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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第五章
83/87

魔神の骨と戦火の少女27

 

 ***


 轟音とともに黒い稲妻が水平に走り、アレスは地を転がるようにしてそれを(かわ)した。外れた稲妻は空間を引き裂いて木々を粉砕し、邪悪な魔力で燃え上がらせる。手心もない。殺すための雷撃。空気中に魔毒が霧散し、息苦しささえ感じる。さらに、燃えて自重に耐えられなくなった木々が悲鳴のような音を上げて倒れていき、辺りは炎の地獄と化していた。


 アレスは狙いをしぼらせないため林の中を移動しながら封魔の呪文を唱える。凶悪な稲妻に対抗するため、封魔の力を左腕に込めようとしているが、封魔の鎖がなかなか形にならずに消えてしまう。カトレア達の安否を気になり、焦りばかりが募っていた。


 ラインハルトは顔色一つ変えずに燃えさかる林を移動し、両手に生み出した魔口でアレスとザイを狙い、近くにいようが遠くにいようが電を撃ち込んでくる。と、後方に回り込んだアレスに向かってラインハルトが魔術を放った。アレスは咄嗟に木陰へと飛び込み、刹那、眼前の空間を引き裂いて黒い稲妻が駆け抜ける。身を引いたつもりだが、完全には避けられなかった。


「ぐっ!」


 まるで葉脈のように枝分かれした稲妻の一部が、右目をかすめていき、一時的に視力が低下する。涙をこぼして物理的に毒を逃がそうとする。

 ラインハルトの左側から攻撃をしかけるザイは、毒を逃がすことに不慣れなのか、体に蓄積した毒で動きが鈍くなっていた。


 “そんな体で連携技を仕掛けられるのか?”


 目で問いかけると、それを理解したのか分からないが、親指を立てて“大丈夫に決まってんだろ”と返してくる。少なくともまだ指は動くようだ。普段は頼りにならないくせに、戦場では心強い相棒だ。

 呪文を唱える。左腕に封魔の鎖が生み出され、温かな輝きが満ちていく。ユイナの言った通り、魔法は守るための力なのかもしれない。

 カトレアや子供達の笑顔が、胸に浮かんでは消えてしまう。この疲弊した世界では、家族の笑顔はやわらかな泡のようにやさしくて儚い。


 頼むから無事でいてくれ!

 大切な家族を二度と失いたくないんだ……!



 ***



 こちらに向けて放たれた矢は馬の足に追いつけず、はるか後方に落ちた。


「振り切れたよ、ユイ姉さん」


 そう言って馬上でナイフを構えていたペントが再び座り、ユイナの体に腕を回す。


「ありがとうペント」


 ねぎらいの言葉をかけ、失速気味の馬を走らせる。もうどれほどの距離を走らせただろうか。本当は休ませてあげたいが、そうはいかない。カトレアに敵の接近を伝えてオルモーラを脱出するまで一刻を争うからだ。

 油花の研究所を左にして通り過ぎると、伯爵の城が丘の上に見えた。二階建てで平たく伸びた石造りの城。おそらく、港の監視を行いやすいような造りになっているのだろう。

 坂道を駆け上がり、城へと到着した。


「すみません! 開けてください!」


 門前で馬を止めて大声で頼んだ。しかし、何の応答もない。馬から降りて門をたたいても同じことだ。もちろん、押しても(かんぬき)のかけられた城門はびくともしない。


「おかしいよ」


 ペントがいった。

 確かにおかしい。門の上にも兵士がいない。今は作戦中で誰もが気を張り詰めているはずなのに、見張りがいないなんて……。


「裏にいってみよう」


 ペントを引き連れて城壁添いに走り、港へと急ぐ。

 城は、ごつごつとした硬い地盤の上に建造されているらしく、草はちらほらとしか生えていない。

 砕けた石でぐらつく足場に注意し、裏へと回ると、港が見えた。港には二隻の帆船が停泊している。ひとつは輸送船だろう。だが、もう一つは巨大で、武装もしている。

 ペントが慌ててユイナを城壁の陰へと引き戻す。


「(ど、どうしたの?)」


 彼のただならぬ気配を察して声をひそめる。


「(輸送船の横に止まっていたの、あれは軍艦だよ!)」

「(軍艦!? どうしてそんな物がここにいるの?)」


 ペントは首を振る。


「(僕にも分からないよ。そんな話は聞いてない)」


 ユイナはこっそりと城壁から顔を出し、港の様子を探る。港に横付けした軍艦は、陸からの風に煽られないように帆をたたんでいるところだった。そして、甲板には弓兵が並び、(つが)えた弓矢で船乗り達を脅して両手を上げさせている。軍艦から物揚場へ向けて梯子がかけられ、兵士が剣を手に下船し、城へと延びるゆるやかな坂道に殺到する。


 と、その時、坂道の途中で立ち尽くす子供達を発見した。いや、立ち尽くすという言葉は似つかわしくない。まるですべての望みを絶たれた様子で地面にへたり込んでいる。その中で唯一、銀髪の麗人だけが気丈に立ち、坂道を駆け上がってくる兵士を睨みつけていた。

 状況を理解できなかったが、カトレア達の様子から窮地だと思った。今にも殺されるかもしれない仲間を前にして既視感に襲われる。昔、これと似た場面を経験した。


 白い粉雪の降る寒い日だった。奴隷商人が眠りにつき、幼いユイナはシェスと一緒に脱走し、雪山へと逃げ込んだ。そして山奥に打ち捨てられた空き家を発見し、暖を取ろうとしたのだが、追いかけてきた奴隷商人に見つかってしまったのだ。

 鞭で打たれたシェスは雪面に倒れ、光の粒になって消えた。

 親友を殺された記憶がよみがえり、全身が震えた。

 あの時は恐怖で立ちすくみ、シェスのもとへ駆け寄ることもできなかった。

 でも今は……まだ仲間を救える。

 もう二度と、あんな思いはしたくない。

 居ても立ってもいられなくなり、ユイナは城壁の陰から飛び出した。


「ユイ姉さん!」


 呼びとめる声に気づいたのか、カトレアが振り返り、目を見開く。だが、すぐさま叫んだ。


「こちらに来てはダメ! 弓が狙っているわ!」


 ハッとして横を振り向くと、一本の弓矢が風を切り裂いて飛来した。咄嗟に開いた魔法陣で防ぐ。

 矢を受け止めた瞬間、魔法陣と魔力でつながる体に、体当たりされたような衝撃を受け、地面に投げ出される。しかしすぐに起き上がり、追いかけてきたペントとともに、カトレア達のところへ駆けつける。弓には注意を払っていたが、敵は諦めたのか、再び矢を放つ気配はなく、どうにかカトレア達と合流する。


「ユイナさん!」


 ヨセフが喜びと、悲しみに満ちた顔で迎える。言葉が出てこないのか、口をもごもごさせている。

 怒ったのはカトレアだ。


「どうして戻ってきたの! 自分の家族を犠牲にするつもり!?」


 目に涙を浮かべながら責めた。だが、ユイナも言い返す。


「今はそれどころじゃないはずです! これはいったいどういう状況ですか!」

「私達の計画はシルバートとウィンスターの両国に知られていたのよ。私達はもう……」


 そこまで言ったカトレアは口をつぐむ。たとえ絶望的であったとしても、子供達のいる前で弱音を吐くわけにはいかないと思ったのかもしれない。


「オーデル伯爵は!?」と、ペント。

「殺されてしまったわ」


 斜面の下へ目を向けると、伯爵の亡骸が無数の光子に分解され空に消えていくところだった。そして最後には抜け殻となった服が、陸からの風に吹かれて道の端で揺れた。死んだら、彼のように消えてしまうのだ。

 だが、悲観に暮れている場合ではない。下へと視線を向けると、兵士が駆け上がってくるところだった。

 ユイナは魔法陣を開いて言い放つ。


「それ以上近寄ったら魔術を使います!」


 兵士たちは魔法陣を見上げてひるんだ。しかしそれも一瞬で、指揮官の命令に従って駆け上がってくる。


「私は本気です!」


 ユイナは魔法陣をひねる想像をした。そして、明確な攻撃意志を魔力に乗せ、炎を放つ。魔法陣を離れた魔炎は兵士たちの前に落ち、進路上で燃え上がる。不慣れな魔法を使いながらの魔術なので、あまり大きな炎は出せなかったが、兵士はたたらを踏んで止まった。

 甲板から弓矢の援護射撃があったが、どれも風に流されて見当違いな場所に落ちる。そのうちの半数はユイナ達の高さに届いてさえいない。唯一正確にユイナを狙ってきた長弓の矢もペントが切り落とした。目を丸くしたのは子供達だ。ペントは曖昧に頷き、次の攻撃に備えてナイフを構える。


「今のうちに港から離れましょう。兵士は私が追い払います」


 そう言って魔術を使うために集中力を高めていると、「魔術は使わないで!」と、カトレアが止めてきた。


「大丈夫です。魔法と組み合わせますから」

「違うのよ! あそこに転がっている小さな樽にはデルボが入っているかもしれないの! もし貴女の炎が引火したら……みんな無事ではいられないわ」

「デルボ……?」


 坂の曲がり角に小さな樽が転がっている。


 あの中身がデルボだとしたら……。

 一滴だけで二階の天井まで燃え上がった炎を思い出し、戦慄した。

 小樽一杯のデルボが燃えたら、この場所はどうなってしまうのだろうか。


 その時、甲高い笛の音が響いた。

 音の先に視線を向けると、甲板に立つ兵士が警笛を鳴らしていた。それは何かの合図なのか、坂道にいた兵士が背中を向け、わき目も振らずに駆け下り始めた。

 意味がわからずにカトレアと目を合わせるが、彼女にも状況が呑み込めていないようだ。

 ユイナは辺りに視線を走らせ、軍艦の甲板に目を止める。

 長弓を構える男が、今度は普通の矢ではなく、火矢を番えていた。そして、いっぱいまで引き絞ったそれを解き放つ。

 空気を切り裂いて飛ぶ火矢は、寸分たがわずデルボの入った樽に突き刺さった。

 コンッ!と音を立てて樽が回転する。


 爆発する!


 そう思ったが、デルボまで火が届いていないのか、爆発には至らない。

 しかしそれも時間の問題だ。樽の表面に移った火が、デルボに到達してしまえば周辺は火の海となる。

 ユイナは全身全霊をささげて魔法陣を大きくする。

 一か八か魔法陣で防ぐしか……。

 爆発を真正面から受け止めなくてもいい。せめて横に受け流す力さえあればいい。でも、一樽もあるデルボの爆発に耐えられるだろうか。耐えられなければ、ユイナも仲間も命を落とす事になる。


「みんなは逃げて! 爆発は私が受け止めます!」

「ダメだよユイ姉さん! 魔法陣は万能じゃないんだ! あれだけのデルボが燃えたら爆発の衝撃で押し潰されちゃうよ! 僕が火を消してくる!」


 言うや否や、ユイナの横を駆け抜けていく。


「待って!」


 叫ぶように呼び止めるが、ペントは振り返りもせず、火矢の突き刺さった小樽に向かって駆け下りていく。その背を追いかけてユイナも駆け出す。


 間に合わないと思った。

 火が樽の内側に到達し、ペントが爆発に巻き込まれる未来が見えるのだ。

 ペントを安全なところに置いてくれば良かった。そうすれば彼はこんな所で命を落とさずに済むのに。窮地だというのに、頭がぼんやりとする。

 世界から音が消え、刹那と思える出来事がひどくゆったりと緩慢に思えてきた。頭は熱に浮かされたようにぼんやりとしているのに、目に映る光景がやけに鮮明だ。火矢を引き抜こうと樽に駆け寄るペントの背中、その風にゆれる服のしわの一つ一つまでがよく見える。

 雨が降っていればよかった。土砂降りの雨が降っていれば矢の火も消えていたかもしれないのに。

 ああ、水がほしい……水があれば火を消せるのに……


 ――さっさと水を汲んできなさい!


 一瞬、誰かに怒鳴られたような気がした。

 違う。これは母の声……?


 ――怖がらずに出てきなさい。私はお前の味方だ。


 ガモルド男爵……?


 ――ユイナ、ここがお前の通うことになる舞姫学校だ。


 七歳の時に生まれて初めて見た石灰石で造られた貴族令嬢だけの荘厳な学校だ。


 ――私はティニーっていうの。またこの丘で貴女と一緒に踊ってもいい?


 仲間外れにされ、一緒に踊りの練習をして励まし合った親友のティニー。

 また踊りたい。もっとみんなと踊りたい。


 ――気持ちの篭った言葉に人々が感動するように、踊りにも人々の心を揺り動かす力があるのよ。魔術のように目に見える力ではないけれど、計り知れないほどの魅力を踊りは秘めているの。どう? 二人で踊るのも楽しいでしょ。


 フォークダンスを教えてくれたシェリセーラさん。

 せっかく楽しい事を教えてもらったのに、ガモルド男爵に拾ってもらった恩返しもしていないのに、死は間近に迫っている。魔法陣を開いて爆発に備えようにも、悲観に暮れた気持ちでは魔法陣を開けることに集中できるわけもない。


 私は諦めているの?

 諦めているから現実から目を逸らそうと昔の事を思い出しているの?


 そんなはずはない。過去を思い出すって事は、今まで自分の歩んできた道を振り返ることだ。過去を振り返るのは、ここで諦めていいのかと自分自身に問いかけたいからじゃないの?

 もう一度、大好きな彼と踊りたい。だって、ラインハルトが突然に来訪してきたせいで、まだ一度も彼とダンスを踊りきったことがないんだもの。


 私は踊りたいよ。あなたともう一度……


 風に吹かれて涙が弾ける。


 やりたい事がまだまだあるのに!

 諦めてなんかいないのに!

 魔術も魔法も使えるのに!

 どうして私は、シェスを失ったあの時と同じ過ちを繰り返すの。

 嫌だ……こんな救われない結末なんて嫌だ。


 そう思う目の前で、樽を覆う火が、中にまで届いてしまったのだろう。樽が丸くふくれ上がり、裂け目から灼熱の炎を吐き出した。

 デルボの炎は物凄い勢いで魔手を伸ばしてペントに襲いかかろうとし、ユイナは絶叫する。


「やめてぇぇ!!」


 全てを燃やし尽くす炎が、無情にもペントを、駆け寄るユイナを、そしてカトレアや子供達をも呑み込み、天空に向かって業火の翼を広げた。


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