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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第四章
34/87

孤独の闇と二人の剣舞5

 審査会に参加している娘達は無言で一次審査の結果が出るのを待っていた。

 結果を待つ時はいつだって言葉はない。どんなにわめいたって、結果は変えられないことが分かっているから。


「それではお待たせしました! 二次審査へと進める三名の女性を紹介しましょう! まず一人目は! 一番、ジェーン・ドリアルト!」


 盛大な拍手が巻き起こり、呼ばれた闊達な女性が颯爽と舞台へと躍り出る。


「やったなジェーン! 父さんはうれしいぞ!」


 恥じも外聞もない父親の大声に、舞台上の娘は呆れて見せる。


「このまま優勝するんだぞぉ!」

「親父ぃ!」

「何だァ!」

「もうしゃべるなバカ野郎!」


 舞台からの罵声に観客の笑いが広がった。司会者は咳払い。


「そして二人目の一次審査通過者は、六番、エイダ・モースト!」


 参加者の中で年長者の女性が呼ばれて舞台に出て行く。それと同時に、名を呼ばれずに抜かされてしまった参加者がガックリと項垂(うなだ)れる。だが、二次審査への参加枠はあと一つ残っている。最後に呼ばれるのは七番の娘か、八番のユイナか。

 七番の娘が両手を握り合わせて祈っている。ユイナも舞姫のペンダントを握り締めて結果を待つ。十万ギロを手に入れるためにも負けるわけにはいかなかった。


「そして最後の出場者は……」


 司会者がもったいぶるように間をあけ、大きく息を吸い込む。


「八番! ティニー・ファーレン!」


 自分の番号が呼ばれた瞬間、足から力が抜けた。とりあえず一次審査は通過したのだ。

 ユイナは力の抜けた体に気合を入れ直し、背筋を伸ばして大歓声の中へと進んでいく。舞台の床は陽射しを反射してまばゆかった。舞台中央では先に選ばれた踊り子二名が待っている。その横に並びながらユイナは審査員席に視線を向けた。ふっくら顔で気品を感じさせるおばあさんがこちらを見ていた。シェリセーラだ。審査会に用事があると言っていたのは、彼女が審査員だったからだ。舞踊に精通した舞姫学校の先輩なのだから審査員をしていても不思議ではない。

 一次審査通過者の前に箱を持ったスタッフがやって来る。最終審査での踊る順番を決めるくじ引きだった。

 ジェーン、エイダ、ユイナの三人は一枚ずつ紙を引き、一斉に開く。

 ユイナは三番。最後だった。


「それでは二十分の休憩後、二次審査を開始したいと思います」


 司会者の言葉でひとまず審査会は休憩時間に入った。そして、ジェーン、エイダ、ユイナの三人は二次審査で踊る舞踊名を紙に書いて係員に渡した。


 二次審査の開始までしばらく時間がある。

 舞台裏へと戻ったユイナは、ひと気のない広場の北口で大きく背伸びをした。体には一つの壁を乗り越えた達成感があった。胸には優勝への期待がふくらんできている。

 集合住宅を両脇に午後の空が広がっている。青天の中にうっすらと月も見えた。なんだかずっと、空を見上げる事を忘れていたような気がする。舞姫学校を逃げ出してから色々な事があり過ぎて、周りが見えなくなっていた。

 集合住宅の二階に一つだけ押し開かれた窓があった。緑色の枠に縁取られた窓だ。それが少し強い風に押されて閉まりそうになるのを口ひげの男性が受け止め、つっかえ棒を掛けている。窓の奥には寝巻き姿のおじいさんが顔をのぞかせており、部屋で寝たきりらしい彼は、息子と一緒に二次審査が始まるのを待っている。

 それはユイナにとって見慣れない光景で、遠い場所に来てしまったのを思い出させた。しっかりと地面の上に立っているはずなのに、周りの世界から切り離され、両足がふわふわと浮いているような気分なのだ。


「ユイナ」


 後ろから声をかけられ、ユイナは弾かれたように振り返って身構えた。偽名で審査会に参加しているというのに、本名で呼ばれ、何者かと思ったのだ。だが、相手の正体を知ってすぐにその緊張を解く。


「シェリセーラさん」


 ユイナが彼女の名を呼ぶと、シェリセーラは真剣な顔で頷いた。


「とりあえず、一次審査の通過おめでとう」

「あ、ありがとうございます」


 ユイナは頭を下げる。


「貴女の踊りは審査員席から見たわ。私が審査員をしていたのは気付いていたわよね?」

「はい、気付いていました。あの、私の踊りはどうでした?」


 期待を込めて聞いてみる。


「技術的には素晴らしかったわ。私から言えることはないぐらいよ」

「本当ですか? シェリセーラさんにそう言ってもらえると嬉しいです」


 ユイナは素直に喜んだ。舞姫学校の先輩であるシェリセーラから褒められるのは、心強くて嬉しかった。このままの勢いで優勝しようと思った。


「だけどね、私はそんなに高い点を入れていないわ」

「……え?」


 驚いてシェリセーラを見詰める。


「今のままでは優勝するのは難しいでしょうね」

「優勝するのは難しいって……どうしてですか」

「貴女の踊りは祭りに似合わないのよ。オルモーラの風土には油花が適しているように、オルモーラの祭りには、オルモーラの祭りにふさわしい踊りというものがあるの。貴女はそれを理解していない」


 祭りにふさわしい踊りを理解していない?

 ユイナが眉をひそめる。

 その時、舞台裏の出口からバッジをつけた男性がやってきた。


「シェリセーラさん、先程の審査でクリストさんがお話ししたいそうです」

「行きます。――やっぱり貴女の点数でケチが入ったわね。ユイナ、私は先に戻るわ」

「ま、待ってください。私の踊りと祭りの踊りに、どんな違いがあるんですか」


 ユイナはすがり付くように聞いた。しかし、シェリセーラは首を横に振る。


「それは自分で考えてみて。今の私は審査員ですもの。贔屓(ひいき)はできないのよ」


 シェリセーラはそう言葉を残し、スタッフに案内されて舞台へと戻っていく。その背中を見送ったまま、ユイナは立ち尽くした。

 彼女の言葉が理解できない。祭りには祭りの踊りがあって、今のままでは優勝できないと言われたのだ。落ち着いていられるわけがない。

 簡単に優勝できるとは思っていないが、かといってオルモーラ育ちの娘達に負けはしない。七歳の頃から必死に踊りを練習してきたのだ。それに、一番盛大な歓声をもらったのはユイナだ。観客の驚嘆した顔を見れば、とても負けているとは思えなかった。


 しかし、先輩の目には違って見えたらしい。いったい、何が違うというのだろうか。

 その欠点とは? どんな踊りをすれば祭りにふさわしい踊りになるのだろうか。

 もやもやした気持ちを抱えたまま舞台袖へと戻る。しかし、その黒い瞳は諦めてなどいない。それどころかシェリセーラに発破をかけられた事で、底知れぬ決意に満ちていた。

 借金返済の十万ギロを手に入れるには、この審査会で優勝するしかないのだ。前に進む道はあっても後ろに道はない。その崖っぷちに立たされている状況は、ユイナが迷う事を許しはしない。

 もう、前に進むしかないのだ。優勝にふさわしい舞踊で認めさせるしかない。


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