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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第三章
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戸惑いとスパイ疑惑5

 ユイナは抜け殻のように、ぼんやりとした時間を過ごした。毎日欠かした事のない踊りの練習にも身が入らない。ペントとザイは相変わらず話しかけてくれたが、子供達はユイナを避けるようになっていた。制服を触っただけで怒ったことが、よほど子供達を怖がらせてしまったのかもしれない。


 最初は仲直りをしようと思ったが、生活や価値観の違いから、どうやってコミュニケーションをとればいいのか分からなかった。もともとユイナは社交的な人間ではない。ペントのように子供達の輪に入っていくこともできなかった。

 ただ、意思疎通のできないもどかしい思いだけが胸につのり、いつしかユイナと子供達の間には見えない壁ができていた。それを感じたユイナは、仲直りをする気力さえなくして自分の殻に閉じこもるようになっていた。


 夜になると、カトレアが装飾用の剣を両手に見事な剣舞をして子供達を喜ばせていた。ランプのほんのりとした明かりを弾き返す白刃が、夜の闇を切り裂いている。その剣舞を銀狼が遠目に眺めており、ユイナはそんな銀狼を見詰めて彼が許嫁にどんな感情を持っているのだろうかと考えた。


 許嫁の正体についてはザイが教えてくれた。予想はしていたのだが、アレスの許嫁はメリル王女だった。アレスの生まれたディベンジャー家はシルバートでもかなり有名な魔術師の家系だったらしく、国王を護衛する関係で国王と親交が深かった。それでアレスの父親と国王が二人の結婚を取り交わしていた。アレスとメリルは約束された夫婦だったのだ。


 それなのにアレスは、ユイナに優しくした。それは腕に噛み付いて怪我させた負い目からくる優しさだったのかもしれないが、ユイナはその優しさに罪滅ぼし以上のぬくもりを感じてしまった。反逆者にされた自分を追手から護ってくれたこともそう、夜の寒さに震える身体を包み込んでくれたことも、天女の泉で転んで腕を痛めたときに駆けつけてくれたことも……全てのやさしさが罪滅ぼしだとは思えなかった。ユイナを養子にしてくれたガモルド男爵でさえ、ユイナが舞姫になる事に熱心で体調を気遣ってくれる事はなかった。だから、知らないフリをしてちゃんと見てくれているアレスの優しさが、本当はうれしかった。例え、彼が国を裏切った反逆者で、自分に逆賊の汚名を着せた憎むべき相手だとしても、彼の優しさにほのかな安らぎを感じていたのだ。


 落ち着いた今だから分かる。自分はアレスに何かを期待していた。幸せになれるような何かを期待して、許嫁がいると知って勝手に失望しただけ。観客のいない一人舞台だとは気付かず、拍手を求めて延々と踊っていたようなものだ。最初から求めるものはなかったのだ。無意味な事をしていたのだ。


「忘れよう。アレスの事なんて」


 それに、考えるべき事は他にもある。ガモルド男爵やアリエッタのことだ。奴隷商人から救ってくれたガモルド男爵。軽口をたたきながらも支えてくれた専属メイドのアリエッタ。彼らの安否が気になる。だが、反逆者にされたままシルバートに戻るのは危険だ。


 まずは反逆の罪を晴らさなければ……。


 そのためには、自分からシルバートの役所に向かおうと考えていた。別に自首するわけではなく、ファーレン家のみんなが逆賊ではないと信じてもらうために、有益な情報を提供するのだ。

 例えば、アレスが研究所を狙っているという情報はどうだろうか。運ばれてくるランプ用の油が、危険な油とすり替えられるから気をつけろ、と。そうすればアレスの殺しを防ぐ事ができるし、その情報を提供した自分も信用してもらえるに違いない。そして疑いを晴らし、こんな事に巻き込まれる前の生活に戻りたかった。アリエッタと楽しく話をして、ガモルド男爵と一緒に食事をして、ティニーと一緒に舞姫をめざしていたあの日常を取り戻したい。


 翌朝、綺麗に洗った制服の袖に腕を通し、その上から魔術師のローブを被ったユイナは、岩山の細道を下り始めた。

 シルバートへの旅は誰にも話していない。もちろんペントにも。踊りを教えるというペントとの約束は破ってしまうが、自分から習うより、優雅な剣舞を舞うカトレアから教われば、きっといい舞姫に……いや、男の子だから舞姫にはなれないが、きっといい踊り子になる。なってほしい。彼を置き去りにするユイナには、そう願う事しかできなかった。


 ユイナは後ろ髪を引かれながら岩山を下りていく。岩山といってもそこかしこに青草が鬱蒼としており、海から流れてくる潮風に揺れている。その草を切り開いてできた道は、何度もジグザグに折り返して麓の草原へと延び、そこから再びゆるやかに登っていく。その先で道は二手に別れ、一つはオルモーラの町を経由してシルバートの国境がある山境へと続いている。もう一つの道は岬に向かってメリル王女の居城へと繋がっている。

 メリル王女の居城は円柱の塔が五つ建ち並び、それらが灰色整形石の階段やテラスで結ばれている。その城の正門から豪奢な黒馬車が出てきた。歩道に溜まった砂ぼこりを巻き上げ、猛烈なスピードでこちらに向かっている。


 何かあったのだろうか?


 ユイナが怪訝(けげん)に思った時、馬車の窓から奇怪な巨鳥が出現し、金髪少女を背中に乗せて真昼の太陽へと舞い上がった。ユイナが手をかざして上空を見上げていると坂の上からペントの叫び声が上る。


「ユイ姉さん、うしろッ!」

「気付かれた、応戦しろ!」


 呼ばれて振り返るよりも早く、近くから聞き慣れない男声があがった。それと同時に魔術特有の歪んだ空気がユイナを舐め、全身の肌がビリビリと(あわ)立った。警戒して身構えると、周囲の岩陰や茂みから五人の魔術師が姿を現し、それぞれが魔口を生み出していた。魔口が自分へと向けられており、咄嗟に身をかがめて岩陰に転がり込んだ。魔口から放たれた風の刃が、ローブをかすめて岩片を削り取っていく。


 ユイナは岩陰に飛びこんでそこで立ち止まらず、次の岩陰を目指して走った。というのも、敵が詰め寄ってくるのが見えたからだ。岩陰に隠れていたら回り込まれてしまう。走って逃げつつ、岩の合間から視線を走らせて敵の位置や状況を確認する。

 三人の魔術師が怪鳥の迎撃に向かい、残りの二人がユイナを仕留めようと、接近戦用の短刀を引き抜きながら坂道を駆け下りてくる。

 ユイナは歯がみした。敵はどうやらユイナの身に付けたローブを見て魔術師だと勘違いしているらしい。そのせいで狙われているのだ。


 その時、横合いから放たれた風の刃がフードをかすめた。風に煽られて目深に被っていたフードがまくれ上がり、ユイナの黒髪が数本、宙に舞い散る。もう少しで顔面に当たるところだったことに肝を冷やし、手近の岩陰に跳び込んで魔術の射線から逃れようとする。が、そこにはもう一人の魔術師が待ち構え、黒穴を開いていた。ユイナは息を飲み、黒穴の前で立ちすくむ。しかし黒穴を開いた術者も、相手が少女である事に気付いて目を見張った。


「女だと!?」

「ユイ姉さん、伏せて!」


 岩山を駆け下りてきたペントが、ユイナに迫っていた二人の敵をナイフで斬り倒し、その勢いを殺さず、伏せたユイナの上を跳び越えて魔口にナイフを突き刺した。次の瞬間、魔口に触れたペントの体が黒い雷電に包まれ、爆音とともに五メートルも弾き飛ばされた。その衝撃はすさまじく、魔口をつくっていた術者をも山の麓へと吹き飛ばす。


「ペント、なんて事を……っ!」


 駆け寄ってペントに触れると、触れた指先から全身に痺れが走った。


「くぅぅ!」


 ペントが苦しんでいる。魔口には毒があるから危険だと、ザイが何度も言っていたからペントも知っていたはずだ。その危険を承知で魔口に跳びかかったのだ。


 それもこれも私を助けるため…?

 私の半分しか生きていない子供が、私を助けるために傷ついたの…?

 どうして…?

 私は何もしてあげていないのに、それどころか貴方をこんな事に巻き込んでしまったというのに…!


「しっかりして…!」


 ユイナはペントを抱き起こして必死に呼びかける。自分のために命まで張ってくれた子供を、死なせてはならないと思った。

 その横では、ペントにわき腹を切られた男が岩に手をついて立ち上がり、ユイナに手の平を向けていた。魔口を開くつもりなのだ。魔口の爆発で吹き飛ばされたもう一人の男も、手の平を向ける。ユイナはペントを抱き締めて叫ぶ。


「やめてください! 私達が何をしたっていうんですか!」


 その必死の叫びに、男達は魔口を開く事で答える。その目は氷のように冷たく、これから人を殺す事を何とも思っていないようだった。

 どんなに命乞いをしても彼らは聞く耳を持たないのかもしれない。何があっても殺す気なのだ。そう思った瞬間、世界が色を失った。視界が濃淡だけの灰色に染まり、それ以外の感覚がプツリと途絶えた。草のにおいも、転がる石ころの音も、敵の放つ魔力も感じられない。ただ、灰色になった全ての世界が、ゆっくりと間延びしていく。


 まるで別の世界へと誘われているような感覚にユイナは戦慄した。別の世界。それは天女の世界か、悪魔のいる世界だと学校では教えられた。だとしたらペントと自分はどちらの世界に誘われているのだろうか。もし悪魔の世界だったら……。


 死にたくない、死なせてはいけない、殺されたくない、殺させてはいけない……!


 次から次へと溢れてくる感情が心の叫びとなり、胸が張り裂けそうになる。それは理不尽な暴力に対する怒りと、ペントを死なせたくないという強い想い。それらが混ざり合って灼熱の炎と化してふくれ上がり、体を駆け抜けていく。


「あぅっ……!」


 気を失いそうなほどの激痛に襲われ、ユイナは胸を押さえた。まるで無数の芋虫が体を食い千切って体内から出てくるようだ。だが、きつく唇を噛み締めて痛みを誤魔化し、ペントを抱き締める。そして魔口を開く敵を睨みつけた。


 ペントを殺させはしない! もし殺すつもりなら私も貴方をッ…!


 その時、敵の魔口がチカッと光った。間延びした時間の中、魔口から放たれた風の刃が空間をゆがませながらゆっくりと突き進んでくる。通常では風の刃を目で捉えるのは困難だが、絶体絶命の危機に追い込まれたユイナの視覚は極限まで高められ、魔力の歪みまでしっかりと直視する事ができた。

 しかしそれだけだ。目で見る事ができても腰が抜けてしまったのかペントを抱えて立ち上がることすらできない。このままだと殺されてしまう。恐怖で目を見開き、迫ってくる不可避の力を凝視する。奇妙な感覚に襲われたのはその時だ。


 死にたくない、ペントを助けたい。その純粋で強い想いが不可視の力となって体から放出されたような気がした。そしてユイナから吐き出された感情は、螺旋を描くようにして眼前の空間をねじり取り、虚空に小さな黒点を開けた。黒点はねじり取った空間を飲み込んで肥大化し、魔口となってユイナの視界を覆い隠す。


 ――ユイナは魔力への抵抗力が強いのだろう。訓練すれば強い魔術師になれるかもな。


 ザイの言葉がこの瞬間、現実のものとなった。突如として出現した魔口が、敵の攻撃を受け止めて爆発四散する。

 腕の中でペントがうめく。飛び散った魔口の破片が彼の足を傷付け、鮮血を散らせていた。


「ペントっ!」


 ユイナは出血する傷口を押さえ、敵を睨み付ける。非力な人間を巻き込む敵の暴力に、怒りが燃え上がった。


「こ、こいつ魔術師か!?」


 魔術を防がれた事に二人の敵は驚愕し、新たな魔口を開こうと魔力を集める。それが彼らの命運を決めた。


「ゆるさないから……」


 ユイナは歯を食い縛り、憤怒に染まった死の宣告をもらす。力でねじ伏せることしか考えられない彼らのような人間が、多くの不幸を生むのだ。

 今まで感じた事のない激しい殺意が胸の奥で燃え上がり、体が灼熱する。そして感情を抑え付けていた理性が弾け飛んだ。ユイナの殺意に呼応して暗黒の穴が空間を侵蝕し、敵が創り出した魔口さえも呑み込んでしまう。


「ば、バカな!?」

「ユイナ、魔術は使うな!」


 制止するアレスの声が聞こえた。しかし、それは殺意に燃えた心には届かない。

 ユイナは妙にぼんやりとした頭で魔口をねじる想像をした。そうすれば奇蹟の力が解放される事を、体が感覚的に理解していたからだ。果たして、巨大な魔口から灼熱の炎が吐き出され、周囲の岩肌を真っ赤に焼きながら敵を呑み込んだ。


 相手は断末魔の叫びをあげることもできないまま一瞬にして燃えあがり、数秒後には真っ白な消し炭となった。吹き付ける風に耐えられなくなった人の形をしたそれはもろくも崩れ去り、細かい蒼光の粒子となって音もなく消えていく。


 脅威がなくなり、体から力が抜けた。

 ユイナはペントを抱き寄せ、「しっかり……」と声をかける。

 だが、気づかうユイナも魔術を使った反動で意識が朦朧とし、視界が二重にも三重にも歪んで見えた。気をしっかりと持とうとするが、次第に意識は薄れていき、ついにはぐらりと体が傾く。その体をアレスが抱き止めた。そして大きな手に力をこめる。


「なぜ魔術を使った! その魔術は世界を――」


 ユイナは一すじの涙を流し、激怒するアレスから逃げるように気を失った。


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