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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第五章
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魔神の骨と戦火の少女11

 深く反省したエビンは、みんなのために行動することを誓い、一からやり直すように子供達の靴を磨いていった。ちゃんとした道具は一つもない。しかし、破れた靴は有り物の糸や布を利用して補修をした。履き心地を確かめながら手探りの作業だった。ユイナの靴も丁寧に磨かれた。磨き方ひとつでここまで変わるのかと感心するほどの仕上がりだった。

 それから一段落し、子供たちは今、持ち出す荷物の最終点検を行っている。それが終われば、後は荷馬車の到着を待つだけだ。

 子供たちの移動作戦が近いというのに、心は妙に穏やかだった。これほど落ち着いた気持ちになれたのは久しぶりだ。


 ユイナには一つの決意があった。それは、敵対する両陣営の橋渡しをすること。

 魔神の骨を蘇らせようとするシルバートと、それを阻止するアレスとの間で仲裁に入るのは、シルバートの御用商人を養父に持ち、なおかつアレスの味方でもある自分以外にいないような気がした。自分は両陣営の橋渡しになれるはずだ。そして、シルバートの内側からアレス達に助け船を出すのだ。そのためには国の最高権力者である国王に謁見する必要がある。

 舞姫候補生として名を上げていけば、国を動かす上級貴族と顔見知りになる機会もあるだろう。そうやって上級貴族と懇意になっていけば、国王との御目通りも許されるかもしれない。その時に、アレスが天女に選ばれた救世主であることを(おおやけ)にし、彼の助力を進言するつもりだった。

 そこに辿り着くためには、途方もなく長く困難な道かもしれない。だけど、不可能ではないはずだ。なにしろ未来はまだ決まっていない。努力次第ではどうとでもなるかもしれないし、時世の流れも変わるかもしれない。とにかく、出来ると信じて行動するしかない。


 私はシルバートへ帰る。でも、心はいつでもアレスの味方でいるつもりだ。そして、彼の前に障害が立ちはだかる時、私は彼のために力を尽くす。そのためには色々と情報を収集しないといけない。天女や救世主についての正しい知識を持っていないと、誰かを説得するのも難しいはずだから。


「まずは情報を集めないと」


 たくさん知っていて、突けば何か有益な情報が出てくる。そんな実のなる木を発見する。

 ユイナは漆黒の瞳に強い意志を宿し、新たな希望に胸を奮わせ、歩みを進めていった。



 以前、社交パーティーへ出かけるユイナにアリエッタがアドバイスしてくれた事がある。


「ユイナ様。男性に頼み事をする時は、少し上目づかいに相手を見て、一生のお願いでもするように心をこめてお願いするのです。これで半分の男性は間違いなく協力してくれます。よろしいですか? どうしても貴方の力が必要です、という表情をするのです。いいですか? ちょっと試しにやってみてください」


 ユイナは言われるまま表情をつくってみる。


「こ、こんな感じ?」

「申し訳ありません。先ほど教えたことは忘れてください」

「え? どういうこと?」

「ユイナ様は、わざわざ上目遣いをする必要がないということです」

「そう、なの?」



 談話室でくつろいでいたザイにユイナは近づく。上目遣いに。


「ザイさん。少しいいですか?」


 切羽詰まった眼差しで話しかけると、ザイは片方の眉を上げる。


「なんだ? まさか愛の告白か?」

「ここではちょっと……静かなところでお聞きしたい事があるんです」

「素通りされた?」

「あ、すいません。愛の告白かどうかでしたね。それは絶対にないので安心してください」


 安心させるように全力で否定した。誰だっていきなり想いをぶつけられたら戸惑うだろうと配慮しての事だ。ところが、安心させるために言ったつもりなのに、ザイの表情は硬く、ぎこちなく笑う。


「そんな完膚なきまでに否定することもないだろ。さっきのは冗談だからな」

「冗談だったのですか」


 ユイナは胸を撫でおろした。


「それならそうと言ってください。真面目に答えてしまったじゃないですか」

「そ、そうか……ハハハハハ」


 ザイも苦虫を噛み潰したような笑い方をする。


「(冗談とはいえ、男としてへこみたい気分だ……)」

「……え?」

「いや、いいんだ。気にするな。(俺も)」


 ユイナは耳をそばだてて小首を傾げる。


「最後に何か言いましたよね? よく聞こえなかったんですが」

「いや、何も言っていない。気のせいだろ」

「そ、そうですか?」


 気にはなったものの大事な要件を済まそうと思い、


「誰もいないところでお話をしたいのですが、あちらへいいですか?」とザイが頷くのを確認してひと気のないところへと連れて行く。

「なんか急いでいるみたいだな」


 ユイナはうなずく。


「みんなと別れる前に、アレスが天女から授かったお告げについて詳しく知っておきたいんです。アレスは二つあると言いました。そのうちの一つは魔神を蘇らせないことで、シルバートが所持している魔神の骨を燃やすと聞きました。ですが、もう一つは聞けず仕舞いでした」

「それならアレスに直接聞いてみればいいじゃないか」


 もっともな話だ。でも、


「アレスは……変なところで気を使って教えてくれないと思うので」

「ふーん、それで俺のところへ」

「はい」

「まさか、俺のことを都合のいい情報源だとか思ってないだろうな?」

「そ、そんなことないです」


 まさしくその通りだったので内心ドキリとしながら脳裏に浮かぶ『実のなる木』を慌てて追い払う。


「そ、それで……天女からのお告げについて教えてくれますよね?」


 恥ずかしくも努力して上目づかいに聞いてみると、ザイは苦笑する。


「なんか質問に答えるのが決まっているような雰囲気だな。まぁいい、ユイナはあの場を丸く収めてくれた功労者だ、答えてやるよ」

「ホントですか? ありがとうございます」


 とりあえず協力してもらえると分かって柳眉を開き、安堵の息をつく。


「なるほど、今のが素顔だな?」

「はい?」

「顔、まだ赤いぞ。媚びるのが苦手ならやめとけばいいのに。目が引きつって変な顔になっていたぞ」

「へ、変な顔!?」


 思わず両手で顔を隠して背を向ける。

 それほど見られない顔だったのかと恥ずかしくなったのだ。



 しばらくして心を落ち着かせてから、ザイと向かい合うようにして椅子に座り、一字一句を聞き逃すまいと注視した。そのまっすぐな黒瞳に、コホン、とザイが咳払いをして説明に入る。


「ユイナも知っている通り、天女から与えられた啓示は二つある。一つは魔神の骨を破壊すること。そしてもう一つは世界の崩壊を食い止めることだ」

「世界の、崩壊……?」


 穏やかではない言葉に眉をひそめる。


「ああそうだ。この世界は、特に一部の国で地盤が不安定になっている。俺らはそれを食い止めるために活動している。具体的には魔術をなくすことだな」


 魔術を?

 ユイナは彼の言葉に矛盾を感じて眉根を寄せる。


「そう言えば、アレスがそんな事を言っていたのを覚えています。魔術は世界を滅ぼす力だって……でも、魔術といえば空間に穴を開けてそこから神秘の力を呼び出す術です。それはザイさんも使っているはずですけど……?」


 ザイは首筋をかき、「ユイナの言っているのは、これの事だろ?」といきなり呪文を唱えて魔口を展開した。ザイの右手と左手の間で黒い穴が口を開けている。その黒穴は普通の魔口とは違い、幾何学的な、どことなく鎖にも似た紋様を浮かべている。


「これは単なる魔口じゃない。魔口に封魔の鎖を浮かべた魔法陣と呼ばれるものだ」

「ふうまのくさり……まほうじん?」


 知らない単語が続けざまに出てきて困惑する。


「そこから説明しないといけないな。まずは封魔の鎖だ。これは読んで字のごとしで、『魔力を封じる鎖』だ。実体がなくて手で触ることはできないが、魔力を封じ込める唯一の力と言われている」


 ザイは呪文を唱え、指先で円を描く。すると、何もなかった場所に光の輪ができた。


「これが、封魔の鎖ですか?」

「そうだ。触っても大丈夫だぜ。ま、触れないけどな」


 恐る恐る光の輪に指を伸ばしてみると、指はそのまますり抜けていった。確かに触れることはできないようだ。しかし、


「なんだか指先があたたかくなったような気がします」

「へぇ。ユイナはそんな風に感じるのか。そっちの才能もあるのかもな」


 ザイがそう言っていると、空中に描かれた光の輪は静かに消えていった。封魔の鎖は長くは存在できないようだ。


「次は魔法陣か。これは簡単だな。魔口に封魔の鎖を浮かべたものを魔法陣と呼ぶ」


 ザイがもう一度、魔口に紋様が入った魔法陣を開いてくれる。

 たしかに魔口の表面には、封魔の鎖らしきものが張り巡らされている。


「おっと、これは手で触るなよ」

「は、はい」


 ユイナは手を引っ込める。


「ちなみに、魔法陣の『魔法』にも意味があって、魔口から生み出される『魔力』にこの世の『法則』を与えるから『魔法』と呼ばれている。他にも、法術、封魔の術と名をかえて世界各地に残っている」


 ユイナは頭を押さえる。

 学校ではまったく教わらなかった事が一気に詰め込まれた。

 魔法も、法術も、封魔の術も耳にしたことがなかった。

 いや、アレスがどこかで言っていたような……でもよく分からない。


「知らないことばかりです……」

「気にすることはない。それが今の社会なんだ。もともと魔法は魔神と戦うための力だったんだ。魔神を倒した後、その力は不要になったから、人は魔を律する(すべ)を次代へと伝承してこなかった。そうやって魔法は人々から忘れ去られてしまったんだ。とはいえ、一部の神話や古文書には魔法についての記述がある。それに、魔法の紋様は今でも使われているんだが、見覚えはないか?」

「魔法の紋様ですか?」

「ユイナも額に巻かれたはずだ」

「あ、封魔の帯」


 投獄された時やカーマルに襲われた時に魔術を使えないように使われた帯だ。


「そう、魔力の流れを遮断する封魔の帯には魔法が描かれている。そして俺達が使っている魔法陣にも、その紋様は入っている。その紋様で、魔口から流れ込んでくる魔力に、この世の(ことわり)を与えて無毒化しているんだ」

「魔力にこの世の理を与えて無毒化……」


 口の中で反芻する。


「まぁ、魔法は大切だって覚えておいてくれ。魔術は世界を滅ぼす禁術だからなー」


 真剣な話で肩でも凝ったのか、ザイが両手を頭の後ろにやり、天井を見上げるように背伸びをした。

 ユイナは柳眉をひそめる。


 魔術が世界を滅ぼす禁術……?

 以前にもどこかで、いや、アレスがその言葉を口走っていたような……。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 ザイの言葉を必死に噛み砕いていた思考が、一際(ひときわ)硬い物を噛んで停止した。


「魔法を使うことと、世界の崩壊を防ぐことに何か関連があるのですか?」


 背伸びを終えたザイは、ユイナと目を合わせてうなずく。


「ああ、あるな。一つ聞いてみたい。魔術で空間に穴を開けて、それが世界にどんな影響を与えるか、ユイナは考えた事があるか?」


 少し考えてみて、首を横に振る。


「だろうな」


 ザイは腕組みをし、理解し易いように例え話を持ち出した。


「たとえば、この世界を一つの巨大な『泡』と考えてくれ」

「泡、ですか」

「そうだ。この世界は闇を漂う泡のようなものだ。俺達はその泡の中で守られている。泡の中で清浄な空気を吸い、自然の恵みを口にして生きている。だが、泡の膜に穴を開ける力がある。何か分かるな?」


 ちぐはぐだった何かが頭の中で結び付き、ザイを見つめ返す。


「まさか、魔術」

「そう。泡の表面に穴を開け、泡の外から闇の力を呼び込むのが魔術だ」

「それじゃあ、魔術を使い続けていたら、泡が、この世界が崩れる……?」

「ご名答。魔術の危険性を少しは分かってもらえたみたいだな。その危険を他のやつにも理解してほしいものだが、あまりにも魔術が国々を支える力になり過ぎて、耳を貸してもらえない。それどころか、軍事力増強のために魔術を推し進める始末だ。おかげで魔術撲滅派の俺達はすっかり反逆者扱い。……ま、神話時代のように魔神が復活したら気も変わるだろうが……」

「魔神が現れたら、それこそ世界の危機で、仲違いしているわけにもいきませんものね」

「それもあるが、魔術の存在意義について身をもって知ることになるからだ」

「存在意義?」

「魔術ってのは、この世界を滅ぼすために魔神が使っていた力なんだ」


 その言葉を理解して、ユイナは絶句する。

 あまりにも衝撃的な話だった。ザイの言っている事が嘘偽りのないものだとしたら、人は忌むべき魔神の力を使って自分達の首を絞めていることになる。


「このまま魔術が使われ続けると、世界は近いうちに耐えられなくなる。最近、シルバート大陸の砂漠が広がっているのも魔力の毒が原因だと言われている。特にシルバートは魔術大国だけあって大地の汚染は甚大だ。砂漠の広さは大陸一だと言われている。そして、作物が育てられないから食料を輸入するための外貨を魔術師の派遣を増やしている。シルバートは今、負の螺旋に陥っているわけだ」

「皮肉なものですね。穀物をうまく育てられないから食料の資金を手に入れるために魔術師を育ててるのに、魔術のせいでますます大地は褪せていき、食糧が手に入らないなんて……」


 それほど深刻な状況だから小麦の大量生産を成功させたガモルド様は男爵の爵位を与えられたのだろう。


「これは一国の問題ではない。すべての生命に関わることだ。なにしろ世界が崩壊すればそこに生きる者も道連れになるんだからな」

「そうですよね……」


 途方もない話に茫然としつつ、ユイナはいつも見ていた悪夢を、オルモーラに来てからぱったりと見なくなった悪夢を思い出す。空に巨大な魔口が開き、流星が大地に降り注ぐ悪夢だ。


「シルバートには魔術で世界が崩壊する悪夢を見る人が多いそうです。私もそうですし、親友も同じ夢を見ると言っていました。その悪夢は天からの警告なのでしょうか? これ以上魔術を使用すると世界が壊れるという……」

「そうかもしれないが、俺はそんな夢を見たことがないから何とも言えない。ただ、魔力に敏感な人が悪夢を見るとは聞いた事がある。アレスもその一人だ。その話についてはアレスに聞いた方がいいんじゃないか?」

「そうですか……」


 会話が途切れ、重い沈黙が流れる。


「話が以上なら俺は行くぞ。そろそろ見張りを交代する時間なんだ」


 そう言って部屋を出て行こうとするザイを慌てて呼び止める。


「ま、待ってください。アレスがやろうとしている事は、正しい事なんですよね。だとしたら私も魔法について知りたいです。私に、魔法を教えてください」

「……やめとけ。前にも言ったが、あまり首を突っ込んでいると断首台から首が抜けなくなるぞ」

「抜けなくなってもいいんです」

「なんだって?」


 ザイは驚いて振り返る。


「首が抜けなくても、断首台に刃が落ちてこなければいいんです。そのうちアレス達が魔術をやめさせて、断首台が消えてしまえばいいんです。私も協力します。だから魔法を教えてください」


 これだけは譲れないという気持ちで相手を見詰める。

 ザイはユイナの勢いに感心したような顔をする。


「迷いが吹っ切れたみたいだな」

「そう見えますか?」

「ああ。なんというか……美人になった」

「へ?」


 変な声が出てしまった。


「な、何を言い出すんですか突然。びっくりさせないでください」


 突拍子のない発言に面食らい、美人だと褒められたことに顔を紅潮させる。


「びっくりしているのはこっちだ。目を離した隙に性格美人になってるんだからな」

「……、そっち?」


 半目になる。


「おやおやー。何だと思ったんだ?」

「何でもいいでしょう」


 キッと睨むユイナに、ザイはにやりと笑う。


「意外とからかい甲斐があるな」

「か、からかったんですか!? もう信じられません。見損ないました」

「って事は、それなりに俺を買ってくれていたって事か?」

「し、知りません。そんな事より、魔法を教えてください」

「そうだなー。どうしても、と言うのならしょうがない。特別に教えてあげよう」

「本当ですか?」


 ザイはウィンクして見せる。


「俺は嘘を言わない。(さっきのもな)」

「……?」


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