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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第五章
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魔神の骨と戦火の少女9

 男を好きにはならないと思っていた。その原因の発端はユイナの実父にあった。

 実父は気性が荒かった。昔は魔術師として名を馳せていたらしいが、度重なる戦場で精神を病み、大きな罪を犯したとかで母やユイナともども国外へと追放された。それは死の宣告に等しかった。多くの人を殺した父はそれだけ多くの恨みを買っていた。隣国に助けを求めることもできず、人目を避けるように山奥へと逃げ、秘境のような洞窟へと隠れ住んだ事は今でもよく覚えている。草を食べて命をつなぐひどい暮らしだった。父はかつての栄光にしがみつきながら、家族に対して暴力を振るうようになった。そのうちに母も気を病んでユイナに辛く当たるようになった。でも、耐えるしかなかった。幼いユイナにとって、家族だけが人生のすべてだった。だから、壊れていく家族を守るために、父を怒らせないように必死だった。幼心に、父を怒らせたら家族が崩壊するという恐怖が染みついていたのだ。奴隷商人にシェスを殺された事で、男への恐怖がさらに深く刻み込まれた。

 ガモルド男爵に拾われた頃はそれも少しは和らいだものの、社交場に行くこともできなかったユイナは男を知らないまま、閉じ込めていた過去を想像で膨らませてしまい、男への恐怖をさらに募らせてしまった。


 そんな時にアレスと出会った。いや、矢庭に噛みつかれた事を『出会い』という言葉で片付けていいのか分からないが、とにかく、その出会いが原因で生理的に嫌いな男と、しかも反逆者の濡れ衣を着せた男とシルバートを逃げる事になった。


 当然、最初は恐れと憎しみを抱いていた。しかし、銀色のふさふさした毛に包まれて寒い夜を越えていくうちに、彼のやさしさに触れていくうちに、恐れや憎しみは消え、新たな感情が芽生えていた。

 彼と出会ってからというもの、自分の価値観が音を立てて変わっていくのが分かる。彼の存在が胸の中で大きくなっていくのを止められない。


 でも、どうして今なの? 別れると決めた今になって気付く事ないじゃない。

 彼に対する切ない気持ちを……。

 こんな想いに気付かなければ良かった。気付かずに通り過ぎて、苦しんでいた事さえ忘れてしまえばよかった。だって相手は国に反旗を翻した反逆者なのだ。国のために小麦を栽培しているファーレン家の娘が好きになってよい相手ではない。


 シルバートの御用商人である養父。魔神の骨まで使って軍事力を強化しようとするシルバート。それを阻止しようとするアレス。ユイナにとって大切な人は、互いに相容れない陣営にいる。


「どうして敵同士なの……」


 (なげ)くようにつぶやいて、ふと、顔を上げる。


「敵同士……?」


 数日前まで似たようなことで悩んでいたのを思い出した。

 スパイだと疑う子供達の前で決死の舞踊劇を披露して、手を取り合ってフォークダンスを踊ったのではないか!


「同じことが、できるんじゃない……?」


 それは、世間知らずの子供じみた発想かもしれなかった。たかだが二十名程度の子供達と、百万とも言われるシルバートの民では規模が違う。

 だけど、的外れだろうか? いや、そんなことはない。


「分かり合える道はきっとあるはず。手をつないで歩ける道が、きっと……」


 ユイナは誰も考えもしなかった道を模索し始めていた。



 いつもは中庭で行っていた朝食会だが、ラインハルト侯爵のような突然の来客を心配してか、三つの班に分かれて室内で行うこととなった。ユイナはヨセフを班長とする第二班に組み込まれ、今は班長の部屋で、つまりユイナたちに割り当てられた部屋に八名もの少年少女を招き入れて朝食をともにしている。

 望んでいたみんなとの朝食会でうれしいことではあったが、心はそこにはなく、シルバートのガモルド男爵と反逆者にされたアレスの味方を両立させるにはどうすればいいのかと考えを巡らせている。

 向かい側の女の子がもじもじしながら「ねぇ、お姉ちゃん」と声をかけた。ユイナは二回ほど声をかけられて自分が呼ばれていることに気づく。


「どうしたの?」

「お姉ちゃんは一緒に来てくれないって、ほんとうなの?」


 ユイナは瞬いて女の子を見詰め、それから辺りに目を向けた。

 みんなの食事をする手が止まっていた。その顔に驚きはない。部屋のみんなはすでに知っているのだ。


「本当だよ」


 ユイナは平常を装った。


「もっとダンスを教えてくれるんじゃないの」

「ごめんなさい。それはできそうにないの。でも、カトレアさんがたくさん教えてくれるはずよ。カトレアさんほど美しく舞う人は世界中を探してもいないかもしれない」

「もちろんカトレアお姉ちゃんの踊りも大好きだけど、私はお姉ちゃんのダンスも教えてほしい。だって、一番かっこよかったもの」


 女の子の目は輝いていた。ユイナのダンスに心の底から魅了されたのだ。


「……ありがとう」


 自分の舞踊を喜んでくれる人がいる。これ以上の幸せがあるだろうか。今まで一生懸命になってやってきた事が一人の女の子に伝わり、その瞳を輝かせているのだと思うと、なんだか胸がいっぱいになってきた。


「ほら見て。剣を持ってこう踊るんだよね」


 女の子が一生懸命になって踊って見せ、ユイナは目に涙を浮かべてうなずく。


「そうよ。そうやって着地と同時に右足のつま先と左足の踵で回るの……うまいよ……本当にダンスが好き

なんだね」

「うん! お姉ちゃんも、ダンス好きよね?」

「そうよ。私もダンスが好き。落ち込んでいる時でもダンスをすると大抵のことは楽しくなるもの。ダンスのない日常なんて考えられない。それぐらい好きで、一日中ダンスの事ばかり考えていたよ……」

「私も」


 女の子は共感してくれたが、ユイナは自分が過去形の言葉を使用したことに気付いた。現在はダンスの事ばかり考えているわけではないと言ってしまったのだ。少し前の自分からは考えられないことだ。

 舞姫学校に通っていた頃はダンスの事ばかり考えていた。それが全てだった。だけどいつからだろう。踊り以外にアレスの事を考えるようになったのは。

 もし許されるなら、アレスの傍にいたい。見知らぬ貴族男性と結婚するくらいなら、アレスと結婚したい。信頼できるし、追手から守ってくれた恩も返せていないし、シルバートでも随一の魔術師だし、ガモルド男爵もきっと気に入ってくれる。

 だが、彼はシルバートに反旗を翻す人物だ。彼の味方になるという事は、自分までシルバートの敵にされてしまう。それに、アレスの味方になりたいと言ったら、彼はどう思うだろうか。彼からしてみれば争いに巻き込んでしまったユイナに負い目がある。付いていきたいと言ったら、それは彼の重荷になるのかもしれない。

 そもそもアレスにはメリル王女という許嫁もいるではないか。

 自分の存在が恋路の邪魔だと思われたら、立つ瀬がなくなってしまう。

 いや、今、思ったことは自分の考えであって、アレスの気持ちとは限らない。ひょっとするとアレスは自分の事を重荷とは感じていないかもしれない。そういう事は本人に聞いてみないと分からないものだ。

 そう、聞けば答えが出る。嘘をつかれなければの話だけど。


 待って、本人に直接聞ける勇気があればこうやって悩みはしないよ……。

 はぁー、と小さくため息をつく。


 部屋の右端にある暖炉の火は小さくなったが、まだ燃えている。

 アレスは暖炉の火のような存在だ。これから遠く離れるのだと思うと寒く心細く感じるし、かといって触れようとすると身を焼かれるほど熱い。手を握られるだけでもうれしいくせに、近付いて拒絶されたらと思うと、前へ踏み出す勇気を持てずにいる。結局、程よい距離を保っているのが一番心地よくて、そこに居座ってしまうのだ。

 でも、別れはすぐそこまで来ている。今日の午後には子供たちと、そして明日の夜明けにはアレス達と離れ離れになる。

 まるで別れを暗示するように、ちろ、ちろ、と暖炉の火が弱まっていく。


 私は違う。

 離れてほしくないし、消えてほしくもない。

 何が何でも心に火を灯し続ける。たとえ敵対する陣営に分かれても、アレスの味方でいる。

 決意した時だった。部屋の扉が弾かれたように開き、少年が駆け込んできた。よほど慌てていたのか、呼吸を乱している。

 朝食をとっていた少年少女たちは腰を浮かせた。


「敵か!?」

「合図はなかったぞ」

「違う!」


 少年は首を振り、ユイナを見詰めて言った。


「カーマルを地下牢から出した犯人が分かったんだ!」


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