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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第五章
74/87

魔神の骨と戦火の少女18

 

 ***


 クェェァッ!


 研究所へ向かっていると、遠く、後方の空で怪鳥の鳴き声がした。馬上から振り返ると、城を離れて羽ばたく怪鳥の姿が視認できた。その背に乗る小さな人影はメリル王女だろう。だが、それも一瞬の事で、怪鳥の姿はみるみる上昇し、白い雲を突き抜けて目で追えなくなる。急いでいるところから察するに、計画に支障が出たのかもしれない。


「どうされました」


 隣で同じく馬を駆る兵士が、後ろを振り返ったテンマに聞き、白雲の浮かぶ空を振り仰いで不審がっている。彼は鳴き声に気づかなかったようだ。もともと魔獣で耳のいいテンマには聞こえたが、普通の人間には聞き取れなかったのだろう。


「何でもない」


 内心の危惧を顔には出さず、馬が車道の外側に寄っていたので少し内側へと戻す。

 岩山の尾根を舗装して造られた道は、シルバート城の西門から始まり、魔術研究所まで続いている。研究所に行くには、この道を利用する以外にないようだ。尾根を舗装しているだけなので道幅も狭く、車道を外れると岩肌の急斜面になっている。その草しか生えていない急斜面にはいくつかの頑丈な壁が立ちはだかり、容易に斜面を登ってこられない仕組みになっていた。

 麓から馬で登るのはまず不可能。道具を駆使する人間ならばどうにか登ってこられるといった具合だ。木々の生えていない岩山なので、一見、麓までの見通しは良いように思えるのだが、凹凸の激しい岩肌に身を寄せれば姿を隠す事も……、できるようだ。


 通り過ぎた車道わきの斜面から、退路を断つように数名の魔術師が現われた。

 どうやらこちらの情報が漏れていたらしい。それでメリル王女は慌てて引き返したに違いない。だとすれば、研究所の破壊は無意味だろう。魔神の骨を守るための強固な守備が待ち受けているか、魔神の骨が別の場所に移されているか……。


「どちらにせよ、内通者が我々の中に紛れ込んでいたという事か」

「逆賊め、覚悟!」


 並走する兵士が剣を引き抜き、馬を寄せてきた。動きは機敏だが、前口上を述べるあたり甘さがうかがえた。殺すつもりなら無言で来ればいい。

 水筒を脇に抱えたテンマは、躊躇せず馬から飛び降り、背後で兵士の剣が空回りする音を聞いた。着地したテンマは路面を転がって衝撃を分散させ、掌に蒼い粒子を集めつつ立ち上がる。デルボの入った水筒を左腕に抱え、魔性の力で生み出した槍を右手に構えた。


 待ち伏せしていたのは三名の兵士と二名の魔術師。連携してこちらを包囲する手際の良さを見ると、なかなかの手練(てだれ)のようであった。馬で引き返してきた兵士を加えると敵は六名になる。その上、こちらは水筒を抱えていて左腕を使えない。


 テンマは静かに息を吐き出し、全神経を研ぎ澄まして相手の出方を窺う。

 二名の魔術師は黒い穴を開き、いつ魔術を発動してもおかしくない状況だ。デルボを抱えて使えない左腕のほうから兵士がにじり寄り、間合いを詰めてくる。そして剣先を振り上げて動いた。

 迷いのない一直線の攻撃。ふところへ踏み込まれるまえに、右足を軸に体をひねって槍の柄で斬撃をはじき返した。そして、魔術師が魔炎を放ってくるのを視界に捉え、体勢が崩れるのを承知で前方へ転がった。そして起き上がりざま数度の攻撃を受け止める。

 が、さすがに槍一つで防ぎきれるものではない。背後から迫った兵士の剣突きが脇腹をかすめ、水筒を直撃した。


 しまった、水筒が!


 テンマの手を離れ、宙に舞う水筒。その裂け目から油がまき散らされる。手を伸ばしかけたが、そこへ敵の魔炎が放たれ、油に引火した。


 爆発する……!


 テンマは防御態勢をとる。だが、爆発はなかった。油の入っていた水筒が路面を転がり、赤い炎を揺らめかせている。


「な……に……?」


 爆発しないだと? バカな。


 昨日の実験で、水筒の油が爆発するところを確かに見た。サントとかいう助手がハンカチに油を垂らし、デルボの爆発炎上する威力を見せてくれた。


 だとしたら、なぜ爆発しない!?

 待て、本当にこの水筒の油を燃やしたのか? 燃やしたのが水筒の油ではなく、別に仕込んでおいたデルボだったとしたら……。

 やられた。全てはあの小僧の自作自演か。


 ヒュン。

 意識が逸れたところを狙って、側面から兵士が襲いかかってきた。


「くっ」


 体を横にずらして半身になり、寸でのところで刃を逃れると、振り向き様に剣を振るおうとする兵士の肩を突き飛ばし、その反動を利用して強引に横へと進み出て、次に襲いかかってきた兵士のふところにすべり込み、足を引っ掛けて転ばせる。

 その瞬間、敵の包囲がかすかに歪んだ。一時的にテンマの前方が魔術師一人という手薄な状態となる。包囲の穴に向かって疾駆するテンマ。魔術師が魔口を広げる。大した脅威ではない。以前、ユイナが開いて見せた魔口の方が何倍も凶悪だった。

 テンマは槍を両手に構え、体重を乗せた渾身の一突きを放った。

 電光石火で突き出された槍は、魔術が発動する前に魔口を突き刺す。刃は半ばで食い止められたが、その衝撃はほとんど緩和されずに魔口を抜け、魔力で繋がる魔術師へと激突する。右手を突き出していた魔術師は指に衝撃を受けて眉間に縦じわを刻む。指を押さえている所をみると、突き指をしたらしかった。

 魔毒が槍を伝ってくるが、素早く武器を手放して魔術師の横をすり抜け、斜面を飛び降りた。そして並はずれた跳躍力で岩肌をトントンと駆け下りていく。


「『魔口は万能ではない』か。アレスの言うとおりだ」


 斜面を駆け下りつつ独りごちる。

 背後で、追撃のために新たな魔口が生み出される。そして、車道から容赦のない攻撃の雨を降り注がせた。



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