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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第四章
36/87

孤独の闇と二人の剣舞7

 オルモーラの街が夕暮れに沈んでいく。ユイナは独り、広場のベンチに座っていた。少しずつ夜気に呑まれていく空気に、両膝を抱き締めて丸くなっている。


「どうしたんだい? 体の具合でも悪いの? 夜はまだ冷えるから早く帰った方がいいわ。ねぇ、貴女?」


 時折、通りかかる人々が心配して声をかけては、諦めたように去っていく。


「お前、審査会で準優勝した娘だろ? 一人ならこれから一緒に夕飯でもどうだ?」


 へらへらした男が誘っている。だが、ユイナは気付かない風をした。すると相手の態度も粗暴になってくる。


「おい、何か言ったらどうなんだ。無視すんなよ」


 男の手がユイナの細い肩を掴んだ。ユイナは弾かれた様に男の手を振り払う。


「私に構わないで!」


 一瞬、怒りに任せて魔口を開きそうになった。


「な、何だよお前……」


 男はユイナが垣間見せた異常な怒りにたじろいで身を引いた。そのまま逃げるように去っていく。すでに辺りは夜の色に染まり、集合住宅の明かりが幾つもの窓を浮かび上がらせている。


 独りに戻ったユイナは再び両膝を抱え、そこに顔をうずめる。すっかり心が萎えていた。

 審査会で優勝できなかったために賞金の十万ギロも手に入らなかった。借金の返済は絶望的だ。人質にされたペントを解放するためには、カーマルと結婚するしかないのだ。それを思うと、どうにでもなれと投げやりな気持ちになってしまう。


 そんなユイナの前に、新たな気配が近付いてきた。気配は近くで止まったが、声をかけてこない。じっと見下ろされている感覚が不安になり、顔を上げて相手を見た。

 三人の魔術師が立っていた。一瞬、背筋が凍りついた。アレス達かと思ったのだ。しかし、三人とも知らない顔だった。


「何か用ですか」


 内心の警戒を隠して聞いた。


「娘が夜遅くまで一人でいるのは危険だ。家まで送るから家を教えなさい」


 言葉は親切だが声は無機質だ。

 不審に思われているのは気配でわかった。

 しかし、家がシルバートにあるとは言えるわけがない。


「私に構わないでください」

「そういう訳にはいかない。お前はオルモーラの人間ではないはずだ。場合によってはお前を連行する」

「……ウィンスターの本土から来ました。定期船に乗って海峡を渡って来たんです。だからここには家もありません。今日はここで一夜を明かします」


 ユイナは洋服店の店主から聞いた話を思い出しながら咄嗟に嘘をついた。


「なるほど。舞姫学校の制服を着ているところを見ると貴女は貴族のようだが、収穫祭の踊り子になるために遥々海を越えて来たわけだ。独りで」

「そうです。優勝はできませんでしたけど……」

「それは残念と言いたいところだが、その制服はどうした」

「制服?」


 ユイナは意味がわからず首を傾げる。


「ウィンスターの気候を知らないのか。半袖の学生服はないぞ」


 一瞬にして背筋が凍った。舞姫学校の制服は国によってデザインが(こと)なる事は知っているが、わざわざ他国の制服について調べたことはないし、ウィンスターに半袖の制服がない事など初耳だった。


「やはり怪しいな。我々についてきてもらおうか」


 魔術師達は隠し持っていた短刀をユイナに突き付けながら言った。魔口を開こうとすれば、先に斬られてしまう。魔術師の手がユイナの手首を掴んできた。男の手の感触に悪寒が走り、その手を振りほどこうとする。その時だった。


「待ちなさい」


 やさしく、しかし、凛とした声が割り込んでくる。

 声の主を捜して視線を動かすと、シェリセーラが立っていた。


「あなた方は私のかわいい孫に何の用があるのです?」

「孫? いえ、これは……彼女が不審な行動をとっていたもので……」


 魔術師達はしどろもどろになりながら慌ててナイフを仕舞い込む。


「不審な行動?」


 シェリセーラは魔術師に詰め寄る。


「彼女はここに座っていただけでしょ」

「そうですが……見知らぬ学生服を着ていましたので……」

「それはそうでしょ。その制服は私がシルバートにいた頃に着用していた制服ですもの。あなた方が知っていなくて当然です。そもそも、こんな幼い娘が危険人物だとでもいうのですか。――ティニー、こっちに来なさい」


 ユイナは少しムッとする。が、それを顔に出さないようにして立ちあがった。結婚できる年齢になったというのに、子供扱いをされて腹が立った。それに、彼女のせいで優勝賞金がもらえなかった事を根に持っている。だが、この場は彼女に従うより他はなかった。


「すいません。手をはなしていただけますか」

「あ、ああ、悪い」


 手首を掴んでいた魔術師の手が離れ、ユイナはシェリセーラの横に並ぶ。

 シェリセーラはユイナの手を握ると、魔術師達に向かって捨てゼリフを残す。


「明日は収穫祭なのだから、あなた方も服装ぐらい考えなさいよ」



 ユイナはシェリセーラに手を引かれるまま街の西門まで歩いた。西門にも二人の魔術師が見張りをしており、シェリセーラはまっすぐ彼らに近付くと挨拶を交わしてユイナを孫だと紹介した。むすっとしたユイナと笑い皺のあるシェリセーラ……孫と祖母にしてはあまりにも人相が違っている。魔術師達も半信半疑の顔をした。

 だが、世間話でもするようにシェリセーラはスラスラと嘘を吐き出し、魔術師達の疑いをいとも簡単に解かせてしまった。そこにユイナの出る幕はなく、時折顔を伏せたままシェリセーラの話にうなずいたりしてみせた。きっと魔術師の目には社交的な祖母と内向的な孫に見えたことだろう。


「それではそろそろ帰るわ。私達、まだ夕飯を食べてないの」

「そうでしたか。お気をつけて下さい。最近、所属不明の魔術師も出没したようですから。もしよろしければ家までお送りしましょうか」

「お気遣いありがとう。でも遠慮しとくわ。すぐそこですもの。それに、与えられた持ち場から離れるのはよくないわ」


 シェリセーラはやんわりと断り、歩き出した。ユイナは手を引かれるまま門をくぐり、月明かりだけの薄暗い車道を歩く。どうやらシェリセーラの自宅は街の外にあるようだ。

 肩越しに門を振り返ると、魔術師が門に手をかけるところだった。街の明かりを閉じ込めるようにゆっくりと門が閉じられ、辺りは夜の気配を一層濃くした。道端の草が、刈り取られた畑が、夜風に蒼く揺れている。


「うまく騙せたみたいね」


 シェリセーラが言った。

 振り返ってホッと息をついたユイナは彼女から手を離す。魔術師を騙せたのだから、孫の振りをする必要もなくなった。それに、彼女が低い点を出したせいで優勝できなかった事を思い出すと、手をつないでいた事さえ嫌悪感を掻き立てられる。


「シェリセーラさんは嘘つきです。よくあんな状況でスラスラと嘘がつけましたね」

「あら、私はユイナを助けるために貴女の祖母を演じたのよ? あまり魔術師に目を付けられたくなかったのでしょ?」

「そ、それは……」


 そうですけど……と口ごもる。


「ユイナは、嘘は悪い事だと思っているのね。でも、嘘も方便だと思わない?」


 シェリセーラはやさしく問いかけてきた。ユイナは沈黙を守り、シェリセーラはほんの少しの苦笑をにじませた。


「嘘は悪い事ばかりではないと思うの。真実を知れば相手が傷つくからそれを隠すために嘘をつく。そういう誰かを守る為の嘘だってある。貴女を助けるために私も嘘をついたのよ。時には嘘をつくことだって必要だと思うわ。それに、貴女だって立派に嘘をついていたじゃない。どこから来たのかと魔術師に聞かれて『ウィンスターの本土から定期船に乗って来た』なんて返答をするとは思いもしなかったわ」


 ユイナはバツが悪くなって恥じ入ったが、「ずっと盗み聞きしていたんですか」と瞳を鋭くした。シェリセーラは街路樹の陰から一部始終を窺っていたのだろう。タイミングよく登場したのもそれなら頷ける。


「そうよ。貴女が軽薄な男に声をかけられていたから気になって様子を見ていたの。そのついでに立ち聞きしちゃったわ」


 シェリセーラはあっけらかんと肯定してみせた。あまりにあっさりしていたので、問いかけたユイナが言葉に詰まったほどだ。


「何が目的ですか。どうして私に付き(まと)うんですか」

「それは貴女のことが気になるからよ」


 真顔で答える。


「かわいい後輩を広場で一人にさせとくわけにはいかないでしょ? 夜の広場はガラの悪い人が集まるんだから。あなたみたいな女の子が一人でふらついていると危険だわ。ご両親もきっと心配しているんじゃないかしら」


 また子ども扱いをするので、むっとした。

 ユイナはもう子供ではない。結婚のできる年齢になったのだ。


「さっきから私を子どものように扱ってますけど、もうやめてください」

「どうして? 貴女はまだ子供でしょ?」

「私、シェリセーラさんが思っているほど子供じゃありません。もう十四歳です。舞姫候補生の儀式はまだ受けていませんが、もう結婚できるんです」


 そう、とシェリセーラはユイナの言葉を否定もせずに受け止めた。その余裕が子供だとからかっているように思えてしまう。そんなユイナの内心を知ってか知らずかシェリセーラはやさしく微笑み、「結婚できる人が大人なのかしら?」と問いかけてきた。

 ユイナは、何が言いたいのかとシェリセーラを見詰める。


「十四歳で結婚なんて、私は早いと思うのよね。十四歳という年頃はまだ子供よ。色んな事が少しずつ見えてきたばかりで、先のことや自分のことを深く考えることができないと思うの。大人たちは、そういう右も左も分からない娘を戦略結婚に利用するのでしょうね。そのために舞姫候補生という言葉をつくって、結婚する少女が大人の女性だと錯覚させようとしている」

「分かったような事を言わないで下さい」


 貴族であるファーレン家の人々まで悪く言われているような気がして我慢できなかった。ガモルド男爵やアリエッタは、ユイナを戦略結婚の道具にはしない。考えたくもなかった。失礼だ。


「そうね。私はよく耳にする話を口にしているだけで、貴女には当てはまらないかもしれないわね。貴女には貴女の人生がある。それはそうと、今日は私の家で休んでいくわね?」


 おだやかな瞳が見詰めてくる。ユイナは首を横に振り、結構です、と答える。


「どうして? 追われているのでしょ? 外にいたら見つかるわよ。……あら?」


 シェリセーラが何かに気付いて視線を動かした。


「な、何ですか」


 眉をひそめて聞く。


「あの人……昼間、貴女を捜していた人じゃない?」


 アレス!?


 心臓ごと跳び上がって辺りを見回す。

 人影は……ない?

 冷静になって考えてみたら、夜になってもアレスが人間の姿をしているわけがなかった。彼は夜になると美しい銀狼に変身するのだから。


「嘘よ」


 ユイナはシェリセーラをにらんだ。


「酷いです。嘘で驚かすなんて最低な行為です」

「嘘でよかったわね。これが本当だったらと思うと肝が冷えたでしょ?」

「それは……」


 彼女の言う通りだった。

 シェリセーラは微笑む。


「それに、嘘から見えてくる真実もあるわ。貴女はまだ、彼に見つかりたくないと思っている。外にいたらそれだけ見つかりやすくなるわよ。だからとりあえず家に入りましょう」


 年の功なのか、彼女の方が一枚も二枚も上手だった。

 彼女には敵わないと思っていると、油断したところで手を握られる。


「お腹すいたでしょ。早く帰って夕飯にしましょう」


 握手してきたあたたかな手を、ユイナは拒む事ができなかった。


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