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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第四章
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孤独の闇と二人の剣舞27

 子供達によってイスや敷物が運び出され、中庭はすっきりとした広場になった。青空の下で芝生が青々としている。ユイナは舞台に立ち、カトレアやペントと一緒にフォークダンスを披露して見せた。

 ユイナは途中から解説に回り、カトレアとペントの動きを分かりやすいように説明した。誰もがユイナの言葉に耳を傾け、食い入るようにフォークダンスを見詰めた。ただ、その中にはエビンというハンチング帽の少年の姿はなかった。


 説明を終えた後で男と女の二グループに分かれてもらい、カトレアが男の子を指導し、ユイナとペントは女の子を指導した。ザイには悪いが、リュートで伴奏を担当してもらう。みんな一生懸命で、楽しそうだった。


 それから一通りの練習をした後、今度は男女が一緒になり、一つの大きな輪を作ってフォークダンスを踊ることにした。小さな子供達はやる気満々で手を繋いだが、ユイナと同い年ぐらいの少年少女は少しためらっているようだった。カトレアに「手をつながないと始められないわよ」と言われるとぎこちなく手を繋ぎ合う。ユイナも緊張しながら相手になった少年の横に立ち、ぎこちなく包帯の巻かれた手を添える。


 仲直りしたばかりで、心には少しだけ抵抗もあったが、それもすぐに消えて、これから少しずつ打ち解けられるような気がした。一緒に踊る楽しさをみんなにも分かってもらえたらと……そんな気がした。


 音楽が始まり、ユイナは相手の少年をリードするように足を動かした。相手の少年も緊張しているのか、何度かステップを間違えたものの最後まで踊りきった。最後の挨拶で少年は嬉しそうに、少し安堵したように笑いかけた。ユイナも笑顔で挨拶をして次の相手と向き合う。そして、手を差し出してくる相手がザイだと気付いて(まばた)きした。


「あれ? ザイさんがここにいるという事は、今は誰が演奏しているんですか?」

「俺の一番弟子だ」


 演奏者に目を向けると、むっつり顔の少年がリュートを弾き鳴らしていた。子供達の中で先頭に立って謝ってくれた少年だが、恨めしそうにこっちを見ている。


「彼、踊れなくて怒っていますよ?」

「これが終わったら交代してすごいのを弾いてやるよ」

「いえ、すごいのはいいので今まで通りで」


 冷静なツッコミに、分かってるよ、とザイは応える。


「それにしてもどういう風の吹き回しですか。あれだけ私を敵視していたのに、どうして舞踊劇の音楽を弾いてくれたんですか」

「そりゃあな、カトレアが軽い魔力中毒で倒れた時は許せないと思ったが、当の本人がお前を許すと言っているんだから、俺も許さないわけにはいかないだろ」

「許してくれたのなら一つだけ聞かせてください」

「なんだ?」

「カトレアさんは、本物の舞姫ですか? 大天女をその身に宿すという……」


 ザイの目が鋭くなり、推測は確信に変わった。


「やっぱりそうなんですね」

「……誰から聞いた」

「誰にも聞いていません……ただなんとなくそう思っただけです。アレスが大天女の啓示を受けたのなら、大天女を身体に宿して啓示を与えた舞姫もいるはずですから……。そして、その人はアレスの身近にいた踊り子……カトレアさん以外に考えられませんでした」


 なるほど、とザイは納得する。


「カトレアはすごい踊り子だ。同じ踊り子として感じるものがあったのかな」

「そうかもしれません。私も、カトレアさんのような大人の踊り子になりたいです」

「それは無理。胸のあたりが、ウゴっ」


 ユイナの肘打ちがわき腹にめり込んだ。


「そういう強気なところはカトレアに似ていいぞ」

「からかわないでください」

「覚えておこう」


 ザイはわき腹を押さえながらユイナを回転させる。ふと気付く。ザイはこのフォークダンスを練習した事はないはずだが、なかなかサマになっていた。足の運びもうまい。


「踊り、上手ですね」

「当たり前だ。紳士の嗜みだからな。こう見えても本場貴族仕込みのアレスを唸らせたこともあるんだぞ」


 ザイの言葉を聞いていたのか、二つ隣で踊っていたアレスは苦笑し、小さな女の子を綺麗に回してあげる。意識しないようにしていたが、次の次でユイナはアレスと踊る事になる。それを意識すると、急に胸の鼓動が強く、早くなった。

 ザイと別れの挨拶をしたユイナは、同じく緊張顔の小さな男の子と挨拶して手を取り合った。

 ユイナは胸の鼓動を必死に抑えながら男の子に合わせて踊る。男の子はミスもなく踊りきり、うれしそうに笑って別れの挨拶をした。ユイナも別れの挨拶をして次の相手と向き合う。しかし、目の前にいるのがアレスだと思うと緊張で俯いてしまい、身体が固まってしまった。視界には相手の足と芝生しか見えない。その狭い視界に、大きな手が差し出された。


「お相手、願えますか」


 アレスが言った。ユイナは俯いたまま首を縦に動かし、包帯に巻かれた手を、アレスの手に乗せてステップを踏む。

 アレスはダンスの教育も受けていたのだろう。ユイナがリードする必要もなかった。むしろ動きの硬くなったユイナをアレスがリードしているくらいだ。

 離れては触れる指先からアレスのぬくもりを感じる。なんだか落ち着かないような、おちつくような、妙な感覚に包まれる。

 そうこうしているうちに半分を踊ってしまう。このまま俯いたままアレスとの踊りを終わらせたくなかった。せめて最後だけでもちゃんと向き合って挨拶をしたいと思った。しかしその矢先だった。


 リュートの音色に混じってけたたましい音が鳴った。城の随所に仕掛けられた鐘が高い金属音を立てている。鐘には紐が括りつけてありその先は東塔にいるテンマの手に握られ、彼が紐を引いて鐘を鳴らしているのだ。

 警告を発する鐘の音だった。不審人物がこの城に近付いているのだ。


 眼光を鋭くしたアレスが素早く指示を出すと、最初から取り決めがされていたのか、子供達が三つのグループに分かれるとそれぞれの隠れる場所に走り出した。ユイナは呆気に取られてしまう。緊急事態の対応をまったく聞かされていなかったのだ。立ち尽くすユイナの手をアレスが掴む。


「ユイナ、君はこっちに来るんだ」

「は、はい」


 アレスに手を引かれるまま東塔の階段を上がった。二階の廊下に出たところで近くの客間へと入る。そこでアレスは手を離し、部屋を横切って窓に近付くと、カーテンの影から外の様子を確かめた。ユイナも彼の後ろから外の様子をうかがう。


 メリル王女の居城は見張りに適した岬に建造されている。こっそりと潜入するのは不可能と言ってもいい。海からだと岩礁が多い上に海流も激しいので近付けない上に、陸からだとだだっ広い野原を通らないといけないので接近する者がいればすぐに発見できる。


 そして今回の不審者は陸から黒い馬に乗って来ていた。遠くにいるので判断をつけにくいが、鎧の形状からしてシルバート国の騎士だろうか。しかも真紅のマントをつけている所をみるとシルバートでもトップクラスの騎士に違いない。遠目からでも駿馬だと分かる立派な黒馬に跨り、ウィンスター所属の四名の魔術師に監視として付き添われている。向かう方向からしてこの城に向かっているのは間違いない。


「あの馬はまさか……」


 アレスが小声で漏らしたのを聞き逃さなかった。


「何か知ってるんですか」

「行くぞ」


 アレスはユイナの手を引いて窓から離れる。それから部屋を出て廊下を足早に移動していき、ユイナが小走りになりながらついていくと、先程の質問にようやく答える。


「俺の見間違えでなければ、あの馬は俺が親友にプレゼントしたものだ。いや、親友だったというべきか」


 ユイナは柳眉をひそめる。


「その親友って舞姫学校に来ていた……」

「ああ。あいつはラインハルト・ハイガル。今は侯爵となり、第一連隊の総指揮官を務めて俺を捜している。ユイナも名前は知っているだろう」

「名前どころか、一度お会いしています」

「会っている?」

「はい、お酌を頼まれました」


 そう言いながら遠い昔の記憶を、実際には数週間前の事を思い返した。

 暗殺された前任の侯爵。その空席に就任したラインハルト侯を祝うため、ユイナの学校で宴が催された。その宴を遠くから眺めて踊っていたユイナに、声をかけてきた金髪の美男子がラインハルト侯爵だった。彼はユイナに酌を頼んできたが、それが原因でバチルダ王女に憎まれ、もう少しで醜い火傷を負わされそうになったばかりか、バチルダ王女のお仕置きから逃れたために刺客まで送られた。刺客の刃が迫った時、銀狼のアレスが舞姫学校の敷地に侵入して騒ぎを起こしていなかったらどうなっていた事か。そこで銀狼に変身したアレスと出会い、彼を追っ手から匿っていなければ……。

 ユイナは知らず知らずのうちに左腕の噛み傷を見詰めていた。傷口はあまり目立たなくなっている。

 アレスは立ち止まって振り返り、真剣な眼差しでユイナを見詰めた。


「俺を侯爵に突き出したいか」


 彼にとっては苦心の問いかけだったに違いない。国家反逆者は死罪だ。

 ユイナは首を横に振って言う。


「そんな気はなくなってしまいました」

「……そうか。それならもう少し付き合ってくれ。急がないと見つかる」


 アレスはそう言ってユイナの手を引いて走る。

 懐かしいと思った。反逆者の濡れ衣を着せられて逃げている時も、彼はユイナの手を引いて走ってくれた。

 あの時は、日常を壊したアレスを憎んでいた。

 だけど今は、どこまでも彼についていきたいと願っていた。


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