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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第五章
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魔神の骨と戦火の少女23

 ユイナは身動き一つできなかった。振り上げられたナイフは、鋭い切っ先を下にして、ペントの首筋へと振り下ろされる。刹那、空気中に飛び散ったのは真っ赤な鮮血ではなく、目もくらむような火花だった。サントのナイフを、アレスが接近戦用のナイフで受け止めている。まるで常に臨戦態勢にあるような素早さだ。目付きも普段のやさしいものではなく、鋭く冷たい刃物のように光っている。


「さすが、噂どおりの強さですね」


 戦闘という緊張の中で、サントは目を細めて賛辞を送り、両手のナイフで目に止まらぬ三段突きを放った。それを(ことごと)く弾き返したアレスは、サントを捕まえようと左手を伸ばす。が、一瞬の差で飛び退くサントは、引き際にアレスの指を切り落とそうとした。咄嗟に左手を横に逃がすアレスだったが、指先をわずかに斬られてしまう。

 アレスはナイフを逆手に握り直し、少年と対峙(たいじ)した。斬られた左の中指からポタリと血がしたたる。


「なぜだ」


 アレスは声を落とし、慎重に聞いた。


「俺達の目的を知らないわけではないだろう」

「魔神の骨を消滅させるという事ですか。それなら十分に理解していますよ。魔術がどれほど危険かということもね」

「では、なぜ俺達の邪魔をする」

「それが使命ですし、有益だからですよ。戦いがなければ力を試せないじゃないですか」

「力を試す……だと?」

「強い力を手に入れたら、それを試したくなるものでしょう?」

「そのために戦場を用意したというのか……」


 表情を険しくするアレスの横でザイが嘲笑う。


「まるで玩具を手に入れた子供だな。自分の力を誇示したくてしょうがないんだろ?」

「……三下が」


 今まで余裕を見せていたサントの口調が変わった。

 ザイが魔法陣を開き、そこから棍棒を取り出す。


「遊び相手が欲しいんだろ? 相手してやるよ」

「三下の相手など他で十分ですよ」


 憎々しげに歯噛みしていたサントが口元を吊り上げると、指先をかすかに動かした。その瞬間、アレスが鋭く声を発した。


「ザイ、後ろと右だ!」


 一瞬、何を言い出したのか理解できなかった。しかし、アレスの怒声に弾かれたように林の木陰から三つの人影が走り出る。一つは振り返ったペントの右後方の木陰から、もう二つはユイナの後方、サントと合わせて三方向から武器を手にした少年達が襲ってきた。突然のことに棒立ちになっていると、最小限の動きで横をすり抜けたザイが、二人組で後方から襲いかかる少年の片割れに神速の突きを放った。

 突っ込んでくると思っていなかった相手は反応が遅れ、突きを鳩尾に食らい、地面を転がって悶絶する。それを尻目に、後方から現れたもう一人の敵が短刀を振り下ろし、ザイはそれを棍棒で受け止めて応戦した。だが、右の木陰から現れた敵が迫ってくる。


「一度に二人も相手にできるかよっ」

「僕がっ!」


 ペントがナイフを引き抜いて右の敵と刃を交える。

 それぞれの場所で武器と武器がぶつかり合い、ユイナはおろおろする。アレス、ザイ、ペントの三人は敵の攻撃に対して立ち位置を微妙に変えながら、ユイナを守っていた。

 ユイナに手持ちの武器はない。唯一戦闘に使える魔術も、こんな敵味方が入り乱れる戦場では使用できない。魔法陣を開いても、味方を負傷させる危険があった。

 でも、魔術を使う好機が一瞬でも生じるかもしれないと思い、全方向に神経をとがらせる。

 ザイの相手は手強いらしく、互いに一進一退の攻防を繰り広げている。激しい立ち代りで狙いが定められない。

 ペントの相手は力押しで攻めていた。ペントは善戦しているが、ユイナよりもさらに小さい体格では相手の攻撃を防ぎきれるわけもなく、次第に押され始める。と、いつの間にかペントの相手にアレスが肉薄していた。ギョッとして動きが乱れた敵の首筋に、アレスの肘鉄が決まり、意識を刈り取る。敵が白目をむいて倒れていくのを確認もせず、アレスは体を反転させて、サントと激しく斬り結ぶ。


「本当に強いですよ! 僕の相手をしながら味方に加勢できるのですから!」


 刃と刃をぶつけて火花を散らアレスとサントは、林の木々を遮へい物に利用しながら戦っている。それを目で追って視線を動かしていると、ザイの一撃を受けて悶絶していたはずの少年が、鳩尾を押さえて立ち上がっているのが見えた。彼は弓を(つが)え、まっすぐザイを狙っていた。


「ザイさん!」


 ユイナは咄嗟に魔法陣を開こうとする。が、それよりも早く矢が放たれた。


 間に合わない!

 そう思った時、駆け付けたペントが横からナイフを振り払い、とんでもないことに飛来する矢を空中で切り落とした。


「ペントお前……」


 ザイは驚いたが、口の端を釣り上げて笑った。

 ペントは、弓を構える少年と対峙したままユイナを背後に庇い、いずれ飛んでくるであろう弓矢に備え、両手のナイフを構える。弓矢の少年は新しい弓矢を番えており、次の一撃に狙いを定めていた。ペントは射撃をしのいで相手に切り込もうとしているようだ。両者とも睨み合ったまま彫像のように動かない。

 そこに茶色い小瓶が転がってきてペントの足に触れる。腐葉土と同じような色をした小瓶の口には、火のついた布が差し込まれていた。それを見た少年たちが不意に引いていく。遠くからアレスが叫ぶ。


「逃げろ! それはデルボだ、爆発するぞ!」

「え?」


 驚愕し、ペントもユイナもその場に立ち尽くす。動いたのはザイとアレスだ。ザイがデルボの入った小瓶を蹴り飛ばし、ペントの手を引いて木々の陰に滑り込む。ユイナの所にはアレスが駆け付け、ユイナを抱きかかえると、今にも爆発しそうなデルボに背を向けた。

 刹那、デルボが大爆発を起こした。ガラス片をまき散らし、周りの木々をなぎ倒し、粉砕し、アレスの背へと迫る。


「ぐぅっ!」


 ユイナを抱き上げたアレスは、爆風を背中に受けて吹き飛ばされた。林の枝をいくつもへし折り、泉のほとりに足から接地したが、ぐらっと体勢を崩して地面を転がる。

 アレスの腕から泉の水際へと投げ出されたユイナは、全身の痛みを堪えて立ち上がった。ペントもザイも多少傷ついたようだが、木々を盾にしていたので擦り傷程度で済んだようだ。一番心配だったアレスも、どうにか自力で立ち上がっているのを見て安堵する。が、その後方、木の陰で何かが鋭く光った。それがアレスの背中を狙う矢じりだと気づいた時、顔面蒼白になった。


「ね、狙われてるよ!」


 叫んだが、アレスは爆発の衝撃で意識が薄れているのか、敵の狙いに気付いていない。

 敵の指が引き絞った弓矢を解き放つ。


「危ない!」


 そう叫んだ時には射線上に走りこんでいた。アレスを守るように立ち塞がり、空気を切り裂いて飛来する弓矢に両手を掲げた。その瞬間、


 ドスッ!!

 腕から身体に鈍い衝撃が抜けた。ユイナは後ろによろめき倒れそうになる。


「ユイナ!」


 アレスに身体を支えられた。

 ザイが魔法陣で敵を牽制し、アレスはユイナを抱いたまま跳躍して天女の踊り場に着地すると、再び跳躍して対岸にあった林へと逃げ込んだ。


「大丈夫かユイ――」


 木陰に座らせてくれた彼は、それに気づいて驚く。


「いつの間に魔法を……」


 ユイナが差し出した手の先に封魔の文様が描かれた魔法陣が浮いており、敵の矢を受け止めていた。


「すごい、でしょ」


 ユイナは自慢げに笑った。それから力を使って魔炎を生み出し、弓矢を燃やして灰にしてみせる。魔法陣から出てきた魔炎から安らぐようなぬくもりを感じる。


「私、いま本当に理解したような気がします。魔法は大切なものを守る力なんです。この世界を守る力なんです」

「そうだな」


 同意したアレスは、不意に後方の木々を振り返った。

 ユイナも遅れて気付く。近づいてくる禍々しい気配に。

 林の奥から現れ、歩を進めてくる金髪の青年。

 腰元まである長いブロンドは、たわわに実った黄金の小麦畑よりも鮮やかに輝いている。白銀のサークレットをはめたその顔立ちはまるで礼拝堂の天女を連想させるほど白く整っている。そして瞳は青い海を結晶にしたかのように蒼い。

 立ち上がったアレスは、悲しみと決別したような声で相手の名を呼んだ。


「ライン」


 金髪青年は口許に微笑をたたえる。


「この程度で苦戦するとは無様だな。得意の魔術を使え。凍てつくような氷の魔術を。魔法などという防御にしか使えない力で何をなそうと言うのだ。しかもそんな微弱な力で」

「最初の一歩は誰だってちっぽけなものです」


 ユイナは全身の痛みを堪えて立ち上がり、言った。


「でも、その小さな一歩一歩が大きな前進につながるんです」


 ラインハルトは蒼瞳を細めてユイナを見た。


「なるほど、(ちまた)を騒がせているユイナ・ファーレンという娘は貴女であったか。初めて会った時と雰囲気が違っていたので気付かなかったぞ」


 視線が彼に吸い寄せられるのを感じながら、ユイナは背筋に冷や汗をかいた。

 ラインハルトには人を惹きつける何かがある。緊迫した戦場だというのに、彼は妙に落ち着いていて、まるで午後のお茶会にでも誘いにきたように涼しげだ。だからこそ常人にはない不気味さを感じずにはいられなかった。

 そんな彼の隣にサントや二人の少年兵が来て首を垂れる。一人少ないのは、気絶しているのか、動けないほど負傷しているのか、それとも……。こちらにもザイとペントが戻ってくる。ラインハルトは続けた。


「それにしても、一夜戦争の英雄とまで言われた男が、こんな年端も行かない少女を籠絡(ろうらく)していたとはな。いったいどんな手を使ったのだ?」

「俺は何もしてはいない」

「そうか……? では、今度はユイナ、貴女に聞いてみよう」

「な、何ですか」


 突然話をふられたので身構える。


「貴女は自分の意志に関わらず巻き込まれてしまった不幸な少女だ。この場で戻ってくるのなら罪を許そう。しかし、戻ってこないなら、その時は、分かっているな?」


 どうやら最後通達をされているらしかった。

 ごくりと喉を鳴らし、不安げなペントと目を合わせる。ザイのぶっきらぼうな横顔、アレスの複雑な顔、それからラインハルトへと向き直る。そして、首に下げた舞姫のペンダントを握り締め、口を開いた。


「私はシルバートに帰りたいと思っています。シルバートには大切な家族や友達がいますから。しかし、魔神の骨を蘇らせ、それを戦争に利用しようとする貴方には賛同できません。戦争は多くの命を奪っていきます。戦争が生み出すのは、大切な人を失う悲しみだけです。アレスはそのことをよく知っています。そして、天女の啓示を受け、世界を争いのない平和に導こうとしています。だから、私はアレスについていきます」

「おい……っ」


 アレスは咎めた。が、そんな彼を真摯に見詰める。


「もう決めたことです。私、ユイナ・ファーレンは、貴方についていきます」

「お、おぉ?」


 ザイが素っ頓狂な声をあげた。


「メリル王女がいないからって愛を告白しなくてもいいだろ」


 茶々を入れられ、全身の血が瞬間沸騰した。


「ち、違います! そういう意味ではなくて、私は……」

「つまり、ここでアレスとともに殺されても文句はない、という事だな?」


 ラインハルトの落ち着いた口調にぞわりとする。沸騰した血潮も一瞬にして凍ってしまった。その肩にアレスが手を置き、ラインハルトやサント達を油断なく睨みながら耳元に囁く。


「(魔術師が俺達を捜していると言ったが、あいつらの事か?)」


 少年兵を見ながら言った言葉に、ユイナも小声で返す。


「(違います。魔術師のローブを身に着けていましたし、もっと大勢の百名ぐらいで騎乗もしていました)」

「(……カトレア達が心配だな)」

「(え?)」

「さっきから何をこそこそしている」

「ラインハルト、一つ聞きたい事がある。自慢の魔術師団はどうした」

「答える義理はない」

「まさか、そこの少年とお前だけで俺達をどうこうしようと言いだすなよ」


 ふん、と鼻で笑うラインハルト。


見縊(みくび)るな。貴様とそこの棍棒を持った男ぐらい、私一人で捕まえてやる」

「つまり、魔術師団はここには来ずに、別の場所へ向かったということか」


 わざわざ確認する言葉に、ラインハルトの眉間にしわが寄る。

 ユイナはハッとした。


 “魔術師団はここには来ず、カトレア達のところへ向かっている。”


 アレスはそう言いたいのではないかと思った。そうでなかったらカトレアのことを急に心配したりしないはずだ。


「ペント、お前を信じて頼みたい事がある」

「う、うん」


 ペントは目を丸くして頷く。


「ユイナを連れてカトレア達と合流し、先に出発してくれ。場所は分かるな?」


 ペントはもう一度頷き、「そこもしっかりと調べてるから」という。その瞳は、信用される喜びにうるんでいた。戦場から送り出そうとするアレスの瞳にやさしさが宿り、それがユイナを不安にさせる。


「ま、待ってください。私も一緒に戦います」

「悪いが足手まといだ。目の前の敵は力を抑えて戦えるような相手ではない。二人を巻き込んでしまう可能性がある。俺に従うのなら、言う事を聞いてくれ。――ユイナを任せてもいいな。歩いて行くのなら右に向かった本道を通って行くと早いぞ」


 アレスの言葉にペントは涙を拭いて頷く。真剣な目つき。


「やすやすと行かせると思っているのか?」


 ラインハルトはサント達に指示を出して本道へと向かう右側を完全にブロックさせ、自身はいつでも魔口を開けるように身構えた。


「悪いが、俺達には馬があるんだ。力尽くでも通らしてもらう」

「何?」

「ユイ姉さん!」


 ペントがユイナの手を引いて左側へ走りだす。それは馬を置いた方向だ。


「貴様ッ!」


 先ほどまで穏やかだったラインハルトが怒りを露わにして莫大な魔力を解放した。破滅をもたらす魔神の力が空間を紙のように引き裂き、巨大な魔口を生み出す。周囲の木々は、魔力の歪みから生じる黒い稲妻に撃たれ、砕けながら燃え上がる。

 殺人的な重圧から逃げるように馬のもとへ走っていると、アレスが背後を護るように立ちはだかってくれた。呪文を唱え、封魔の鎖を練り出している。アレスの周りで魔力封じの力が形を成して白光の鎖となり、まるで生き物のように渦巻いていく。

 ラインハルトの魔口がかすかに光った。魔術が発動されたのだ。刹那、轟音とともに黒い稲妻が解き放たれ、それに対抗してアレスが封魔の鎖を放つ。

 一瞬の出来事だった。黒い竜の形をした稲妻が、白蛇にも見える封魔の鎖にからめ捕られ、咆哮をあげながらアレスの眼前で止まる。次の瞬間、互いの力が限界に達し、爆散した。

 アレスもラインハルトも、少年兵の相手をしていたザイも、ユイナもペントも吹き飛ばされた。が、どうにか立ち上がって、馬のもとへ駆け寄る。馬は先ほどの爆発で少し混乱気味だったが、どうにか落ち着いてくれる。


『逃がすな!』


 ラインハルトの命令で少年兵が動いた。そこにアレスとザイが割って入る。


『ここは俺達が食い止める。行け!』


「行こう、ユイ姉さん!」

「死なないで! 絶対に死なないで!」


『もちろんだ』


 アレスは力強くうなずく。


『子供達を、妹を頼む!』


 力強くうなずいたユイナは、妖精のように軽々と馬に乗る。そして、ペントを後ろに乗せ、前だけを見据えて馬を疾駆させた。


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