アンドロイド
本日投稿(3/3)
「──?」
なんだか妙にスッキリとした目覚めだった。
最近ちょっと感じていた不調も、不快に続く偏頭痛もない。
気持ち悪いほどに透明な、気持ちの良い目覚めだった。
「あれ?」
なんだこれ?
ベッドの上らしいところで目覚めているんだけど……なぜか俺は全裸だった。
しかも、なんか見える身体がやたらと若々しいというか、妙にきれいだ。
昔つけたキズひとつ見えない。
どういう事だと首をかしげていたら。
『お目覚めかい?』
「!!」
頭の中に突然、見知らぬ老女の顔が浮かんできた。
銀髪に灰色の瞳……欧米人、いや北欧系か?
俺のよく知らない人種っぽい。
だけど。
「誰だ!」
『わしかい?あんたを製作した存在、といえばわかるかねえ?』
女性の反応は、俺の予想の完全に斜め上だった。
「せ、製作?」
『ああ、心配せんでも詳しく説明してやるともさ……』
「ちょいまち」
『ん?』
「すまないけど、まずお互いに名乗らないか?
あんたが信用できるか知らないけど、そこから始めたいんだ」
そして名乗りあったんだけど……。
「え、名前がない?」
『悪いんだけどね、わしがもともと持っていた名前は、仕事上のもんなのサ。
けど今、わしは、あんたにわかりやすく言えば、怪我で引退したような状況でネ。
ゆえに今、わしは名無しなのさね』
「じゃあ、よくわからんけど、あんたはどういう存在なんだ?
名前がなければ、肩書でも属性でもなんでもいい、何者か教えてくれないか?」
『そうさねえ……あんたの知識でもっとも近いものを挙げるなら「マザーコンピュータ」ねえ?』
「……はい?」
予想の斜め上もいいところの返答だった。
「それ本気で言ってる?」
『無論さ、証明もできるよ?』
「……あーうん、じゃあま、便宜的に名前を決めちまおうか。
そうだな、俺はハチでいい。
あんたは、そうだな……マザーコンピュータか。
そういや、見た目も女性みたいだし……マザーでいいか?」
『マザーねえ……別に、おふくろでも母でもかまわないよ?』
「あー、それは死んだおふくろを思い出すから勘弁してほしいかな。ごめん」
『ああ、そういう事かい、そいつぁ悪かったね』
そうしてお互いの名前や、タメぐちで話そうって事なんかを決めていき。
そして改めて、事情の説明に入った。
『……とまぁそんなわけで、わしは壊れたビークルの中で死ぬ直前の、あんたの情報を取得したわけさ。
そして、こちらの世界に落下してから、こちらの材料を使ってあんたの身体を作った。
今のあんたは、アンドロイドの身体に魂だけを入れた──全身サイボーグって認識でだいたい正しいネ』
「へえ……元の俺はどうなったの?」
『ほとんど死んでたからネ……マトリクス情報がとれたのは奇跡だよ』
「マトリクス情報?」
『簡単にいえば、あんたがあんたであると認識するのに必要なものサ。
これは複写ができない。
うまく説明できないけどネ、これを複写しても、コピー先は人格が変わってしまうんだよ。
その場合、あんたの記憶をもつ別の何かになってしまうんだ』
「なんと」
そういうもんなのか。
「つまり、この俺は……元の俺が死んでしまったから、俺が俺であると自覚できる存在になったと?」
『ああ、そういうことだネ』
よくわからないけど……まぁ現代技術では『生命』や『人格』をきちんと定義できてないからな。
そういう事にしておこう。
『その身体は有機物で作られているけど、構成としては合成人間、つまりアンドロイドだネ。
もっとも中のひとが人間である以上、わしらの法律では改造人間だけどネ』
「はぁ」
聞こえてくる話は電波話としか思えないものだけど、まわりの状況がそれを肯定していた。
どう見ても、地球以上の科学の産物としか思えない風景。
あきらかに元の自分と違う、別人──それも高校生くらいかな?って姿になっている俺。
いや、車を運転してた事でわかると思うけど、さすがにそこまで若くない……むしろ、世間的には「おっさん」だと自覚はある。
しかし。
「ここが異世界、ねえ」
きけば、ファンタジーな異世界転生ってやつとは違うらしい。
どうやら、最後のアレは大規模な土砂崩れか何からしい……俺は車ごと落下し、そんでまあ、死んだと。
普通ならそれで終わり。
ところが死ぬ直前に、すぐ近くにある時空の歪み、みたいなものに引っ張られ、宇宙から彼女、つまりマザーが落ちてきた。
そしてマザーは、転移直前まで地球の動植物や、人間のサンプルデータを集めていた。
そこには、たまたま近くで死んだばかりの俺も含まれていた。
俺の記憶とか人格とか魂とか、まぁよくわかんないけど、俺が俺であるための何か、みたいなもんをマザーは読み取り成功。
で、それらを持ったまま時空の歪みに飲み込まれ、今いる世界にたどり着いたと。
「へぇ……異世界ものの物語はいくつか読んだけど、宇宙船に取り込まれて船ごと転移って、またすごいな」
ちょっと珍しいケースじゃないんだろうか?
「で、戻れるの?」
『無理だね』
マザー……正しくはマザーを示すアイコンだけど……は断言した。
『世界の壁を越えたのは人工的な何かでなく、あくまで自然現象によるものなのさ。
特に天然のワームホールは最悪だ、あれは元のわしの全力でも抗えるかわからない。
しかもわしは、もともと異世界に渡る機能などもっていないしね……。
本当にすまないけど、戻れる可能性はゼロと考えておくれ』
「そうか……」
戻れないか。
「しかしまぁ戻ったところで、話の通りなら俺は死んでるんでしょ?」
『ああ、そうだね』
しかも、俺の死そのものにマザーは関係ないらしい。
彼女は単に、転がっていた俺の遺体や車からデータを取得しただけなんだから。
さて。
「なんとなく事情はわかったわけだけど……で、俺は何をすればいいんだ?」
おそらく何か事情があって、俺を蘇らせたってことだよな?
だけど。
『何をする?いや、特に特にないよ?』
「……は?」
俺は自分の耳を疑った。
「えっと、特に理由もなく俺を復活させたと?」
『おかしいかね?』
「いや、おかしいとまでは言わないけど……なんでそんなことを?」
『おかしなことを言う子だね。
わしは戦士を生み出し、そのケアをするために作られた存在だよ?
せっかく職務としては引退したんだから、老後の楽しみくらいはほしいねえ』
「老後の楽しみ……」
そんな理由で再生されたんかい、俺。
なんというか……いや、でも、そんな悪い気はしないかも。
「ひとつ確認していいか?」
『何かえ?』
「特に理由なく俺を再生したって事は……好きな事をしてもいいってこと?」
『したい事があるのかえ?』
「旅をしたいんだ」
俺はきっぱりと言った。
それは俺が日本で持っていた望み。
結局、実現できないままに終わった夢──日本一周の旅。
とぎれとぎれに、車に車中泊とかバイクにテントとかで回ってたけどさ。
もっとしっかりした、長いスパンの旅をしたかった。
……そんなことを考えていたせいで、結局日本では結婚どころか彼女も作らずじまいだったが。
『なるほど、物見遊山か……面白いじゃないか』
「面白い?」
『そうだ、とても面白い』
『彼女』の口調は面白がっているようだった。
『わしもその立場上、情報を集めるが……それは無人探査機などで観測するものがほとんどなのさ。
ハチ、あんたならわかるだろ?
そういう調査と、実際に歩き回り、目で見た調査が違うもんだって事がさ』
「あ、それはわかります」
『敬語・丁寧語はおよし』
「お、おう……わかるよ」
うん、相手がお年寄りの映像なんで、どうしても出ちまうな。
『マザーコンピュータといったけど、厳密にいえば、わしは地球で言う人工知能ってやつを超絶進化させたもんだと思えばいい。
こういっちゃなんだがずいぶん長く稼働していてね。
仕事していたとこでも、婆さん、あんたもうまるで人間だねとよく言われたもんだが……それでも「にんげん」の目で見た情報とは違いがあるようでねえ。
前のとこでは、現地担当を用意して色々調べさせ、情報を組みあせていたもんさ』
へえ……。
『あんたが自分の意思で地上を歩き回り、見て聞いたことを報告してくれるなら、わしとしてはありがたいね。
実際にはまぁ、好きに回って、その結果を定期報告してくれる感じでいいんだが。
どうだい、やってみるかい?』
「ぜひ」
『うん、いい返事だ』
クスクスとマザーは楽しげに笑った。
『じゃあ次に、ビークル……移動手段である乗り物を紹介しよう。こっちへおいで』
そういうと、マザーの映像がフワフワと移動をはじめた。
俺はゆっくりと、それについていった。