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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第一章
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舞姫見習いと銀色の狼2

 食堂に入り、奥へと顔を向けると、飾り気のない食堂のテーブルにはガモルド男爵が着席していた。六十を過ぎた老人で、少し赤茶けた顔に白みがかった灰色の頭髪と立派な髭をたくわえている。彼がファーレン家の当主で、奴隷商人に捕まりそうになったユイナを助け、養子として迎え入れてくれた恩人だ。だから、ユイナにとって男爵は尊い人……この世界を創ったとされる天女よりも尊い人だった。


 ユイナはスカートを軽やかに持ち上げ、挨拶してからゆっくりとテーブルにつく。

 アリエッタが朝食を運んできた。ガモルド男爵の前にスープとパンが用意され、次にユイナの前にも同じ食事が用意される。朝食の準備ができ、アリエッタが下がる。ガモルド男爵が最初に料理を口にして、食事がおごそかに始まる。


「ユイナ」

「は、はい」


 男爵から声をかけられたので、食事の手を止めて顔を上げる。


「今回の選考会は、侯爵となったラインハルトが舞姫学校を訪問すると言い出したために急遽(きゅうきょ)決まったものだ。おそらく、他の貴族たちは満足な準備ができていない。純粋に踊りの実力が物を言うはずだ。今日の選考会、落ち着いていけ。そうすればお前は踊り子に選ばれるだろう」

「は、はい。がんばります」緊張に身を引き締めて返事をした。


 ラインハルト侯爵と言えば、若くして“百雷”の通り名を与えられた魔術師だ。雲の上の存在で、ユイナの身分ではその顔を拝見する事すらできないだろう。だが、偶然にも機会は巡ってきた。

 侯爵の前で踊るには不相応の身分だということは分かっている。でも、期待してくれる養父やアリエッタを裏切ることはできない。

 ガモルド男爵はユイナの内心など気付いた様子もなく、淡々としている。


「期待しているぞ」

「はい……」


 朝食で交わした言葉はそれだけだった。会話というよりも一方的な言葉。ユイナはもう少し話をしたいと思うのだが、黙々と食事する男爵に声をかけられず、うつむいてしまう。

 静かな朝食を終えた後、弁当を袋に入れてアリエッタとともに屋敷を出た。屋敷の門前では小型の馬車が待っており、その向こうには発芽したばかりの若々しい麦畑が広がっていた。今はまだ小さな芽も、収穫時期を迎えると黄金色の絨毯が遠くの山麓にまで広がる。ガモルド男爵自慢の麦畑だ。

 やせた大地での麦栽培を成功させた養父は、その功績を国王に認められて爵位とファーレンの家名を与えられた。平民上がりだと貴族から(さげす)まれていても、養父が大規模農家として王様に認められたことを、ユイナも誇りに思っている。

 馬車へと乗り込み、座席に座る。


「行ってきます」

「いってらっしゃいませ」


 アリエッタに手を振ると、御者が馬に鞭を入れ、ゆっくりと馬車が走り出した。



 ***



 食堂へと戻ると、窓辺に立つガモルド男爵が振り返った。


「うまくいったか」


 アリエッタは男爵へと近付きながら「はい」と応えた。


「ユイナ様は健気ですね。ガモルド様のためなら頑張ると言っていましたよ」

「そうでなければ困る。立派な舞姫となり、ファーレン家の富と名誉を確かなものにしてもらわなければならない」

「……今日の選考会、ユイナ様は選ばれるでしょうか?」

「何が言いたい」

「男に対して異常な恐怖心を抱いているのが気になります」

「知らないから恐怖する事もあるだろう。逆に、男を知れば変わるかもしれん」

「それは、そうかもしれませんが、そのような調子で男に近付けるでしょうか?」

「別に近付く必要などない。良い女には男が寄ってくるものだ。女はただ己を磨いて待っていれば良い」

「ユイナ様の容姿については、悪いとは思いませんよ。あと五年もすれば美人になっているのかもしれません。ですが、あの黒髪は悪目立ちします。魔力中毒者として同級生からも忌み嫌われているそうですね。それに、聞いてしまったんです。中毒に侵された女は、子を成したとしても奇形の子を産むんだって」


 男爵も知っているのか厳しい顔で沈黙する。


「これは賭けだ」

「賭け、ですか?」

「身体が黒く変色するのが魔力中毒だが、あの艶やかな黒髪が病気だとは思えない。生まれ持った髪色なのかもしれない。それに、ユイナが虐げられているのは黒髪だとか平民の出だからという理由だけでもないだろう。周囲がユイナを踊り子として脅威だと認めている証拠だ。もしも公平に評価されるならユイナが選ばれる可能性はある。小柄なのが難点と言えば難点だが、指先まで行き届いた踊りで小ささを微塵も感じさせない。あれが踊る姿はなかなか惹きつけられるものだ。それに、最近は少しずつ女らしさも出てきている」

「それは私にもわかります。ですが、私以外の女を好きになっては困りますよ」


 すり寄るアリエッタに、ガモルドは鼻で笑い、背を向けた。


「道具はあくまで道具だ」

「絶対ですよ」


 アリエッタはそう言って窓の外へと視線を戻す。馬車は少しずつ遠ざかっていく。その馬車にちょこんと座る少女の背中は、ファーレン家の繁栄を背負うにはあまりにも幼く見えた。



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