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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第四章
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孤独の闇と二人の剣舞14

 

 額の封魔帯を牢獄に投げ捨て、石段を駆け上がった。そして中庭へと続く出口の手前で立ち止まる。一歩先には城壁に囲まれた中庭が広がっており、陽光に照らされた草花が春の陽気をたたえている。


 メリル王女の居城は五つの塔からなっている。東西南北にそれぞれ塔があり、その中心に中央塔がある。ユイナ達がいるのは西塔の最下層だった。脱出するには中庭を通るしかない。


 誰にも発見されずに城を脱出することなど可能なのだろうか?


 制服を売るために城の裏側から脱出したものの、テンマに見つかって襲われた。あの時は魔口の爆発でどうにか逃げることができたが、もう二度とあんな目には遭いたくない。


「見張りがいると思います。逃げるといっても、どこから逃げるのですか」


 気になって聞いてみると、


「中央塔からだ」カーマルが、中庭の中央に建つ塔へと視線を向けて答える。

「中央塔の地下にはメリル王女と私しか知らない秘密の地下通路がある。それを使って海に出る」


 その言葉にユイナは驚いた。


「そのような隠し通路があるのですか?」


 どうしてそれを教えてくれなかったのかと思ったが、秘密にしなければ本当の緊急時に使えないことを考えると、簡単には口外できないのだろう。もし敵に知られれば、そこから侵入を許してしまうかもしれない。


「だが、隠し通路に入るためには中庭を突っ切らないといけない」


 カーマルはそう言ってユイナを振り返る。


「私達は見つかっても問題ないが、ユイナは見つかるわけにはいかない。人目を避けて中央塔に来られるな?」

「もう、やるしかないんですよね……大丈夫です。やります」


 ここまで来たのなら最後まで逃げるしかない。牢獄に残っていても未来はない。

 腹を決めたユイナに、カーマルは頷いて人目がない事を確認しながら護衛の魔術師を従えて空の下へと歩いていった。


 ユイナも辺りを見回し、人目がないことを確認してから中庭を壁伝いに走る。その方が植木などの身を隠せる遮蔽物が多いからだ。人目につかないよう、まばらに植えられた木の陰に飛び込んでピタリと寄り添った。

 見つかるのが怖い。捕まるのが怖い。死ぬのが怖い。だから必死で体を木の幹に押し付けている。そうやって必死で生きる事にしがみ付いている。

 一呼吸置いてそっと木陰から顔をのぞかせる。中庭に人影はなく、昼下がりの陽射しを浴びた芝生が青々としている。木陰から見上げる窓にも屋上にも人影は見当たらない。

 今が絶好のチャンスだと木陰を飛び出し、中庭に設置されたテーブルの後ろを(かが)んだ姿勢で一気に駆け抜けて中央塔へと転がり込む。カーマルと魔術師はユイナを迎え入れると、中央塔の扉を閉めた。

 誰にも見つからなかったはずだ。今はまだ、牢獄から逃げ出した事を誰にも気付かれていない。だが、それも時間の問題だろう。牢獄に誰もいない事が分かればすぐ騒ぎになる。


「こっちだ。この下に隠し通路がある。――絨毯をどかせ」


 魔術師がランプを置き、重たげな絨毯をめくりあげると、床に鉄扉が現れた。


「開けろ」


 ギィィと嫌な音を立てて引き開けられると、真っ暗な空間があり、闇へと石段が続いていた。


「行くぞ。ついてこい」


 ランプを手にしたカーマルが石段を照らしながら降りていく。ユイナも急ぎ足でついていき、最後尾の魔術師が通路の出入り口を閉じた。

 三人の足音が狭い空間に響く。

 岩盤を剥き出しにした通路は細長く、一列にならないと奥に進めなかった。ランプを手にしたカーマルが先頭で、次にユイナ、最後に仮面の魔術師という並びで暗いトンネルを下に向かっていく。時折、耳を澄ませて追っ手がこない事を確認しながら先を急いだ。


「ここだ」


 しばらく進んで小さな空間に出た時、カーマルは言った。


「この部屋のどこかに外に出る扉があるはずだ……これだな」


 カーマルは部屋の何かを探し当て、重たい扉を押し開けた。それと同時に眩しいまでの日光が射し込み、外の潮風が流れてきた。その潮風がユイナの足を止めさせた。


「よし、出るぞ」

「待ってください」


 無用心にも地上に顔を出そうとするカーマルを慌てて呼びとめた。出口を前にして妙な胸騒ぎを覚え始めていた。誰にも気付かれずにここまで来られたことが違和感となって心に引っ掛かっている。見る事も聞くこともできないが、確かにそこにあると感じる違和感。


「どうしたのだ」


 怪訝な顔をするカーマル。


「牢獄に見張りが一人もいないなんておかしくありませんか? 普通なら見張りを立てておくはずです。……やっぱり何かおかしいです。テンマに襲われた時もこんな感じでした。見張りがなくて大丈夫だと思って外に出た途端テンマに襲われたんです」

「しかし、ぐずぐずしていれば見つかる」

「そ、そうですけど……」

「幸いここは岬の下だ。城からは死角になっている」


 カーマルは出口から顔を出す。


「大丈夫だ。誰もいないから出てこい」


 外に出るように促される。振り向くと、仮面の魔術師も顎をしゃくるように先を促している。

 ユイナは釈然としないながらも出口に手をかけ、強い陽射しに目を細めながら外へと足を踏み出した。


 そこは岬の岩壁が、荒波によって半月のように削り取られた空間だった。見上げても頭上に張り出した岩肌が見えるだけで城の様子をうかがうことはできない。

 潮を含んだ風が頬に吹きつけ、肩にかかる黒髪がバサバサと荒れた。足許では潮騒が鳴り響き、跳ねた海水が風に吹かれて飛び散ってくる。足もとに水たまりが広がっており、そこに小魚が泳いでいる。干潮で海水が引き、ここに取り残されたようだ。


「君は先に行って林の中に隠れていろ」


 ユイナは後ろを振り返る。猫背の魔術師が内側から扉を閉じていき、カーマルの姿が扉の向こうに消えていくところだった。

 胸には釈然としないものが引っ掛かっていたが、それをうまく言葉にできない。どちらにしろ、もう城外に出てしまった。今さら何を言い訳しても意味がない。

 ユイナは岩壁に手を添えて歩き、単身で目的の林へと向かった。


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