魔神の骨と戦火の少女10
ユイナを含めた第二班の面々は、少年に案内されて階段を上がっていった。
アレスの部屋の前には人だかりができていた。どうやら室内にカーマルに手を貸した犯人がいるらしい。
こちらに気づいた人垣が割れ、道が開かれる。案内人の少年がドアを押して振り返り、奥に進むように促す。
ユイナは首を動かすことができず、目でうなずき、開かれた部屋へと入っていく。後ろからペントとヨセフも付いてきた。
入口正面の窓際にアレスが背中を預けて腕組みをしていた。カーマルの悪事に手を貸した人物が仲間から現れたためか、沈痛な面持ちだ。その隣のザイは指をトントンと机に打ち付けて苛立ちを露わにしていた。
部屋に入ったヨセフが犯人の正体を認めるなり、眉を吊り上げた。
「お前……!」
部屋の隅にカーマルの協力者は立っていた。ハンチング帽を目深にかぶり、こちらを見ることができないのか、目を伏せている。第三班の班長、エビンだった。彼の姿を見たのは、舞踊劇で彼に糾弾されて以来だった。
「ちょっとあなた達、外で待っていなさい」
「僕も入る」
「私も」
幼児達がカトレアの制止を我儘で押し切り、雪崩のように入室してくる。そして、晒し者にされたエビンに驚き、どんな顔をすればいいのか戸惑い、固まってしまっている。
しかし、この事態を呑みこめる少年少女は一様に白い目を彼へと向けていた。
彼らは仲間を守るためには、敵や加害者を仲間から弾き出せばよい事を知っているのだ。少し前まで舞姫学校に通っていたユイナも同じだった。平民上がりだと蔑む相手に対して、自分も相手の小ささを蔑んで遠ざけていないと心が耐えられなかった。
でも今は違う。カトレアやペント達と舞踊劇を通して敵対していた子供達と仲直りできた。たとえ自分を裏切った相手だとしても、冷静に話を聞いてみたい。まずはそこからだ。
「エビンさん」
ユイナの呼びかけに、エビンは俯いていた顔を上げ、初めて目を合わせた後で、衆目に耐えられずにうつむいた。
「正直に答えてください。どうしてカーマルに協力したんですか」
エビンはしばらく振り向こうともしなかったが、意を決したように言葉を発する。
「金がほしかったからだ。あいつの言う通りにすれば金が手に入ったから……」
「金のためにユイナさんを売ったのか!」
ヨセフは相手を殺しかねない勢いで掴みかかり、無抵抗なエビンを石畳に押し倒し、顔を殴った。いつものヨセフから想像もできない暴行に子供たちが唖然とする。
「やめてください!」
ユイナは叫んだ。自分の声とは思えないほど厳しく突き通る声だった。
もう一度殴ろうとしたヨセフの拳は、横からアレスの大きな手に止められた。
どうして、という顔でヨセフが振り返る。
「仲間に手を上げるのはやめてください」
仲間という言葉にエビンは目を見張る。
ヨセフは訳が分からないと首を振り、声を荒げる。
「こいつのどこが仲間ですか! こいつのせいでユイナさんはもう少しで……大変な目にあうところだったんですよ!? こいつはユイナさんを危険にさらしたんです」
「私も城を抜け出してみんなを危険にさらしました。結果的に誰かを危険にさらすという部分は同じじゃないですか? それを考えると私に彼を責める資格はないと思ったんです。それに、私は暴力を見たくありません」
辺りは、しんとなった。ヨセフの手から力が抜け、アレスが手を解放する。
エビンは石畳に倒れたまま壁の方に顔を向けていた。その頬は殴られたせいで少し赤く腫れていた。
「ひとつ教えてちょうだい。どうしてお金が欲しかったの?」
カトレアが場を落ち着かせるような声で問いかける。
エビンはしばらく黙っていたが、ヨセフを押し退け、上半身を起こした。
「……独り立ちするためだ」
「独りでどうやって生活していく気だ」
「靴を作る。俺は靴職人になりたいんだ」
誰もが驚いたようにエビンを見ていた。みんな初耳だったらしい。
「本気か? 楽な道じゃないぞ」
「馬鹿にするなよ! そんな事はわかっている。だから金が欲しいんだ。靴職人になるためにはちゃんとした道具もいる、この人はと思える師もほしい、その師を捜す旅費もいる、師事する職人を見つけたら今度は生活費もいる。何をするにも金が必要なんだ。でも、俺達には食料を買うだけの金も十分にない。その金だって、メリル王女の生活費から削り取って安い食事にあてている。みじめじゃないか、こんな生活。だから俺は早く一人前になりたいんだ。こんなところで時間を浪費している暇はないんだ」
「時間の浪費、か……」
今まで一言も発さなかったアレスが悲しげにもらし、孤児たちも口を引き結ぶ。
寂寥に満ちた空気が波紋のように広がっていた。
エビンは自分の失言に気づいたようだが、逆に開き直ってしまう。
「俺は一流の靴職人になって有名になってやるんだ。最高の技術で世界に一つだけの高級品を作り上げてみせる。そんな俺の靴を貴族は高い金を出して買いに来る。誰もが俺の靴でなければ外も歩けなくなる。それが俺の夢だ」
「そんな夢のためにユイナさんを売ったのか! 決して許される事じゃない!」
「まぁ、待てヨセフ。ユイナの前で格好つけたいのはわかるが今はおとなしくしてろ」
「なっ」
「それに、許す許さないは俺達が決めることじゃない。そうだろ?」
ザイの言葉にアレスがうなずき、こちらへ視線を向けた。
「ユイナはどう思っている? 正直な気持ちを聞かせてくれ」
「私の気持ち、ですか……」
正直なところ、昨夜のおぞましい体験は思い出したくもない。他人の指が身体を這い回る感覚がよみがえるだけで震えてしまう。そして、異様なまでに執着心の強いカーマルを牢屋から出せば、あのような事態になることは容易に想像できたのではないかと責めたい気持ちもある。
しかし、目を逸らす彼に後悔の色を見た。おそらく、彼が望んだ事件ではなかったのだろう。それに気付いてしまうと、怒りは行き場を失う。
ユイナは努めて平生を装い、慎重に言葉を選ぶ。
「まだ整理ができていないのが正直なところです。ただ、感情に任せた判断だけはしたくないです」
カトレアと目を合わせると、彼女は静かにうなずいた。対応は間違っていないと思う。それとは別に、一つ不思議なことがあった。他の子供達が信じてくれた中で、エビンだけがかたくなに信じようとしなかった。それはなぜか。
「どうして私のことを疑っていたのですか?」
「………」
「何か理由があるのでしょう?」
「みんながユイナのことを信じてしまったからだ」
「……?」
一同が怪訝な顔をする。ユイナも意味がわからずに彼を凝視する。
「疑うことを忘れたらいけない。相手を信じ込ませてすべてを奪っていく奴もいるんだ。みんなが疑わないなら、俺だけでも疑ってやろうと思った」
「……、過去に何かあったのですか?」
「…………」
顔を背けるその反抗的な態度が何かあったと肯定していた。
「話してみろよ。ここまで話をしたんだ。今さら隠す必要もないだろ」
「何で話さないといけないんだ」
「あ? 聞かなければわからないからに決まってんだろ」
血の気が多いザイが声を凄ませて近付こうとする。その彼をアレスが手で押しとめた。
「知りたいから聞いている。それが叶うまで、この場は終わらないぞ」
エビンは睨みつけるような目で石畳を見詰めていたが、話さなければいつまでも待ち続ける空気を感じたのか、大きくため息をついた。
「もう十年近く前の事だ」
遠い子供時代を思い出すように語りだした。
「俺の親父は有名な靴工房を取り仕切る親方だった。親父が作る靴は他の誰も真似できないほど緻密で、貴婦人の御用達だった。噂を聞きつけた貴族が嫁や恋人への贈り物として遠方から買い付けに来たほどだ。他の職人達も腕利きだった。みんなが子供の頃から靴作り一筋で生きていた。それこそ何十年という歳月をかけて魂をかけて作っていた」
彼にとって誇りなのだろう、言葉に力があった。
「そんな時にあの女が来たんだ。女は自分も職人になりたいから働かせてくれと頼み込んできた。最初は親父も断っていた。男だらけの職人の世界で女がやっていけると思えなかったからだ。しかもその女は二十歳を超えていた。普通は子供の頃から下積みをして一人前になるのが三十歳前だと言われている世界だ。女の将来を考え、親父は断っていたんだ。
だけど、女は子供と同じ下働きから積み上げていくと言った。実際に朝から晩まで雑用をこなしたし、しかもよく気が利いて休憩時間には飲み物を配って回ったし、昼食も作ってくれた。みんな関心したよ。特に親父は、お袋が生前に同じように工房を支えてくれていた事もあって、その女に信頼を寄せるようになった。俺も実の母親のように接してもらった。そんな事が半年続いた頃だったか、由緒ある品評会に親父の作った靴が出品される事になった。親父は一足の靴を作るために全身全霊を込めた。だけど、品評会の数日前に完成したはずの靴がなくなっていた。
その靴が親父の前に現れたのは品評会の当日だった。ライバルの工房からその靴は出品されていたんだ」
その時の悔しさが蘇ったのか、右の拳を握りしめていた。
「その時は犯人が分からなかった。親父は言っていたよ。たとえ靴を盗まれたとしても、あの技術をマネできる訳がないと。だけど、今度は別の事件が起きた。工房一の腕利き職人とあの女が関係を持ったんだ。その職人には妻子もいて、親父はそれを許せなかった。工房から追い出したんだ。その職人は親父を恨んで、ライバルの工房に移っていった。
誰もわかっていなかったんだ。すべてはあの女が仕組んだ罠だって。あの女はライバル工房の関係者だったんだ。その時は、本当にわからなかった。誰も、そして俺も、あの女を疑っていなかった。ただ掻き回されて、悪い噂が流れて、技術までライバルの工房に盗まれて、親父は信用を失った。
親父は失意のあまりに靴づくりが手につかなくなった。靴職人は靴を作らなくなったら終わりだ。そのうち戦争まで始まって軍靴しか製造許可が下りず、軍靴の知識に乏しかった工房は落ちぶれていった。親父は酒におぼれて、不遇な自分を呪いながら死んでいった。どうにもならなかった。だがあの女は、自分のした事を忘れたかのように、ライバルの工房が儲けた金で遊んでいやがった。
俺は許せなかった。あの女だけは許せないと思った」
言ったエビンがユイナと目を合わせた。
「だからと言うのは卑怯なのかもしれない。重なって見えたんだ。ユイナとあの女が。最初は相手にされていなかったのに、その努力で信頼を勝ち取っていくところが……、スパイなんじゃないかと……。だから、同じ過ちは繰り返せないと思った。みんなが信じ込むなら、俺だけでも疑ってやろうと。何かあった時のために見張ってやろうと……。
だけど、カーマルを牢獄から出して怖くなった。本当に危険なのはユイナじゃなくて、カーマルじゃないかって……」
「もしかして、ヨセフと夜の見張りを交代したのはそれが理由? ヨセフやペントが部屋に戻れば、同室のユイナに危機が迫っていると気付くと思った」
カトレアの推察にエビンが首を縦に動かした。
納得できないのはヨセフだ。
「それがカーマルを逃がした事の帳消しにならないぞ」
「わかってる。どんな罰だって受けるつもりだ」
言って、まっすぐにユイナを見詰めてくる。
「ユイナはどうしたい」
アレスの瞳もこちらを見ていた。
ユイナは戸惑い、視線をさまよわせる。
「わかりません……。あの恐ろしい夜の事を思い出すと、本当なら相応の罰を与えないといけないのでしょう。でも、罰を与えたところで恐ろしい記憶が消える訳じゃありません。それどころか、ますます忘れられなくなりそうで……」
「それは、罰を与える行為があの事件を想起させるという事かしら? あの事件があったから罰を与えているのだという」
「そう、ですね。そうだと思います」
誰かを裁くのは好きではない。相手が奴隷承認のような極悪人ならともかく、エビンはアレスの仲間だ。重い罰を与えれば、容赦ない人間だと思われてしまうだろう。逆に軽い罰だと、なぜ甘い罰なのかと周囲から不満が出るのではないか……。つまるところ他人の目が気になるのだ。もっと言えば、アレスからどのように見られてしまうか気になるのだ。
結論を出せないまま、部屋は沈黙した。
光刺す窓辺の壁に背中を預けたアレスは、腕組みをしたまま天井を仰いだ。
彼も辛いのかもしれなかった。家族同然の子供達が仲間を売ったり、傷つけたりするのを見るのが。しかし、彼が天井から前へと視線を戻した時には、いつもの優しさは消えていた
「ユイナ、迷っているのなら、この場を預かっても良いか?」
その眼光が少し怖いぐらいで、気圧されながらも「はい」と応える。
アレスは目でうなずき、床で尻もちをついたままのエビンとヨセフに向き直る。
「二人とも、椅子に座れ」
「ぼ、僕もですか?」
「そうだ」
エビンとヨセフは近くのテーブルから椅子を引き出し、アレスの前に座った。
ただでさえアレスが長身なので、見下ろすような格好になっている。
「まずはヨセフだ。むやみな暴力はやめろ」
「……ごめんなさい」
ヨセフは反省したように謝る。
「それからエビン、本心から悪いと思っているならユイナに謝るんだ」
エビンは椅子から立ち上がった。そして、帽子をとると、ユイナの前まで来て頭を下げた。
「悪かった。すまない……」
しばらく頭を下げたままでいるので、ユイナは「わかりましたから顔を上げてください」と言う。
エビンはもう一度頭を下げると椅子に戻った。
「エビンがしたことでユイナを危険な目に遭わせた。許される事ではない。だが、一方でみんなを守るためにユイナを見張っていたことも知った。それに、最後はユイナを案じた。どうでもいい相手だったなら心配する事もなかっただろう。その行動からも同情の余地はある。だから、罰は与えるべきではないと思う」
「そんなっ」
反駁しようとするヨセフをアレスが眼光で制する。
「俺は、『罰を与えるべきではない』と言っただけだ。何もないでは示しがつかない。ユイナにとっても、皆にとっても、そして、エビンにとっても。では、何をするのか――」
どうするつもりなのかと次の言葉を待っていると、
「その話をする前に、なぜ今まで靴師になりたい事を言わなかった?」
思わぬ方向転換に、静かに聞いていたユイナも瞬きする。
「言ったってどうにかなる話じゃないから」
「それは言ってみないとわからない。口にしたほうが実現に近づくことだってある。しかし、なぜ一流の靴師になりたいんだ?」
「一流の靴を作れば貴族が高値で買っていく。それで贅沢な生活ができるからだ」
「目指しているのは一流の靴師か? それとも贅沢な生活か?」
「どっちもだ。みじめな生活を送りたくない」
「それなら、その夢に向かって全力を出していないのはどうしてだ」
「やろうとしてるッ。だから汚い仕事にまで手を出して資金を貯めようとしてたんじゃないか」
「その汚れた金で靴師になれたとして、うれしいか?」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ! 道具を買うのも金、材料を買うのも金、修行するのも、食事も、住む場所だって金がいる。何をするにも金、金、金だ!」
「金がないからと自分に汚点を残すのではなく知恵を絞れ。一人で稼げる金には限界があるなら、皆の協力を得て資金を集める方法だってあるんじゃないか?」
「それができれば苦労はしない! でも、できるわけないじゃないか!」
「決めつけて何もしない。その状態で皆の協力が得られると思うか?」
エビンは歯痒そうに顔をしかめた。アレス達の懐事情を知っている彼は、助けてほしいと言えなかったに違いない。だが、それはアレスの言う通り、決めつけなのかもしれない。
「責めてばかりで悪いな。だが、もう一つ言わせてくれ。俺は、高値の靴を作るのが一流の職人だとは思わない。絶えず己の技を磨き、その技で人々を感動させられるのが一流の職人だと思う。そもそも、俺達が靴を履いているのは見た目だけか? そうじゃないはずだ。冷たい石畳の上も楽に歩けるように、砂の上を歩いても足が汚れないように靴を履いているんじゃないのか。履いて歩くだけで喜べる。それが何物にも代えがたい大前提だろう」
その言葉に打ちのめされたようにエビンがうつむく。
「エビン、目の前にいるみんなの靴を見てくれ。ずっと同じ靴を履き続けてボロボロだ。中には成長期で靴が履けず、寒くてもわざわざ指穴まで開けて履いている者までいる。それを間近で見てきて何も感じないのか? もし本当に靴を愛しているのなら、みんなのために靴を作ることを考えてみないか」
「簡単にいうけど、簡単に出来るわけないじゃないか。親父の作業を遠目に見ていただけで、靴を作り上げるための知識だって虫食いだらけだ。道具や材料だってどこにもない」
「材料費なら積み立てればいい。場合によっては城で使わなくなったものをかき集めてバザーを開いてそこで儲けたお金を道具代に当てるのもいい」
「だけど知識が……」
「無い知識は、試行錯誤を繰り返して見つければいい。俺だって、強い魔術師になるために全てが手探りだった。希代の魔術師だった父からは確かに魔術の極意を教わったが、どうも自分の体質には合わなかった。だから俺は試行錯誤を続けた。そうやって失敗を積み重ね、自分の手で掴み取ったものが自分の力になった。
最初から一流になれるほど世の中は甘くない。たとえ一流の助言をもらったとしても実践できなければ一流には届かない。だが、だからと言って行動をおこさなければ、一流どころか三流の足元にすら及ばないと俺は思う」
そこで一呼吸置き、エビンを誘う。
「俺達のところでしばらく腕を磨いてみろ。みんなのために靴を作るんだ。それが、俺からの願いだ。その中身はとやかく言わない。自分で考えろ。真心だけがユイナと皆への罪滅ぼしになる。そしてやり切って、これ以上ここで身につけることがないと思ったら、その時は言ってくれ。喜んで新しい世界へ送り出してやる」
「どんだけお人好しなんだか」
ザイが呆れたように言う。
「だが、そうだなー、それで有名になったら俺の靴も作ってもらおうじゃないか」
「なんだよそれ……俺は責められなきゃいけないのに……」
エビンは唇をわななかせた。涙をこらえていたが、うまくできていなかった。
アレスは苦笑する。
「一応、責めているんだぞ。だが、それ以上に今までの殻を破って成長できるのではないかと考えた。俺は、エビンや皆が成長していく姿を見ていたい。それだけだ。――ユイナはどう思う? どうしたい?」
「アレスが言ってくれた事に賛成します。それ以上はありません」
目に浮かんだ涙を人差し指で拭う。最近、なんだか涙もろくなっている。それに、アレスの熱弁を久しぶりに聞いた。普段は無口で構えているのに、しゃべると雄弁で、更に見直してしまった。彼は誰よりも子供達の事を考えている。それに比べ、私は自分がどう思われるかしか考えていなかった……。恥じ入ると同時に、彼への尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
視線に気づいたアレスは、照れ隠しなのか銀髪を掻く。そんな仕草までされると逆に照れくさくなって、ユイナも意味もなく視線を逸らした。それから、エビンの前に進み出る。
「独りで抱え込まないでください。独りで抱え込んでいてもなかなか好転しないと思います。私もスパイだと疑われている時は、カトレアさんに声をかけてもらって肩の荷が下りました。みんなの前で披露した剣舞もカトレアさんの提案なんです。カトレアさんが私とみんなとの中間の立場で仲裁に入ってくれたからこそ……みんなとの仲を戻すことができました」
そう言い切ったユイナの脳裏にある考えがよぎる。それは陽炎のように不確かでありながら、全身が震えるほど強烈なひらめきだった。
深まりそうな考えを脇に置き、続ける。
「私達は仲間です。エビンさんも、もう少し私達を頼ってくれてもいいんじゃないですか? 私は仲間として協力します。――いいですよね?」
ユイナはアレスに顔を向けて聞いた。
「それは改めてエビンを仲間として認めるという事か?」
「そうです」
「被害を受けたユイナが許すというのなら、俺から言う事はない。それと、ユイナの気持ちが伝わったのなら、ウィンスターの本土へと渡れるようにみんなで力を合わせてくれ」
「私からもお願いします。無事にウィンスターへたどり着けるように協力してください。私は一緒に行く事はできませんが、成功するように祈っています」
ザイがこちらを一瞥する。
「そうか、ユイナはシルバートに帰るんだな」
「はい。でも、私は向こうに行ってもみんなの味方でいます」
ユイナの決意表明に、カトレアが柳眉を曇らす。
「どうしてそこまでするの? 私達の味方でいるという事は、魔術奨励国の敵になるという事よ。それは世界中の魔術師を敵に回すのと同義なのよ」
「世界中の魔術師ではないと思います。だって、こちらにはシルバート最強の魔術師がいるじゃないですか。それにザイもいます、メリル王女だって、テンマだっています。強力なメンバーじゃないですか。味方は確かに少ないかもしれませんが、敵側の魔術師にだって理解者は現れると思います。
それと、私がみんなに肩入れするのは、みんなの境遇が他人事には思えなかったからです。信じられないかもしれませんが、私も孤児でした。五歳の頃に両親を殺されたんです。それから野宿したり奴隷商人に捕まったりと大変でしたが、運良く貴族の方に助けてもらいました。血は繋がっていませんが、私を拾ってくれた新しい家族の事を大切に想っています。
ここに集まったみんなも孤児だと聞きました。そして、アレスに拾われて一緒に寝食をともにしています。血はつながっていなくても家族なのだと感じました。
……みんなの心には失った家族との思い出が詰まっているかもしれません。きっとそれは大切な思い出なのでしょう。でもそれと同じくらい、今の仲間を大切にしてほしいと思います。それが私の願いでもあり、私がみんなに肩を入れる理由でもあります」




