王太子
船の中なのに車中泊はどうよってのもあったんだけど、甲板にテントをはるのは安全面からマザーに禁止された。
だから結局、また森林公園に泊まった。
翌朝。
起きて再び車の外に出ようとしたら、いつのまにか車が小舟の中にいた。
「これ、上陸用舟艇?」
「そうだって」
「ほほー、なんか、昔乗った小さいフェリーみたいだな」
「どんなお船だったの?」
「車両甲板が青天井、つまり屋根がないのさ。小さい船でね、えらい揺れたなぁ」
「あはは、これも揺れるよ。
パパ、運転席について」
「お、わかった」
乗車したまま行くのか。
乗り込んでシートベルトをしめた。
「エンジンはまだかけなくていいのか?」
「水上に出てからだと思う」
「わかった」
しばらくすると舟艇は動き始めた。
何かを動かす音がしたかと思うと、船全体が一瞬、落ちるような感じがあって、それで揺れだした。
「え、もう着水したの?」
天井を見る限り、まだ甲板の中だよな?
「高速収容できるように、ドック船のようになってるの。
収容してから、重力制御で浮かせて固定するの」
「うわぁ」
なんか、えらいハイテクになってるんだな。
そんな会話をしていると、天井の風景が動き出して──すぐに空に変わった。
「おう」
舟艇は周囲が鉄板で囲われていて、あいにく風景は見えない。
だけど見える空の範囲から戦艦の設備が見えなくなって、どんどん離れていくのがわかった。
「パパ、エンジンかけて」
「え、もう?」
「あと30秒で上陸だって」
「はやっ!……港につくんじゃないのか?」
あわててエンジン始動した。
え?そもそもEV化してるんじゃないのかって?
それはそうらしいんだが、マザーの方針として、極限まで以前の、つまり日本で俺が乗ってた頃の作動音や運転感覚がそのまま継承されてるんだよ。
だから、ちゃんとエンジンをかけないと走らないんだよね。
エンジンをかけて少したつと、ガコンと船が揺れ、風景が傾いた……進行方向が高くなる感じだ。
そして少したつと、進行方向側のゲートが開いた。
「パパ」
「おう」
AGSシフトをパーキングからドライブへ。
サイドブレーキを解除しつつアクセルを踏み込むと、車はゆっくりと進み始めた。
二度ほど大きく揺れて、俺は見知らぬ漁港っぽい風景の中に出た。
「おお……なんと」
これが異世界の漁港か?
見た目的にはコンクリとほとんど変わらない、堤防と船着き場。
俺たちが上陸したのは漁船を上げたりおろしたりするところだったらしく、長いスロープが海に向かって伸びている。
そして、おそらく異世界の船を見ようと集まってきた野次馬が、俺たちの方も見ていた。
「なんか言葉が聞こえるけど……意味がわかんないな」
「たぶんタシューナン語」
おっと、そうなのか。
ま、国や地域が変われば言葉が変わるのは当たり前だわな。
「データ持ってる?」
「まって。今、パパにも転送する」
「おう」
少したつと、頭の中で何かが切り替わったような気がした。
そして。
「──nnk──ンか、カナリ─」
「まてまて、王太子殿下がいらっしゃるそうだ、少し待て」
お、聞こえた。
聞こえたけど……ちょっとまて。
「なんか、王太子がくるとか聞こえるんだが?」
「聞こえるねえ?」
「いやいやいやいや、ちょっとまて。
王太子って次の王様のこったろ?なんでそんな偉いヤツがくるんだよ!」
「そんなこといわれても──」
俺とアイリスが会話していたら、唐突に大きな声が響いた。
『はっははは、別に偉くはないさ。
王太子っていうのは次に王になる可能性が高いってだけでね、国王そのものではないんだ!』
「へ?……聞こえて、る?」
『ああすまんすまん、そちらの声を増幅・翻訳する魔道具を借りてきたんだ、僕が凄いわけではないよ』
声のする方をみたら。
「あ」
なんか、いかにもメガホンっぽい道具を持った若い、キラキラした男がこちらに向けて喋っていた。
『はじめまして、異世界の旅人よ。
僕の名はアムダル・エム・タシューナン、タシューナン国の王太子だ』
「日本人、ハチです!」
『おお、返答ありがとう!ようこそタシューナンに!歓迎するよ!』
にこにこと害のない微笑みを、自称王太子のキラキラ男は向けてきた。
『さっそくだが、君たちを是非、わが王宮に──いや』
そこまで言うと、キラキラ男は俺たちの車を見て、ふむ、とうなずいた。
『王宮に招待しようと思ったが──もしかして君たちは、その乗り物からあまり離れたくないのかな?』
おっと。
「あー……たしかに、離れない方がありがたいです!」
『うむうむ、そうだろうな。
何しろ、まがりなりにも王族の僕が声をかけても降りてこないものな。
うんうん、たしかこの世界の町ははじめてなんだろう?
だったら警戒するのも仕方のないことだろうね──よし』
そういうと、なんとキラキラ男──アムダル王太子は、周囲の者に何か言い含めると、なんと、ひとりで俺たちの元に歩いてきてしまった。
「え、ちょ」
『やぁ、すまない、ちょっと直接話をしていいかい?』
「あ、はい」
「パパ!?」
「いや、いいさ」
俺はアイリスを手で止めると、窓をあけた。
「や、こんにちは。すまないね、無理やり窓を開けさせたようで」
「かまいませんよ、貴方だって危険をおかして警備をさげ、ひとりで来た──そうでしょ?
だったら俺も応えるべきだ」
「察しがいいね、ありがたい。
そして、君の厚意に心から感謝するよ」
アムダルは、にやりと楽しげに笑った。
「さっそくなんだが、君と──えーと、そちらの君は」
「ああ、この子は」
「アイリス」
俺が紹介する前に、アイリスが告げた。
「わたしはアイリス、彼をサポートするため作られたもの」
「ほう……なるほど了解した。
ではハチくんにアイリス嬢、君たち二名を我が国の城にぜひ招待したいんだ。
だけど、さっきも言ったように、君たちはこの乗り物から離れたくないんだよね?」
「はい」
「うん、正直で結構。
そこで、だ。
ここから少し行ったところにある王都、その東に小さな離宮がある。
離宮には駒止広場があり、そちらは乗り物ごと入って泊めてもいいのさ。
そこなら、乗り物と一緒に過ごせるが……どうかな?」
「こ、駒止広場?」
なんだそれ?
首をかしげかけたが、その時、アイリスから通信が入った。
『駒止広場って、日本でいう「オートキャンプ場」とか、泊まれる「道の駅」みたいなとこだよ』
ああなるほど!
「なるほど、この車のまま宿泊も可能なところなんですね?」
「うんうん、正解だ。天幕も使っていいよ?
この南大陸周辺の土地は旅人が多くてね、どこの町や村にも、隊商などがその乗り物や装備ごと泊まれるところがあるんだよ。
うちの離宮の広場も、そうして旅してきた国賓などを泊める用のものなのさ」
へえ……。
「って、いいんですか?そんなとこに俺たちなんかを招待して?」
「ははは、全然問題ないともさ。
ただ──ひとつお願いがあるんだが、どうかな?」
あ、この展開よめた。
「お願い、ですか?というと──?」
「うむ、離宮まで僕も乗せてくれたまえ!ぜひ!」
ははは、やっぱりか。




