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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第五章
80/87

魔神の骨と戦火の少女24

 

 ***


 追いかけてきた少年兵と対峙し、アレスは額から大量の脂汗を流していた。先ほどから右腕が痺れている。よく見ると肌が黒ずみ、一目で魔力中毒に(かか)っているのだとわかる。ラインハルトの強大な魔術を至近距離で受け止めた影響だ。

 正常な左手にナイフを持ち替え、毒に染まった右手を横に薙ぎ払い、空中に魔力の毒素を逃がしてみるが、体の奥に残る痺れまでは抜けきらない。あとは自然に毒が抜けるのを待つしかなかった。それほど、ラインハルトの放った毒に粘り気があるということだろう。


「それにしても『貴方についていきます』か……、あのユイナにそれを言わせるとは、やるじゃないか」


 隣のザイがにやりとする。


「こんな時にからかうな」


 注意し、前方をにらむ。

 黒い稲妻に撃たれた木々が燃えていく。炎の合間から姿を現して歩いてくるのはラインハルトだ。吹き上がる風と熱気に、金糸と見紛うブロンドが浮き上がり、額を引き締めるサークレットが見え隠れした。サークレットには漆黒の宝石が埋め込まれ、彼の額を飾っている。熱気の中で冷笑を浮かべるかつての親友は、魔術に魅入られたように全身から魔力を漂わせていた。


 アレスは眉間にしわを寄せる。

 昔、一緒に戦場を駆けていた頃から非凡な魔力を操っていたが、それにしても、力の質が以前とは比べ物にならないほど凶悪に変貌していた。

 目の前の青年が、親友の皮を被った悪魔に見える。

 ラインハルトはアレスの間合いに踏み込む前に立ち止まると、ユイナ達が消えていった方角を見やり、口を開いた。


「スパイを信じて行かせるとは、どこまで甘くなったのだ、アレス」


 アレスは慎重に相手の様子をうかがいながら答える。


「もちろん、盲目的に信じているわけじゃない。俺は自分の見てきた事と直感を信じている」

「騙されていたと知った今でもか?」

「そうだ。俺はペントを疑う事はできないだろう。それは、彼をしっかりと見てきたからだ。ユイナを助けたことも、ジャグリングで子供達を楽しませていたことも、舞踊劇を成功させるために頑張っていたことも、そして、俺達に真実を明かしてくれたことも、俺は有りのままを見てきた。ペントは、信じるに値する人物だ」


 それに、ともう一つ付け加える。


「騙されていた時でも、俺は彼を信じていたんだ。真実を打ち明けてくれた今は、もっと信じていいと思っている」


 ラインハルトは巧笑した。ひとしきり笑って、言った。


「いつから詭弁を振るうようになった。もう少し賢くなれ」

「忠告は受け取っておく。俺が賢ければ、今のような事態にはならなかったのかもしれない。だが、俺も友として言わせてもらう。お前は昔から邪魔なものは切り捨てていく性質だったが、最近は必要な物まで削ってしまったのではないか?」

「何が言いたい」

「もう少し寛容になれ」

「どうやら私達は理解し合えないようだ」

「俺はそうは思わない。結果は最後までやってみないと分からないものだ」

「結果は見えている。貴様の理想は(つい)えて終わりだ。無駄な抵抗はせず、シルバートに戻ってやり直せ。シルバートが危機的な状況だというのは分かっているのだろう?」

「ああ、分かっている。今のまま魔術を使い続けたらシルバートの大地は崩壊する。だからこそ、それを阻止するためにも魔術をやめさせ、魔神の骨も焼却する」


 ラインハルトは蒼い瞳を閉じてため息をつく。


「本当は、貴様をこちら側に誘い込むつもりだったが……、どうやら無理のようだ。貴様は頑固だ。私が世界一と認めるほどにな。私の障壁となるというのなら、今のうちに始末してやる」


 ラインハルトが涼しげな顔で両手を前に差し出すと、空中に二つの黒穴が穿(うが)たれた。魔口を同時に二つ開く能力は特異だが、アレスは別のモノに驚愕した。

 魔力の奔流でラインハルトの前髪が揺れ動き、サークレットに埋め込まれた漆黒の宝石が姿を現した。暗澹(あんたん)とした闇を放つ宝石は周囲の光りを呑み込むと、不意に鈍く発光し、中心に白目を広げた。単なる装飾具だと思っていたそれは、今や禍々しいまでの魔力を放っている。まるで、生きているかのように……。


「まさか、その宝石は……!」


 驚愕するアレスに、ラインハルトが不敵に笑う。


「察しがいいな。これが魔神の骨だ」

「蘇生させたのか……っ」

「美しくも禍々しい輝きを見れば分かるだろう? 魔神の骨は現代によみがえった。心配するな。いまは安定しているから魔力をぶつけあっても爆発はしないぞ。安心して魔術を使え」


 魔神骨について彼は熟知している。

 その能力は、ひとことで言えば、吸収した魔力を加速させることだ。加速した魔力はいとも簡単に空間を斬り裂く。魔神の骨さえあれば、少ない魔力で大きな魔口を開く事も可能だ。

 さらに問題なのは、仮死状態の魔神骨だ。仮死状態の骨は空洞になっており、そこに多方面から魔力を吸収させると、骨の内部で魔力がぶつかり合って暴走し、未曾有の大爆発を起こす。だからこそ、アレスは魔神骨を燃やす計画に細心の注意を払っていたのだが……、手遅れだったようだ。蘇生した骨は内部も魔力で満たされて安定し、爆発しなくなる。

 蘇生を阻止できなかった苦渋を呑み、神話の時代に燃え残った魔神の残骸を睨みつける。いや、蘇生したのなら残骸とは呼べない。魔神の一部だ。だとすれば、ラインハルトが放つ歪んだ魔力にも説明がつく。


「いま知ったという事は、ニセの情報が功を奏したということだな」

「なぜ魔神の骨を(よみがえ)らせた。それは災厄を呼び寄せるものだぞ」

「災厄? 莫大な魔力を生み出す最高の術具と言ってくれ。そのうちシルバートはこの魔神の骨と魔術師団で領土を拡大していくだろう」

「それがシルバートの大地を苦しめているのが分からないのか。魔神の力が世界を破滅へ押しやっているんだぞ。そんな物を使わせるわけにはいかない」


 アレスは動いた。右手にナイフを下げ、ラインハルト目掛けて一直線に走る。進路上に二名の少年兵が立ちはだかるが、横から割り込んできたザイが少年兵を押し退け、双方入り乱れての戦闘になった。

 ザイは相手を挑発するような動きで、相手が無理に攻めてきたところで膝や肘などを打ち据えて自分のペースに持ち込んでいく。

 アレスは魔神骨を奪いに行った。が、その前にサントが立ちはだかった。サントの三段突きは、ナイフで受けただけで火花が散るほど速く、それどころか正面を攻撃する振りをして側面への攻撃に変えるフェイントを織り交ぜており、受けるだけでも至難の業だ。だが、いつまでも防戦ではいられない。

 アレスは防御の中に攻撃を混ぜ、ナイフを投げた。サントは後方へ身を引きながら首をひねってナイフをやり過ごす。それは計算のうちだ。体勢を少しでも崩せればいい。アレスは俊敏な動きで相手の斜め左から接近した。突き出されるサントのナイフを掻い潜り、引き際の右腕を取ると、右脚を相手の背面に割り込ませ、勢いを利用して相手を後転させる。


「なっ!?」


 サントの体が頭を下にして宙に舞い上がる。体が流れ、無防備になった横腹に横蹴りを食らわせると、くぐもった声とともにサントの体が弾け飛び、木の幹に背中から激突した。地面に落ちたサントは意識を失っている。

 アレスはサントから奪ったナイフを左手に構え、ラインハルトと向き合う。


「シルバートは魔術に頼り過ぎた。大地が蝕まれるのも構わず魔術を使い続け、大地を歪めていった。そして、歪んだ大地が魔力に耐性のある人を生み出し、その彼らが魔術師となってさらに大地を歪めていく。皮肉なものだ。国が魔術で栄えようとすればするほど、国の大地は崩壊へと突き進んでいたのだから……。そして大地は荒れていき、残り少ない楽園を求めて争いも激化する。この負の連鎖はどこかで断ち切る必要がある。今すぐにでも。それに、俺には世界を護ると約束した人達がいる。命をかけてまで託してくれた想いを、踏みにじるわけにはいかない」


 アレスは前へと踏み出す。と、その時だった。横で戦闘していたザイが二人の少年を棍棒でなぎ倒し、少年の喉に向かって棍棒を振り上げるのが見えた。


「やめろザイ!」


 叫んでいた。

 ザイが振り上げた棍棒を止めて振り向く。


「どうして止めるんだよ。止めを刺さないとまた襲ってくるぞ」

「それを承知で言っている。無駄な殺しはしないでくれ。命は失ってしまったら戻ってこないんだ」

「その偽善ぶり、気に食わないですね……反吐が出ます」


 意識を戻したサントが地面に倒れたまま憎々しげに言う。蹴りを受けた腕が折れ、全身の打撲で立ち上がることもできていない。それを見たラインハルトが「手加減をしていたか」と嘲笑する。


「昔の貴様ならあの蹴りで殺していたはずだ。甘くなったな。しかし、それは内にある醜いものを隠すための皮なのだろ? 一皮むけば殺人鬼の素顔が現れる。私は知っているぞ。その顔でどれ程の人間を殺してきたか……そうだろ、狼の子。貴様は国のためだと言いながら正義を振りかざして多くの人間を殺してきた殺人鬼だ」


 事実を突きつけるように淡々と言った。

 アレスは、狼の子と呼ばれて歩んできた凄惨な過去を思い出し、自分の両手を見詰める。

 その両手は多くの敵を殺し、血に濡れてきた。死に行く者の恨み、怒り、悲しみ……一生の最後に放たれる思念は、そんな言葉だけでは言い表せられない呪詛を帯びていた。だが、アレスは聞こえない振りをした。見えない振りをした。ただ、祖国の未来だけを見詰めていた。何かを守るという事は、何かを傷つける事だと思っていた。


「……否定はしない。この力を正しく使うことが、俺の生きる道だと思っていた。だが、気付かされたんだ。それがすべてではないと。失ってから気付くんだ……」


 ラインハルトは憐憫の目を向けた。


「腑抜けたな。国を護ると豪語していた頃の勢いはどうした。その揺るぎない信念は!」

「俺は過ちに気付いた。もう昔のようにはならない」

「そのうち戻りたくなる」

「いや、戻りはしない」

「どうかな? 人は長年積み上げてきた自分を捨てられないものだ。一度できあがった価値観は、そう簡単には変えられない。変わったと思っているのなら、それは別のモノで飾り立てているだけだ。飾りが剥がれ落ちれば、すぐに本当の自分が見えてくる。

 ここは一つ、貴様に良い話をしてやろう。貴様は旅先から身寄りのない子供を見つけては連れ帰り、大事に養っているそうだな。そして今、大事な子供達は貴様の妹とともにオーデル伯爵の城に泊っている」


 嫌な予感がした。淡々とした口調が、予感をさらに(あお)る。


「そして午後からは船に乗って、ウィンスターの本土に向かうそうじゃないか。新天地へと向かう貴様らに、心ばかりの贈り物をしておいた。もうそろそろ送り届けられている頃ではないかな」

「何を、送った」


 声が乾いている。口の中が干上がっているのだ。


「たいしたものではない。果物の中に、城を粉々にできるほどのデルボを紛れ込ませているだけだ。ちなみに、オルモーラに向かわせた魔術師には『盛大な炎をあげてやれ』と命令している。貴様の妹も、大切にしていた子供達も炎に焼かれて消えてくれるだろう」


 その惨劇を想像して絶句した。


「喜べ。なかなか重荷を捨てられない貴様のかわりに、荷物を減らしてやろうと言っているのだ」

「ライン、お前は……っ!」


 全身の毛が逆立った。狼の牙をむきだしにして、歯ぎしりする。


 許せない。それが人間のすることか……罪もない人を殺すことが……っ!


 魔術が世界を動かしている現状。

 先の見えない救世主としての役目。

 親が遺してくれた言葉を胸に自分を励ましてきたが、何よりも折れそうな心を支えてくれるのは、子供達の笑顔だった。その笑顔を未来につないでいきたい。そのためなら、自分の身を投げ打っても構わない。その子供達を、かつての親友はまるでろうそくの火を吹き消すように、消してしまおうとしている。

 怒りを抑えきれず、純粋な破壊衝動が魔力となって全身からほとばしった。


「なかなか悪役らしい面構えになったじゃないか。そっちの方が貴様らしい」

「どうしてだ……、どうしてそこまで非情になった……!」


 憤怒を噛み殺し、生み出した魔法陣から氷の長剣を引き抜く。殺しを目的とした白刃が怒りに震え、アレスは力を溜め込むように体を沈めて氷剣を構えた。

 ラインハルトは不敵な笑みを浮かべると、両手に広げていた魔口に向かってさらに魔力を放った。魔神の骨によって加速された魔力は、空間を引き千切り、黒穴を広げる。


「来い。魔神の力を見せてやる」

「どんな目論見があるかしらないが、潰してやる。すべてだ」


 次の瞬間、疾風となったアレスの斬撃とラインハルトの黒い稲妻が激突した。

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