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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第四章
54/87

孤独の闇と二人の剣舞25

 舞台に落ちた剣が耳障りな音を立てた。予期せぬ出来事で身動きがとれず、ユイナは舞台を滑っていく剣を凝視する事しかできなかった。こんな所で左手の剣を失うつもりはなかった。一刀流になる場面はまだ先だ。それなのに剣を手放してしまった。限界に達した疲労で指に力が入らず、剣を振るうだけの握力を失っていたのだ。そして、ミスを犯してしまった。


 観客が口を開けてユイナを見ている。アレスも眉をひそめている。何よりカトレアが、剣を落としたユイナに茫然としていた。


 剣を拾いに行ってはいけないと思った。観衆の前でそんなみっともない姿は見せられない。でも、このままでは数手先で剣舞がストップするのは確実だ。それだけは避けたかった。自分のせいで舞踊劇を台無しにするなんて悔やんでも悔やみきれない。


 その時、視界の隅で誰かが動いた。ペントだ。彼は落ちていた剣を素早く拾い上げると、ユイナと視線を合わせ、剣を投げてよこそうとした。


 そうか。剣を拾いに行かなくても投げ渡してもらえばいい。それなら無様な格好には見えないはずだ。ぶっつけ本番だけど、やるしかない。

 ユイナは崩れ掛けた体勢を踏ん張って立て直す。そして、残った右手の剣を振るい、途切れそうになった劇を無理やり続行させる。


 カトレアが柳眉をひそめながら二本の剣でユイナの斬撃を受け止める。中止にしましょう、と彼女の目が訴えている。


 彼女の言いたい事は分かる。こんなアクシデントを予想した練習はしていない。これからの事は全てアドリブ。それがどれほど危険かは百も承知だ。でも、満身創痍(まんしんそうい)の身体を突き動かしてくれる燃えるような衝動をどうして止められるだろうか。いま身体を止めれば、何もかもが燃え尽きてしまうと思った。


 ユイナは必死に舞台を続けようと剣を振るう。幸い、今は右手だけを使っている。左手の剣を使うまで少しの余裕がある。それまでにどうにかしてペントから剣を受け取らないといけない。ペントは胸に抱えた剣を投げてよこそうとしている。あとはタイミングを合わせて剣を左手でキャッチするだけ……。


 ユイナはハッとした。


 左手でキャッチ? 何を馬鹿な事を!

 そんな力が残っているなら剣を手放したりなんかしない!

 もう自分には二本の剣を振り回す力も残っていないのだ。それどころか一本の剣を振るうだけでも大量の汗が噴き出してくる。


 ペントは剣を投げ寄越すタイミングを見計らっている。ユイナは反射的に首を横に振った。ペントは目を丸くして、投げようとしていた剣を胸に抱き戻す。


 気遣ってくれてありがとうペント。

 私、やるよ。自分が招いたピンチは、自分で切り抜ける。

 そして、この場を切り抜ける方法は一つだけある。二刀流の剣舞を、一刀流でやってのけるのだ。最初からこの場面で一刀流になる段取りだったと観客に思い込ませる……もう騙し通すしか道はない!


 ユイナは覚悟を決めた。右手の剣を両手でしっかりと握ってカトレアに接近し、全神経を一本の剣に乗せて斜め下から斬り上げる。ところが、カトレアは後方に飛び退いて剣舞の構えを解こうとしている。

 これ以上は危険だとカトレアは判断したのだろう。一糸も乱れてはいけない剣舞でミスをする事は命に関わると。だから劇を中止する。しかしユイナは首を振って拒絶する。


 ここで終わりにされたら、今までの苦労が水の泡になってしまう!


 ユイナはガモルド男爵に拾われるまで独りぼっちの孤児だった。ファーレン家の一員になってからも、通い始めた舞姫学校で除け者にされた。クラスメイトの仕打ちに堪えてこられたのは、彼女達とは生まれや立場が違うからと諦めて自分に言い訳をしてきたからだ。でも今は違う。同じ孤児という子供達から仲間外れにされている、それがどうしようもなく辛いのだ。だからそれを変えたいと思い、危険な舞踊劇を引き受けたのだ。

 それでもカトレアは“劇は終わり”だと目でサインを送っている。

 ユイナはもう一度首を振る。


 カトレアさん! お願いだから劇を止めないで!


 ユイナは爪先で舞台を蹴ってカトレアとの距離を詰めると、両手で握り締めた剣を振るってその斬撃をカトレアに受け止めさせる。カトレアの、実兄に似て凛々しい黒い瞳が驚きの色に染まる。

 次の瞬間、ユイナは舞台を駆けるつむじ風となって左旋回し、カトレアの右こめかみに斬撃を繰り出す。カトレアは(すんで)の所で受け止める。その額に冷や汗が流れているのを認めながら電光石火のスピードで右旋回し、カトレアに背中を向けたところで左太ももを庇うように切っ先を斜め下に突き出した。


 観客の目には奇怪な行動に映ったことだろう。しかし、予定ではこのタイミングでカトレアの斬撃が襲ってくる段取りになっていたのだ。ユイナは心の中でカトレアの斬撃を受け止めて持ち上げ、振り向きざまに腕をしならせて斬り下ろす。半身になったカトレアの眼前を白銀の剣が弧を描き、カトレアの瞳が驚きと興奮の色に染まる。


「貴女って子は……!」


 カトレアが声を奮わせ、その瞳が本気になった。左爪先が音もなく石畳の合わせ目をなぞり、半歩近付いたところで再び音もなく止まった。


 のどに左の突きが来る!

 ユイナは咄嗟に腰を落として首を右に逸らし、左耳の横を突き抜けていく剣を左旋回で弾き返す。カトレアは反発力に身を任せて背面を向け、背面下段の死角から神速の右手斬り上げを放ってくる。しかし、ユイナはそれよりも早くターンを決めてきっちりと足の前で受け止めると、剣を引き上げて腹部に来た斬撃も同じ剣で受け止める。瞬間的な摩擦熱で火花が飛び散り、痺れるような痛みが手の平に走った。ユイナは歯を食い縛って痛みに耐える。しかし痛いのは一瞬、次の瞬間には焼けるような高揚感に生まれ変わっている。

 全身が燃えるように熱い。体内に張り巡らされていた緊張の糸が解かれ、身体が羽のように軽くなる。身体は燃えるほど火照っていたが、思考はどこまでも落ち着き、カトレアの剣舞を余すところなく視界に()らえている。


 カトレアは最高のソードダンサーだ。流麗な足捌きによって回転を生み出し、美しく引き締まったウエストに集束させる。それは単なる回転の力だが、カトレアの腰から上半身へと解放された回転は、彼女のしなやかな肢体によって神業的な剣舞へと昇華される。

 ユイナの斬撃をすり抜けるように躱して、右から剣を斬り下ろしてくる。それを弾き返すと今度は左からの斜め斬り上げ。よろけた所に正面から突きを出してくる。


『ミリトニーは怪物の母親を巧みな剣で追い詰めていきます』


 カトレアの流れるような連続剣舞はなおも続き、それらは手加減のない本気の剣だったが、ユイナはそれらを一本の剣で(ことごと)く弾き返していく。(ひるがえ)る剣と剣がぶつかり合い、今や女二人の剣舞は近付く事さえできないほど苛烈を極めていた。

 ユイナは視線を舞台袖へと向ける。


(そろそろ仕上げだよ、ペント)


 ペントが頷くのを横目に、ユイナはカトレアとの距離を詰める。二度ほど斬り結び、三度目で押し負けて身体のバランスを崩す。ここで左手の剣を手放し、その落ちた剣をペントが拾って助太刀に来る手筈(てはず)だった。


 今よ!

 ユイナが視線を送る。


『その時でした。怪物の子がミリトニーの背後から襲い掛かって来たのです』


 ペントが剣を振り上げてカトレアの背後に迫り、ユイナはカトレアの右肩に突きを放って合図を送る。合図を受けたカトレアは、ユイナの攻撃をさらりと躱しながら死角から迫るペントの攻撃を完璧なタイミングで受け止めた。そのまま身体を傾けた姿勢で半回転し、受けた剣を横に流しながらペントと向き合い、真横へのステップでユイナの剣筋から半身をずらす。しかしユイナも横へと動き、ペントと息を合わせてカトレアの両側から斬りかかる。


 カトレアが立ち位置を瞬間的にずらしてユイナの斬撃をすり抜け、ペントの剣を弾き飛ばす。ペントは剣を手放して尻餅をついたまま固まった。恰好(かっこう)の的となったペントにカトレアの剣が振り下ろされるが、ユイナはそこに剣を割り込ませて止める。


『怪物の母親は我が子を守るため必死でした。しかし、片腕の爪を失った怪物の母親にミリトニーの攻撃を防ぐ力はありませんでした』


 ユイナはペントを背中に庇いながら斬り合って見せるが、次第に追い詰められて最後に残された剣も弾き飛ばされてしまう。武器を失ったユイナはペントを抱き締めてその場にうずくまる。その背後にカトレアが立つ。


『これで父親の仇討ちができる。ミリトニーは止めを刺すために剣を振り上げました。しかし、我が子を庇い続ける母親の姿を前にして身体が動かなくなりました。

 母が子を守る姿。それは、生まれた時に母親を失ったミリトニーが夢みてきた親子の姿でした。確かに人間と怪物では姿形がまったく違うかもしれません。ですが、母が子を思う気持ちにどんな違いがあるのでしょう。ミリトニーは剣をおさめて立ち去ろうとします。怪物の母親は聞きました。“どうして殺さないのか”と。ミリトニーは答えます。“殺したくなくなった。命は助けるから、二度と街や船を襲うな”そう言って立ち去りました』


 ミリトニー役であるカトレアが舞台を退場して行き、その背中を見送った後、ユイナはペントを連れて反対側から退場する。

 無人になった舞台とリュートの音色が、観客をハッとさせる。時間の流れを忘れるほど劇に魅入っていたのだ。


『それから数年後、ミリトニーは元気に働いていました』


 カトレアが酒樽を転がしながら舞台に現れる。白銀の髪を結ってバンダナを被っている。カトレアは舞台中央で立ち止まって額の汗を拭い、丸くなったお腹をさすった。


『彼女は亡くなった両親の酒場を継ぎ、荒くれの男達や街の人々と楽しく過ごしています。そして、もうすぐ母親になります。彼女は子供を授かったのです。その幸せを感じていると、そこへ一人の男が駆け込んできました。どうやら三日前から行方不明になっていた船が浜に漂着したというのです。船員は皆無事で、口々にこう言っていたそうです。“大きな岩が浜まで押し運んでくれたのだ”と。それを聞いたミリトニーは嬉しそうに笑いました。難破船を助けた岩の正体に、彼女は気付いていたのかもしれません』


 舞台に弾むような旋律が流れ、カトレアは丸い腹をさすりながら酒樽を転がして舞台を退場していく。


 誰かが力強く手をたたいた。それは瞬く間に広がり、会場は割れんばかりの拍手に包まれる。

 ユイナはその拍手を舞台袖で聞いていた。まるでスコールのような拍手だ。ペントが「すごい拍手だね」と笑う。ユイナは「そうだね」と笑みを返す。舞踊劇を踊りきった安心と疲労で膝も笑っていた。


『それでは演者の紹介をしましょう』


 舞台袖に腰掛けていたザイは立ち上がり、リュートを弾き鳴らしながら言った。


『怪物役、ペント』


「あ、ぼく呼ばれた。先に行くね」


 ペントはトコトコと舞台に出ていって両手を振った。子供たちから惜しみない拍手が送られ、ペントは太陽のような笑顔で大きく頭を下げる。


『続きまして怪物の母親役、ユイナ・ファーレン』


 呼ばれてユイナは足を踏み出した。全力を出し切った身体はふらついていたが、最後の気力で背筋を伸ばし、舞台へと歩いていく。しかし舞台に姿を現すと、観客はまるで水を打ったように静まり返った。ユイナは少し悲しくなりながらお辞儀をする。

 あれほど死力を尽くしたのに想いは伝わらなかったのだろうか。子供たちと仲直りするのは、これが最後のチャンスかもしれないのに……。


 その時、俯きそうになるユイナにたった一人の拍手が送られた。(てら)いのない、純粋な賞賛の拍手。その拍手を送っているのはアレスだった。

 会場はざわめきに包まれる。そして観客にかすかな変化が起こった。

 アレスの拍手に続いて遠慮がちな拍手がぱらぱらと鳴ったのだ。依然として嫌な顔をする人もいたが、中には憧憬の眼差しを送りながら手を叩いている子供もいる。


「……あぁ」


 ユイナは驚いていた。拍手はもらえないと覚悟していただけに、小さな手が叩いてくれる拍手に呆気にとられてしまった。それから胸が震えるような熱い想いが込み上げてきて、もう一度感謝の気持ちを込めて深く深くお辞儀した。


『最後にミリトニー役、カトレア・ディベンジャー』


 ザイの紹介とともに割れんばかりの拍手が鳴り響く。舞台に現れたカトレアが、ユイナとペントの間に歩いてきて優雅に一礼する。そして言った。


「今日は私共の舞踊劇に最後までお付き合いしていただき、誠にありがとうございました。しかし、せっかく花嫁が必死になって剣舞を披露してみせたというのに未来の夫から拍手がなかったのは悲しい事ですわね」


 突然の言葉に、カーマルは眉を怒らせ、ユイナは度肝を抜かれて振り返る。


「カトレアさん、何を急に」


 ユイナはカトレアとカーマルを交互に見ておろおろする。カーマルは明らかに機嫌を悪くしていた。平生を装う顔の奥に、陰湿な怒りの片鱗が見え隠れしている。

 カトレアは心配するなとでも言いたげに目で頷き、それから今度は観客に向かって続けた。


「どうしてユイナの時だけあからさまに拍手が少なかったのでしょう。今回の舞踊劇で一番努力したのは彼女で、一番素晴らしい剣舞を披露したのも彼女なのに、どうして拍手が少なかったのか私にはよく分からないわ」

「みんな拍手をしたくなかったんですよ」


 客席から少年の声がした。


「その声はエビンね。発言する時はみんなに分かりやすいように立ってちょうだい。そうすれば誰がどういう発言をしているのか一目瞭然でしょ?」


 客席の一角に子供たちの視線が集まる。その視線を受けた少年は少し落ち着かない様子で立ち上がった。エビンと呼ばれた少年はトレードマークのハンチング帽を頭に被り、帽子の(つば)で目を合わせないようにしている。

 ユイナは身体を硬くしてその少年を見詰めた。

 忘れもしない。子供たちの先頭に立ってユイナをスパイだと糾弾した少年だ。

 カトレアはその少年に聞いた。


「エビンはユイナに対して批判的だけど、どうしてかしら。理由を聞かせてほしいわ」

「そ、それは……その女がスパイかもしれないし……人目につく街に出ていったせいでこの場所をシルバートの追手に発見されていたかもしれないし……、とにかく、その女が俺達の命を危険に晒したからです」


 エビンの言葉を聞いていた子供たちは追手という言葉に身震いした。指名手配犯のアレスと生活を共にする彼らは、追手の脅威に晒されている。追手という言葉に怯えるのも無理はない。エビンは周りの子供たちが怯えている事に勘付き、少し強気になったように顔を上げる。


「ペントだってその女の魔力で中毒にかかりました。その女が城を抜け出すのを防ごうとしたテンマだって、もう少しで殺されるところでした。そんな女に拍手なんて送れるわけがないです。ましてやカトレアさんも毒気に当てられたんですよ。どうしてその女の肩を持つんですか!?」

「そうね」とカトレアは頷く。

「エビンの話を聞いているとユイナが悪者に見えてくるわね。でも、エビンが言っている事は一方的ではないかしら。貴方はユイナがどうして城から出て行ったか知ってる?」

「それは……」


 エビンは急に言葉を詰まらせ、帽子の陰に目を隠した。知っていてそれを(しゃべ)りたくないような黙り方だった。カトレアは小さくため息をつき、それから会場に集まった人々を見回した。


「確かに、ユイナは誤解を受けるような行動をしたわ。だけど、それはペントを助けるために必死だったからよ。形振(なりふ)り構わないほどにね。ペントが魔力中毒だと分かって、誰が解毒薬を持ってきたか覚えている? ここにいるユイナよ。彼女が解毒薬を持ってきていなければペントは命を落としていたかもしれない。たとえ命が助かっても後遺症が残っていたかもしれない。それなのにペントを魔力中毒にさせた事ばかりあげつらうのはどうかしら」


 辺りはしんと静まり返った。


「そうそう、聞いた話によればユイナに解毒薬を分けてくださったのはカーマル様でしたね。カーマル様が解毒薬を持っていなければ、ここにいるペントは助からなかったかもしれません」


 ありがとうございます、とカトレアは微笑む。そして、カーマルが僅かに困惑した顔で「当然の事をしたまで」と言っている最中にカトレアが口を挟んだ。


「ですが、解毒薬がいかに高いとはいえ、その対価として十万ギロは法外な値段ではないでしょうか」

「十万ギロ!?」


 子供達から驚きの声があがった。

 ザイが口笛を吹いて笑う。


「さすが、貴族は気高いだけあって、求める金額も馬鹿高いな」


 ザイの皮肉にカトレアは頷く。


「それどころか、借金の返済ができなかった場合は結婚しろという誓約書付きでね。そしてユイナは借金を返済できず、結婚する事になった。つまりこの結婚は、カーマル様が仕組んでいたと考えるべきですね」

「カトレア嬢、何を根拠にそのような事を。これはユイナも同意の上での結婚だ。この誓約書にサインもある」


 カーマルは書状を広げて見せる。綺麗に折り畳んで大切に持っていたのだろう。折り目以外に汚れや皺は見当たらなかった。


「間違いなくこれは彼女の筆によるものだ。第一、私との結婚が嫌ならば最初から断れば良かったのだ」

「それでは解毒薬が手に入らず、ペントは死なせてしまっていたかもしれないわね。カーマル様に解毒薬の交換条件を出された時、ユイナに迷っている時間はなかった。そうではなくて?」


 カーマルは歯噛みしてカトレアを睨みつける。


「馬鹿馬鹿しい。結婚の祝宴を開いてくれるというので来てみればその態度は何だ。まるで私達の結婚をぶち壊しにするような……勘違いも甚だしい。ユイナ、部屋に戻るぞ」

「勘違いをしているのはカーマル、貴方でしょう。貴方はユイナの言葉に耳を傾けた事があるのかしら。ユイナは貴方との結婚を望んではいない。そうでしょ? ユイナ」


 ユイナはまじまじとカトレアを見詰め、それから震えそうになる身体を奮い立たせて口を開く。


「カトレアさんの、言うとおりです」


 ユイナ……!

 声には出さなかったが、カーマルの唇が憎々しげにそう動いたように見えた。

 観衆の前で顔に泥を塗られた事に肩を怒らせていた。唇も歪に捻じ曲がっている。


「そうだわ、肝心な事を言い忘れるところだったわね」


 これ以上何をいうのかとカーマルは舞台上のカトレアを睨み付ける。

 カトレアは観客の一人に流し目を送る。それに気付いたユイナが彼女の視線の先に目を向けると、メリル王女が怪訝な顔をしていた。その横で、アレスが咳払いをして素知らぬ顔をしている。カトレアは何事もないように淡々と続ける。


「ユイナが多額の借金を返済するためには、オルモーラの街まで行って、大切にしている舞姫学校の制服を売る必要がありました。それを知ったカーマル様は彼女が城から出やすいよう、城の門番に用事を押し付けて人払いをしてくれたそうですね。厳戒態勢が敷かれる中、ユイナが城外に出られたのは貴方の手助けがあったおかげです。ありがとうございます」


 カトレアが微笑みながら言い、カーマルの顔が青ざめていく。


「その話は本当なのでしょうね」


 メリル王女が険しい目をして訊いた。


「はい、ユイナから聞かされた話ですが、間違いはないはずです。ご不明な点がありましたら、彼を問いただしてみてはいかがでしょう?」

「そうね」


 柔らかな唇を歪め、エメラルドグリーンの瞳が刺すように細くなり、カーマルを顔面蒼白にさせる。


「詳しい話を聞かせてもらいたいものね。もっとも、私を騙して危険に晒した罪は重いわ。――この男を捕らえなさい」


 その命令に護衛の者が動いた。


「ま、待って下さいメリル王女! 私はッ!」


 弁明しようとするカーマルを護衛兵が引っ捕らえる。メリル王女は金色の柳眉を怒らせ、先に立って中央塔へと入っていく。中庭の会場に残された人々は、メリル王女の一行が階段を上っていくのを間の抜けた顔で見送っていた。


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