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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第四章
35/87

孤独の闇と二人の剣舞6

 舞台袖へと戻ったユイナは他の参加者の様子をこっそりとうかがう。

 一番手のエイダ・モースト。それに、二番手のジェーン・ドリアルト。二人とも一次審査を通過しただけのことはあり、それなりの実力はありそうだ。なにより彼女たちはオルモーラの街で育った。二人とも小さい頃から審査会を見てきただろうし、収穫祭も体験してきた。彼女達は祭りの踊りについて良く知っている。だからユイナが祭りにふさわしい踊りを理解するためには、彼女達の踊りから祭りの踊りを感じとるしかない。


 くじ引きで三番手を引き当てた事がここにきて役立つとは思ってもみなかった。二人の踊りをじっくりと観察できる。

 舞台へと視線を移すと、反対側の舞台袖から司会者が軽い足取りで現れた。会場が、すっと静かになる。


「お待たせしました! これより審査会最終試験を開始します!」


 湧き上がる歓声と拍手。すでに観客達の熱気は一次審査の比ではない。


「最終審査は一人ずつ得点が出されます。それで最高得点を出した女性が優勝者となり、収穫祭の舞姫を務めることになります。さて、舞姫の栄冠は誰の頭上に輝くのでしょうか!? それでは参りましょう! 最初に踊ってくれるのは結婚が決まり、今年が最後の参加となるエイダ・モースト!」


 年長者のエイダが舞台へと進み出た。場慣れしているのか落ち着いている。会場の熱気にも呑み込まれてはいない。そして楽団の演奏する舞曲とともに彼女の舞踊が始まる。

 年長者のやわらかで落ち着いた踊りだった。質素で華やかさはないが、誰もが心身を休めたくなるようなのどかさがエイダの踊りにはあった。

 だが、彼女の踊りが祭りにふさわしいのか判断がつかない。

 演奏の終わりと同時に、彼女の踊りも終わってしまう。

 大きな拍手が舞台上のエイダに送られる。司会者もエイダに拍手を送りながら彼女に近付く。


「彼女の踊りはオルモーラに広がる油花の新芽たちを想い起こさせてくれるようでした。さて審査員の方々、準備はよろしいでしょうか」


 司会者は審査員席を振り返って準備が完了したのを確認し、声を張り上げた。


「それでは、エイダ・モーストの得点をお願いします!」


 掛け声とともに審査員が得点の書かれたボードを掲げる。


「九点、八点、八点、九点、八点……合計は、四十二点! なかなかの高得点が出ました!」


 エイダは審査員と観衆にお辞儀をして舞台を去っていく。


「次はジェーン・ドリアルト! いつも闊達な笑顔でみんなを明るくさせてくれる彼女ですが、今回はどんな踊りを見せてくれるでしょうか!」


 ジェーンは会場の人々に手を振りながら舞台中央へと躍り出た。

 司会者が舞台袖に戻り、楽団が弾むような円舞曲を奏で始めた。ジェーンは弾むテンポに合わせて軽快にステップを踏み始める。そしてあろうことか、観衆を踊りに誘うように手招きして微笑みかけた。


「!?」


 ユイナは唖然とする。

 舞台は客席と(つな)がってはいけないのだ。なぜなら、舞台という不可侵で神聖な場所があるからこそ、そこで踊る者に神聖な空気が宿るからだ。だというのに、彼女はそれをぶち壊している。無茶苦茶だと思った。

 しかし何故だろうか、彼女の型破りには不思議と魅力があった。ユイナはその魅力に惹かれるように舞台袖から顔を出し、ふと観衆の様子に気付く。

 観衆は彼女の踊りに合わせて体でリズムをとっていた。彼女の踊りは舞台を飛び越えて観衆を巻き込んでいた。


 舞台袖へと引っ込んだユイナは、額に浮かんだ汗を拭う。春も始まったばかりだというのに会場が初夏の熱気に包まれてしまった。その活気にただただ圧倒される。

 審査員席へ目を向けるとシェリセーラが手拍子をしているのが見えた。ユイナはハッとする。祭りにふさわしい踊りがどういうものか、つかめたような気がした。

 ユイナは辺りを見回し、ビアンカを発見して彼女に駆け寄る。


「ビアンカさん。今から舞曲を変更してもいいですか」

「今から?」

「どうしても変えたいんです。セフィルの三番に。お願いします!」


 ユイナは懇願した。


「分かったわ。セフィルの三番ね。楽団に伝えてくるわ」


 ありがとうございます、とユイナが頭を下げた時、ジェーンの踊りが終わった。司会者が彼女の得点を読み上げる。


「九点、九点、十点、九点、九点……合計、四十六点。で、出ました、近年稀にみる高得点です!」


 ユイナは舞台を振り返る。今までの最高になる四十六点がたたき出されたという事は、優勝するためには四十六点を超えなければいけないという事だ。


 やってみるしかない。

 舞姫学校で培ってきた踊りで、先輩を、観客を、あっと驚かせてみせる。

 舞姫候補生としてのプライドが、ユイナの中で静かに燃え上がり始めていた。



「さぁ、審査会もいよいよ大詰めとなりました。最後の踊り子は、先ほど優雅な舞で観客を魅了したティニー・ファーレンです!」


 司会者に呼ばれて舞台裏から進み出るユイナ。迎えてくれたのは夕陽で色づき始めた舞台と大歓声だった。やけに広く熱く感じられる舞台を緊張のまま歩く。押し寄せてくる歓声が舞台を揺らし、足許から湧き上がってくる。先ほどのジェーンが作り上げた空気が会場を熱くふくらませ、今にも燃え上がりそうなのだ。それはユイナの推測を後押ししてくれる。


 この会場に集まった人々は、炎のように燃えたがっている。

 その証拠に、観客を熱狂させたジェーンの踊りは高得点だった。逆に、しっとりとしたエイダの踊りは観客に水をかけてしまい、得点もあまり高くなかった。ユイナも一次審査で静かな踊りをしてしまった。きっとそれが、シェリセーラの言う『祭りにふさわしくない踊り』なのだろう。だとすれば、観客を一番熱狂させた踊り子が優勝者という事になる。


 ユイナは舞台中央に立ち、観衆に向かって深々と一礼する。

 横手から射し込む夕陽がまぶしい。広場の外にまではみだして視界を埋め尽くす何百人という観客が、集合住宅から顔を出して手を振る観客が、オレンジ色の中で揺れている。

 これからここに集まった人々を自分の舞踊で熱狂させなければいけないのかと思うと、緊張と高揚で胸の鼓動が高鳴ってしまう。制服がロングスカートでなければ、震える膝が観客に見えていたはずだ。


「さぁ、泣いても笑ってもこれが最後の踊りです! 楽団の方々、お願いします!」


 司会者の掛け声で楽団が思い思いの楽器を構えると、潮が引くように観衆の声が遠退いていく。

 ユイナは制服の上からペンダントを触り、程よい緊張を感じた。硬くなり過ぎず気合が乗っている。街娘に負けはしない。この踊りで全てを決めてしまおう。


 楽しく弾むような演奏が始まり、ユイナは身体でリズムを取り出した。観客にとってもなじみ深い曲でもあるのだろう、手拍子を始める。

 踊る曲目は大天女セフィルに捧ぐ舞曲第三番。焚き火から火の妖精が生まれ、夜空を舞い上がって踊りだすのだ。それは舞姫学校の舞踊大会で、低学年がにぎやかに踊らされる舞曲でもある。一昨年までユイナも踊っていた。それも血がにじむほどに練習を重ねてきた。だから、身体が全てを覚えている。

 ユイナの心身は生まれたての火の粉となって舞台を軽やかに弾み、くるりと旋回する。あまりの身軽さに生身の少女とは思えなくなるほどだ。いや、その身軽さを表現するためにユイナはずっと爪先立ちで踊っている。


 これも舞姫学校で学んで修得してきた技術だ。(いにしえ)の時より受け継がれ磨かれてきた踊りが味方してくれる。それに、今は観客の手拍子も後押ししてくれる。だから怖いものなどない。あとは舞姫学校で培ってきた最高の踊りを踊りきってみせるだけだ。ひるがえす体とスカートが炎のように揺れる。

 舞曲が最難関のクライマックスへと近付いてきて、ユイナの身体も熱くなってきた。これほど気持ちの良い踊りはひさしぶりだ。


 これならいける。

 細い体に自信をみなぎらせ、舞曲の絶頂に向けて踊りを加速させる。舞台袖にするりと移動して衆目を引きつけると、そこから舞台中央に向けて加速し、流れるように翔んだ。空気を切り裂いてユイナは高々と舞い上がり、胸を突き上げて三日月のように反り返った。片膝がロングスカートを押し広げ、両腕は翼のようにしなやかに広がる。

 まるで火の粉の妖精となったユイナに観客は言葉を失う。そしてユイナが流れるように着地と旋回を行い、再び空に飛び上がった時には会場が驚きの渦に巻き込まれていた。

 観客が夢見心地のまま舞曲は最後の旋律を紡ぎ出して終わりを告げる。

 火の粉の妖精を踊りきったユイナは、観客に向かって深々と一礼する。直後、沸き立つ大歓声に会場がひっくり返りそうになった。

 得点も高かった。最初の審査員が十点を出し、次も十点、その次も十点、四人目も十点を出し、そして最後の審査員が五点を出した。


 ユイナは自分の目を疑った。審査員の出し間違いかと思った。しかし、その得点は覆らない。四十五点のまま、ユイナが優勝者ではない事を告げていた。汗が急激に冷えていくのが分かった。

 五点という低い得点に会場がどよめき、ユイナは動揺する瞳で五点を出した審査員を見た。審査員の四人が男性という中で、その審査員はやさしそうな顔をした老婆だった。少し丸顔で目許に笑い皺があり、背筋はしっかりと伸びていて、そこにいるだけで全身から満ち溢れるような生気を感じさせる。ユイナは瞠目する。


「シェリセーラ、さん……」


 かすれた声は彼女の耳には届かなかっただろう。しかし、彼女はユイナへと目を向ける。その瞳は真っ直ぐで、自分の判断に自信を持っているように見えた。


「どういう事ですか! いくらシェリーさんでも悪ふざけが過ぎますぞ!」


 怒声を上げたのは同じ審査員席にいた年配の男性だ。机上の名札がオルモーラの町長である事を教えていた。他の審査員も町長と同じ意見なのか、頷く者や黙って腕組みをする者もいる。ところが、シェリセーラは町長の剣幕など気にした様子はない。それが彼の自尊心を傷付けたのか、彼は拳を机に叩きつけそうな勢いでいきり立つ。


「ティニーの踊りは素晴らしかった! 疑う余地もなく彼女が優勝ですぞ!」

「そうですわね。これが舞姫学校の審査会なら彼女は優勝者でしょう」

「な、何ですと……? それならどうしてそんな低い点を……」

「私は『舞姫学校の審査会なら』と言いましたのよ。残念ながらこの審査会は収穫祭の踊り子を決めるものですわ」

「舞姫学校と収穫祭で何が違うと言うのです。素晴らしい踊りが選ばれるのが当然ではないですか」

「それでは観客の皆さんにも意見をうかがってみてはいかがですか」


 シェリセーラは町長を見詰めて立ち上がり、何事かと町長はたじろぐ。


「本当にティニーの踊りが観客に一番支持されているのでしょうか? 観客の反応は半々だったと私は思います」


 彼女の声は静かだったが、波紋のように会場の人々へと響き渡った。静かなのに、いや、静かだからこそ、妙な凄みがあり、会場がざわつく。シェリセーラは穏やかな表情で観客を見渡すと、そのやさしげな口から小川のせせらぎにも似た声を発した。


「私の点数を不公平だと思っている人は多いことでしょう。特に男性の方々」


 不意の指摘に、何人かの男性が表情を硬くしたのがユイナにも見えた。


「男性の目にはティニーの踊りが美しく、華やかに映ったことでしょう」

「だったらどうしてそんな得点になるんですか」


 ユイナは思わず口走っていた。シェリセーラはユイナへと顔を向ける。


「貴女の踊りは確かに素晴らしかった。強い想いが込められていて、それが人を惹きつけるのでしょう。でも貴女は、自分の踊りを見せ付ける事しか考えていなかった。収穫祭は貴女の踊りを見せるために存在するのではないわ。人々と天女が、一人の舞姫を通して収穫を祝うためにあるのよ。だから、男性を魅了する踊りは祭りにふさわしくない。自分を魅せる踊りがしたいなら好きな男性の前でしなさい。間違っても収穫を祝う祭典で行う踊りではないわ」


 シェリセーラの言葉に、楽団の女性達が一様にうなずいた。観衆にも賛同者が多かった。その多くが女性だった。同性から支持されないとは考えてもみなかった。

 返す言葉がなく、ただ、ギュッと拳をつくる。


「貴女に低い点をつけた理由を分かってもらえたかしら。酷い事を言ってごめんなさいね。でも、受け止めてもらえるかしら」


 穏やかな表情で語り聞かせる声は、会場の隅々にまで行き渡り、やさしく包まれるような心地よさがあった。


「収穫祭では誰もが楽しいひと時にひたって欲しいと思います。そして、そんな空気を創り出してくれる少女が、収穫祭の踊り子にふさわしいのではないでしょうか」


 シェリセーラは優雅に微笑んで一礼すると、自分の席についた。


 広場全体を包み込んでいたあたたかな空気が薄れ、ユイナも観客も司会者も、まるで催眠術から覚めたように意識を取り戻した。パラパラと拍手が巻き起こる。最初は数人だけだったそれは、あっという間に会場へと広がり、大喝采へと変わる。


 ユイナはシェリセーラに猜疑の目を向ける。何か得体の知れない力が、彼女の言葉に力を与えたような気がした。そうでなければ、観客の気持ちがここまで動かされるわけがなかった。


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