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第一話 無知~知らぬが花~

この作品は倫理で習った人物を、テストに向けて暗記するためにキャラクター化した結果、作者がとても気に入ってしまい展開していった完全オリジナルストーリーです。登場人物は実在した偉大なる思想家の方々です。

・何でも許せる人

・日本史、倫理が趣味の人

・ただの暇つぶしって人

・単純に興味って人

等はお進み下さい。

※僅かに流血はあります

以下、簡単な用語解説


寺子屋:学校。毎月一日、十五日、二十五日は休み


岡っ引き:江戸時代の警察


同心:江戸時代の捜査員


八つ時:午後二時

 東京がまだ江戸と呼ばれていた時代。江戸の一角、とある寺子屋は今日も賑やか。鳴く蝉にも勝る、幼い子供たちが思い思いに読み書きをしている。それを優しく見守るは、この寺子屋の師、林羅山はやしらざん。まだ十八の青年である。

「今日はここまで。続きはまた明日」

 八つ時になり、羅山が一声掛けた。それを合図に子供たちは一斉に片付けを始める。

 しばらくして、一人の女の子が本を片手に羅山の元へ駆け寄ってきた。

「先生。昨日の続き読んで」

 羅山はこれを快く承諾した。それを見た他の子も羅山の周りに集まった。

 静まり返った部屋に爽やかな声が響く。慣れた口調で一言一句読み上げ、子供たちは物語に浸った。

 物語が終盤に差し掛かった頃。ずるずる、と何かを引きずる音が廊下から聞こえてきた。これを奇妙に思った子が羅山に伝える。

 羅山が恐る恐る扉を開けると、そこには匍匐前進ほふくぜんしんで廊下を渡る、若い男がいた。

「……先生。何をしてるのですか?」

 羅山に言われ、男は前進を止めた。先生と呼ばれるこの男は、藤原惺窩ふじわらせいか。羅山の師匠である。

「姿を消して、授業の邪魔にならない様にしていた」

 匍匐姿勢のまま、こう答えた。

「そこまでしなくて大丈夫ですから。それに授業はもう終わりましたよ」

 羅山が小さく溜息をつくと、様子を見に来た子供たちが、惺窩を見るなり喜びの笑みを浮かべた。

「先生の先生だ!」

「おじさん先生! 遊ぼう!」

 惺窩は逃げようとしたが遅く、あっという間に子供たちは惺窩に詰めかけた。

「羅山くん。この子達何とかしてくれ」

 惺窩は服やら何やらを引っ張られながら、羅山に懇願した。羅山は惺窩に申し訳ないと思いつつ、微笑ましいとも思ったのでそのままにした。

「鬼ごっこしようよ!先生とおじさん先生が鬼ね!」

 そう言って子供たちは、はしゃぎながら散った。その後ろで、はだけた着物を直しながら惺窩は呟いた。

「己れは、まだ二十歳だ」


 それからどれほど経ったか。疲労で座り込む惺窩と羅山をよそに、子供たちはまだ走り回っている。

 太陽は西へ傾きかけている。そろそろ家に帰さねば、と羅山は子供たちに呼び掛けた。しかし、子供たちは呼び掛けに駄々をこね始めた。

「明日お休みでしょ? だからもう少し遊びたい 」

 これが一番羅山の苦労するところである。帰宅時間になると決まってごね出すのだ。翌日が休みの日は一層。

「もう日が暮れるよ。お母さんが心配してるよ」

 こう言っても子供たちはねばる。こういう時は、決まってこうする。

「帰らないの? 残念だな。素直に聞いてくれたら、今度のお休みにお散歩に連れていってあげようと思ったのに……」

 秘技・思ってたのに。こう言うと子供たちはすぐに素直に聞き入れる。ただし有効期限付き。

「お散歩……! 行きたい!」

「それじゃあ、気をつけて帰ってね」

「はーい!!」

  子供たちは各々挨拶して帰っていった。

「羅山くん。本気で連れていくの?」

「勿論。あ、先生もついてきてくださいね」

 惺窩は少し渋い顔をした。

 すると、帰ったはずの一人の女の子が近づいてきた。しおらしく俯いている。

「どうしたの? お家に帰らないの?」

 羅山が尋ねると、小さく口を開いた。

「帰りたくない」

 様子の見るにただ事では無いと感じ、羅山はさらに尋ねた。

 聞くところによると、最近父親が変だと言う。普段は温厚で怒りもしない父親が、近頃なんの前触れもなく怒鳴り出すそうだ。母親も女の子も訳が分からず、なるべく刺激しないように待つことしか出来ないらしい。

 全て話し終えた彼女は静かに泣き出した。羅山は彼女を優しく抱きしめて落ち着かせた。そして頭では解決策を必死に探した。

 温厚な父親が突然怒り出す。そんな不可解な事が有り得るのか? 子供の言うことだから誇張・欠落はあるかもしれないが――

 思考を巡らせた後、女の子を撫でて言った。

「先生に任せて。先生がお父さんに怒らないように言うよ」

 それを聞いた彼女は、目をぱちくりさせた。

「先生……怖くないの?」

 彼女は、普段子供たちに振り回されて強気な羅山を見たが事がない。故にとても心配している。しかし、根っから真面目な羅山は、どんな罵詈雑言を浴びせられようと、父親を説得する覚悟はできていた。

「怖くないよ。さあ、行こう」

 羅山は惺窩に留守番を頼んだ。それに対して惺窩は、気をつけて、とだけ言って部屋に戻った。


 夕方の江戸は、遊ぶ子供やら行商人やら軒並み人が多い。はぐれぬように羅山は女の子の手を引いて真っ直ぐ歩いた。

 しばらく歩いていると、突然複数の岡っ引き《おかっぴき》が二人を追い越した。それを見た羅山は胸騒ぎがして先を急いだ。

 ようやく女の子の自宅に到着した。そこには多くの人集りができていた。彼女の家は浴衣屋を営んでいて、この時季に繁盛する。しかしこの人集りは、異状であった。

 これを見た女の子は、顔を青くした。そして羅山の手を離れ、二階の自宅へと走り出した。慌てて羅山も向かった。


 勢いよく扉を開けると、鉄のような異臭に鼻を覆いう。無残な光景が目に飛び込んできた。六畳程の部屋には、真っ二つのちゃぶ台、異様にへし曲がった畳、超人的な力で穴が開けられた壁、そして先程の者であろうか、岡っ引きが倒れており、襖や畳に血飛沫が散っていた。

 ホコリが舞う薄暗い部屋に吐気を堪えて入ると、その中でただ一人蠢いている者を発見した。よく見ると、それは返り血で染まり、関節は人形の如く節があり、手足はヒビがはいって、顔は『憤』と書かれた布で覆われていた

――それは、人ではなかった。

 羅山が化け物に注意を向けてると、女の子が何かを見つけた。

「お母さん!」

 母親が血を吐き、微かな呼吸で部屋の隅の壁にもたれかかっていた。

 それを見た女の子は一目散に母親の元へ走った。が、それが化け物の目に留まった。

 次の瞬間、化け物は血も凍るおぞましい叫びをあげて、女の子に迫った。

「危ない!!」

 羅山が近くにあった割れた湯のみを、化け物目掛けて投げると、見事に化け物に命中した。しかし、化け物に傷一つつかず、怒りを増して、標的を羅山へと変えた。

 羅山は逃げようと考えたが、瞬時に先程の光景が過ぎった。外には多くの人がいる。もし外へ逃げようものなら、化け物が街中で暴れて甚大な被害がでる。否、ここで倒れれば、同じ結果が目に見える。そして女の子も殺される。

「だったら……」

 羅山は折れたちゃぶ台の脚を手に取った。

 戦う覚悟を決めた。

 地を蹴って、高速で向かってくる化け物に向かい打つ様に、羅山も地を蹴った。

 化け物の拳が迫った――


 化け物が吹き飛んだ。

 羅山の目の前には、結界がはられていた。そして結界を形成していた数枚の札が、化け物の動きを封じ込めた。

 窓から聞き慣れた声がした。

「――先生!」

「無茶をするんじゃないよ。羅山くん」

 惺窩は冷静に注意した。窓枠に腰掛け、目だけを動かして部屋の惨状を観察する。

「うむ、肉弾型か」

 羅山は現状についていけなかった。何故結界が? 何故札が?何故先生が?

 すると惺窩が窓枠から降りて、羅山に耳打ちした。

「ここは己れに任せろ。君は小娘と母親を連れて下に行け」

 頭が追いつかないまま言われるもんだから、羅山は内心パニック状態だ。それに師を置いていく訳には行かない。だが、惺窩は真剣な目をしている。

「……分かりました」

 自身の師を信じ、母親を背負って女の子と共に階段を降りた。

 部屋は、惺窩と化け物だけとなった。

 いつの間にか化け物は封印を解いていた。今にも惺窩に襲いかかる勢いだ。

「封じが甘かったか。仕方ない、奥の手といこうか」


 下では人集りが増していた。惺窩が呼んだという町医者が母親を診る。

「これは……危険な状態だ」

 神妙な面持ちで母親の状態を観察していく。そして応急処置として出血口を布で止めた。それを女の子は心配そうに見つめた。

「先生……お母さん大丈夫かな?」

「……大丈夫だよ。お母さん、きっと良くなるよ」

 羅山にはそれしか言えなかった。

 すると階段から軋む音が聞こえた。惺窩と、気絶した男性が背負われて降りてきた。

「お父さん!」

 男性を見るなり、女の子は惺窩の元へと駆け寄った。

「安心しろ小娘。父親は無事だ」

 惺窩はいつも通りの気だるげそうな表情で言い切った。それを聞くなり、安心したのか女の子は惺窩に抱きついた。惺窩は大きくため息をついた。

 その後、母親と父親、そして血を流していた岡っ引きは、治療のため町医者の自宅へと運ばれた。女の子も着いて行った。二階は追ってきた同心によって捜査網がはられた。当の二人は面倒にならない内に、人集りに紛れてその場を去った。


 人目が届かない裏路地に入り、ようやく二人は緊張を解いた。

「何だか……疲れましたね」

「ああ。鬼ごっこした後のこれは特に……。明日筋肉痛決定だな」

 既に立てなくなっている惺窩は壁にもたれている。羅山もその横にしゃがみ、虚空を見つめた。あの惨劇が脳裏にこびりつき、映像のように流れている。

「先生。あの化け物は一体――」

「君は知らなくていい」

 惺窩の言葉に遮られた。その顔は冷たさでは無く、どういう訳か焦りが滲み出ていた。

「あれは妖の類、とでも思っておけ」

 先生は全て知っている。そう確信している羅山は質問し続けた。それでも惺窩は知らなくていいの一点張り。

「どうして私に隠すのですか!?」

 遂に羅山は強い口調で詰めた。それに惺窩は驚くも無言を貫き、目を伏せた。

 しまった、と我に返り、羅山は直ぐに頭を下げる。謝絶された事ごときに声を荒らげる、己の未熟を悔やんだ。

 いつの間にか日は沈み、代わりに月が顔を出す。惺窩はそれを仰ぎ、静かに呟いた。

「見ぬが仏、聞かぬが花……

 君は、知らない方が良いよ」

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