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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第五章
68/87

魔神の骨と戦火の少女12

 

 ***


 湿り気を帯びた昼の風が内陸部から海へと流れていった。

 南塔の屋上で見張りをしていたアレスは、風でめくれそうなフードを手で押さえる。銀色の髪というのは珍しさでもてはやされるものだが、目立ち過ぎてよくないものだ。シルバート大陸においては灰色髪の方が隠密行動に適している。

 ふと、屋上に自分以外の気配を感じて全身を緊張させた。が、よく知った気配であることを悟ると、肩の力を抜いて戦闘態勢を解く。


「いよいよだな」


 横に現われたテンマが声をかけてきた。

 メリル王女の魔法陣によって別の場所から呼び出された狐の魔獣は、今は狐の姿ではなく、どこにでもいそうな男に化けている。つくづく妙な生き物だ。普段は獣だが、人間の言葉も使える上に、体の強化や今のように容姿を変えることもできる。さすがに体を小さくして子供に化けたり、逆に体を大きくして巨人になるという事はできないらしいが……。

 アレスは彼にうなずき、屋上の端から再び下界へと視線を向ける。

 オルモーラから続く道の、林を抜けた辺りに三台の荷馬車がトコトコと走って来るのが見える。おそらくあれが子供達を送るために手配しておいた荷馬車だろう。

 テンマがその荷馬車を目で追いながら言う。


「やるべき事を終えた後、あのワガママ娘は私を元の場所へ返してくれるだろうか」

「それはメリル王女に聞いてくれ。俺には分からない。まぁ、彼女に好かれていたら何度でも呼び出される可能性はある」

「それだけは御免だ」


 心底苦々しい口調に、悪気はないのだが口元がゆるんでしまう。


「笑い事ではないのだぞ」

「わかっている。だが、しばらくは力を貸してくれ」


 心の底から頼んだ。テンマは、仕方ないといった顔をする。


「乗りかかった船。もとよりそのつもりだ」


 快い返事にうなずき、馬車を迎え入れるために屋上を離れた。



 検査を終えた二台の荷馬車が入城してきた。操縦者はこちらの息のかかった者達だ。彼らは酒樽を乗せた荷馬車を中庭で止めさせた。

 アレスは自分の目でも安全を確かめる。それから子供達を呼んだ。

 子供達がぞろぞろと中庭に姿を現し、大きな荷馬車が珍しいのか集まってきた。

 馬車が二台と、二十名もの子供達が群がると、広いはずの中庭も狭く感じた。


「今日の作戦を確認する。集まってくれ」


 その一言で子供達が集まる。緊張した面持ちだ。

 ちょうどその時、ザイとユイナが中庭に姿を現した。珍しい組み合わせに目を瞬かせていると、


「ユイナさん」


 不意に二班班長のヨセフが輪を抜け出して黒髪の少女を呼び止めた。それから白い紙とインクと羽ペンを差し出す。


「住所を書いてください。落ち着いたら手紙を送りたいし、もしできることなら会いに行きます」

「衆目の前で見せつけるじゃないか」


 首を伸ばしたザイが二人の様子を横から覗き込んでニタニタしていた。


「そ、そんなのではありません」


 ヨセフが慌てて否定しようとするが、その慌てぶりからすると、当たらずとも遠からずといった具合ではないだろうか。


「気にしないほうがいいですよ。ザイさんはからかうのが好きなんです」


 ユイナは少し慣れてきた感じにあしらい、紙に住所を書こうと紙と羽ペンを手にする。が、ふと顔を上げる。


「あ、筆記体じゃないほうがいいですよね」

「ひっきたい?」


 ヨセフがオウム返しに聞く。


「筆記体は使うなよ」


 ザイが忠告し、アレスもうなずく。


「ザイの言う通りだ。楷書体を使ってくれ。筆記体は貴族しか使う事を許されない字体だ。貴族以外に教える事も見せる事も禁止されている。もしその法を犯せば、貴族であろうと数日の謹慎処分を命じられるだろうし、平民には最も重い罪が課せられる」


 ユイナはひやりとしたようだ。


「それほど重い罪をかけてまで貴族文化が平民に伝わらないように徹底しているんですね」

「ヨセフ、計画が遅れ気味だ。手短に話すから聞き洩らさないでくれ」

「は、はい!」


 ヨセフが作戦会議の輪に戻ってきた。

 子供達の移動作戦に変更はない。当初の予定通り、荷馬車に積み込んだ酒樽に少女や幼児を隠れさせ、魔術師に変装したヨセフ以下ニ名の少年とカトレアが随行してオルモーラの街を目指す。街の倉庫に着いたらそこで別の荷馬車へと乗り換え、港のあるオーデル伯爵の城へと移動する。

 回りくどい方法だが、メリル王女の城からオーデル伯爵の城へと直行はできない。大荷物が二つの城を移動すれば怪しまれてしまうからだ。だから、オルモーラの街を経由し、そこで馬車を替えてオーデル伯爵の城を目指す。


 メリル王女の話だと、オルモーラの街にはラインハルトが滞在しているという。不安要素だが、作戦を遅らせる方が危険だと判断した。作戦通りうまく連携していれば気付かれることもないはずだ。

 そして、子供達は港で貿易船に乗り、シルバート大陸を離れる。

 それを最後に確認し、解散する。ヨセフは真っ先にユイナのもとへと駆け寄り、住所の書かれた紙をもらっていた。ふと、ユイナの視線が誰かを探すようにさまよい、なぜかこちらで止まった。が、すぐに違う方向へと動かされる。

 アレスは近くにいた三人の子供達を認めて呼び止める。


「アスティー、モンシー、バレット。しっかりとエビンの指示に従うんだぞ」

「「「わかったー」」」


 少し緊張気味ではあったが元気な返事が返ってきた。視線を横へと転じる。


「エビンも頼むな」

「期待に応えてみせます」


 エビンはハンチング帽を被り直していう。


「その意気だ」


 緊張するなよ、という気持ちも込めてエビンの肩をポンポンとたたいておく。こちらを見上げたエビンに目でうなずくと、彼も少しだけ緊張を解いて笑顔でうなずき返した。

 カーマルがユイナに危害を加えた事件でその手引きをした彼と子供達の仲を心配していたのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。

 あとは……。

 アレスは振り返り、班の子供達にリュックを背負わせている腹違いの妹に声をかける。


「子供達の誘導、頼む。この中でオルモーラの街並みに詳しいのはカトレアだけだ」

「言われなくても分かってるわ」


 子供達に笑顔を向けていたカトレアだが、こちらに振り向くと突き放すように言った。切れ長の目が少々釣り上がっている。もともと研ぎ澄ました刃を連想させるタイプの美人なので、怒ると迫力がある。

 そんな顔で睨まれていると思うと、ため息の一つでもつきたい気持ちになった。


「カトレアも気をつけてな」

「……わかってるわ」


 会話はこれで終わり、とでも言いたげに背を向ける。

 さみしさを感じないわけではない。しかし、今はこれ以上の会話は必要ないだろう。

 アレスも背を向けて歩き出す。


 妹はあの事件以来、笑いかけてくれなくなった。

 当然の事だ。俺は父と義母を、妹の両親をこの手に掛けたも同然なのだから。だから俺は、両親の叶えられなかった願いを、やり遂げなければいけない。この世界に未来の希望を残すために……。

 もしすべてが成就した時、妹は再び俺に笑いかけてくれるだろうか。

 何気なしに振り返ると、偶然にも妹と目が合った。

 妹は眉根を寄せ、白銀の美髪をなびかせてそっぽを向いてしまう。

 簡単でない事は百も承知だ。しかしすべてが終わった時、少しでも昔の仲に戻っていたい。俺にしろ妹にしろ、血のつながった家族はお互いしかいないのだから。

 そんな感慨にふけっていると、北塔の屋上で見張りをしていたテンマから注意を促す合図があった。カランカランカランと警鐘が鳴ったのだ。


 こんな時に!?


 全員に緊張が走る。だが、テンマは別の合図に変更してよこした。カラン……カラン……と間を開けて鐘を鳴らす。それは味方がこの城に近づいているという合図。アレスは城門脇にあるのぞき窓へと急ぎ、そこから外の様子を(うかが)う。

 城の前に広がるなだらかな草原には、一本の街道が伸びている。その道を小走りに近づいてくる少年がいる。茶色の髪と大事そうに抱えている大きめの水筒を見て、彼が油花の研究所のサント助手だと気づく。予定通り、完成したデルボを持ってきてくれたらしい。

 アレスは中庭を振り返り、子供達に作業を続けるように指示する。少女の中でも年長組のコルフェや、ルーア・ミアの姉妹が幼児と樽の中に入り、ヨセフとエビンが魔術師のローブに身を包んだ。



 子供達を乗せた荷馬車と入れ違いにサント助手は到着した。


「お待たせしました。約束のデルボが完成しましたのでお持ちしました」


 そう言って荷馬車を振り返る。


「作戦は滞りなく進んでいるようですね。食料も揃いそうだと叔父が言っていました」

「すまないな。食料まで用意してもらって」

「いいえ、叔父もよい商売ができたと言っていました。さっそくですが、デルボの出来を試してみますか?」

「そうだな。試してみるとしよう」


 アレスはサントから水筒を受け取ろうとする。が、


「あ、いいですよ。僕がやります」


 そう言ってハンカチを取り出し、水筒の蓋を外して中身の液体をちょんちょんとハンカチに染み込ませ、水筒のふたを閉める。


「デルボを持っていてください。引火したら僕らの命はありませんので」


 水筒を受け取り、サント少年がだだっ広い中庭の中央まで走る。いつの間にかブロンドの少女がアレスの隣に来ていた。メリル王女だ。デルボの試し引火にしっかりと目を向けている。魔神の骨を焼失させるほどの火力がなければ今回の作戦に使えない。

 サント助手は携帯用の発火装置で手際よく火を起こし、ハンカチの乾いた場所に火をつけると急いで距離をとった。ハンカチに燃え広がった火はデルボの染み込んだ部分へと近づいていき、次の瞬間、爆音とともに大きな火柱を中庭の空に向かって上げた。

 相変わらずの威力だ。水筒一杯の量があれば、この城ぐらい跡形もなく燃やし尽くすだろう。


「本当に危ない油ね。私がこれを持って行くのかと思うとぞっとするわ」


 メリル王女は少しだけ身震いしながら言った。


「申し訳ありません。私がそちらの作戦に回りたいところですが、私では警備が厳重になった王都に近づけません。王女とテンマに危険な役目を押し付けて申し訳ないのですがお願いします」

「本当ならこんな煩わしいことをしたくないわ。魔神の骨なんてカルツァ火山に放り込んで終わりにしたいところよ」

「恐ろしいことをおっしゃいます。火山は魔力の流れがもっとも激しい場所です。そんな事をすれば魔神骨がどんな暴走を起こすか……」

「もちろんやらないわよ」

「はい」


 こちらのやり取りを眺めていたサント助手がポケットから小瓶を取り出し、こちらに差し出してくる。


「頼まれていた薬です。これで間違いないですね」


 アレスは小瓶を受け取り、ラベルを見る。


「ああ、間違いない。ありがとう。これは代金とちょっとしたお礼だ」


 銀貨を差し出すと、サント助手は遠慮したが、食糧でも世話になったお礼だというとポケットに収めてくれた。


「その薬は何?」


 王女が胡乱げな視線を小瓶に寄こしている。


「良質の傷薬です」

「言ってくれればすぐに用意してあげたのに。貸して。ぬってあげるわよ」

「いいえ、結構です。怪我したのが少々見せられない場所でして……」


 真っ赤なウソだが、そのウソに王女が赤面する。


「そ、そう……早く治しなさいよ」

「そのつもりです」


 そう言って、袖の中に薬を隠した。


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