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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第四章
33/87

孤独の闇と二人の剣舞4

 参加用紙に必要事項を記入して提出した後で、店主の恋人らしいビアンカが、ユイナを引き連れて審査会の舞台裏へと案内してくれた。

 頭の中では、口付けの光景がぐるぐると回っている。

 相手の口を口で塞ぐ行為はユイナの瞳にはおぞましく映った。しかし、何故だろうか。目を逸らせばいいのに、それができなかった。嫌悪感とは違う何かが胸をざわめかせている。


「着替えはこっちよ」


 振り向くと、ビアンカが仮設更衣室のカーテンを開いてユイナを待っていた。


「着替え?」


 ユイナはそう聞き返し、売る予定だった自分の制服に視線を落とす。


「急がないと審査会が始まっちゃうわよ」

「は、はい」


 ユイナは更衣室に入ってカーテンを閉める。ちょうど両腕を広げられるだけの仮設更衣室に天井はなく、見上げた四角い空には雲が流れていた。そして、舞台を挟んだ広場の方から人々の期待に満ちたざわめきが聞こえてくる。


 ユイナは舞姫学校の親友から名前を借り、『ティニー・ファーレン』という偽名で審査会への参加を許されていた。しかし、これから本当の困難が待ち受けているのだ。優勝賞金を手に入れるためには負けるわけにはいかないのだ。


 ユイナは街娘の服を脱いで制服に袖を通す。衣擦れの音がして陽射しの香りが鼻孔をくすぐった。体の強張りが溶けるような心地好い香りだ。

 紅の腰帯を広げ、ほっそりとしたウエストを引き締める。着慣れた服に身を包むと心地好さとともに気が引き締まり、売らなくて良かったと安堵する。


 本当は大事な制服を売るのが怖かった。制服は舞姫学校との接点だけでなく、ガモルド男爵との思い出の品でもある。その制服を失ったら、ファーレン家の娘として生きてきた(あかし)を失い、関係も断ち切れてしまうような気がしたのだ。

 だから、制服が今も自分の手許にあることは安心でもあり、心強くもあった。


 その時だった。空から聞こえていた観客のざわめきが、すぅーっと消えた。そして、張りのある男の声が会場に響き渡る。


『お待たせしましたー! これより第八十五回踊り子審査会を開催します!』


 始まった!?


 審査会の開会が宣言され、人々の歓声が地鳴りのように会場を揺らす。街中の人々がこの審査会を楽しみに集まっているのだ。ユイナは身なりを確かめ、脱いだ服を棚に置いたまま更衣室から飛び出した。

 更衣室の前でユイナを待っていたビアンカは、ユイナの制服姿を見るなり目を見張る。


「立派なドレスを持っているのね。いいわ。早く行きましょ」


 前回と同様、今回は二次審査方式です! と、表の方から司会者の声が聞こえる。


『一次審査で三名の踊り子が選ばれ、次の二次審査で栄えある収穫祭の踊り子が決定されます! 審査をするのはこちらの五名! 各人は最大で十点を入れる事ができ、五十点満点で採点されます!』


 ビアンカに案内されて舞台袖に向かうと、そこには緊張した面持ちの娘達が集まっていた。人数は七名。年齢は十五~二十歳ぐらいだろうか。みんなユイナより年上に見え、手作りの衣装に身を包んでいる。その中の一人が会場の様子を見ようと舞台に身を乗り出しており、それをビアンカが注意する。


「舞台に顔を出してはだめよ」


 舞台袖に集まっていた娘達がビアンカを振り返り、次いで制服姿のユイナに目を止めて言葉を失った。純白のワンピースに大天女セフィルの紅紋様が織り込まれた制服は、場にそぐわないほど神秘的に映るのだ。その時だ。


『今回の参加者は八名! この中で誰が選ばれるのでしょうか! さぁ始めましょう! 一番手はなんと、あのドリアルト鍛冶屋の娘、ジェーン・ドリアルト!』


 一番目の娘が司会者の張りのある声で呼ばれた。闊達な雰囲気の娘が振り返り、他の参加者に「お先にっ!」と言って舞台に出て行く。彼女が舞台へと出て行くと、大きな拍手が巻き起こった。


『ジェーンがんばれー! ちゃんと見てるぞォ!』


 大拍手に負けないくらいのエールも聞こえ、出番待ちの少女達が固い笑みを漏らす。

 ユイナは舞台袖に近付き、他の参加者と一緒に舞台を見やる。舞台は一度に数十人が踊れるほどの広さがあり、しっかりと板張りにされている。その舞台で楽団を背にして少女は立っていた。そして、舞台反対側の審査団に一挙手一投足を見詰められている。いや、審査員だけではない。会場に集まった全ての人々が彼女に視線を浴びせているのだろう。観客の姿は見えないが、押し寄せてくる拍手が観客の熱気を伝えてくる。


「さぁ、彼女はどのような炎の舞を見せてくれるのでしょうか!」


 司会者が反対側の舞台袖へと消えていくと、楽団による音楽が演奏され、舞台の少女は踊り始める。

 彼女が選んだ課題は、大天女セフィルに捧ぐ舞踊・第二十四番だとすぐに分かった。神話の中でいうと、聖戦に勝利した男達が大きな炎を前に杯を交わす場面だ。本来なら傷ついた男達を生命の炎が優しく包む場面なのだが、見た事もないアレンジが入っている。危なっかしい振り子のように体が揺れているのだ。

 何をふらふらしているのかと思っていると、観衆から笑いがあがっていた。


「やるわね、ジェーン。本物の酔っぱらいより酔っぱらいらしいわ」


 参加者の中で年長者に見える女性が緊張を隠すように感心してみせる。


「そりゃそうよ。あの娘だってシェリーさんに教わっているんだから」


 ユイナは首を傾げた。確かに大胆でありながら、それが生き生きとして楽しそうで、とても魅力のある踊りだ。しかし、腕の角度や爪先の伸びなど細かいところに、ユイナは素人臭さを感じ取っていた。それが彼女達には見えていないようだ。

 踊りが終わり、観客にお辞儀したジェーンが戻って来る。その顔は喜びと達成感にほてっていた。


「次は果物屋の娘、メアリー・ヒンクル!」


 司会者が高々と声を上げ、呼ばれた少女が小さく気合を入れて舞台に出て行った。

 そして彼女の踊りが終わると次の名が呼ばれ、そこそこと思える舞踊を披露していく。

 一歩一歩と着実に自分の出番が近付いてきて、ユイナは固唾を呑んだ。待ち時間というのは落ち着かない。これから大勢の視線にさらされるのかと思うと、抑えきれない震えがやってくるのだ。

 そうこうしているうちに七番手の参加者が踊りを終えて舞台袖に戻ってきた。

 近くで見ると、彼女の足は震えていた。緊張しているのは自分だけではないのだ。そう思うと、少し気持ちが楽になった。ユイナは首から下げた舞姫のペンダントに触れ、城に残してきた男の子に心の中で話しかける。

 待っていてペント。十万ギロを手に入れて帰ってくるから。


「最後は締め切り間近で駆け込んできた謎の美少女、ティニー・ファーレン!」


 なんて紹介をする司会者だと思いながら、舞台に出た。

 人々の視線を肌に感じた瞬間、怒涛の歓声が沸き起こり、観客の興奮が熱気となって迫ってきた。広場を埋め尽くすほどの群集に目がチカチカしそうだ。ユイナはそれに圧倒されないように目をつむり、自分の踊りに集中する。


 ユイナが選んだのは、大天女セフィルに捧ぐ舞踊・第三十五番。魔神との戦いで傷ついた人々に、大天女セフィルが炎のぬくもりを与える感動的な場面だ。そして、舞姫学校で幾度となく練習してきた舞踊でもある。他の参加者のような素人臭い踊りは見せられない。舞姫候補生としての自負があった。


 静かな演奏が始まり、ユイナは強い自信とともに踊り始めた。それと同時にフッと観客の歓声が消える。ユイナを単なる街娘だと思っていた観客は、その洗練された踊りに息を呑んだようだった。そして惹き付けられ、目が離せなくなっていた。ユイナの手が流れるように動いただけで、観客の目がその動きに吸い寄せられて動いている。


 時間はあっという間に過ぎていった。曲の最後の音が引き伸ばされ、ユイナの踊りが静かに終わりを告げる。数拍の間があった。何か失敗でもしたのだろうかと思えるほどの空白だった。しかし次の瞬間、会場が割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。

 爆発したかのような大音響が大きなうねりとなって押し寄せ、舞踊後の達成感と認められた嬉しさがない交ぜになってユイナに笑顔を取り戻させた。最後は貴族のたしなみとして優雅に一礼し、ゆっくりと舞台を去っていく。


「あれは誰だ」と観衆が口々に囁き合っている。


 やれば出来る。

 確かな手ごたえと興奮が、ユイナの胸を高鳴らせていた。


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