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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第四章
52/87

孤独の闇と二人の剣舞23

 

 ***


 油花の月、第十六日。

 太陽が中天の半ばまで昇り、少しずつ昼の陽気が中庭へと降りてきた頃、結婚するカーマルとユイナの祝賀会が始まろうとしていた。


 会場となったのは中庭の東寄りにあるオープンテラス。普段はメリル王女が紅茶を飲んでくつろぐ場所からテーブルやイスが運び出され、丁寧に掃除されて舞台へと作り変えられた。舞台前方の見やすい位置に要人用のイスがいくつか並べられ、その後ろには干草を編み上げたシートを敷いてあり、そこに二十名ほどの孤児が集まって胡坐をかいていた。


 ポロン、ポロンと弦楽器の音色が聞こえるのは、ザイという男が鼻歌交じりに慣らし演奏をしているからだ。

 孤児まで同席するとは思っていなかったのでカーマルは不快感を露わにしつつ、要人席に深々と腰掛けた姿勢で足と指を組んでいた。その隣では未来の花嫁となるユイナが、両膝に手を置いて沈黙を守っている。朝から一言もしゃべらず、こちらから話しかけた時だけ首を縦に動かす。緊張している事は明らかで、そんな初心(うぶ)なところがカーマルの嗜虐心をくすぐってくれる。


 早く彼女を意のままにしたい。


 そう思えば思うほど身体が(うず)いてくるのだ。その疼きを、何度も指を組み直すことで抑圧している。

 もう一組の賓客、メリル王女とアレスは右側の特等席に座している。メリル王女はユイナを快く思っていないためか不機嫌な顔をしている。もっとも、彼女が嬉しそうに笑っているところを見た事がない。

 後ろでおしゃべりをしていた孤児が静かになった。


 白銀の美女がたおやかに舞台へと進み出てくる。ノースリーブの舞踊ドレスを身につけたカトレアは輝かしく、腰に布を巻いたようなスカートの隙間からは歩くたびにしなやかな美脚がのぞく。思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。あの容姿で身長が低ければ好きになっていたかもしれない。見下ろされるのが何よりも我慢ならないのだ。

 カトレアは舞台中央で立ち止まると、こちらに身体を向けて優雅にお辞儀をする。


「今日はカーマル様とユイナ様のご結婚を祝うため、このような祝賀会を開かせていただきありがとうございます。今回私が催しますのは音楽舞踊劇でございます。音楽舞踊劇とは文字通り音楽と踊りを使った劇の事でして、遠い昔の伝説を伝えるものから娯楽ものとしても楽しまれています。今回は僭越(せんえつ)ながら私の舞踊とザイの弾き語りでお二人の結婚を祝わせていただきます。そしてこの会場に集まっていただいた皆さんにも、カーマル様とユイナ様の両名を祝福してもらい、今日一日をごゆるりと楽しんでいただければ幸いです」


 前口上を述べたカトレアは再びお辞儀をして、舞台袖へと消えていった。

 ちょうどその頃、カーマルのところに祝い酒が運ばれてきた。ユイナに酌をさせ、そのぎこちない手付きを見ているうちに、ふと、彼女の手に目を止めた。白く華奢な手に血がにじんでいるのだ。


「どうした、血豆が出来ているではないか」


 耳元で話しかけるとユイナは慌てて手を隠し、「実は、最近新しい踊りの練習をしているのです」と恐縮して答えた。今日初めての会話だった。


「なぜ」


 カーマルは不機嫌になり、問いただすように聞いた。

 女は白く奇麗な指でなければ価値が下がる。


「それは……みんなを驚かそうと思いまして……」


 それきりユイナは沈黙してしまう。貝のように口を閉ざして固まっている。

 そんな意味の分からない返答で終わらせるつもりかと言及しようとすると、ポロロンと弦楽器が鳴った。ザイがリュートを弾き鳴らしたのだ。物語の始まりを知らせる合図。ここからは私語をつつしむのが貴族としてのマナーだった。仕方なく顔を前に戻す。


 ザイは舞台近くの袖に腰掛け、足でゆったりとリズムをとりながら、孤児達が静かになるのを待って物語を弾き語り始めた。


『今回お話しますのは、この地方に伝説として受け継がれている女剣士の話、それを少しだけ舞踊劇用にアレンジしたお話でございます』


 子供達が一斉に期待に満ちた拍手を送る。ザイは一礼して続ける。


『はるか昔、まだシルバートとウィンスターが同じ国だった頃の話です。その頃は今よりもずっと不便で、馬車が通れるような交通網もなかったため、国と国を結ぶ貿易は行われていませんでした』

「貿易って~?」


 後ろの方から男の子が質問して「馬鹿、静かにしてろよ」と別の子供が(いさ)めている。

 ザイはポロロンと弾き鳴らし、『貿易ってのは~、他国から欲しい物を買ったり、逆に他国が欲しい物を売ってあげたりすること~、それが貿易~』と音楽に合わせて端的に解説を入れた。


『その年、オルモーラは天気にも恵まれてたくさんの油花が咲きました。あまりに多く咲いたため、搾ってみると大量に油ができてしまい、それは、街中の(たる)を掻き集めても溢れかえるほどでした。そこでオルモーラの人々は海の向こうにある大陸まで油花を売りに行こうと大きな船を造り上げたのです。その船が初めて出航する日、男達に混じって油を運ぶ女性がいました』


 ザイの語りが終わると同時に樽が舞台の上をゴロゴロと転がってきた。それを手で止めたのは、いつの間にか街娘の姿へと着替えたカトレアだ。白いブラウスに茶色のトッパー、そして赤茶のスカート。陽射しを遮るために頭に布を被って顎の下で結んでいる。

 演者となったカトレアは、むんずと樽を抱え上げると音を立てて舞台に置く。


「お父さん、私も海外に出てみたいわ」


 ハキハキした少し乱暴ともとれる声でカトレアは言った。


『彼女の名前はミリトニー。町で唯一の酒場に生まれた娘です。生まれた時に難産で母を失った彼女は、酒場で荒くれ者の男達に囲まれて育ったためか男勝りな女の子になっていました。男の子と口喧嘩になれば腕力でねじ伏せ、毎日服をボロボロにして帰ってきました。酒場の男達と飲み(くら)をして相手を酔い潰した事もあります』


 そんな語りの最中でもミリトニーに扮するカトレアはザイの解説通りに動きながら踊っていた。その踊りは愉快で楽しく、舞踊劇を視覚的にも盛り上げてくれる。


『そんな元気旺盛なミリトニーが海に出たがるのも無理はありません。しかし父親は海は危険だからと許しませんでした。隠れて乗船しようとするミリトニーを船から追い出し、酒場を守るように言いつけてオルモーラの地を出航していったのです。

 しかし、ミリトニーの父親を乗せた船は、海原へ出たまま二度と戻ってくることはありませんでした。海を渡る途中、謎の怪物に襲われて沈没してしまったのです。助かった乗組員はいませんでした。

 父の死を知らされたミリトニーは悲しみに暮れました。母親だけでなく、父親まで失ってしまった。酒場の飲み仲間は励まそうとしてくれましたが、天涯孤独の身となった自分に何が残っているのか。何もかも無くなってしまった』


 喜劇だと思い込んでいた孤児達は予想もしていなかったのだろう。まるで胸を突かれたように言葉を失っている。鼻水をすする音さえ聞こえてきた。

 これだからマナーを守れない孤児は。


『それからしばらくして海の怪物を退治しようと軍隊が派遣されました。しかし、その軍隊さえも怪物によって散り散りにされ、それどころか、逆上した怪物がオルモーラの地に攻め込んできたのです。町の男達は郊外に出て必死に善戦していましたが、徐々に町へ町へと押されてしまいます。

 ミリトニーは顔を上げて窓から町の様子を見ました。町のあちこちに傷ついた男達が倒れています。他に動ける者といっても年寄りや子供たちばかりで戦える者はいません。怪物と戦って町の人々を助けられるのは、もう自分だけになっていたのです。ミリトニーは涙を拭いて立ち上がりました』


 ミリトニーに扮するカトレアは両手に剣を構えると、目の冴えるような剣舞を披露した。ヒュンと空気を切り裂く音が冷水のように場を引き締める。


『そして、ミリトニーの前に怪物がその姿を現したのです』


 カトレアがくるりと回って舞台端へと後退し、明け渡された舞台中央に怪物の仮面を被ったペントが飛び込んできた。両手で一本の剣を握り、次々とカトレアに斬り込む様に舞う。二人の剣舞は激しく、あたかも死闘を繰り広げているようだ。しかし、怪物の鋭い剣舞を前にミリトニーは徐々に後退させられていく。


『怪物の勢いにミリトニーは押され気味でした。巻き返そうとしますが、焦りでミリトニーの剣戟(けんげき)は精彩を欠いていきます。このままでは負けてしまう。そう思った時でした。どこからか自分を応援する声が聞こえてきたのです。

 ミリトニー、がんばって。

 ミリトニー、負けちゃだめだ。

 その声援は街の人々から送られていました。ミリトニーはその声援に元気付けられ、徐々に怪物を押し返していきます。

 両親を失ったミリトニーは、確かに天涯孤独の身となりました。しかし、本当の意味で孤独になったわけではありませんでした。毎日声をかけてくれる人々がいます。自分を慕って遊びに来てくれる子供たちもいます。そして毎晩酒場で楽しく飲んでくれる男達もいます。そうだ。私は独りではないんだ。その想いがミリトニーに力を与えました』


 すすり泣きが聞こえる。孤児達の涙が止まらないらしい。

 これだからマナーの知らない孤児は。だが、暇つぶしにはなった。

 もうすぐ劇も終わりだ。

 カーマルはほろ酔いになりながら思った。


 女剣士の物語はカーマルもよく知っている。怪物を退治したミリトニーは国の最高指揮官の誘いを断り、街の人々と楽しく一生を過ごすのだ。オルモーラに住んでいるなら誰もが知っている有名な伝説だ。それを舞踊劇で見る楽しみはあったが、結末が分かるというのは面白みをなくしてしまうものだ。


 カーマルは途端に興味をなくし、それを埋めるようにグラスを口に傾けた。しかしグラスに酒は残っておらず一滴も落ちてこない。カーマルは未来の花嫁に酒を注がせようとして隣の席を見た。そこに花嫁の姿がない。手洗いにでも行ったのか、隣の席はもぬけの殻になっていた。

 カーマルは苛立ちを覚えて辺りを見回した。しかし、どこにもユイナの姿は見当たらない。音もなく、許可もなく、ユイナは席を立ってどこかへ行ってしまったのだ。


「手を焼かせてくれる……あの娘には(しつけ)が必要だな」


 カーマルは顔を隠すように手を当てて怒りに嗜虐的な笑みを混ぜた。衆人の前で見せられない顔だ。

 舞台では劇が大詰めを迎えていた。

 倒れた怪物を前にミリトニーが右手の剣を振り被る。


『そして、ミリトニーがその剣を振り下ろし、怪物にトドメを刺そうとしたその時でした』


 キイィィン! と甲高い金属音が空気を支配した。


 ゲホッ!ゴホッ!


 むせ返ったのは酒を口に含んでいたアレスだ。孤児達は口をあんぐりと開けたまま絶句している。カーマルは手の平から顔を上げ、舞台を振り仰いだ。

 舞台上の役者が増えていた。

 倒れた怪物役のペント。

 その怪物に剣を振り下ろしたミリトニー役のカトレア。

 そして、振り下ろされた剣を下から剣で受け止めるユイナ。


 なん、だと……?


 ユイナはカトレアの剣を弾き返し、立ち上がって気丈に言い放つ。


「我が子の命を狙うものは許さない」


 唖然とするカーマルと観客のため、ザイがしれっと弾き語りを入れる。


『なんと、そこに現れたのは怪物の母親でした』


 何者だそれは!


 カーマルは無理やりな展開に怒鳴るところだった。しかし、貴族としての矜持(きょうじ)で声を呑み込む。

 ザイがリュートを掻き鳴らし、更なる緊迫感を与える。

 舞台上のユイナはカトレアと対峙して睨み合っている。

 物語の結末は、カーマルの知らない方向へと転がり始めていた。


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