戦略頭脳
雨を抜けてしばらく走っていると、景色は砂漠から一転、草原などの広がる風景になった。
「こりゃまた……気温がこれで涼しかったら、まるで道東の田舎の方だな」
草原の道はまっすぐではあるものの、たまに、ゆるやかにアップダウンする。
そのわずかなリズムが心地よいと思えるほどには、どこまでも道がまっすぐだった。
「いいね、ちょっと撮影してみるか」
「さつえい?」
「おう」
俺は滅多に写真をとらないが、たまにはそんな気分にもなる。
道端に車を止めた。
「アイリス、悪いがスマホをくれ……おう、ありがとな」
アイリスはスマホがお気に入りのようなので、自由に使わせているんだよ。
スマホを受取り、誰もいないのをいい事に、風景をバックに車の写真をとる。
これ、日本だとやりづらいんだよなぁ。
バイクの時はさんざ撮りまくったのに、車だと……置き場がなくて気軽に停められないからね。
それでも軽四だから、大きな車より全然マシっちゃあマシなんだけど。
ふと思うんだけど、日本の車、どんどん大きくなってるよね?
今の軽自動車って、長さや幅だけ言えば初代カローラ、つまり昔の普通車と同じかそれ以上なんだろ?
つまり、それほどの勢いで車は大きくなってる。
けど、俺の知る日本の田舎の道のほとんどの幅は、そんなに激しく変わってない。
ほら、前を行く車とセンターラインを見てごらん?
充分な広さがあるはずの幹線国道ですら、今の登録車の多くは狭そうに走ってるじゃないか?
まして、古い道なんていったら、完全にセンターラインからはみ出してる車だってある。
普通の人むけの大衆車がなぜ?
まぁ、世界戦略だのなんだの、大人の事情はそれぞれあるんだろ。
けどその風潮、本当にいいのかね?
うちの親戚なんか、車庫に入らないって理由で、買う車がどんどんAセグメント系の特別小さいのや軽にかわってるけど……。
まぁ、別の世界にきちまった今となっては、心配しても仕方ないことだけどね。
……ん?
「アイリス、何をみてるんだ?」
「これ」
アイリスが、エブリイの後部ハッチを開けて何かを見ていた。
俺の釣り竿だった。
「ああ、釣り道具な」
「釣り?お魚つるの?」
「しばらく使ってないから、使えるかわからないけどな……アイリス?」
「釣ってみたい!」
……なんですと?
「うーん……ちょっとまて」
「え?」
「面白そうな提案だけど、さすがに、そいつだと無理がある。ほれ」
釣り竿を手にとり、伸縮させようとしてみる。
「ああ、やっぱりボロボロだ。
竿もアレだけど、糸もひどい。針なんか錆びきってる」
「……ダメなの?」
「うん、ちょっとな……そうだ!」
「?」
「似たものが作れないか、マザーに聞いてみよう」
釣り道具から、海のニオイがしなくなって何年たつだろう?
俺が釣りの手ほどきを受けたのは学生時代だ。
時間を惜しむ社会人生活になってからは、優先度も低くなっていって……そうして何年にもなる。
けど、降ろしてしまうと、過去の自分をなくしてしまうような気がして。
そうして、ずっと惰性で積んでいたんだよね……。
「え、釣り道具あるのか?」
『あるよ。地球のじゃないけどネ』
「え、宇宙の釣り竿?」
なんだそれ?
『なんだい、その変な言い方は。
うちの方でも釣りの文化はあったさね……ちょっとマニアックな趣味だけどネ』
「へえ」
宇宙文明でも、釣り人がいるのかよ……たしかにマニアックかも。
『それにしても、やはりサポーターを作った意味はあったようだね』
「え?」
『余裕さね、心の余裕。
あんた、いたずらに距離を稼ぐような走り方をしていたろう?』
「!」
『けど、アイリスがいれば、そうはいかない……だろう?』
「たしかに言われてみれば」
俺はもう時間に追われる社会人じゃないから、あわてる必要はないはずだ。
でも時間を惜しむ感覚は、たしかに残っていた。
「……今言われるまで、全然自覚なかったですよ」
『それに気づけただけで充分さ。
こりに懲りたら、もっと旅を楽しみな。旅が好きなんだろ?』
「ははは、めんぼくないです」
俺は頭をかいた。
「でも、いいのかな?」
『何がだい?』
「後ろが不穏でしょう……こんな、のんびりしてていいのかなって気持ちもあって」
『追っ手の事なら、こちらで手は打ってる。おまえさんは気にせんでええよ』
「え?」
いったい何を?いつのまに?
『詳細を知りたいって顔だね?』
「ああ、だってそれは」
俺を守るためだろ?
そもそもマザーは衛星軌道に上がっているはずで、地上で何をしようと関係ないはずだ。
だけど。
『わしを誰だと思ってる、これでも長きにわたり戦い続けた戦略頭脳だよ?』
「けど、ここには子飼いの兵隊も戦力もないんでしょ?
それに戦士は俺だけなんだよね?」
しかも、俺は戦いを知らないただの日本人だ。
いったい、この状況でどうやって戦うと?
『あほう、武器をぶつけるだけが戦いではないわ。むしろ武力衝突は最後の手段さね』
「最後の手段?」
『いやな例えになるけどね、おまえさんが殺害された場合には容赦するつもりはないね。
その場合は、容赦なく戦力投入するよ』
「え、なんで?」
本気で意味がわからなかった。
「俺が死んでも、データから再生できるんだろ?だったら別に……」
マザーは元々、地球で瀕死の俺をデータとして取り込んでいる。
そして、報告の時にもデータ更新しているはずだ。
ならば。
たとえ俺が殺されても、別に大した問題では……。
『あほう』
「いたっ!」
なんか今、何もないのに額をデコピンされたような気がした。
『なんのために、必要ないのに休養をとらせていると思うんだい?』
「……それは」
『死んでも再生可能、それはたしかにその通りさ。
たとえ今日、あんたが死んでも再生してみせる。
だけど現実はゲームじゃないんだよ?
そんなことを繰り返せば、どんな超技術で支えようと、いつかはあんたの人間性を損なっちまうんだよ?』
「……」
現実はゲームじゃない、か。
たしかに、死んでも蘇生できるなんて事が常態化したら、やばいかもしれない。
さすがだな……。
『わしは戦士を生み出し、サポートするのが仕事だといったろ?
戦士は戦士だ、心まで機械であってはならん。
おまえさんにわかりやすくいえば……そう、「ひと」でなくてはならないのさ』
「なぁ、前から思ってたんだけどさ」
『ん?なんだい?』
「なんでそこまで、人間性にこだわるんだ?
マザー、あんたは戦争のために作られたんだろ?」
『ああ、そうだよ?』
「だったらなぜ?なんでそんな非効率的なことを?」
俺の頭には、地球で学んだ戦争の知識があった。
マザーの考え方は、とても頼もしいし現代日本人の俺には心地よい。
だけど、戦争という状況の上では、あまりにも非効率じゃないんだろうか?
そう言うと、マザーはクスクスと楽しげに笑った。
『もちろん非効率的サ、時間も手間も膨大にかかるとも……だからじゃないか』
「え?」
『効率が悪く時間も手間もかかる、そういう厄介極まる任務。
……だからこそ、わしらが必要なのさ』
「──え?」
マザーのアイコンを見返した。
画面の中のマザーは、なぜか楽しげに笑っていた。
『ハチ。
わしのような汎用戦略頭脳はネ、そういう面倒事のために作られたのサ。
時間もかかる、手間もかかる。
ひとの手でやるには、あまりにも負担が大きい……そういうきつい任務がある。
だからこそ、わしら戦略頭脳がいるのサね』
「……ひとでは難しい、『ひと』の支配を……人造物のコンピュータが代行するって事か?」
『ふふふ、そうだとも』
マザーの画像が、にっこりと笑った。
『「ひと」の助けになる事。
わしらに限らず、ありとあらゆる人工頭脳や合成人間の存在理由は、そこにあるのさ』
マザーはどこか誇らしげに、そう言ってのけたのだった。




