閑話・緊急対応システム
ウインドウ表示自体は、この世界では珍しいが皆無ではない。
だが、それは彼らにとり『古代のすごいもの』であり、決して「使いこなしている」とも言えなかった。
つまり、中身に問題がおきても対処できない。
そんな状況にもかかわらず、その便利な道具に依存してしまっていた。
それはひとえに。
彼らの文明の危うさの象徴でもあるのだが……それを指摘する者は、今はまだこの場にはいないのだった。
老婆は、呆れたようにためいきをついた。
『シャリアーゼ入国拒否くらいなら許容してもよかったんじゃが、まさか本当にあの子を殺害するとはね。
なんのためにバラサの羊君──ルワン氏だったかね、彼との接触を許し、先に情報を流したと思ってるのかね?
あの子がこの惑星に生きる人族にとって異端であり異邦人なのは間違いない。
だからこそ、穏便に情報を流し、よけいな波風をたてないように配慮したのだけどね。
その配慮も、全てあんたが無駄にした。
そんなわけで、それなりの報いは受けてもらうよ』
「なんの話かしら?
別に我が国は独裁国家でも王権国家でもないから多少の暴言はかまわないけど、いわれのない中傷は──」
『そういうのはいらないよ。
ああ証拠がほしいのかい?だったらホレ、これでも見ときな』
そう老婆が言うと、老婆の横に新しいウインドウが開いた。
そこには。
『シャリアーゼに中央国家の軍が侵入すれば』
『ええ、おそらく完全に露見するでしょう。
だから入れられないのよ。
かわいそうとは思うけど、私は一国の首長だもの。国民を優先するわ』
『しかし飛竜なみの速さで走れる乗り物など、人間族側の自由にさせるのも危険ではありませんか?』
『ええ、そうね。
だから、かわいそうだと言ったでしょ……運がなかったのね』
『それは……さすがにまずいのではありませんか?』
『どうして?
魔力のない異世界人なんて、彼らは欲しくないでしょう?
アーティファクトさえ手に入れば、文句は言わないと思うわよ?』
『それは……』
一瞬ギョッとしたアリアだが、平然と切り返した。
「よくわからないけど、こんなものを捏造するなんて優れた技術を持っているのね?」
ちらりと老婆を見るアリアの目線に秘められたものは何か?
だが老婆は、そんなアリアの目線に呆れるだけだった。
『なんだい、わざわざこの映像をここで映した意味すら理解できないのかい?
そりゃまた、一国を束ねようって個体のくせに、ずいぶんと頭の悪いこった』
呆れたように老婆は軽口を叩いた。
『わかったわかった、ちゃんとバカにも理解できるように説明してやるともさ。
いいかい?
この映像はとっくの昔に、商業ギルドをはじめとする各職業ギルド、それに中央大陸、南大陸、東大陸の主要国家の首脳陣が軒並み閲覧済みってことさ』
「!?」
『ああ、ようやくその頭でも理解できたようだネ。
そうさ。
あんたがここでどうごまかそうが、いまさらなんの意味もないのさ。
むしろ、下手に言い訳する方が問題をややこしくしちまうだろ。
わかったかい?山羊の小娘』
「……!!」
アリアはデスクのコンソールに手をやり、どこかを呼び出そうとした。
だが。
「な、なにこれ!?」
【■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■……■■■■■■■】
コンソールはアリアの知らない言語で何か言ってくるだけで、どこにもつながらなかった。
「あなたね、通信を元に戻しなさい!
勝手な通信乗っ取りは重罪よ!たとえドワーフだろうと許されないわ!」
『ほうほう、勝手に通信をいじるのは重罪じゃと?
なるほどそうじゃな。
ではアリア・マフラーンよ。
そなたを今すぐ、アマルティア地方方面軍の無線通信の窃盗および数十年に及ぶ無断使用のかどで対処しようかの』
「──は?」
『何をぼけておる?
今のメッセージはアマルテイア語じゃ。直訳してやろうか?
【これは軍事用の回線です、他国民による回線の無断使用は国家間の混乱を招くため、死罪を含むあらゆる刑罰の可能性があります】と言っておるのだぞ』
「──何を言ってるの?」
だが、アリアは眉をしかめるだけだった。
「繰り返すけど、通信への無許可割り込みは重罪よ、今すぐ元に戻しなさい!
運用には最低でも複数ギルドの正式な許可が必要なのよ、外部の者であるあなたが勝手に使えば死罪もありうるのよ!」
『その言葉、そっくり返してやろうぞ無断利用者。
そなたらが先達の使った回線を引き継いでおるにしろ、その回線が元々アマルティア軍のものである事を知らんとは言わさんぞ。
当時の状況に、どういう事情があったのかは知らぬ。
じゃが、れっきとしたアマルティアの同盟国であり、離脱状態とはいえ軍属のわしには通信を使う正当な権利がある。
無断利用者ごときに咎められるいわれはないわ!』
「……何を、いってるの?」
アリアはポカーンとしていた。
その反応に、老婆はため息をついた。
『なるほど、都合の悪い事は聞かないというより、そもそも理解してないタイプかい。
ま、いい。もはや、おまえさんがどう出ようと事態は変わらないからね』
老婆はそれだけ言うと、ああそうそうと付け足した。
『忘れるとこじゃった。
コルテア政府に通信を許すかどうかの判断は、わしでなく職業ギルド連合の方に託しておるよ。
通信を使いたいならば、そっちに土下座でもなんでもするんだね』
「な、何を勝手に!聞いてないわよ!」
『言ったであろうが、正当な利用者はこちらじゃと。
それに、調子がおかしくなっていたのを本来の姿に戻したんじゃぞ。
きちんと登録すれば再利用も出来るし、問題ないじゃろが』
「ふざけないで!」
『ふざけておるのはそっちだろうがね』
映像の老婆は目を細めて、アリアをジッと見据えた。
『この国はそもそも、変異を起こした民を受け入れるために発展し、各国の協力の下に運営されてきたんじゃないのかね?
けどあんた、ずいぶんと裏でやらかしてるようだネ。
頼ってきた者を捕らえて、追ってきた中央大陸の国にこっそり引き渡すような事も普通にやってきておるし』
「ふざけないでちょうだい!
この私が、中央大陸の国に民を売り渡したですって?
誹謗中傷にも限度があるわ!」
だが、アリアのその反論にはどこか、困惑やためらいのようなものが混じっていた。
そして老婆は、その小さな揺らぎを見逃さない。
『そうそう、つい先日も、こんなものを見つけたのう』
そして、ペッと数枚の写真を空間に写す。
「これは──っ!?」
若い娘と思われる遺体の映像に、アリアは眉をしかめた。
『むごい事をするのう。
かわいそうに、庇護を受けるべきシャリアーゼ所属の者たちに拉致され、好き放題の乱暴の果てに古代の祭壇で焼き殺されておったのう。
のう、コルテア首長どのよ。
どんな取引の結果、こんな結末になったかは知らぬが……そなた、本当にひとの心があるのか?
同じ年頃の娘がおろうに、その娘にどの面さげてこの映像を見せるつもりかね?』
「っ!……知らないわ!なにを証拠に!」
『はん、その顔でだいたい事実関係は読めたわ。
引き渡しは指示したが、その後は見てみぬふりをしていたってとこかい。
よかったじゃないか、結果を自分で確認できて』
「……」
映像の中で、老婆は何かの資料をめくりつつ言った。
それはただのイメージなのだが、もちろん映像を見ているだけのアリアにはわからない。
『まぁ、あんたにも事情は多々あったんだろうし、わしは当事者でもなんでもない第三者だ。
だから、是非をコメントするつもりはないが──小娘、あんたでっかいミスを犯したね』
「……何を言いたいの?」
『実際に捨てられた者や、その関係者がどういう感情を抱くか……あんたはこれを軽視した。
これを知った国民──今まであんたの駆け引きでなく良心を信じていた人々はどう動くかねえ?』
「私を脅迫するつもり?
いかに敬愛すべき先達といっても、国是に歯向かうというのなら当然、賊とみなすわよ?」
『歯向かう、のう……なんでこう、頑なに自分が強いと盲信できるのかネ。
わしゃ、弱いものいじめは嫌いなんだけどね』
「……」
アリアの表情と目線に、余裕と嘲笑が出始めていた……老婆の言葉をハッタリだと考えたようだ。
そして、それもまた理解できる老婆は、やれやれとためいきをついた。
『どうやら理解できてないようだけど、重要な事なんで一応、警告しておくよ。
あの子の体はわしが作ったものだから、たとえ頭をぶち抜かれて死んでも回復はできる。
だけどね、頭が機能しない状態のあの子を動かすのは、安全確保と敵性排除のプログラムなんだよ』
「……何を言いたいの?」
『ふむ、まだ言ってる意味が理解できないのかい?
要するに、現時点のあの子は良心の呵責もなければ無意識のブレーキも何もない存在だってことさ。
しかも、あんたが黒幕だって事も理解した上でね。
サポーターが向こうで引き止めたからいいようなものの、本来なら今ごろ、このコルテアの町は死体の山になって、あんたも殺されてたってことさ』
「……はぁ、そんな意味不明のハッタリをドヤ顔で言われてもね」
困ったようにアリアはためいきをついた。
「もういいわ、茶番はおしまいにしましょう。
コルテア首長として貴女に命令します。
まず氏名と所属を提出しなさい。
そして通信の妨害をやめ、我が国やその他、迷惑をかけた全ての組織に全面謝罪しなさい。
でなければ、もうおとなしく引きこもりで研究生活なんて続けられないわよ。
第一級のテロリストとして、全世界に指名手配を──」
『はぁ、もういい、ようくわかったわ。
なるほどなるほど、こりゃあ、わしのとんだ見込み違いだった。
よりによって、下等生物相手に、人間の対話をしようと思ったのが間違いだったんじゃなぁ!』
老婆は笑いだした。
ただしその笑いはアリアをあざ笑うというより、自分への嘲笑に近いものだった。
対するアリアは、老婆が自嘲気味に笑いだしたのを自分の勝利と考えたようだった。
アリアは勝利を確信した笑顔になると、机上のグラスを手にとった。
そのグラスを口元にやり、余裕をもって中の液体を飲もうとしたのだが。
バン、という音がして、グラスが中の液体ごと飛び散った。
「──え?」
何が起きたのか、アリアには理解できなかった。
だが、老婆の言葉がその後を追いかけてきた。
『下等生物に酒なんかいらんじゃろ。
今、始末してやるわい』
次の瞬間、バン、バン、バンと音が連続した。
そしてそのたびに机上の、そして壁ぎわの戸棚にある何かの瓶が、粉々に砕け散った。
「な!?」
『なんじゃ、どこから狙ったのかもわからんのかえ?窓を見てみんかい、窓を』
「え……?」
たしかに、窓にいくつも穴があいていた。
頑丈なガラスのはずが、周囲にヒビも入っていた。
さらに……アリアの目はゆっくりとその穴の向こうに注目して……遠くに見える海上の、異世界デザインによる鉄の戦艦に目がいった。
「……まさか」
『ようやく理解できたかい?』
「そんな……そんなバカな!
それに、それになんで結界が!?」
『結界?ああ障壁ね、あのチンケなエネルギー障壁がどうかしたのかい?
『まさか、あんな程度の代物で、科学兵器が防げるとでも思っていたのかい?』
「……」
アリアは絶句した。
しかし無理もない。
彼女は今度こそハッキリと、老婆が自分の想定したものと異なる事を感じ取ったのだから。
『やれやれ、こんな蛮族のような方法でないと理解しないとはね……。
だいいちおまえさん、いくらなんでも地球の技術をナメすぎだろうが。
相手は、まがりなりにも宇宙にまで進出しかけた連中だよ?
いくら漂着した連中がお人好しの平和ボケだからって、なんで技術や武装まで劣るって思えるのかね?』
老婆はチラリとアリアを見た。
『ふん、どうやら少しは理解できたようじゃな。
ま、これでもなお理解できなんだら、もはや処置なしじゃがな』
「……」
今度こそ絶句したアリアに、老婆は続けた。
『ま、いい。
けどやった事はやったことだ。
最初に言ったように、うちの子に馬鹿な真似をした事への罰だけは、きっちり受けてもらうよ』
「!」
一瞬、アリアの優れた獣人族としての耳に、ブウン、と、虫の羽音のようなものが聴こえた気がした。
必死に頭を巡らせて探すが、何も見つからない。
『無駄無駄、見つかりゃしないよ。わしの超小型探査機さ。
ただし、おまえさんに張り付けたのは監視用、そして執行用だがね』
「……執行用?」
『決まってるだろ、執行猶予というやつさ。
おまえさんが、今後何もしなければ何もせん。
けど、今度うちの子らに手を出そうとしたら──次はグラスでなく頭をぶち抜くだけさ』
「なによそれ!?」
アリアは激昂しかかった……だが。
『おや、何かおかしな事を言ったかね?
なんの罪もない人間を殺したんだから、当然、殺される覚悟くらいしてるだろ?
しかも、今すぐでなく猶予つきだっていうのに、何を怒るんだい?』
「─!!」
何か言いかけたアリアだったが、その無意味さに気づいた。
(……)
そしてアリアは、沈黙するしかなかった……。
固まってしまったアリアに、老婆はためいきをついた。
『規格外の登場に選択を誤っちまったのは仕方ない。
次はもう少し考えるんだね……まぁ次があればだが』
そういうと、老婆の映像は窓に向かって動き出した。
『そろそろあの子が復活するようじゃ、わしは戻るとするよ』
「ま、待ちなさい!」
『ではな、アリア・マフラーンよ。
次があるならば、今度は平和理に会える事を期待しておるぞ』
そういうと、老婆の映像は消えてしまった。
一連の映像などは老婆の言う通り、各種関連組織に広がっていた。
さらにコルテアやシャリアーゼの市民たちにも、実は裏で逃げてきた市民を見捨てたり、中央大陸側に売り渡したりしたケースがある事が知られてしまったのである。
むろん、アリアに味方する勢力により、ひとつひとつについての事情などもオープンに説明された。
その事もあり、大きな問題にはならなかった。
しかし今回の事による逆風自体は止められなかった。
そして議論の末、アリア・マフラーンは首長から補佐役に移動、新たな首長の立ち上げに協力することで合意。
数十年にわたる首長の任を解かれる事になったのである……。
コルテアの政治体制について:
コルテアは歴史的経緯で、民主政治が行われていません。
正しくは何度かやろうとしたのですが、見事なまでに誰も立候補せず、それどころか「こんな面倒くさいとこの国を、あなた以外のだれが切り回すの?」と真顔で言われて、責任感の強い人物がギリギリまで引き受けてきた経緯があります……アリアもそのひとりで、もともとは数年のはずだった任期が数十年に及んでしまっていました。
たいてい、首長が専門家を指名し、運営チームを作って国政を行います。
アリアは中央大陸最大の学び舎であるケラナマー大学で政治を学んでおり、運営チーム全員の後押しで首長の仕事につき、長年勤めていました。




