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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第一章
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舞姫見習いと銀色の狼7

 ラインハルト侯爵の後ろを歩くユイナは、兵士に通されて宴会の中心へと進み出た。


 男がいっぱいだ……。


 しかも歴戦の魔術師揃いで強面も多い。

 緊張のあまり、顔面蒼白になってきた。宴会の最中だった貴族の中には、本物の侯爵を知っているのか一瞬驚いた者もいれば、これから新しい見せ物が始まると勘違いしてほろ酔い機嫌でニタニタする者もいた。


 そんな貴族達にラインハルト侯爵は自分の正体を明かした。今まで歓迎していた侯爵が偽物だと知らされた人々は、酔いも吹き飛んだようで唖然とした。冷酷で知られるバチルダ王女でさえ呆気にとられていた。しかし、唖然とした顔は憤りに変わり、騙された貴族たちは苦情を吐いた。広場の中心で貴族達に囲まれたユイナは、まるで自分が責められているかのように顔を真っ青にして苦情を浴びていた。


「いくらラインハルト侯と言えど、我々を騙すのは無礼ですぞ」

「そうです。このような悪戯は遊びが過ぎます」

「遊び? 私はこんな事で遊びはしない。だが、騙していたのは悪かった」


 ラインハルトは頭を下げ、謝意を見せた。苦情を言っていた貴族たちは驚き、列席者は頭を下げ返す。ユイナも戸惑いながら、頭を下げる。自分だけ頭を上げているのは居心地が悪かった。


「しかし、困ったものだ。歓迎する相手のことをいくらか知っておくべきではないか? 知っていればこのような事態にはならなかったであろう?」


 貴族たちは水を打ったように静まり返った。


「まぁいい。皆に説明しなかった私も悪かった」


 そ、そんな事はありません、と貴族たちは口をそろえて言う。

 ラインハルトはそれを手で制する。


「このような事をしたのには理由がある。知っている者もいるかもしれないが、ついこの前、私の友でもあったアレス・ディベンジャーが前任の侯爵を暗殺して反旗を(ひるがえ)した」

「!?」


 突然の暴露に目を見開いた者がほとんどだった。それほど知らされていない事件らしい。そんな機密事項をこの場で告げてしまう事にユイナは驚いた。いや、それよりもラインハルト侯爵が、反逆者アレスと友人だったとは知らなかった。


「英雄とまで言われたあの男は、要人の暗殺だけに留まらず、これから強大な魔術で躍進しようとする我が国の前に立ちはだかり、障壁になろうとしている。国王の命で軍事増強を進める私も、間違いなくアレスに狙われるだろう。もしかすると、ここに列席している者の中にも狙われている者がいるかもしれない」


 ラインハルトの言葉に貴族達は動揺した。それ程、アレスという魔術師は恐れられているようだ。軍事のことなど全く知らない少女達は理解が追い付かず、しかし、とてつもない機密を聞かされている事に息を詰めて聞いていた。


「いつ、どこで、誰が狙われるのかは分からない。自分は狙われないと思っているかもしれないが、そういう者にかぎって命を落とす。戦場で負け知らずと言われたゴウザ侯爵でさえ暗殺された。どこに敵が潜んでいるかわからない。誰も安心して眠ることはできないだろう。私は不安なままでいるのが嫌だが、皆もそうであろう?」


 ラインハルト侯爵は聴衆が同意するのを見届けてから続ける。


「それで私は考えた。いつ狙われるか分からずに行動を制限されるより、こちらがわざと隙をつくり、敵をおびき寄せてはどうかと。敵はこちらの隙を突いたつもりで攻め込んで来るだろうが、そこを待ち構えていた我々が取り囲んで一網打尽にすれば良い。

 今回の宴会は、まさに敵をおびき寄せるための作戦だった。そのため、外部に作戦が洩れないようにするため、口止めしていたのだ。それを理解してはもらえないか」


 ラインハルトの言葉を聴いていた貴族たちは、一応の納得はした。しかし、釈然としないものがあるようにユイナには見えた。

 その時、列席者の中で立ち上がる人物がいた。


「作戦の内容は理解したが、それでも解せない事がある」


 そう言ったのは、頭の天辺が綺麗に禿げた老人だった。宴会の列席者の中でも一番年配の貴族だ。ラインハルトは蒼い瞳を彼に向ける。


「伯爵。解せない事とは何でしょう?」

「ラインハルト侯は先ほど敵をおびき寄せると言った。それはつまり、私達を(おとり)にしていたというわけではないのか? そして、たったこれだけの兵力でアレス・ディベンジャーとその一味を倒すつもりか?」


 老人は宴会を外から護っている兵士をぐるりと指差して言う。ラインハルトは瞳を閉じてかすかに頷くと、ゆっくりと老人を見詰めた。


「確かに、敵をおびき寄せるなど無礼な発言でした。配慮がなかった事をお詫びします。

 しかし、たったこれだけの兵力と言われるのは心外です。彼らはただの兵士ではありません。全員が第一連隊の魔術師団に所属する精鋭たちです。魔術師と言えば一人で何十人もの武装した戦士を相手にできると言われますが、私の師団には百人を相手にできる者もいます。敵が現れたら魔術師団の力をお見せする事ができたのですが……」

「これから攻めて来るかもしれんぞ。その場合、この魔術師達が本気で勝てると思っているのか? 相手は敵の魔術師団を一人で打ち破り、英雄とまで謳われた男だぞ」


 そう言ったのは先ほどの老人だ。


「確かに、伯爵のおっしゃる事はもっともです。私も魔術師団だけでアレスに勝てるとは思っていません」

「な、なんだと……?」


 あっさりと認めるラインハルトに老人は眉をひそめる。


「伯爵は、私がアレスと肩を並べる魔術師という事を知らないようですね。これでも陛下から『百雷』の二つ名を頂き、裏の世界では恐れられてきたのですが……。表に出てこなかっただけに、私のことを知らない方が多いのかもしれません。舐められたものです」


 ラインハルトの右手が頭上に掲げられる。その瞬間、ラインハルトから力の波動を感じた。


「な、何をする……」


 老人が目を見張り、他の貴族たちも息を飲む。


「皆さんに私の魔口を見せるだけですよ。そうでもしなければ認めてもらえないでしょうから」


 涼しげな顔で答えると、ユイナへと目を向ける。


「離れていろ」

「は、はい」


 距離を置いてしゃがむと、ラインハルトから力の波が広がり、頭上に黒穴が出現した。魔口だ。それが得体の知れない圧迫感とともに広がり、青空を呑み込んでいく。黒穴の表面は不気味に波打ち、ゆがんだ空気を吐き出しながら、瞬く間に広場を覆いつくしていく。貴族達が目を見開いて絶句している。


「な、なんて大きな魔口だ……」


 魔術師ですら驚愕の声をもらした。見えない力で押し潰されそうな緊迫感に脂汗を流している。その怖さは、ユイナにもひしひしと伝わっていた。空間がねじれるような風が吹き付けてくるが、体は魔口の穴に吸い上げられてしまいそうだ。あの悪夢を再現されているような光景に、尻餅をついたまま動けなかった。


「お分かりいただけましたでしょうか? 国王よりいただいた百雷の名は飾りではありません」


 ラインハルトが右手を下すと、魔口はあっという間に縮まって消えた。

 魔力波の余韻で、金色の髪が揺れる。明るくなった広場に立つラインハルト侯爵は、魔術師として神々しいまでのオーラを放っていた。




 本物のラインハルト侯爵が上座につき、宴が再開された。上座には入れ替わり立ち代わりに貴族達が挨拶に来た。侯爵は軽い世間話をしたり、握手に応じたりしていた。

 彼の横に控えるユイナは、貴族男性が好むような気の利いた話題を持っているわけもなく、何度もペコペコと頭を下げるしかなかった。


 貴族男性の視線が、黒髪や顔を見ている。

 なんと居心地の悪い視線だろう。ユイナが何者なのか探っているのだ。殻に閉じこもりたかった。

 そこに、新しい酒が運ばれてきてユイナへと渡される。

 皆の視線が集まった気がして、かつてないほどの緊張に襲われた。そして、多くの先輩や貴族男性の前で、ユイナは歯車で動く人形のようになった。ラインハルトに声をかけられれば思い出したように酒を注ぐが、それが終わるとまた元の姿勢に戻る。

 さすがのラインハルトもこれには閉口したようだ。根気強く話しかけてくれるのだが、話の内容が頭に入って来ず、ぎこちない愛想笑いを浮かべることしかできなかった。

 そうやってほとんどの時間を、ユイナは手元の酒を見詰めて過ごした。もちろん、主役を奪われたバチルダが氷のように冷たい眼をしていることなど、気付くはずもなかった。




 ユイナが解放されたのは、日が傾き始めた頃だった。

 歓迎会に来ていた貴族たちは帰ったが、ラインハルト侯爵と二百名もの魔術師団は首都に行く予定があるらしく、奇襲されやすい夜道を避けるため、舞姫学校で一晩を明かす事になった。宿泊準備をしている兵士たちが、ユイナの後方で小さく見える。


「あぁ、どうしてあんなに緊張してしまったんだろ……」


 緊張から解放されると、少しずつ宴会での失態を思い至り、後悔していた。

 侯爵に話しかけられたのに、まともな返答もできなかった。そして、酒を注ぐという千載一遇のチャンスを棒に振ってしまった。

 もっとうまくやれたはずだ、と思うのは全てが終わった後だ。自分はどうもチャンスに弱い。いや、男に弱いのだろうか。どちらにしろ、このままでは立派な舞姫になるどころか、普通の舞姫にもなれないような気がして、気分は重くなった。


「はぁ~」と、学校の石畳に向かってため息をもらす。静かな所で一人になりたくてあてもなく校内を歩き、なるべくひと気のない場所を探した。


「あんな醜態をガモルド男爵がお知りになったら、きっとガッカリなさるだろう……」


 それがユイナの胸を一番締め付けていた。期待してくれる人を裏切るのは辛い。


「――どこに逃げるつもり?」


 前方から敵意をむき出しにした声をかけられ、ユイナは顔を上げた。道の先に緑色の瞳を妖しげに光らせる美女が立ちふさがっていた。


「バ、バチルダ王女……」


 バチルダは口元を奇妙に歪めていた。その顔には怒りとも笑みともとれない表情が浮かんでおり、ユイナは言い知れぬ不安に凍りついた。


「よくも私をこけにしてくれたわね。その罪は重いわ」

「こけにするなんて……」


 否定しようとした時、誰かが後ろからユイナの首を締め上げてきた。


「うっ……ん………!」


 ユイナはジタバタと暴れるが、首を絞めた腕はほどけてくれない。その時、暴れるユイナの腹部にバチルダが木の棒を突き出した。

 腹部を襲った激痛に呼吸が止まり、口だけが空気を求めてあえいだ。


「おとなしくなさい」


 バチルダが冷たい声で言い、それに誘われるように意識が遠退いていった。


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