孤独の闇と二人の剣舞21
「ふぉーくダンス?」
ベッドの端に腰掛けて講義を聴いていたペントが、両膝に手を置いて身を乗り出すように聞き返した。ユイナは教壇の先生のように背筋を伸ばして大きく頷いた。
「そ、世界各地に根付いている独特の踊りをフォークダンスと呼ぶらしいの。民俗舞踊とか郷土舞踊と言い換えればいいのかな。今日はその中でもオルモーラのフォークダンスを教えたいの」
ユイナは窓の外、街の方角に視線を向けた。朝食の後片付けを終えた頃から目立ち始めた雲は少しずつ立ち込め始めていた。
あいにくの空模様だが、シェリセーラは今ごろ天女の踊り場で踊っているかもしれない。それとも、彼女はダンス教室を開いているそうだから、街の子供達に囲まれてダンスを教えているのだろうか。どちらにしても、きっと楽しく踊っているに違いない。その様子を思い浮かべると心がうずき出し、彼女から教わったダンスをペントにも伝えて一緒に踊りたいと思った。
「説明より、やってみるのが一番だね。ペントはまだ背が低いから私が男の子役をやるけど、それでいい?」
「うん、ユイ姉さんに任せる」
「それじゃこっちに来て。まずは最初の挨拶からいくね? 女の子はこうよ」
ユイナはそう言って女の子の挨拶を教える。フォークダンスを教える時は、なるべく今まで培ってきた貴族の立ち振る舞いから離れ、シェリセーラから教わった朗らかな会釈をするようにした。
一つ一つ、踊りの流れと身体の動かし方を丁寧に教えた。壁に立て掛けてあった細長い鏡の前に立ち、ペントがどんな動きをしているか見せてあげた。
でも、鏡を使って踊っていると左右が逆になってしまうもので、気付いたら二人して珍妙なポーズをとってしまい、ユイナもペントも思わず噴き出した。
あまりに楽しくて、いつの間にか忘れていた笑顔が自然に溢れていた。笑い過ぎて涙までこぼれてしまう。
「フォークダンスって難しいけど楽しいね」
ダンスの最後にあるお辞儀を終えた時、ペントは満面の笑顔を見せた。
「喜んでもらえてよかった」
ユイナは心の底から言った。
「それはもちろん。でも、どうして舞姫学校の踊りじゃなくてフォークダンスを僕に教えようと思ったの?」
思わぬ質問に、ユイナは「う~ん」と考え込む。それからこう答えた。
「舞姫学校の踊りは、ペントには似合わないと思ったからかな」
それが本心だった。
「舞姫学校の踊りが全てではないわ。実は私、オルモーラの街で収穫祭の踊り子を決める審査会に参加してきたの。その審査会で負ける気がしなかった。勝てると思ってた。私は舞姫学校で一流の舞踊を習ってきたし、他の参加者は素人に見えたから優勝する自信はあったの。五人の審査員のうち四人も満点を出してくれた時は優勝したと思った。でも、一人だけ低い点を出して私は優勝できなかった」
どうして? とペントは怪訝そうな顔をした。
「他の人が満点を出しているのにどうしてその人だけ低い点を出すの?」
「私が天女のために踊っていない事をその人は見抜いていたからよ。オルモーラの収穫祭は自然の恵みを与えてくれた大天女に感謝するための祭典なの。収穫祭の踊り子は天女と人々を繋げる懸け橋でないといけない。優勝した女性の踊りは荒削りだったけど、人々の心を一つにするものだった。それと違って私が披露した舞姫学校の踊りは、どれもこれも男性を惹きつけるためのものだった。だから低い点だったというわけ」
「…………」
「最初はショックだったけど、今では良い経験をさせてもらったと思っている。フォークダンスもその人から教わったんだ」
「そうなの?」
「うん、その人は踊りを通して誰かと心を通わせることの楽しさを教えてくれた。舞姫学校では教わらなかった人と人のふれあいって言うのかな。ペントみたいな社交的な人にはそういう踊りのほうが似合っていると思うの」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
ユイナは力強く肯定する。
「ねぇユイ姉さん」
「うん?」
「ユイ姉さんはみんなと心を通わそうとは思わないの?」
痛い所を突かれた。
「それが出来たらいいとは思うけど、無理だと思う。あの子達は私を憎んでいるから」
「ユイ姉さんは悪い人じゃないよ。悪い人じゃないのに悪者にされたままなんて嫌だよ」
心の底から心配してくれているのだと思うと、「ありがとう」という謝辞しか出てこない。信じてくれる事への感謝と、現状を変えられない自分の不甲斐なさが胸中で混ざり合っていた。
ふと、曇り空を見せる窓へと視線を向ける。
窓ガラスに絹糸のような水の線が描かれていた。水の線は徐々に増えていき、雨音となって部屋に忍び込む。
「降り出したね」
ユイナは窓に近付き、久方ぶりの雨景色を眺める。
「ねぇ、ペントはどうして舞姫になりたいの?」
ペントは目をパチクリさせていたが、寂しげな顔で自分の両手を見詰める。
「舞姫になったら大天女様にお願いしたい事があるんだ」
「……、え?」
強くなる雨音に沈みそうな言葉を探すのに一瞬の間が必要だった。
「天女に願い事をしたい?」
どうにか拾い上げた言葉で聞き返す。
創造物の天女に本気で願い事をするつもりなのだろうか。
ペントは頷き、「どんな願い事なのかは言えないよ」と言う。
「ね、ねぇペント。あんまりこんな事は言いたくないけど、大天女は伝説の神様だよ?」
天女の存在を否定するつもりはないが、肯定するつもりもなかった。存在するかしないかも分からない天女に願いを託すより、自分の力で乗り越えた方がいいと思った。
「天女はいるよ。アレスが教えてくれたんだ」
「アレスが……?」
意外な名前が出てきて驚いた。彼はもっと現実的な人間なのかと思っていた。それとも、ペントを安心させるために天女はいると嘘をついたのだろうか。
「アレスがそんな事を言ったの?」
「そうだよ。アレスは天女に出会って“ケイジ”をもらったんだって。だから同志を集めて世界を救おうとしているみたい」
「え、待って」
こんがらかりそうな思考を整理させようとペントの言葉を遮った。
「ケイジって……アレスは大天女から啓示を受けたと言うの…!?」
「そう言っていたよ? ケイジって何なの?」
「簡単に言うと天女から与えられるお告げの事だよ。これはあくまで神話での話だけど、世界が混沌の闇に包まれた時、大天女は世界を元通りにするために、救世主となる魔術師にお告げを与えるの。それは大天女の啓示と呼ばれている……」
「よく分からないけど、すごい事なんだね」
「凄いなんてどころじゃないよ……」
ユイナは訳が分からなくなって首を振る。
本当に凄いなんてどころではない。
天女の啓示を受けた事が本当ならば、
シルバートの国家反逆者にされたアレスは、
大天女が選び出した救世主でもあるのだ。




