さんじょう
警告: 残酷な表現があります。苦手な方は一話飛ばしてください。
マザーの告知からすぐ、俺は進路を変えた。
「こっち走って大丈夫か?」
道なき道とは言わないけど、さっきまで走っていた舗装路とは全然違う不整地だ。
大丈夫なのかね?
『このくらいなら問題ないが……だけど本当に行く気かい?』
「おう」
──人が殺された。
その不穏な言葉をマザーから聞いた時、なぜか「見に行った方がよい」と思ってしまったんだ。
合理的に考えれば、この選択肢はおかしいのかもしれない。
だが俺は昔から、この手の感覚に従う事にしているんだよ。
なんでだろう?
こんな世界だし、きいた話だと日本よりひとの命も軽いはずだ。
だけど。
だけどそれでも、見たいという気持ちがあったんだ。
興味本位?いや違う。
俺にもよくわからない気持ちだった。
『ハチ、おまえさんの身体にはリミッターのようなものがあるから、凄惨な場面に出くわしても潰れはせん。
しかし、まったくのショックなしとはいかないはずだよ?
それと忠告だが』
「わかってる、別に何かを考えてるわけじゃないよ。
……ただ、見ておきたい。
そんな気がするだけなんだよ」
『ふむ……なら、わしの方も準備しておこうかね』
「準備?」
『いやなに、ここだけの話さ』
「?」
『そこから先は「にんげん」の仕事じゃないからね、内緒さ』
「あー……よくわからんけど、わかった」
たぶん遺体を分析とか、そういう、常人の感覚的にきつい事をするつもりなんだろう。
たしかに俺に知らせるべきじゃないと、俺も納得した。
ハイウェイから脇道にそれて、しばらく走ったところにソレはあった。
「……」
裸の女の子が、焼け付く石の祭壇の上で死んでいた。
手足が祭壇に固定され、手足を大きく広げた状態で固定されていた。
さらに、口には猿ぐつわの跡まで。
焼け付く祭壇の上で皮膚も髪の毛も急速に劣化している。
まだ読み取れる、おそらく可愛かったろう顔の歪み具合から、状況は想像がつく。
この子はたぶん、生きたままここに固定された。
そして、あがってきた太陽と下の石にじりじりと焼き殺されたんだ。
むごいなんてレベルのものじゃない。
どこまで鬼畜になったら同じ人間にこんなことできる?
たぶん以前の俺なら、よくて嘔吐……最悪、心臓麻痺を起こしたかもしれない。
だが。
「……マザー」
『……』
「マザー、聞こえてるだろ?」
マザーと話す時は、いつもカーナビを使って電話している。
そして車は、この祭壇っぽい建築物の入り口に止めているわけだけど。
しかし、そもそもこの身体だってマザーに作られたものだ。
そして。
『なんだい、知ってたのかい』
そう、直接通信もできるってわけだ。
「元人間の俺を気遣ってくれてんだろ、ありがとな。
けど今はそれより、この子を休ませてやりたいんだ」
『ふむ、埋葬したいのかい?』
「ああそうだな、それがいい」
なにがあってこうなったのか知らないけど、もうこの子の生は終わったんだ。
ならば休ませてあげたい。
けど。
『いや、ただ埋葬はやめたほうがいいかもしれないよ?』
「なんでだ?」
『ただ殺せばいいのに、こんな事しでかす連中だ。
あとで確認にくる可能性は高いからね』
「確認?たしかに死んだと?」
『それだけじゃないさ。
まあ、よくあるケースでは、証拠として首を持ち帰るかね』
……なんだって?
「この子の首を切って持ち帰る?もう死んでるのに?
そんな馬鹿な、なんでそんなこと!!」
『落ち着きな、あくまで可能性さね。
けど、首を持ち帰って、たしかに始末しましたって証拠にするのはよくある事さ。
特に、この惑星の現在の文明の具合などからすると、充分ありうるよ?』
「……とにかくおろそう。
マザー、森の方に運び込んでもいいか?」
『……あんたの場所だ、好きにおし。けどちょっとお待ち』
「え?」
『おバカ、死んでるとはいえ裸の女の子だよ!』
そりゃそうだ。でもどうやって?
「あ」
車の方のドアが開き、そこから黒服の、顔もわからない謎の戦闘員みたいなのが出てきた。
……なんか昔の特撮番組みたいだな。イーッとか言いそうだ。
「あれってもしかして?」
『作業ロボットさ、普段は森林の管理なんかをさせてる。
ちなみに顔をつけてないのは純粋なリモコン人形だからだよ』
「はぁ、なるほど」
よくわからないが、宇宙文明なりの大人の事情があるんだろうな。
女の子の遺体は収容され、俺の車の中の……例のドアの奥にある、謎の森林公園に安置された。
キャンプマットの上に寝かせ、タオルを顔にかけた。
こんなもんしかなくて、ごめんな。
けど、ここなら灼熱の太陽もないからさ。
「どうだ?」
『保全フィールドをかけたよ』
「なにそれ?」
『腐敗や分解が進まないようにする特殊フィールドさ。
あと、せめて顔や身体をきれいにしてやろうと思ってね』
あ。
『なんだい、そのビックリ顔は。
固有の肉体をもたないが、わしだって一応女だよ?』
「……ありがとな」
『何を礼なんかいってんだい。
わしはこの状況を探知機で発見しながら、あんたに見せまいとしたんだよ?』
「ああ、俺を心配してくれたんだろ?ありがとな」
『はぁ……おひとよしだねえ、やれやれ』
「おう、それほどでもないぜ」
『褒めとらんわ、まったく。
ああ先にいっておくけど、あんたのように人格情報を取得して助けるのは不可能だよ。完全に死亡しちゃどうしようもないからね』
「そうか」
いや、さすがに蘇生までは考えてなかったよ。
「で、何かわかりそうか?」
『そうさね……かなり脳組織も壊れちまってるが、少し読めたよ。聞くかい?』
「頼む」
『どうやら、種族変換が起きたのが原因のようだね。
焼けちまってわからなくなっているが、生前の目は赤かったはずだよ』
「赤い目?」
『通称ニュービー……人間族から異種族に変異する途中の形態だね』
「……」
それは。
『この世界の人間族は、今も例のエネルギーの影響で、どんどん異種族に変化していってる……これは話したね?』
「ああ」
『そして、人間族はそうして変化した子供たちを、もはや人でなく、人が神に与えられた道具としか見ていない』
「……」
地球の人種差別を、何倍もややこしくしたようなこの世界の人種問題。
「だけど……だからってこんな事しなくても」
『社会的地位が高すぎたのさ』
「社会的地位?」
『公爵令嬢、といえばわかるかね?貴族の中でも上位に位置するらしいね』
「……」
『王政で運営されている人間族国家で、その王族や高位貴族から、人間でなくなる娘が出てしまった。
どういう経緯でそうなったのかは知らないけど、人間族至上主義の彼らには大変な醜聞だろう』
「ちょっとまて……じゃあ、この子を殺したのは、この子の家だってのか!?」
『家か、あるいは国か……そんなもんだネ。
だからこそ、確実に死亡するように、しかもそれが人の目にふれないようにしたのさ。
こんな砂漠のど真ん中の、古代神殿跡──こんなところに投げ出すだけで、生きる術を知らない貴族の娘なんざ死んだも同然だったろうにさ。
さらにその上、万が一を考えて道具どころか服まで取り上げて、さらに好き放題の乱暴をして体力も気力も削り取って。
そして、太陽が登るだけで焼け死ぬような場所に手足を固定して置き去りときた。
なんともまぁ、執拗なこった』
「え、乱暴?」
『ハチ、男ならソレ以上はきくんじゃないよ?』
「っ!」
くそ……なんてこと……なんてことを!!
また涙が出た。
だって、あんまりじゃないか。
こんな……こんな!!
どれくらい泣いたのか俺にはわからない。
ふと、マザーの声に顔をあげた。
『やさしい泣き虫坊や、おまえさんにひとつ提案があるよ』
「え?」
『この子の記憶を見たけど、最後に何を望んでいたかは読み取れたよ』
「最後に?」
『ああ……炎熱で焼け死ぬ直前、最後の視界に渡り鳥が見えたようだね。
あの鳥のように、旅して生きられたら。
たとえ明日をもしれない命だとしても、せめて自由ならってね』
「……」
それってまさか。
「ちょっとまて、まさかマザー、あんた」
『ハチ、この子の身体は埋葬しない。完全に分解してしまうつもりだよ。
そうすれば、死体を再利用される事もない。それがいいだろう』
「……それで?」
『まぁ貴族の娘さんだし、こちらの礼儀作法などの一般的な情報は使わせてもらうよ。
だけど個人的なデータは肉体同様、消滅させる事で供養とする。
ああ、だけど遺伝子情報だけはもらうよ。
遺伝子情報を元に人造細胞を培養し、新しい命の元にするからね』
「……新しい、いのち?」
『ああ、そうともさ』
マザーは少し口を閉じて、そして続けた。
『言いたいことはわかる、意味がわからないと言いたいんだろ?
肉体も使わない。データも個人的なものは全消去。
その上での「命の作成」に、なんの意味があるのかってね』
「ああ」
きっぱり肯定すると、マザーはなぜか、ちょっと困ったような顔をした。
『まぁ、あれさ。これはわしの感傷、自己満足みたいなもんさね。
この子の生は、もうおわり。うん、わしもその意見には賛成だ。
だけどね、ハチ。
せめて、この子の遺伝形質だけでも──それを引き継いだ、新しい命に昇華させてのもいいんじゃないかとね』
「……」
俺は、ちょっと返答に困っていた。
俺を蘇生させた理由を言う時、マザーはこういった。「老後の楽しみ」だって。
自称・宇宙人のマザーコンピュータには、ありえないほどの人間くさい理由だった。
そして今度が……感傷ぉ?自己満足ぅ?
……ほんと、なんなんだこいつ?
「いっぺん聞きたかったんだけどさ、マザー……あんた本当に人工知能か?
蓋をあけてみたら、実は特殊なリンゲル液に脳髄が浮いてたりしないか?」
『おや言ってくれるねえ、地球時間で千年をはるかに越える、わしの長年の学習成果を否定する気かい。
ちなみに脳だけ培養した人間はね、生き続けると人間性を失っていくんだよ……だからその推測は的外れだね』
「え、そうなの?」
『たしかに脳髄だけを生きさせる事は簡単だし、以前と変わらない疑似信号を与え、生活させる事はできるよ。
だけど、人間を人間たらしめ、知的活動をさせているのは脳組織だけではないって事さ。
ていうか、それを何とかするための研究の結果が、あんた自身だろ』
「え、俺?」
『そうともさ』
なんか、マザーの映像が、ずずずいっと俺に近づいてきた。
しかも、これみよがしに俺をゆびさしてる。
『いいかい、よくお聞き。
脳をまるっと持ち越しても、その人を保全することはできない……長い目でみると、わずかな環境の違いからどうしても人格に歪みを生じてしまうからね。
もちろん変化は進化でもあるが……変わってしまうことは事実なのさ』
「……」
『だからこそ、それを可能にする技術が開発されたのさ。
脳だけ取り出す方法で無理なら、生命のもっと根幹の部分──■■■■■、地球の言葉で言う生命のマトリクス、基幹部分を取得すればいいんじゃないかってわけさね。
それができたから、あんたは今ここで、自分が何者かと自覚のうえ、わしと話しているのさ』
「……」
『言葉にすれば簡単だが、これを開発した者は、銀河の歴史を変えたと言われてるよ。
何しろ、どんな難病だろうと、肉体を取り替えてしまえば病魔はついてこない。
ひとを「肉体という牢獄」から開放することに成功したわけだね』
……。
言葉がない。
あまりにも途方もなさすぎて、頭がついていけない。
なんか途中、読み取れない言葉があったけど……おそらく、地球の言語と異質すぎるものなんだろうな。
『さて、話がずれたね。
で、どうなんだい?
今いった条件下で、新しいあの子を生み出そうと思うんだが、反対かい?』
「あー……いいんじゃね?」
俺はそう言った。
「要するに、最後の気持ちを遺言としてとらえ、それを果たしてやるようなもんだろ?
当人の確認はもうとれないけど、そもそも本人を生き返らせるわけでもないしなぁ……。
結局そういうのって自己満足だと俺も思うし、うん、いいと思うぜ?」
『あいわかった、それでは、そうするとするかの』
そういうと、マザーは映像の中で顔を横にむけ、誰かに指示をはじめた。




