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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第五章
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魔神の骨と戦火の少女1

 アレスに手を引かれるまま中央塔への階段を駆け上がる。剣舞で死力を尽くした身体は限界に達しており、思うように力が入らない。石段に乗せる足も鉛のように重く、身体中がギシギシと(きし)んでいた。それでも早く身を隠したいのと、彼に遅れたくない気持ちで石段を駆け上がる。


「つらいのか」


 不意にアレスが走りながら聞いてきた。

 身体が軋むたびに彼とつなげた手に力が入り、気付かれたらしかった。


「い、いいえッ……平気です」


 ユイナは痛みを、そして顔の火照りを押し隠し、階段を上る事に専念する。立ち止まってはいられない。シルバート王国の最高指揮官がこの城に向かっているのだから。

 中央塔への階段を上りきると、西塔側の廊下からメリル王女が出て来た。後ろには護衛兵を四人引き連れている。


「アレス!」


 メリル王女はスカートの裾を引き上げて駆け寄ってきた。そしてアレスの後ろに隠れたユイナに気付き、新緑の瞳に剣呑な光を宿す。何か言われるのかと身構えたが、王女は何も言わず、ユイナを押し退けるようにしてアレスの横に並ぼうとする。王女の切迫した気配と敵意に押されて身を引こうとした。


「……ぇ?」


 アレスの手がしっかりと握ったまま放そうとしない。

 離れようにも手が抜けないのだ。


「カーマルはどうされました」


 アレスが聞いた。


「声も出せないようにして牢獄に縛り付けてやったわよ。――それよりさっきの警鐘、シルバートの兵が来ているの?」

「いいえ、ラインハルト一人です」


 メリル王女の足が止まり「百雷の……?」と聞き返す。


「そうです」


 つとめて冷静に言い、歩調を緩めないように王女を促す。


「しかしラインハルトは囮かもしれません。陸に注意を向けさせておいて海から近付いて回り込むつもりかもしれません。見張りを北、東、西の塔に最低でも二人は配置しておいてください。岸壁から近寄れるとは思えませんが、油断はできません……」


 メリル王女は緊迫した顔でうなずき、「聞いたわね。行きなさい」と護衛兵に指図した。


「応接室で会いますか?」

「その方が監視もできるでしょう。――その女も連れて行くつもりじゃないでしょうね」

「連れていきます。彼女は訓練を受けていませんし、髪の色が目立ちますので私とともに隠れます」

「そこよ。応接室」


 アレスがドアを押し開け、王女を先に通し、ユイナの手を引いて中に入る。

 廊下の薄暗い肌寒さと違い、室内は出窓からさし込む日光で明るく温かかった。しばらく窓の開放をしていないのか、空気中に小さな埃が舞っている。

 中央に頑丈で重そうな机とソファーが置いてあり、特注品なのかシルバートの象徴ともいうべき剣の紋章が彫りこまれていた。奥へと視線を転じると、上座の後ろにシルバートの国旗が高々と掲げられている。室内を見下ろす国旗は、訪れる者に対して祖国への忠誠心を確かめる存在にも見えた。国に追われるユイナは、居心地の悪さを感じずにはいられない。

 手を引かれるまま部屋の中程まで入り、そこでようやく解放された。

 王女の部外者を見る目が痛い。

 ユイナは背を向け、さっきまでアレスに握られていた手を胸元に当てる。手には彼のぬくもりが残っている。そのぬくもりが胸へと流れ込んでくる。身体の芯が熱くて苦しい。


「ねぇアレス。どうしてラインハルトがここまで足を運んできたのかしら……」

「この辺りを嗅ぎ回っていた偵察を壊滅させてしまった事が原因ではないかと思います。彼らを殺してしまったことで連絡が途切れるわけですから、黒幕はこの地域周辺で何かあったのだと怪しむでしょう」

「その黒幕がラインハルトだったという事?」

「おそらく」


 追手を殺した張本人でもあるユイナは肩身が狭かった。ペントを助けるために怒りで魔口をこじ開け、灼熱の炎で追手を焼き殺した。それが原因で黒幕から怪しまれている。全てが自分の責任ではないのかもしれないが、アレスと王女の会話を聞いていると、責められているような気になってくるのだ。


「でも、だからってラインハルトが来るの? 彼は魔神骨の蘇生で忙しいはずよね? それなのにここまで足を運んできたのは、計画を察知したからじゃないの?」


 王女は金色の柳眉を潜めて聞いた。エメラルドの瞳が不安に囚われている。


「可能性はありますが、現時点では判断できません。とにかく、やり過ごす事を最優先に考えて行動するべきです」

「それでも勘付かれていたらどうするの? 訪問を装って貴方の命を狙っているのかもしれないのよ!? 魔口を開かれる前に仕留めないといけないわ……!」

「落ち着いてください」


 アレスは王女の震える両肩を掴んで言う。


「相手を刺激するのは得策ではありません。ラインハルトとの戦闘だけは避けるべきです。彼の存在は敵国への抑止力にもなっています。私が反逆者として追われている今、彼の存在がなければシルバートは敵国の脅威にさらされます。殺し合いだけは避けなければなりません。それに、こちらの目的は魔神骨の消滅であって戦闘ではない事を忘れないでください」

「そ、それくらい、分かってるわ……」


 メリル王女はそう言ったものの、声は落ち着きを欠いていた。

 その時、ドアがノックされた。ユイナは王女と一緒に驚いて振り返る。ドアを開いて現れたのは門兵だ。指示を仰ぎにきたらしかった。


「城門前に来客が到着しました。どういたしましょうか」

「ここまでお連れなさい。相手はシルバートの侯爵よ。粗相(そそう)のないように」


 王女は気丈に振る舞いつつも、その声は震えを隠せていない。いつもは傲慢にも見える彼女の横顔が蒼ざめている。ラインハルトを恐れているのだ。無理もない。ラインハルトはアレスと並んでシルバートの双璧と称される魔術師。今までの追手が並の魔術師だったから撃退することも振り切る事もできたわけだが、世界屈指の魔術師が相手では身を潜めて通り過ぎるのを待つしかない。いや、ラインハルトは身を潜めてやり過ごせるほどの甘い相手だろうか。


「アレス……」


 メリル王女がか細い声で銀髪の魔術師を呼ぶ。


「私を守って」


 アレスは王女を安心させるように微笑み「もちろんです」と答える。


「……信じてるから……」


 王女は消え入りそうな声を出してアレスの胸に寄り添い、アレスは安心させるように頭をなでた。

 その光景を見せつけられたユイナは、いたたまれなくて目を背けた。


 アレスとメリル王女は、互いの親が結婚を決めた許嫁同士だ。アレスが反逆者にされたことで婚約は解消されたのかもしれないが、二人の絆は消えてはいない。現実に、王女は反逆者アレスを自分の城に匿い、アレスは王女を守ろうとしている。


 自分には、そんな固い絆で結ばれた人がいるのだろうか。言いようのない切なさと寂しさで胸が締め付けられる。キュッと握る右手を胸に押し当て、動悸にも似た胸の痛みを抑えようとする。でも、痛みは治まらない。今まで味わった事のない、岸壁から谷底へ突き落とされるような苦しみに身体が震えている。


「メリル王女、焦らず平常通りでいてください」

「それぐらいできるわ。相手を虫けらだと思うから」

「その調子です。何があってもお守りしますから」


 アレスは王女の肩に手を置き、勇気付ける。それがユイナを独りぼっちにさせた。


 どうしてメリル王女はアレスの許嫁なのだろう……!

 どうしてメリル王女よりも早くアレスに出会えなかったのだろう……!


 落ち着かなくなり、心の中でアレスに問いかける。


 ――もし私が王女だったら、私にも同じ言葉をかけてくれますか?


 本当は声に出したかった。でも、そんなことできるわけがない。非常識だ。

 悩み苦しんでいると、アレスが振り返る。


「ユイナこっちだ」


 差し出される大きな手がユイナの呼吸を熱くさせ、胸を締め付けさせる。

 彼には許嫁がいると分かっている。それでも胸の苦しみを押し退け、彼に手を伸ばしてしまう自分がいる。握り締めてほしいと思う自分がいる。そんな自分の気持ちが信じられなかった。

 あれほど男を恐れていたのに、どうかしている。

 アレスの力強く大きな手が、ユイナの白く華奢な手を握る。

 ユイナも反射的に、彼の手を握り返していた。


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