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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第三章
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戸惑いとスパイ疑惑6

 天空に巨大な魔口が浮かんでいた。それは唐突に光ると、無数の流星を落とし、大地を火の海に変えていく。それが次第に近付いてくるところで、ユイナは悪夢から目を覚ました。


 いつの間にかベッドに寝かされており、丸テーブルに置かれた蝋燭の薄明かりが天井をぼんやりと浮かび上がらせている。天井や壁には、名もない天女達が泉に舞い降りて休んでいる光景が描かれていた。かすかにほほえむ天女達はみな美しく、透明感のある羽衣が風になびく様子まで描き込まれており、一目で腕の立つ画家による作品だとわかった。しかし、見覚えのない絵画に、ユイナは首を傾げる。


「……ここは……?」


 ズキズキと痛む頭を押さえて身を起こしたユイナは、両足を揃えてベッドから降り、部屋を見回す。天蓋付きのベッドは森をイメージしているらしく、四本の木に見立てた柱には樹皮が細かく彫りこまれ、天蓋を成している葉も一枚一枚が本物のように見えた。部屋はそういった美的な調度品に飾られ、天女の壁画もそうだが、この部屋全体が美術館のようになっていた。かなり高貴な貴族の客室ではないだろうか。


 窓の外は夜の闇に包まれ、遠くの丘に造られた街の明かりがほんのりと瞬いていた。しかし、依然として自分の置かれた状況がさっぱり分からない。唯一わかる事と言えば、気を失っている間に何かあったという事だけだ。


 重たい頭を押さえてふらふらと歩き、戸口へと近付いていく。そしてドアに手を伸ばそうとした時、ドアの向こうから小さな足音が近づいてくるのが聞こえた。身構えて足音に耳を傾けていると、それとは別の足音が慌ただしく聞こえてくる。


『ペント、待てよ』


 ドアの向こうから、走って追いかけてきたらしい少年の声がした。ユイナには聞き慣れない声だ。その少年の声が少しだけひそめられる。


『お前も疲れているのに、どうしてあんな奴の看病をしようとするんだ。あいつはスパイかもしれないんだぞ』


 スパイ? ユイナはドアの前に立ったまま聞き耳をたてた。


『ち、違うよ。ユイ姉さんはスパイなんかじゃない。絶対に違うよ』

『だけど俺は、あいつが敵と一緒にいるのを見たんだぜ? 俺だけじゃない。メリル王女も見ている。何も用事がないはずなのに、あんな所にいるのはおかしい』

『それは勘違いだよ。ユイ姉さんはそんな事しない』

『その根拠は何だよ。あいつがスパイじゃないっていう根拠は』

『そ、それは……』


 ペントはどもり、相手は諭すような声になる。


『いいか、俺達は今までシルバートの敵に見つかった事がなかった。それが、あいつが来て数日もしないうちに見つかってしまったんだ。しかも、あいつは敵と一緒にいた。用もないはずなのに岩山を降りて、人目のつかない所で敵と話をしていたんだ。これだけで十分怪しいじゃないか』


 どういう事? とユイナは思った。敵と話をした覚えはないのに、したことになっている。


『でも、ユイ姉さんも敵に殺されそうになったんだよ』

『それは俺達を騙すための自作自演だ。そうやって俺達に信じさせようとしていたんだ』


 誤解だと口を挟みたかったが、疑われている事がショックで表に出ていけない。


『あの敵は、あいつが手引きしたのかも知れないぜ。少なくとも、メリル王女はそう言っていたじゃないか。だからあいつには近付かないほうがいい』

『いやだよ……僕はユイ姉さんが好きだもん』

『そうかよ。そこまで言い張るんだったら好きにしろ。何があっても知らないぞ』


 そんな声が聞こえるや否や、乱暴な足音が遠ざかっていく。しばらくして目の前のドアが開かれ、ユイナは慌てて身を引いた。ドアを開けたペントは、ランプを持ったままユイナを見上げて固まった。しかし、すぐに相好をくずす。


「よかった……目が覚めたんだ」


 ペントがうれしそうに笑った。が、ユイナは柳眉をひそめる。いつもは輝くような笑顔を見せるペントなのに今は元気がなく、全体的に蒼ざめて見えた。


「ペント大丈夫? 顔色が悪いよ?」


 頭痛に顔をしかめながらも心配になって聞いた。ペントは笑って首を横に振る。


「大丈夫。いろいろとあったから、ちょっと眠たいだけ」

「本当に眠たいだけ……?」


 確かめるように聞くと、ペントは大きく首を縦に動かし、「ここはメリル王女の城らしいよ。すごい豪邸だよね」と話を逸らす。


「オーデル伯爵の城もこんな感じなんだって。貴族の家ってみんな凄いのかな」

「そんな事ないよ。こんなに大きな城を持っているのは貴族でも上流階級の人だよ」

「僕、ユイ姉さんが起きた事をアレスに伝えてくる」


 ペントは踵を返そうとした。


「あ、待って」


 ペントを呼び止め、彼の後ろに見える赤絨毯の敷かれた廊下を見渡す。薄暗い廊下の奥に、ランプで明るくされた広間も見える。


「どうしてメリル王女の城にいるの?」

「姿を隠すためだって。岩山に残っていたらまた敵に狙われるかもしれないから」


 敵……、とユイナは呟き、頭を抱えた。自分に襲いかかってきた敵。ペントと自分を殺そうとした敵。その敵はユイナが魔口から引き出した炎に呑み込まれ――。


「敵は、どうなったの」


 ユイナは軽い頭痛を感じながら聞いた。ペントは少し逡巡する。


「敵は全滅したよ。アレスやメリル王女が三人を捕まえたんだけど、みんな自決した」


 重く沈んだ声だった。ユイナはショックを受け、「そう……」と小さく返した。

 敵が自殺した事にショックを受けたのではない。敵が全滅した事も違う。ペントが、死んだ敵のために悲しんでいる事にショックを受けたのだ。


 ペントはやさしい男の子なのだ。敵の死を悲しむ事ができる……。

 それに比べて私はどうだろう……。

 ペントを助けるためなら敵は殺してもいいと思った。その殺意で何もない空間に神秘の穴をこじ開け、魔界から呼び出した灼熱の炎で敵を燃やし尽くした。

 舞姫学校にいた時は気付かなかったが、ひょっとすると私は薄情な人間なのかもしれない。自分や大切な人を護るためなら、同族であっても殺す事ができる。それは、トップになるために他人を平気で傷付けていたバチルダ王女と、根の部分で一緒なのかもしれない。いや、人を二人も殺した事を考えれば、バチルダ王女よりも罪は重い。


「僕はユイ姉さんが目を覚ました事をアレスに言いに行くから……ユイ姉さんは寝ていてよ……」


 振り向くと、ペントが心配げな顔をしていた。しかしランプに照らされる彼の顔色だって悪い。


「私は大丈夫よ。それよりペントこそ休んで。本当に疲れているみたい」

「そ、そんな事ないよ」とペントは言うが、「そんな事ある」とユイナも言い返す。


 その『疲れている』『疲れていない』を二回ほどくり返し、しかしこれでは平行線だと思い、ユイナは小さくため息をついて言う。


「一緒に行こうか」

「うん」


 結局はそうなった。

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