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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第四章
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孤独の闇と二人の剣舞26

 カーマルが護衛兵に連行されていき、中庭にはユイナやカトレア、ペントにザイ、アレス、そして二十人ほどの子供達が残された。


 ユイナは呆気にとられたまま階段を見詰めている。

 静かになったためか、全身を脈打たせる胸の鼓動がやけに大きく聞こえた。呼吸は落ち着いてきたが、死力を尽くして踊りきった身体はまだ火照っている。今夜は筋肉痛で眠れないかもしれない。


「それにしてもアレだな。わざわざ開いた祝宴なのに、花婿がいなくなってしまったな」


 ザイがとぼけて言い、カトレアはわざとらしくため息をつく。


「そうね。これでは結婚話も立ち消えかしら」


 ユイナはまじまじと二人を見詰める。


「まさか、最初からこれが狙いだったんですか。私が結婚を迷っていたから」

「それはどうかしら。私はあの男に一泡吹かせてやりたかったのよ」


 カトレアはそう言って舞台の前に出ると子供たちを見回した。


「さぁ、これでユイナに悪さをさせていた黒幕が分かったでしょう」


 子供達は迷っているように顔を見合わせている。


「まだユイナに反感を持っている人もいるかもしれない。だけど、少しは許してもいいのではなくて? エビンはどう?」

「そ、そんな簡単に許せると思いますか」


 再び集まる子供達の視線にハンチング帽の少年はたじろぎながらも反論してきた。


「敵の目を避けて城に身を隠していたのに、城の外に出歩いたのはその女ですよ。掟を破ったやつを簡単に許したらみんなに示しがつきません」


 ユイナは胸元に収めているペンダントを握り締めて口を開いた。


「確かにそうです。掟は絶対です。掟はみんなを守るためにあるのですから。それをぶち壊しにしてみんなを危険に晒したのは私です。ごめんなさい。言い訳もしませんし、罰を受ける覚悟もしています」

「覚悟を口にするだけなら簡単だ」

「分かっています。ですから、私の覚悟が本物かどうか罰を与えてほしいんです」

「そんな! ユイ姉さんは十分に罰を受けてきたよ!」


 ペントの言葉にカトレアはうなずく。


「私もそう思うわ。ユイナは仲間はずれにされてきたし、牢獄に閉じ込められもした。これ以上どんな罰を受けると言うの? それに、ユイナの覚悟は皆にも伝わっているはずよ」

「な、何を言い出すんですか。俺達はまだ何も見ていません」


 エビンの異議に同意して子供達も首を縦に振る。しかしカトレアは言った。


「貴方達はユイナの剣舞を見て何も感じなかったの? あれはユイナの覚悟よ。野次を飛ばされると分かっていて舞台に立った。貴方達ならそんな舞台に立てたかしら。それも敵意を向けられる中で、あんな命懸けの剣舞を披露できたかしら」


 子供達はハッとしたように静かになった。


「彼女は勇気を出して剣舞を見せた。それは何故だか分かる? 貴方達と仲直りするためよ。この日のために彼女は必死で練習してきた。満身創痍で、立っているのもやっとでしょうね」


 そうだよ、とペントは言った。


「ユイ姉さんは手の平に血豆をつくってまでがんばってきたんだ」


 子供たちの視線がユイナの手に集まった。

 慌てて両手を隠し、ちらりと横に目を向けて恥じ入る。そこには客席に座ったままのアレスがいる。血で汚れた手を見られたかもしれなかった。


「私は感心するわ。外見が気になる年頃でしょうに、こんなにボロボロになるまで練習するのは辛かったと思うの。それほど必死だったのよ。そして、その剣舞はあなた達の心にも届いているはずよ。胸に手を当てて考えてみなさい」

「カトレアさん……」


 カトレアは頷き、再び子供達と向き直る。


「ユイナは仲間はずれにされながらもここまで歩み寄ったわ。それでも貴方達は何も動かないつもり? 今のままでいいと思っているの?」

「違います!」


 一人の少年が立ち上がった。両の拳をきつくして、みんなの視線を浴びる緊張で身体を震わせながら声を張り上げる。


「僕はユイナさんが悪いやつだと思っていました! いや、そう思い込んでいました。でも、そうじゃなかった! それなのに僕は酷い罵詈(ばり)を投げつけてしまいました! 悪かったと思ってます! ごめんなさい!」


 私も、とユイナと同い年ぐらいの少女が立ち上がる。


「私もひどい事を言ってしまいました! 謝って許してもらえるとは思ってないけど、本当にごめんなさい!」


 彼女の近くにいた少女二人も立ち上がり「ごめんなさい!」と叫ぶ。


「お、お前達、それでいいのかよ。俺達はあの女を許さないって約束したじゃないか」

「それは彼女がスパイだと思っていたからだ。でも、あの貴族が黒幕だと分かった訳だし、シルバートの魔術師にも見つかっていない。それに、彼女の行動もペントを助けるためだと知ったら僕達に何が言える? 彼女は大切な人を守ろうとしただけだ」

「そうよ。仲間を助けるって、大切な人を守るって、それは私達の約束と同じでしょ?ユイナさんは私達と一緒だったのよ。――ねぇ、みんなも悪いと思っているのなら謝ってよ!」


 その言葉が戸惑っていた子供達を突き動かした。何人かが立ち上がって叫ぶように謝罪する。そこからは小さな子供達も立ち上がって大声で謝りだした。子供達の張り叫ぶ懺悔は、まるで押し寄せてくる津波のようだ。その津波に負けないようにユイナは声を張り上げる。


「私の方こそみんなを不安にさせたり、危険に晒したりしてごめんなさい。でも、もし許してくれるのならお願いがあります。私を仲間に加えてくれませんか。それで一緒に食事をしたり、お話をしたりしませんか」


 子供達は顔を見合わせ、最初に謝りだした少年が声を上げる。


「そんなの誰だって嫌がりませんよ。そうだよな!」

「賛成の人は拍手して!」


 灰色髪に緑のリボンをした少女が言うと、その言葉に賛同した子供達が両手を力一杯たたき出した。中庭は再びスコールのような拍手と声援に包まれる。カトレアが目尻を細めて笑う。


「良かったわね、ユイナ」


 ユイナは目頭が熱くなっていくのを感じた。拍手は鳴り止まない。それどころかますます強くなっていく。


「カトレアさんのおかげです」

「何を言っているの。貴女の剣舞が彼らの心を開かせたのよ」


 そうだ。私は危険な剣舞を踊りきり、それが報われたのだ。

 涙が出た。全力の剣舞で真っ白に燃えた想いが、涙腺から解放されてしまった。それどころか子供達の拍手で胸を一杯にされ、あふれてきた想いが熱い涙となってさめざめと流れてきた。止めようにも後から後から湧き出てくるのだ。

 青空から中庭に陽射しが降り注ぐ。ユイナの涙は白砂のように煌き、さらさらと零れ落ちていく。

 舞台でユイナは白く輝いていた。そこにもう一つの太陽が生まれたかのように神々しく目映(まばゆ)かった。子供達は憧憬の眼差しで白く輝く舞姫を見詰めている。


「ユイナ、みんなが貴女からの言葉を待っているわ。何か言ってあげなさい」


 ユイナは頷いたが、声が出てこない。涙なら止め処なく出てくるというのに、肝心の声が咽で止まっている。

 子供達が声援を送る。

 ユイナは零れ落ちてくる涙を人差し指で何度も掬いながら言葉を詰まらせた。


「どうしよう、こんな時にどんな言葉を言えばいいのか分からない……」

「ありのままを言えばいいのよ。大層な言葉や着飾った言葉は要らないわ。それに、貴女にはアレがあるでしょ」


 カトレアが微笑みながら言い、ユイナは「そうですよね」と笑みを返す。それから舞台の前に進み出る。


「私は今うれしい気持ちで一杯です。こうしてみんなと向かい合って話をする事ができるなんて思ってもみませんでした。……あまりにうれしくて言葉に詰まってしまいそうです。もし良かったらですが、私と一緒に踊ってもらえませんか」


 自然と口をついて出てきた言葉は力強かった。子供たちはビックリする。


「お、踊るといわれても、あんなに難しい踊りは俺達には無理ですよ」

「実はカトレアさんと相談してみんなで踊れるフォークダンスも考えてあるんです」

「そういう事。だから心配はいらないわ。それに、踊りたくてうずうずしている子もいるみたいだしね」


 カトレアがウィンクを送ると、


「わたし踊りたい!」

「僕も!」


 と、好奇心旺盛な子供が手を上げた。少年少女たちは顔を見合わせ、それもアリかな、とユイナの提案に乗る。


「それじゃ、手分けしてイスや敷物を片付けて。今からここに広い場所をつくるわよ」

「「はぁ~い」」


 カトレアの掛け声に子供達は二つ返事で動く。

 親を失った子供達にとって、カトレアは母親代わりなのかもしれない。そんな事を考えていると、カトレアが救急箱を持って来た。その横で剣を持ち上げた少年達が真剣の重さに気付き、それから柄に付着している血にギョッとしていた。


「消毒するから手を出して」


 ユイナは血に染まった手の平を差し出し、傷口に染みる薬の痛みを我慢した。


「カトレアさん。ミスをしてすみません」

「どうしたの急に。剣を手放してしまった事?」

「そうです。私がミスをしたせいで劇が止まりそうになりました」

「何を言ってるの。後でカバーしてくれたじゃない」

「そうですけど……」

「あの時は怖かったわ。予定通りに舞わないとユイナの剣が飛んで来るんだもの。私は二本の剣で舞うように劇を作ったのに、それを一本で踊られるとは思わなかったわ」

「無我夢中でした。どうしても劇を台無しにしたくなくて必死でした。気付いたら、身体が動いていました」

「怖いわね」

「はい。今からもう一度やれと言われても無理だと思います」

「さぁ、どうかしら。貴女の力は底が知れないもの」


 カトレアは微笑みながら言い、救急箱を持って片付けの指示に回った。

 ユイナは振り仰いで城に囲まれた青空を見上げる。東塔の屋上には銅像のように身動きしない人影があった。口と鼻が前に出た老狐のような顔をしたテンマが、視線に気付いて拍手のように手を叩いて見せた。そして、城の外へと顔を向ける。彼は数日前までユイナの魔力を受けて死にかけたが、今は病み上がりの体で見張りをしている。後で謝りに行こう。


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