孤独の闇と二人の剣舞12
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ガチャリ。
カーマルは中央塔会議室のドアを開けて室内に入った。ひっそりとした部屋にはアレスとザイの二人がいた。彼らはテーブルを挟んで座り、腕を組んで会合が始まるのを待っていた。メリル王女の姿はない。まだ来ていないようだ。
カーマルはドアを閉め、適当に席を選んで着席する。
この会議室で話し合いが行われる。議題はユイナの処遇についてだ。むろん、カーマルはユイナの無実を訴えるつもりだ。その裏には、運良く転がり込んできた令嬢を我が物にするという思惑があった。
真紅のカーテンがかけられた窓の向こうにはオルモーラの土地を一望することができる。カーマルにとって忌むべき領土だ。
ここ、オルモーラは穏やかな気候と肥沃な大地に恵まれているが、ウィンスターの本土から海峡が隔てられている上に、敵国シルバートとは陸続きとなっている。今は不可侵条約によってオルモーラは護られているが、シルバートが条約を破って攻めてくれば本土の援軍が来る前にオルモーラは戦火に呑み込まれるのは必定だ。
そんなオルモーラの土地に貴族の娘が近付くわけがない。カーマルが貴族の娘と知り合うためには、わざわざ船で海峡を渡って本土に出向く必要があった。以前、そのようにして本土の舞踏会に参加したことがあった。もちろん、オルモーラの貴族という肩書きを隠してである。
ところが、平民には平民の情報網があるように、貴族には貴族の情報網があったようで、どこでその情報網に引っ掛かったのか、舞踏会に到着した頃にはカーマルがオルモーラの貴族だと知れ渡っていた。視線は感じるが、誘っても相手にしてくれる令嬢はおらず、それどころか近付くだけで距離をとられてしまう。そのくせ遠巻きにして、田舎者だと嘲笑していたのだ。
美しく華々しい娘への憧れは、抑え切れないほどの妬みと憎しみへと変貌した。屈辱と恥辱で渇いた咽はひりひりと、まるで体中の水分を干上がらせるかのように胸を焼き、貴族令嬢の美しく瑞々しい肌に唇を這わせ、汚してやりたいと思うようになった。そして、玩具のようにあつかってやるのだ。
カーマルは思い通りに出来る娘を探していた。だからこそ、偶然にも転がり込んできた貴族の娘、ユイナを自分のモノにしたくなったのだ。
カトレアやメリル王女も貴族の娘だが、メリル王女に手を出せばシルバートと事を構えることになるし、カトレアには近寄りがたい気高さがあった。どう考えても彼女達の方が自分よりも上に見えてしまうのだ。その点、ユイナは理想の少女と言えた。貴族でありながら、時折見せる不安げな顔はこれ以上ない優越感を与えてくれる。
彼女こそ自分の舞姫にふさわしい。
だが、ユイナを妻に迎えるためには、彼女の無実を証明しなければならない。彼女の立場は不利だ。ただでさえスパイだと疑われている上に、城の警備をしていたテンマまで魔力の毒で殺しかけた。最初は半信半疑だった孤児までユイナをスパイだと思い込み、それが幼い子供にまで伝染して不穏な空気を漂わせている。ユイナが城に連れ戻された時の光景をカーマルも見ていたが、孤児たちの眼には敵意がこもっていた。
その時、ドアが開かれた。
「待たせたわね」
部屋へと入ってきたメリル王女に、アレス、ザイ、そしてカーマルは席を立ち上がって迎え入れた。彼女は部屋の奥へと向かい、シルバート国旗を背にすると、一際豪奢な上座におさまった。
「座りなさい」
言われるまま男達は着席する。
王女は新緑の瞳で皆を見て、紅を引いた唇を開く。
「まずはあの女がどこに隠れていたのか聞かせて」
「俺が見つけたのは近くの林だった。林道を堂々と歩いていた」
ザイの言葉に、メリル王女の金色の柳眉がピクリと動く。
「それじゃあ、あの女は林に身をひそめていたと言うの?」
「いいえ、それは違います」
そう答えたのはアレスだ。
「彼女は昨日、昼間から夕方にかけてオルモーラの街にいたようです」
「オルモーラの街に? わかったわ。そこで仲間に情報を伝えていたのね」
「いいえ、踊っていました」
「おど……何ですって?」
メリル王女は自分の耳を疑うように聞き返した。
黙って聞いていたカーマルも唖然とする。
ザイだけが噴き出し、クククと忍び笑いを漏らし、それが堪えきれなくなったように高らかに笑った。だが、すぐに真顔へと戻る。
「追われている人間がのんきに踊ってどうすんだよ。――ってか、見ていたような口ぶりだな。まさか、ユイナの足取りをつかんでいたのか?」
「彼女が何をするのか見極めたかった」
「なんですって!?」
王女が怒りのあまりに立ち上がった。
「知っていて黙っていたの!?」
「申し訳ありません。ですが、彼女が本当にスパイだとしたら、オルモーラの街に留まるはずがないと思いました。彼女はおそらく、借金を返すために、優勝賞金を手に入れようとしていたのです」
「なに?」
カーマルは思わず腰を浮かした。
借金を返すため? 優勝賞金?
「それはどういう意味だ」
「彼女は収穫祭の踊り子を決める審査会に参加していました。その優勝賞金が十万ギロだったらしく、彼女は借金返済のお金を手に入れようとしていたのでしょう」
メリル王女とザイは考え込むように沈黙する。ただカーマルだけが冷や汗を流していた。
ユイナには返せない金額を提示したつもりだった。舞姫学校の制服を売っても一万ギロにもならないだろうと高をくくっていた。
まさかオルモーラの街でそんな行事があるとは思いもしなかった。今まで国を動かす貴族に生まれた事を誇りに持ち、逆に土いじりをして生計をたてる平民を蔑んで知ろうとしなかった。それがこんな所で裏目に出た。
「それで……彼女は優勝賞金を手に入れたのか」
ユイナが借金を返済すれば誓約書による拘束力はなくなってしまう。ユイナにまで逃げられてしまうのかと思うと、渇いた咽がさらにギリッギリッと締め上げられるようだった。ところが、アレスは沈痛な面持ちで首を横に振る。
「いいえ、彼女は準優勝で、賞金はもらえなかったようです」
「そ、そうなのか……?」
ホッと安堵し、浮いた腰を戻したが、疑問に思った。
普通に考えて舞姫学校の英才教育を受けてきたユイナが平民に負けるはずがない。彼女よりうまく踊る娘がオルモーラの街にいるだろうか。それとも、よそ者だからと不公平な審査があったのかもしれない。
どちらにせよ、ユイナは金を工面できなかった。彼女はまだ罠の中だ。
「そんな事、どうでもいいのよ」
メリル王女が話題を断ち切る。
「あの女はテンマを魔力中毒にして逃げた。それだけでも許せないわ。それに、その状況で踊っていたのも、欺くための行動だとしたら、とんでもない曲者よ。とにかく、あの女の狙いを確かめる必要があるわ」
「どうやって?」
腕組みするザイが横槍を入れた。
「まさか拷問するつもりじゃないよな? 俺はできないぜ。趣味じゃない」
「期待していないわ。どうせ誰もしないでしょ。だから、自白剤を使うのよ」
そう言って透明の小瓶を机に置いた。中には白砂のような粉が入っており、やわらかく煌いている。アレスの目が鋭くなる。
「まさか、ネプルスの白粉……それをどこで……、いや、それを自白剤として使うつもりですか」
メリル王女は新緑の瞳でアレスを見詰め返し、「そうよ」と答える。
「それは思考力を奪う劇薬です。その自白剤で廃人になった者もいたと聞きます。それを分かった上で飲ませるつもりですか」
「そうよ」
「やめてください。後遺症が残ったらどうするおつもりですか」
「じゃあ逆に聞くけど、あの女がスパイで、すでに私達のしている事を誰かに伝えていたらどうするの? お姉さまの中には、お父様に愛されている私のことを妬んでいる者もいる。殺したいほどにね。そんなお姉さまの耳に私の反逆行為が知れたら、私の立場が危うくなるのは分かっているでしょ。貴方が命を張っているのと同じように、私も命を張っているの。だから手を抜くつもりはないわ。あの女を廃人にしたくないのなら、自白剤の量を調節すればいいでしょ」
「それで彼女に後遺症がでない保証はどこにもありません」
「自業自得よ。私の使い魔を魔力中毒にした罪は重いわ」
「…………」
沈黙したところでカーマルは発言する。
「自白剤を使わなくとも彼女がスパイか否かをはっきりさせる方法がある」
「そんな方法があるなら言ってみなさいよ」
不遜な態度が気に食わないが、今は作戦を伝えるのが先だ。
「彼女に重要な情報をつかませ、泳がせてみてはどうだ? 彼女が本当にスパイなら、雇い主に情報を届けるはず。その行為に走らなければ、彼女はスパイではないと証明できるはずだ」
「その作戦は危険だぜ。誰かのせいで俺達の計画も知られてしまったんだからよ」
ザイの発言に、アレスが苦々しい顔をする。聞き捨てできなかったのはメリル王女だ。
「どういうこと?」
「俺達が魔神骨を消滅させようとしている事を知らせたんだ」
メリル王女は目を見開く。
「あの女に? 何を考えているの!?」
「計画のすべては話していません」
「それでも警戒はされるわ」
たしかに愚かな行動をしたものだ。だが、
「ちょうどいいではないか」
カーマルは言った。
「ユイナは重要な情報を握った。スパイなら間違いなく動くだろう。それに、彼女を泳がせて追跡すれば、誰に伝えているのかもわかる。妙案だと思うが」
視線を上座へと向けると、メリル王女は新緑の瞳を光らせて思案している。
彼女が何を考えているのか……、それはカーマルにも分からなかった。




