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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第五章
84/87

魔神の骨と戦火の少女28

 

 ***


 それは火山が爆発したかと思うほどの地鳴りと轟音だった。

 ラインハルトとの交戦で天女の泉に移動していたアレスは、全身を粟立たせて炎の柱を見上げる。それはオーデル伯爵の城がある方角だ。


 いや、距離からして、おそらくは……。


 この距離でも視認できる爆炎は、想像を絶する威力だ。そんな炎をあげられるのは一つしか考えられない。


「デルボが爆発したようだな」


 その声は棒立ちになっていたザイの背後、燃える林の奥から影のように忍び寄ったラインハルトが発した。


「ザイ、後ろだ!」


 怒号に反応したザイが、身をよじってどうにか黒い稲妻を回避する。だが、魔毒を浴び続けたザイは満身創痍になっていた。動きが鈍い。ラインハルトが止めとばかりに攻撃動作に入っている。

 接近して止めるのは間に合わない!

 アレスは、遠くのラインハルトに向かって右手を突き出し、揃えた人差し指と中指で空間を叩いて極小の魔法陣を開くと、圧縮した魔力で氷の弾丸を撃ち込んだ。

 ヘルステッド流暗殺術:氷弾

 それを二度三度と撃ち込む。だが、アレスの手の内を知り尽くしたラインハルトは、まるでこちらの攻撃が見えているかのようにゆらりゆらりと躱すと、黒雷を放つ。ザイの体が黒い稲妻に包まれた。膝から崩れ落ちるザイを置き去りにして、短剣を手に接近してくるラインハルト。

 氷弾を連続で撃ち込むが、左手の魔口で簡単に弾かれてしまう。

 本来は遠距離から気付かれずに暗殺するために編み出された術。射線を読まれた状態では無意味だ。

 アレスは新しい魔法陣を開き、そこからガラスのように透き通る氷剣を引き抜くと、疾駆する。泉の前で火花を散らして刃が交じり合い、二人は睨み合った。

 ラインハルトは端正な口許を冷ややかに吊り上げる。


「貴様の妹と子供達は炎に焼かれて苦しみながら死んだか、それとも痛みさえも感じぬほどの一瞬で焼き尽くされたか。私は後者だと思うのだが、貴様も後者で、苦しまずに死んでくれたほうがいいのだろ?」

「まだそうと決まったわけではない!」


 怒鳴り、力尽くでねじ伏せようとすると、ラインハルトが不気味に目を細めた。刹那、魔神の骨を加工した黒い宝石に白眼が開く。鼻を突き合わせるほどの至近距離で魔口が生み出され、一時的に互いの視界が塞がれる。


 この距離で魔口を!?


 だが、アレスは引かなかった。

 裂帛(れっぱく)の気合とともに交じる刃を押しきって相手の体制を崩させ、返す刃で魔口を()ぎ払った。再び開かれた視界からそのままラインハルトの懐へ踏み込み、彼の額にある魔神骨へと封魔の力を蓄えた左手を叩き下ろそうとする。が、ラインハルトも左手に新しい魔口を開いていた。

 超至近距離からの攻撃。


 これは――防げない。


 それを悟って放つ渾身の一撃は、相打ち覚悟だった。しかし、左拳が魔神骨を捉える前に、全身に痺れが走る。腹部に受けた黒い稲妻が全身を突き抜けていったのだ。


「ぐぅ……」


 うめき声が漏れ、身体が崩れそうになる。ラインハルトの手が動くのを見て、アレスは落ちそうになる体に鞭打って距離をとってみたものの、それが限界だった。足から力が抜け、地面に膝をついてしまう。

 手足が大地に縫い付けられたように動かせず、目までかすむ。

 ラインハルトは右手を構え、最後にかける言葉もなく、とどめを刺そうと魔口を生み出した。まるで日光さえも吸い込んでしまう暗黒の穴。

 そこに、一羽の黒い鳥が魅せられたように引き寄せられていく。いや、それは一羽だけではない。幾羽もの黒い鳥が視界を覆い、魔口に飛び込んでは魔力の毒を浴びながら息絶えていく。鳥の鳴き声が阿鼻叫喚の如く鳴り響く。


「な、何だこれはっ」


 ぶつかってくる鳥の衝撃でラインハルトは魔口を維持できなくなり、今度は左手に魔口を生み出す。が、そこにも黒い鳥が殺到する。


「(これは、まさか……)」


 アレスが乾いた声で呟いた時、上空から下りてきた巨大な怪鳥が、大きく羽ばたき、泉の辺にふわりと着地する。その怪鳥の背からブロンドの少女が降りてくる。


「メリル王女……」

「アレス、早くこれを飲みなさい」


 王女は駆け寄り、アレスの顎をつかんで上向きにさせると、開いた口に向かって解毒薬を無理やり流し込む。気遣ってくれるのはうれしいが、もう少し常識的な飲ませ方をしてもらわないと、息が詰まりそうだった。

 げほっげほっとむせかえり、半分ほど吐き出してしまったが、しかし、渇いたのどが潤ったおかげもあり、少しだけ生気が戻ってくる。体に溜まっていた毒も、いくらか中和されていく。その間に、ラインハルトも黒い鳥を全て焼き殺していた。


「メリル王女、何をしているのです。こちらに来てください。そんな男の肩を持っては国王が悲しみますよ」

「私の婚約者を反逆者にしたお父様なんていくらでも悲しめばいいわ」


 親が決めた許嫁というだけで婚約した覚えはないが、アレスは黙って魔力の解毒に専念した。きっと王女は、魔毒を分解するだけの時間を稼ごうとしてくれているのだ。


「それに、アレスをこんな目にあわせた貴方も同罪。いえ、それ以上よ。貴方だけは許さないわ。――来なさい。私のかわいい魔獣達」


 そう言い、エメラルドグリーンの紋様が入った魔法陣を開き、そこから鳥や狼が突然変異したような多種多様の獣を呼び出す。空を旋回する鳥は鋭い爪を光らせ、大地に立った魔獣達は相手を威嚇するようにうなり声をあげる。


「無粋ですね。王女ともあろうお方がそのような化け物を操るなど」

「行け!」


 王女は相手の言葉を聞く気など全くなく、魔獣を突進させる。

 魔獣達は命令に従い、目標へと襲いかかる。ラインハルトは顔をしかめ、流れるような動きで短剣を走らせ、魔獣を(ほふ)っていく。

 アレスは泉の辺に倒れるザイへと視線を向ける。

 ザイは目を覚ましていた。彼は黒い稲妻を浴びて重傷だったはずだが、意外と回復しており、毒による肌の黒ずみもほとんど消えている。どうやら吹き飛んだ先が天女の泉で、その水を飲んで毒を中和していたようだ。悪運だけは強い男だ。


「あまり調子に乗られては、こちらも容赦はできませんよ」


 襲いかかる魔獣を鬱陶しそうに払い除け、ラインハルトが言った。

 王女は自分が優位に立っているとでも思ったのか、鼻で笑う。


「負け惜しみ言って。『百雷』の二つ名が泣いてしまうわよ」


 王女の言葉に、ラインハルトは流れる様な動作で短剣を振るい、魔獣を斬り捨てながら言う。


「メリル王女、本当は貴女を連れて帰りたかったのですが、不慮の事故で死なれたということにしておきましょうか」


 彼の言葉に、アレスはハッとした。


「本気か!? 相手は王女だぞ!」

「どういう意味よ?」


 王女が金色の柳眉をひそめて問いかける。


「王女、逃げてください!」


 アレスが叫ぶのと、ラインハルトが莫大な魔力を放つのは同時だった。黒い稲妻が魔獣を焼き殺して突き進み、王女の魔法陣を直撃する。そのたった一撃で王女の魔法陣は破壊され、その余波を受けた王女は弾き飛ばされてしまう。背中から腐葉土に落ち、脳震盪を起こしたのかぴくりともしない。そこに放たれる黒い稲妻。だが、それが王女を呑み込む前に、誰かが彼女を抱きあげて攻撃を避けていた。

 王女を抱えて振り返ったのは、使い魔のテンマだ。彼は嵐の中でも駆けて来たかのようにずぶ濡れだった。


「テンマ、王女を安全な場所まで運んでくれ」

「もとよりそのつもりだ。死なれてはもとの場所に帰れぬからな」


 テンマはそう言い、くたくたの体で汗を垂らしながら燃える林の中を走り去っていく。

 立ち上がったアレスは、燃える林を背にして、天女の泉で再びラインハルトと対峙した。

 ラインハルトの足許に転がる魔獣の死骸が、無数の光子となって天に消えていく。激しい戦闘を繰り広げた後でも輝きを失わないブロンドが、湧き上がる無数の光子に揺られて魔的に煌めいていた。魔神骨を加工した額の宝石は、禍々しいまでの力を(みなぎ)らせ、白眼を開いている。

 あれをどうにかしない限り、こちらに勝ち目はない。

 アレスは静かに息を吸い込み、泉に漂う封魔の気配を体に取り入れ、それを体の奥に沈めるようにゆっくりと息を吐き出す。

 黒い稲妻が放たれた。アレスは横へと移動してそれを避ける。そして魔法陣から氷剣を引き抜き、ラインハルトに接近戦を持ちかけた。白兵戦において連発できない魔術は不利だ。ラインハルトはこちらの誘いに乗り、腰の短剣を抜き放つ。

 アレスの氷剣とラインハルトの白刃がぶつかり合った。

 二度斬り結び、引くと見せかけて体重を乗せた斬撃でラインハルトの体勢を押し崩し、素早く斬り込む。それをラインハルトは後方に飛びながら半身になって躱す。そして着地するや否や神速の突きを返してきた。

 まだお互いに魔術を使えなかった頃、こうやって剣術を磨いていた。国を繁栄させるのは自分だと力を競い合い、戦場ではお互いの背中を任せて敵と戦った。それが、こんな形でぶつかり合う事になるとは思ってもみなかった。

 正面から斬り合い、互いに一歩も引かない。技のキレは互角。しかし、体力ではアレスに分があった。徐々に均衡が崩れていく。

 先にしびれをきらしたラインハルトが至近距離で魔口を開いた。アレスはそこに向かって氷剣を振り下ろす。裂ける魔口と同時にくだけた氷剣を投げ捨て、右の拳に封魔の力を溜めて踏み込む。


「遅いっ」


 裂けた魔口を目くらましにして距離をとっていたラインハルトが、右手に次の魔口を開き、アレスに魔術をたたき込もうとしていた。


「うおおぉぉぉ!」


 黒雷の方が早いのは分かっていた。だが、アレスは最短距離で接近した。


「終わりだ」


 ラインハルトが勝利を確信して笑みを浮かべたその時、横合いから伸びてきた棍棒がラインハルトの右手を打ち払った。


「ぐっ!?」


 黒雷があらぬ方向へ放たれ、ラインハルトの青い瞳が棍棒を突き出したザイへと向けられる。その隙を逃さず、封魔の力を乗せた右拳をラインハルトの額に叩き込んだ。

 渾身の一撃を食らったラインハルトは吹っ飛び、背中から地面に転げ落ちるが、こちらの狙いを避けるためにすぐさま左手をついて跳ね起きた。意識が朦朧としているにも関わらず両手でアレスとザイに狙いをつけているのは歴戦の魔術師だからだろう。

 アレスは右手の人差し指と中指をそろえてラインハルトに向けていた。ラインハルトもこちらに向けた左手で魔口を開こうとした。しかし、いっこうに開く気配はない。

 金色の眉をしかめるラインハルトに、アレスは告げる。


「魔神の骨に封魔の力を叩き込んだ。しばらくはまともに魔術も使えないはずだ」

「油断、大敵だぜ」


 ザイが棍棒を杖代わりにして立ち上がる。それからアレスに向かって「無茶しやがる」と悪態をつくので、「お前がまだ生きているのが見えたからな」と返す。

 ラインハルトが口もとに笑みを浮かべた。


「一匹狼だった貴様が、まさか他人に身を任せるとは……」


 そして自身に向けられたアレスの指を見やる。


「私を殺すか」

「…………」

「私を殺せば戦争が始まるぞ。貴様ならわかるはずだ。私の存在が敵国の抑止力になっていると」

「俺の狙いは魔神の骨だ。それを渡せ」


 これか、とラインハルトは額につけた魔神の骨をさわる。


「これは渡せない。私の計画には重要なものだ。欲しいのなら力ずくで来たらどうだ」

「言われなくとも」


 アレスは言い、右手の人差し指と中指で空間をたたき、小さく凝縮した魔法陣を開く。

 力を込めて神速の氷矢を放つと、ラインハルトはそれを回避し、身をひるがえして燃える山中へと飛び込んでいく。それを追って狙いをつけるが、立ち並ぶ木々が邪魔して当たらない。


 接近して捕らえる!


 燃える山を風のように疾走し、逃走者の正面へと回り込む。

 アレスが氷矢を放つのと、ラインハルトが短剣を投擲(とうてき)するのは同時だった。

 氷矢はラインハルトの肩を正確に撃ち抜く。が、アレスもまた腹部に短剣を受けた。

 ラインハルトは肩口を押さえ、去っていく。その背中を追おうとしたアレスは、腹部の痛みでその場に膝をついてしまう。ラインハルトの攻撃は急所を狙っていた。もし身体を鍛えていなければ短剣の切っ先が急所にまで達していただろう。殺すための一撃。


「なぜだ……」


 覚悟の違いを見せつけられて歯ぎしりし、短剣を引き抜く。血が噴き出し、それを止めるために袖を引き裂いて止血に使う。


「おい、大丈夫か?」


 足を引きずりながら現れたザイが聞いてきた。


「心配ない」

「ラインハルトは……?」

「逃げられた。深追いはやめておこう。そろそろあいつにかけた封魔の力も弱まっている頃だ」


 アレスは立ち上がり、遠くの空を見やる。オーデル伯爵の城がある方角だ。デルボの炎は弱まることを知らず、今も尚、炎の翼を空に広げている。

 妹と子供達が心配だ。それに、妹達のところへ向かわせたユイナとペントも無事だろうか。


「先に行ってくれ。俺は足を挫いてまともに走れない」


 ザイはそう言ってアレスの背を叩く。


「わかっている。――メリル王女を頼む」


 アレスは短く言い残し、腹部の痛みを堪えて林を駆け抜ける。向かうのは大事な仲間のところ。

 無事でいてくれ。

 それだけを願い、炎の翼を目指してアレスは疾駆した。



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