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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第五章
82/87

魔神の骨と戦火の少女26

 

 ***


 開いた窓から潮風が吹き込んでくる。カトレアはそれを頬に受けながら、窓辺に手を置き、丘上に建造されたオーデル伯爵の城から海の景色を眺めていた。今日はどことなく安定しない風だが、ウィンスターまでの案内役を引き受けてくれた船乗り達は、問題ないだろうと言っていた。


 遠い水平線にウィンスター本土のパッフェル大陸がうっすらと見える。しばらく波打つ海原を眺め、徐々に近場へと視線を移していく。すると海が陸地に入り込んだ入江が見えてくる。入江の中はほとんど波も立たないので、オルモーラ唯一の港もそこにある。


 窓辺から下方の港へと目を向けると、港には偏西風を利用してやってきた輸送帆船が入港していた。今は船乗りたちが、ウィンスターの本土から運んできた物資を降ろしている。

 その作業が終われば、カトレア達の食料や荷物を積み込み、アレスやザイが昼に戻ってくるのを待って出港する手筈になっている。とりあえず、荷降ろしが済むまでカトレア達には何もすることがない。

 子供達は大きな船を見た事がないのか、目を輝かせて窓から身を乗り出そうとする。特に男の子は船が好きなのか、わーわー騒いで窓に詰めより、窓が抜け落ちてしまうのではないかと心配するほどだ。


「落ちないように気を付けてね」


 カトレアは子供達に声をかけつつ、見守っていた。


「おーい!」


 子供達が大声を出して、船乗りに手を振ると、彼らはそれに応えて、重い荷物を肩に担ぎながら力こぶを見せる。子供達は歓声をあげる。

 その様子をほほ笑みながら眺めていたカトレアは、ふと、一人の少年に目をとめる。屈強な船乗りに手を振る子供達に混じり、別の方角を見ている少年がいた。第三班の班長を任せられたエビンだ。彼は眉根を寄せて遠くの海を眺めている。

 ふと、エビンが室内に顔を戻し、視線が合う。何か言いたげな目。


「カトレアさん、あれは何でしょう?」

「何かあったの?」

「あっちの海から、大きな船が来てるんです」

「船?」

「ほら、あそこです」


 エビンが指差すと、窓際を占拠する男の子たちは声をあげた。


「ほんとだー」

「おっきな船」


 カトレアは気になった。


「私にも見せて頂戴」


 男の子たちに場所を開けてもらい、窓枠に手をついてエビンの指さす方角に顔を向ける。

 吹き付ける風が強く、視界を遮る自身の銀髪を指先でかき分けて北東の海に目を凝らすと、確かに船が見えた。かなり重量のある大型帆船で、航跡の白波も大きい。海原に描かれた白波の航跡から察するに、こちらの港へと向かっているようだ。

 妙にその船が気になったので、カトレアは窓辺を離れ、窓を閉めて子供達におとなしくしているように言いつけると、オーデル伯爵のところへ向かった。



 廊下の先にいた伯爵の部下と言葉を交わし、カトレアは大広間へと入っていく。

 大広間には数名の男たちがいた。魔神の消滅作戦を決行していることもあり、作戦の成否を待つ無言の緊張感に包まれている。壁際のソファーに腰掛けている伯爵は、じっと考え込んでいるようだったが、近付くカトレアに気付き、顔を上げる。

 カトレアは挨拶し、不審船の存在を知らせた。

 伯爵は眉間にしわを寄せてカトレアを見つめ返す。


「今日の入港は一隻だけだが……?」

「ですが、その船はこちらへ向かっているようにも見えるのです。念のため、確認してもらえませんか」


 伯爵は傍らの部下に声をかけると、望遠鏡を持ってくるように指示を出し、自身は窓に近付いて、北東の海に視線を向ける。


「確かに船が来ているな」


 目をそばめる伯爵の斜め後ろで様子を見ていると、望遠鏡を手にした部下が戻って来た。伯爵は望遠鏡を北東の海に向ける。


「どこに所属する船だ? 許可なしにこの海域に踏み込むとは、まさか海賊ではあるまいな。輸送船にしてはやけに大きいような気もするが……」


 独り言を漏らした伯爵は望遠鏡から目を離し、


「どうも私の目でぼやけるようだ。かわりにお前が見ろ」


 望遠鏡を渡された部下が望遠鏡を目にあてて筒を動かし、レンズの中に船の姿を捉える。だが、しばらくして顔を青くし、絶句した。


「どうした、何が見える」


 伯爵が聞くと、男は今にも倒れそうな顔で振り向く。


「ぐ……軍艦です!」

「なに!?」

「ウィンスターの軍艦がこっちに向かっています」


 辺りに緊張が走る。カトレアも窓に駆け寄り、船に目を向ける。言われてみれば、商船と違い、機動力がありそうな細長い船体にも見える。事実、船足が速い。


「どういう事だ。そういう知らせは聞いてないぞ」


 (いぶか)しんでいると望遠鏡をのぞき込んでいた男が何かに気付いた。


「旗信号、出ました!」

「読んでみろ」


 部下はごくりと喉を鳴らし、望遠鏡を持つ手の震えを押さえてレンズを軍艦のマスト側面に向ける。そこには船の白帆とともに、様々な形や色の旗が風になびいているらしかった。どうやらそれが言葉を表しているらしく、部下がそれを読む。そういう専門知識のないカトレアは彼の解読を待つしかない。

 解読が終わったのか、こちらに振り向く。


「食料と弓矢の補給をさせろ、とのことです」

「そういう事か。おおかた、海賊の討伐で矢を使い過ぎたのであろう」


 安堵する伯爵。場の空気が少し落ち着いたところでカトレアは伯爵に声をかける。


「私達は身を潜めて待機でしょうか」

「そうだな。極秘の作戦だ。むやみに知られるのもまずい。軍艦が出るまで待つしかあるまい……」

「わかりました。私達は与えられた一室で静かにしておき、やり過ごすまで待ちます」


 伯爵の返事はなかったが、それを肯定と受け取り、お辞儀をして踵を返す。そして子供達のところへ向かうために大広間を出ようとした時だった。


「一大事です!」


 玄関へと続く廊下から男が血相を変えて駆け込んできた。


「うるさいぞ。何事だ」


 伯爵が苛立たしげに言う。


「シルバートの魔術師が、攻めてきました」


 息も切れ切れに報告する。その報告に誰もが耳を疑った。


 シルバート王国が不可侵条約を破った?


 八年前の真王(しんおう)戦争を起こしたシルバートは、多額の賠償金と、奪った東方領土をシラ=エン王国に返還していた。のみならず、次に戦争を起こすような事があれば、三国の連合軍が攻め入る事になっていた。シルバート大陸西のネフェタリカ、東のシラ=エン、北はパッフェル大陸を本土とするウィンスター。いくらシルバートが世界有数の強国だとしても、三国を相手に戦争を始めれば滅亡は避けられない。

 だが、その条約があるにも関わらず、シルバートがウィンスター領に攻め入ってきたというのだ。自殺行為に等しかった。


「まずは落ち着いて、分かっていることを話してください」


 現状を把握するために、カトレアは場の空気を落ち着かせるように言った。男は取り乱していたことに気づき、改まって言う。


「反逆者討伐の名目でシルバートの魔術師が攻めてきたようです。シルバートの魔術師は現在、郊外で我が軍と交戦中です。それに、敵は城攻めの兵器まで用意してきているようです」

「狙いは、私達?」


 カトレアの言葉に男はうなずく。


「馬鹿な、領地の侵害は条約違反だぞ。条約違反をすれば三国を敵にまわす事になる。やつらは戦争になっても構わないのか?」

「その前に困るのはこちらの方かもしれません」


 兵士長が油断なくカトレアに視線を送りながら言った。


「我々はシルバートの反逆者を(かくま)い、それどころかシルバートの王都でデルボを爆発させようとしているのです。それが知られたら、責めを受けるのは我々の方です」


 伯爵は顔面蒼白になった。そしてカトレアも、自分達の立場が危うくなっている事を感じずにはいられなかった。この極秘作戦は、オーデル伯爵陣営にも賛同者ばかりではないようだ。


「くそ、どうしてこうなった」


 オーデル伯爵が頭を抱えている。今、伯爵の中ではどうすればこの危機を脱せるのか思考を巡らせているに違いない。

 デルボと呼ばれる爆薬を完成させ、アレスと協力してシルバートの魔神骨を焼失させる事が、ウィンスター国王からの極秘任務だった。その任務が成功した暁には、伯爵はウィンスター本土へ返り咲く予定だった。


 だが、もしもその作戦が、アレスのテロ行為に加担していると世界に露見したなら、ウィンスターの立場は悪くなる。ウィンスターから戦争を仕掛けるのと同義になるからだ。もしそうなった場合、不可侵条約は効力を発揮しない。ウィンスターはシルバートと一対一の戦いに引っ張り出されることになる。

 それを避ける場合、ウィンスター国王はオーデル伯爵を切り捨てるだろう。海峡を隔てたオルモーラで、オーデル伯爵が独断で進めた作戦など感知するところではない、と。そして、事実隠蔽のためにオーデル伯爵は抹殺される……。

 その可能性に気付いているから伯爵は追い込まれている。冷静な判断ができなくなっていると言った方がいいかもしれない。そのせいで血迷い、証拠隠滅に走るとしたら、今度は子供達の命が危ない。カトレアや子供達を皆殺しにして遺品もすべて燃やすのではないか。ただし、そうなった場合、アレスがどのような報復にでるか分からないが……。

 命のやり取りを冷静に考えられるようになった自分に嫌悪を抱かずにはいられないが、今は子供達を守るためにも先手を打つべきだと思った。


「それで、シルバート側の戦力はどうなのです。押さえ込めそうなのですか?」

「無理です。数は同等でしょうが、練度が違い過ぎます。直に突破され、ここに押し寄せてくると思われます」


 その場にいた誰もが暗澹(あんたん)とした気持ちになる。が、カトレアはこちらに接近する軍艦の存在を思い出し、顔を上げる。


「何とか追い返せるかもしれません。こちらにはウィンスターの軍艦が向かっています。ウィンスター艦隊は世界屈指の力をもっていると聞きます。その戦力に期待し、応戦していただくことはできないでしょうか」

「なるほど。シルバートが攻めてきた事を伝えれば追い返してくれるかもしれない」

「どちらにしても、私達がここにいるのは話のこじれる原因となるはずです」

「……確かにそうだ」

「私達は軍艦が来る前に荷物を積み込んで出港します。その方がいいでしょう」

「間に合うのか?」と、兵士長。

「やるしかありません」

「わかった。急いでくれ。シルバートの魔術師もウィンスターの軍艦も近くまで来ているんだ。時間がないぞ」


 伯爵の言葉で話が即決した。結論が出るや、カトレアは白銀の髪をひるがえし、応接間を後にして子供達のもとへ駆け戻る。

 部屋に戻るなり現状を説明すると、子供達が理解できたかどうかは怪しいが、ここ数週間で予期せぬ出来事に慣れていた彼らは、この城にいる大人たちよりもよっぽど冷静に動いてくれた。

 カトレアは素顔を隠すために魔術師のローブに袖を通し、総勢二十名の子供達を引き連れて部屋を出ると、城の北側へ向かって廊下を急ぐ。子供達は騒がず、綺麗に列をつくって静かに後ろをついてくる。子供と思っていたが、精神的に(たくま)しくなっていることに、驚きと喜びを感じずにはいられなかった。

 誰も声を出さないままいくつかの部屋を通りすぎ、カトレアは食糧庫を見張っていた兵士の前でとまる。兵士はなぜか背筋を伸ばし、必要以上に胸を張っていた。


「カトレア・ディベンジャーです。預けていた食料をもらいに来ました」


 兵士は無言で食糧庫のドアを開け、部屋へと通してくれる。

 こぢんまりとした部屋は清潔で換気設備も整っていた。カトレアは戸口側の角に置いていた食料の入った樽を取ろうとして、ふと気になった。城の食料と分けていた樽は一つだったのに、いつの間にか二つになっている。


「樽が二つ置いてあるわ?」


 カトレアは兵士を呼び、「どちらの樽が私達の食糧ですか」と聞くと、兵士は胸をはったまま答える。


「先ほど、貿易商人の使いがやってきて、不足分があったと置いていったのです。どちらもあなた達の物です。ちなみに、中はライムと聞いています。船旅には必需品の食べ物と聞いています」

「そうですか。わかりました。それでは二つとも持っていきます」

「どうぞ」


 カトレアは台車を借り、四人がかりで樽を持ち上げて台車に載せる。その役目はヨセフやエビンなどの少年たちが進んでやってくれた。一人前の男を見せようとする少年達。それが兄の影響なのだと思うと、複雑な心境でもあった。

 作業は少年達のおかげで瞬く間に終わり、カトレアは子供達を引き連れてさらに城の北側へ向かい、中庭に出る。そこにオーデル伯爵と男達が補給物資と思われるものを急いで用意しているところだった。伯爵が近づいてくる。


「急いで出港できるよう、船乗りの説得は私が行います」

「ええ、お願いします」


 伯爵の申し出を受け入れ、カトレアはフードで銀髪を隠し、伯爵達とともに裏門をくぐる。門を出ると、潮風がいっそう強くなった。ウィンスターの海峡と港を一望でき、その港に一隻の船が近づいている。軍艦だ。軍艦は大きい図体のわりに足が速く、海を切り進んですでに入江の中へと入ってきていた。本来なら小さな波しか立たない場所に大波が生まれる。


「あまり時間はないようだ」


 軍艦が港に泊まるまでの時間を考えると、入れ違いで出港できるかどうかだ。


「行きましょう」


 子供達に声をかけ、先頭に立って急ぐことにした。

 港までは一直線に伸びる階段が最短距離だが、今は荷車があるので、階段横にある運搬用の坂道を利用する。傾斜を緩やかにするため、道は何度も折り返して港へと続いている。

 少年達は荷車から樽が滑り落ちないように注意しながら急ぎ足で下りて行く。しかし、それよりも軍艦が入港する方が早い。まるで何かを急いているようだ。


 カトレアは不審に思い、フードの下から軍艦の甲板に目を凝らす。すると、弓矢を手にした男たちが船内から甲板に上がってきた。その中心には弓の名手として知られるアビュマリ・ジェスタの姿もある。アビュマリは短弓と長弓という二種類の弓を使い分ける。特に長弓を使わせて彼より飛距離を出せる者はおらず、それどころかどんなに遠くても、弓矢の届くところならどこでも命中させると噂される腕前だ。


 七年前、ウィンスターで開催された終戦舞踊会にカトレアは参加したが、その時に、上空につり下げた二つの輪に向かって矢を放ち、両方の輪をくぐらせて遠くに置かれた目標物に当てるというアビュマリの神業を見ている。

 その彼が軍艦の甲板に立ち、長弓を構えてこちらに狙いをつけていた。

 注意を促す間もなかった。放たれた矢はほとんど一直線に飛び、先頭を歩くオーデル伯爵を牽制するように彼の足許に突き刺さった。伯爵はたたらを踏んで転びそうになる。


「狙われているわ! 引き返して!」


 カトレアは叫び、子供達を逃がそうとする。が、


『そこを動くな! 動けば射殺(いころ)すぞ!』


 甲板からこちらに向かって声を張り上げたアビュマリは、すでに次の弓を番えており、坂道を戻ろうとする子供達の前に弓矢を落とした。子供達は鼻先に落ちてきた弓を前に立ち止まる。彼の命令に従ったわけではなく、恐怖のあまり動けなくなったのだ。

 カトレアは、矢を避けるための遮蔽物(しゃへいぶつ)はないかと辺りに視線を走らせる。しかし、坂道全体が港から丸見えの状態で、遮蔽物があるとすれば食料の入った樽ぐらいだが、アビュマリほどの腕なら、樽の陰に隠れた相手を上空に放った矢で射殺す事も簡単だろう。

 今やスロープにいる誰もがアビュマリの的にされている。それも、彼にとっては目をつむっても当てられる距離だろう。

 逃げ場がなかった。


「わ、私に弓を向けるとはどういう了見だ! 私はオルモーラの伯爵だぞ! 事と次第によってはお前をこの場で牢屋にぶち込む事もできるのだぞ!」


 声を荒げたのはオーデル伯爵だ。物資の補給に応じて足を運んでいるというのに、突然攻撃されたことで気が動転している。


「(伯爵、あまり相手を刺激しないでください)」


 カトレアは手を伸ばして伯爵を制する。その様子を見ていた指揮官らしき男が声を張り上げる。


『そこの魔術師! 貴様は女であろう! フードをはずして面を見せろ!』


 どうやら自分の事を言われているらしい。

 こんな所で素顔を晒すのはまずいと思ったが、しかし、顔を見せなければ何をされるか分からない。

 カトレアはしかたなく頭からフードをはずした。腰元まである後ろ髪はローブの下に隠れているが、前髪と耳にかかる髪が風にそよぐ。顔を横に向けたままちらりと甲板の様子を窺うと、アビュマリとともに弓を構えていた男たちが、呆けたような顔をしていた。

 女に弓を向けたくないのか、戸惑いっているようにも見える。


「さぁ、私は貴方の言う通りにしました。今度は、何の予告もなしに攻撃してきた事を説明してもらいましょうか。いえ、説明してもらう時間もないかもしれません。今、シルバートの魔術師がこちらに向かって侵攻してきているのです」


『そんな事はわかっている』


「わかっている?」


 予期せぬ返答に柳眉をひそめていると、指揮官は言葉を続ける。


『我々は今、シルバートの魔術師と作戦をともにしている。シルバートからもたらされた情報によると、その樽のどれかに危険な油が隠してあり、他国へ持ち出そうとしているそうだな。我々はそれを阻止しに来た』


 危険な油?


 まさか、デルボの情報がどこかで漏れてしまったのだろうか。だが、デルボなら魔神の骨を燃やすため、メリル王女とテンマがシルバートの王都へと持ち込んでいるはずだ。


「そんな物はないわ。この樽に入っているのは食糧だけよ」


『本当にそうなら、今、その樽をすべて開けて見せよ』


 相手の言葉に、うろたえた伯爵と目を合わせる。


「(言う事を聞きましょう。ここで反抗しても相手を刺激するだけです)」


 伯爵は壊れた人形のように首を縦に振り、部下に樽を調べさせる。

 一つ一つ開かれていく樽。そして、最後の樽を開けた時、部下の手が止まり、カトレアも目を伏せた。ライムが入っている樽に埋もれ、正体不明の小樽が紛れ込んでいた。あきらかに怪しい。おそらく、その小さい樽に入っているものは……。


『その樽の中身を見せろ!』


 絶望的な命令が下される。樽の中身を見せないわけにはいかない。しかし、それを見せてしまえば、その時点でウィンスターの反逆者にされてしまう。


「な、何者かの陰謀でございます! こんな予定ではありませんでした!」


 何を狂ったのか、伯爵は小樽を手にしてスロープの端に立つと、大声で弁解を始めた。それでは小樽の中身がデルボだと認めているようなものだ。いや、しかし、デルボである可能性は高い。


『白々しい! お前は国に謀反を起こそうとして、悪魔の油を開発させた!』


「馬鹿な! この計画は国王も認めた計画です! 私はそれに従って――」


 オーデル伯爵は急に言葉を詰まらせた。そして後ろへよろめき、まるで人形のように倒れて小樽を地面に落とす。


「……っ、なんてことを……」


 カトレアは息を呑む。

 白目をむいて仰向けに倒れたオーデル伯爵の首には深々と矢が刺さっていた。

 伯爵の手から転がり落ちた樽が、坂道をゆっくりと転がりながら岩に当たって止まり、子供達が悲鳴を上げて逃げようとする。


「動いてはダメ!」


 カトレアは咄嗟に叫んだ。だが、すでに最後尾の子供達が逃げ始めている。


「ヨセフ! エビン! みんなを止めて!」

「「わかってます!」」


 少年の声が重なり、逃げようとする子供達を取り押さえて斜面に伏せる。

 その頭上を矢が通過し、斜面に突き刺さった。

 ヨセフもエビンも必死に子供を動かないように押さえ、その下では子供が嗚咽をもらしている。


『動けば射殺すと言ったはずだ。次に動けば、命はないと思え』


 アビュマリは死の宣告をもたらす。

 子供達を不安がらせないためにもカトレアは気丈に立ち、唇を噛みしめて血をにじませる。そうでもしていないと、絶望の淵へと転げ落ちてしまう気がした。


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