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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第四章
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孤独の闇と二人の剣舞16

「カトレアさん、本当に魔力中毒で寝込んでいたのですね……」


 アレスが馬車を運転し、その後部座席にカーマルと身を寄せ合うようにして乗ったユイナは、城へと引き返す道中で近況の確認をしていた。

 最近は国境に見張りを立てているためかシルバートの魔術師に目立った動きはないという。その近況報告にカトレアが倒れたという話も出てきた。魔力中毒にかかったテンマを看病して自身も中毒にかかったそうなのだ。


「容態は悪いのでしょうか」

「気になるなら見舞いに行ったほうがいい」

「そ、そうですね……そうします」


 ユイナは言ったが、内心、どんな顔で会えばいいかわからなかった。自分のせいで傷ついた相手と顔を合わせるのは、勇気のいる事だ。

 馬車はメリル王女の居城に入っていった。

 中庭で降ろされたユイナは、カーマルに案内されるまま病室へと向かった。

 東塔の螺旋階段を上った先の扉前でカーマルが足を止める。


「ここが病室だ」


 ユイナは木製の扉に近付き、ノックしようとしてふと手を止めた。扉の向こうから子供達の話し声が聞こえる。しかも一人や二人ではなく、ほとんどの子供達が集まっているようだ。その中に入っていける勇気が持てなかった。


「今は来客があるようなので、また後にしようと思います」


 引き返そうとするユイナの肩をカーマルが押しとどめる。


「どうした、見舞いに来たのだろ。来客ぐらい良いではないか」

「今はちょっと」


 カーマルに触られているのも抵抗があったが、それよりも今は子供たちに会うのが怖い。その時、病室の扉が開かれた。


「おい、みんな来いよ。カトレアさんを魔力中毒にしたやつがいるぞ!」


 足音がしたかと思うと、病室からぞろぞろと子供たちが出てくる。敵意をむき出しにして、病室に近づかせないように廊下に立ち並んでいる。


「何しに来やがった」


 一人の少年が噛み付くように言った。年齢的にはユイナより少し上だろうか、屋内でも古びたハンチング帽を被っている。ユイナはその帽子少年に「み、見舞いに来たんです」と正直に答える。


「お前が来て誰が喜ぶんだ。カトレアさんはお前のせいで中毒になったんだぞ!」


 それは……、と言おうとした声は子供達の「そうだそうだ」という声にかき消された。ユイナはぎゅっと拳をつくる。


「ごめんなさい。こんな事になるとは思っていませんでした」

「嘘付くな。自分の魔術がどれだけの毒を持っているか知っていたんだろ」


 噛み付いてきたのはまたもハンチング帽の少年だった。


「カトレアさんには酷い事をしてしまったと思っています。本当です。だから謝りに来たんです」

「来るな。お前が来るとカトレアさんが苦しむ」


 他の子供達も病室を守るように廊下をふさいでいる。


「わ、私はもう魔術を使いません。だから、せめて謝らせてください」

「謝って済まそうとしてるんだろ!」

「違います。そんなつもりじゃ……」


 しかし、次の言葉が出てこない。何と答えれば耳を貸してくれるのだろうか。どんな言葉も否定されてしまう。病室に入りたくても、子供達が壁となって立ちふさがっている。

 帰れ、とハンチング帽の少年が言った。それは周りの子供達にも波及し、「帰れ帰れ」の大合唱となる。その一言一言が杭となり、ズンズンと心に突き刺さってきた。ユイナは訴える。


「お願いです、私の話を聞いてください……」


 しかし、その声は子供達の大合唱の前にあまりにも非力だった。

 子供達はカトレアを守る勇者にでもなったかのように合唱を続けている。


『何をしているの』


 弱弱しい声が聞こえたかと思うと、戸口からカトレアが姿を現した。魔力の毒がまだ残っているのか顔色は悪い。彼女と目が合った瞬間、罪悪感のあまり逃げだした。階段を駆け下りていた。

 階段を降りたところでカーマルが息をきらしながら追いついた。


「子供の言う事など気にするな。しばらく私の部屋で休むといい」


 しかし、ユイナは俯いて首を横に振る。


「ごめんなさい……今は一人にさせてください」

「ユイナ!」


 呼び止めようとするカーマルを振りきり、「ごめんなさい」と言葉を残して逃げる。

 今は誰とも顔を合わせたくなかった。

 これ以上、誰にも涙を見られたくなかった。



 ***



「だいぶ苦しんでいるようだな」


 カーマルは薄ら笑いを浮かべ、ユイナの走り去る背中を見送っていた。すると、廊下の角からハンチング帽の少年が出てきた。


「どうでした? なかなかうまくいったでしょう」


 周囲に人気がないのを確認した少年が、帽子を取りながら言った。


「そのようだな」


 カーマルはそう言うと銅貨を詰めた袋を地面に落とした。少年は慌てて袋を拾い上げ、中身の銅貨を確認する。


「この調子でユイナを追い詰めろ」


 カーマルは冷徹な声で言った。


「任せてください。あの女はカトレアさんを傷つけたんだ。許せない。みんなだって同じ気持ちです」

「そうだったな」


 先ほどの光景を思い返し、クククと笑いを漏らす。

 ユイナが追いつめられる姿には掻き立てられるものがある。

 早く自分の舞姫にしてかわいがってやりたい。

 今日は気分がいい。


「彼女が私にだけ心を許すようになったら、次は金貨をやってもいいぞ」


 カーマルの言葉がまるで突然の雷鳴だったかのように少年は唖然として、「金貨!」と目の色を変えた。


「彼女の体を傷付けないなら、やり方は好きにしろ」

「もちろんです、全力であの女を孤立させてみせます。あいつは危険過ぎる」


 カツカツと廊下に靴音が響き渡る。

 カーマルは少年の言葉など聞かずに廊下を歩き始めていた。


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