魔神の骨と戦火の少女29
***
ザイはアレスの消えていった方角をじっと見据えていた。その右足首は蒼く腫れ上がり、棍棒を杖代わりにしていないと立っていられないほどだ。
本当は俺がカトレア達を救いに行きたいが、この足では無理がある。
「カトレア、無事だよな……」
天女をその身に宿したほどの舞姫だ。こんな所で死ぬわけがない。きっと、天女が護ってくれているに決まっている。それに、年上の俺を年上とも思わないガキ共も、生意気にもケロッとしてるんだぜ。生意気なやつほど戦場では生き残っているというからな。きっとそうだ。好きでもなんでもないけどよ、居なくなったら居なくなったでさみしいからな。
棍棒を杖代わりに潮風が来るほうへと歩き、海辺に隠した小舟を探す。ラインハルトの魔毒を浴び過ぎたせいで体が痺れてきた。水筒に残っていた泉の水を飲み干して痺れを抑え込む。
小舟には先客がいた。テンマとメリル王女だ。王女はまだ意識を失っているのか、ぐったりとしたままだ。
「ラインハルトを倒したのか?」
テンマが聞いてきた。
「あんな化け物、倒せるわけないだろ。……クソッ、魔毒を浴び過ぎてやばいかもしれない」
ザイの言葉に、テンマは怪訝な顔をした。
「どうしてそう思う? 肌の黒ずみは見当たらないぞ」
「体が腐り始めたのか、変なにおいがする」
「失敬な。それは私の汗であろう」
ザイは眉を持ち上げ、恐る恐るテンマに鼻を近づける。
「お前、汗臭いぞ」
「だからそうだと言っている。言っておくが、あれだけの距離を走らされたら誰だってにおうものだ」
言われてみれば、テンマはメリル王女とともにシルバート王城へ向かったはずだ。
「……まさか、王都から走ってきたのか」
「むろんだ」
当然のようにうなずくテンマに、うげぇ、と変人でも見る様な目をした。馬を走らせても数日はかかる距離だ。おそらく鳥よりも早く突っ走ってきたに違いない。
「異常だな……」つぶやく。
魔神骨を使用して平気な顔をしていたラインハルトや、魔獣を呼び出すメリル王女もそうだが、アレスの周りには異常な奴らが集まっている。
あ、俺は常識人だけどな、と内心で訂正する。
「それより、そんな臭いで王女様の傍にいてもいいのか? 目を覚ましたらまたいろいろと騒ぎ始めるぞ。どこかで汗を洗い流して来いよ。俺は王女様の小言なんて聞きたくないからな。耳がキンキンするんだ」
「いいではないか。小言を聞けている間は、少なくとも生きているということだ」
「……そんな実感ならほしくないぜ」
辟易しながら漏らすと、フッ、とテンマが笑った。
「いや、笑ってないで水浴びでもしてこいっての」
「これ以上動きたくなかったのだが」
テンマは重い腰を上げて小舟を降りる。それから、遠い空に目を向けた。木々のせいで全容は見えないが、未だに青い空を包み隠すように炎が上がっている。
「あれは、デルボの炎か?」
「……そうらしいな」
悪魔のような炎から目を背けたまま、かすれた声を出すことしかできなかった。




