そうなものに置き換えられてる。
タイヤもこれ……おそらく似て異なるものだ。
すげえな、これ。
大きく構造を変えることなく、いい素材を使って強度を激しく高めてる感じだ。
……まぁ、作り上げた人が日本人でないせいなのか、妙にマヌケなものもみつけてしまったが。
タイヤのブランド名、綴りがYokohamaのつもりなのか、Yokohameと書かれているのがマヌケすぎる。
そりゃ、アルファベットなんか知らないだろうからaとeを間違えても仕方ないだろうけどさ。
日本人がきいたら笑うぞ……たぶん、セクハラおやじどもが。
え、なんで軽四改造なのかって?
最初からハイエースとかコースターとか、車体のタイヤも元から大きな車を使えばいいだろって?
あー、そりゃあアレだろ。
もっと大きい車を使いたくてもデータがないのさ。
たまたま、手に入れられた現車のデータが俺のエブリイだけだったと。
俺はコースターもハイエースも、興味はあれど乗ったことないからなぁ。
「……こりゃいいな、楽しそうだ」
大型クロカンなみの下半身を手に入れた愛車に、思わずそう言った。
『頑丈な車体で走破性を高めただけでなく、いくつかのサポート能力も追加しているよ。
あと、構造変更しつつも基本的な操縦性は、元のそれをなるべく維持しているさ。
車体が大きくなった事に由来する部分だけはどうしようもないけどネ』
おー。
「燃料は何を?」
さすがにガソリンは無理だろう。
『電力だね』
「え、EV化したの?充電どうするの?」
航続距離は?
どうやって充電すんの?
『大型電池を搭載してるさ。それこそ、五年くらい飲まず食わずで走れるくらいのやつをね』
「……それを、この車体の中に内蔵してんの?」
いったい、どうやって?
『隣接亜空間……といってもわからんかね。では論より証拠、車の後部荷室を見てごらん?』
「わかった」
言われたように車の後部ドアをあけ、顔を入れてみた。
「別に何も違いは……ん?なにこれ?」
俺は車体の左後ろのドアをあけ、顔を入れていた。
なのに、右をみるともう一枚……つまり車の左後方に、なぜかドアがもう一枚存在した。
当たり前だが、スズキエブリイのそんなところにドアはない。
「このドアなに?」
『開けてみるがいい』
「おう」
車の中に潜り込み、その謎のドアをあけて、中を覗き込んで──。
「──は?」
見たものが理解できず、目をこすった。
だめだ、映像に変化はない。
「あの」
『何かな?』
「ドアの向こうに、なんか森と広場があるんですが」
まるで、どこかの森林公園みたいじゃないか。
「中に入っても?」
『もちろんかまわない』
入ってみた。
中は、やっぱり森林公園だった。
涼しい風と、葉擦れのささやき。
無粋な機械音のひとつもない……平和そのものの世界。
ドアをあけてすぐのところは広場になっていて、その奥には遠くに山脈まで広がる広大な森林風景まで広がっていた。
……なにこれ?
車の中に戻る。
あっちのドアの外は、さっきまでいた人工の施設の風景。
なのに、こっちのドアの向こうは……めっちゃ大自然。
どうなってんのこれ?
「これ、どういうこと?」
『理屈で説明するのは難しいねえ……。
あんたの記憶にある、あれだ、青いタヌキのポケットみたいなもんだと思いな』
「あ、四次元○ケット……」
『技術的には全く別のもんだが、あれも隣接亜空間を使うって観点じゃ似たようなもんだからね。
まぁ、こっちは広いだけで、あんな便利な機能はないけどネ』
「あんなって……なんで宇宙人のコンピュータがどうして青タヌキ知ってるんだ?」
『そりゃ、あんたの記憶で見たからに決まってるだろ?』
さいですか。
言われて風景を見てみると……ああうん、たしかにそう言われると妙に納得できるな。
『さきほどの説明の続きだけどネ。
問題の電池は、その広場の大深度地下に埋めてあるのさ。
低効率だが自然環境を壊さない種類の電池で、代わりにどうしても大型になってしまう事と。
それから、この空間を維持するための電池と兼業しているからね』
「……この森林公園もどきの巨大空間が、まるごと電池ボックスってこと?」
『まぁ、擬似的に自然環境を作ってあるし、自然のサイクルもちゃんとできてるよ。
気が向いたら釣りでもしてみてごらん』
「……なんで日本の軽四の中に、でっかい森林公園がひとつまるごと入ってるんだよ。
ちなみにこれ、広さは?」
『さて、どれくらいかね……まだ少しずつ広がってるみたいだからね。
現時点で……あんたの記憶でいえば「琵琶湖」くらいかね?
いけばわかるけど、川と小さい湖、それから露天風呂があるよ』
無茶苦茶だ……どうなってんだいこれ。
とにかく、とんでもない超絶技術でこの森が作成されたって事はわかった。
「電池といったな、充電はどうしてるんだ?」
『複数の電源を併用するようになってるねえ。
ひとつめは、まず核融合炉。
現状では環境維持と充電に用いて、余るほどだね。
あと、ビークル側のボディ外板は全て太陽電池になっているが、これらの発電したものも電池に回してるよ』
「車のボディ?あれを太陽電池にしたのか?」
ただの鋼板にしか見えないが?
『太陽のエネルギーを取り込み変換する仕組みで、地球の太陽電池とはちょっと異なってるかね。
もっともこれは電力確保のためというより、晴れた日に太陽エネルギーを取り込む事で機体の加熱を防ぐのが本来の理由さね』
「あ、エネルギー変換して太陽熱を防ぐ?」
『そういうこと』
なるほど。
『さらに現在は試作段階だが、この惑星に広がっている謎のエネルギーも解析しているよ。
こちらは今後次第だが、うまくいけば核融合炉は止められるかもしれないね』
え?
「謎のエネルギー?」
『説明しなかったかね?
この惑星には謎のエネルギーが溢れているのさ。
地球はもちろん、わしのところの技術的にもありえないものだね』
「……そんな、よくわからないものがあるんですか?」
『ああ。まだ解析中だけど、この惑星の住民が「精霊」とか「魔力」と言っているものに関係するようだよ』
「……」
せいれい?まりょく?
いや、ウソくさいとは言わないけど……なんなんだそれ?
「いやあの俺、SFの人なんで。できればファンタジーはちょっと」
『あほう、わかっとるわ。
そもそも、謎のエネルギーも解析できれば謎ではない。そうじゃろ?』
「たしかに」
サイエンスフィクションの、フィクションを取っ払うわけだな。
うん、よくわかる。
わかるし、子供の頃の理科の授業を思い出して、なんか楽しい。
「まぁ、解析はよろしく頼みます。
それで車の続きですけど、燃料はそれでいいとして整備や補修部品はどうします?」
『たまに点検もするが、あとは乗りっぱなしでもかまわないよ。
多少壊れても自動修復するし、冷却水や洗浄液も自動生成して補充する。
ワイパーゴムも劣化しないから、ドンドン使うといい』
「……そっちの方が、俺にはファンタジーじみてるなぁ」
進みすぎた科学は、もはや魔法と変わらないって言葉があるけど。
至言だわ。
「まぁ、EVでも全然問題ないほどエネルギーががあるのはわかったよ」
『いや、あくまで現状余っているだけだね』
「え、現状?」
マザーは映像の中で首をふった。
『今後のことを考えれば、エネルギー源は複数確保したほうがいいだろ。
それに、おまえさんのパートナーも作る予定なんだよ?
そうなったらエネルギー消費もあがるだろうしネ』
「は?俺のパートナー?なんだそれ?」
『おや、何かおかしな事を言ったかね?』
むふっとマザーは、やり手のおせっかいな近所の婆ちゃんみたいな顔をした。
『ひとり旅も結構だが、あいにくこの世界の旅は日本のようなわけにはいかないよ?
手分けするサポーターは必要さね』
「……」
『ああ、わしと通話で間に合わせるのはナシだよ。
通信はあくまで相談事と、それから報告用だ。
常にわしと通信していたら、それは本来の目的に沿わないだろ?』
「……あー、俺の目線で旅しなくちゃ、ですもんね」
『うむ、そうともさ』
たしかになぁ。
「危険って、どのくらいあるの?」
『まだ調査中だが、あまり油断はできそうにないね。
特に、あの得体のしれない「魔法」ってやつが厄介だ。
何しろ現状、どう防ぐかもよくわかってないんだからね』
「……なるほど」
それは、たしかにちょっとこわいな。
『まぁいい、とりあえず今はメス探しより移動を重視しておくれ。
メスは別途、何とかするからね』
「どうにかするって……え?移動?」
『ちょっとごらん』
そういうと、空中に地図のウインドウみたいなのが開いた。
『ここが現在地。中央大陸の砂漠の北部だ。
残念だけど、このあたりに住んでる「人間族」って連中は、異世界人を同じ人間どころか、狩りだして搾り取る資源としか考えてないらしいよ。
危険すぎるから、中央大陸はさっさと抜けちまいな。
南大陸に渡航し……できれば東大陸に移動してから交流を試みておくれ?』
ふむふむ。
「けどこれ、ずいぶん距離があるんじゃ?」
『中央大陸の南端まで約2800km、南大陸の北部を移動して東大陸に向かって3000kmってところかね?』
「さすがに遠くない?出発地点を変更したら?」
『それもいいけどね、できれば中央大陸のデータも採取してほしいのさ』
「なるほど」
まぁ、飛ばしちゃったらデータとれないもんな。
『どのみち渡航手段は何とかするからね、期待してておくれ。
ちなみに、道路はこんなのが通ってるようだね』
次に、荒野を突き抜けるハイウェイみたいなのが映された。
「へえ、りっぱな道じゃないですか……これ道幅は?」
『これをごらん』
そして映像が切り替わった。
そこには砂漠のキャラバンみたいなのが映っていた。
「……馬車、いや違うな馬じゃない、牛の仲間かな?」
『よくわからないが、とりあえず動物に引かせるのが主流のようだね』
「ふうむ……あの乗り物の幅は?」
『このビークルよりちょっと広いくらいさね。
さっきのハイウェイは、これが相互にすれ違いできる広さがあるね』
「充分だね」
道路は基本、乗り物にあわせて作られ、使われるものだ。
ハイウェイがどこまで通ってるのか知らないけど、あの馬車もどきにあわせたものなら狭くはないだろう。
多少の路面の悪さは、何とかなる。
「マザー」
『何だえ?』
「さっきの女の子がどうのって話はまぁ後日にしよう。
とりあえず出発しようよ」
『ふむ、やる気は結構だけど、ちょっとまちな』
「え?」
『今、外は真夜中だよ?
知らない土地だし、出発は明るいほうがいいだろ?』
「あ、了解」
そして一晩休み。
夜があけて。
俺は出発した。