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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第三章
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戸惑いとスパイ疑惑1

 夜の静寂に、アレスが拾ってきたという子供達の寝息を聞きながらユイナは眠れずにいた。窓から見上げる夜空には、幾万の星々が輝いていた。星の一つ一つが天女を守るために集まったという死者の魂なのだと言い伝えがあり、中でも天女が渡るとされている東の空から北西に連なる星々は、夕陽をはじく川の流れのように眩しい。その星明りに照らされるユイナは、子供達と雑魚寝している。


 あたたかく迎え入れてくれたアレスの仲間達。彼らは貴族とか、魔術師とか、平民とか、孤児とか、そういった身分など関係なく、仲間への思いやりにあふれていた。そのぬくもりに心地好さを感じるユイナだが、反面、シルバート国に残してきた家族のことを思うと、ひとり、胸が引き裂かれるほど苦しくなる。


 ――ガモルド男爵とアリエッタは無事かな……。


 心配して帰りを待っているだろうか。それとも、共犯者の疑いをかけられているだろうか。ティニーの事も気がかりだ。私の逃亡を見逃したのだから。まさか、無実の罪を着せられているなんて事は……。


「ばか……、悪い事ばかり考えてどうするの」


 頭を振り、暗い考えを振り払う。

 寝よう。床に毛布を敷いただけの硬い寝床で寝返りをうった。硬い石畳に毛布を敷いているだけなので、ごつごつしていて落ち着かない。何度も体の向きを変え、寝やすい体勢を探してみる。最近、銀狼のふさふさな毛に包まれて寝ていたので、硬い寝床がよけいに硬く感じられるようだった。


 隣に視線を向けると、ペントは寝床の硬さなど気にした様子もなく寝息をたてており、その向こうには二十名ほどの子供達が安らかな寝息をたてている。

 彼らは孤児だった。頼る人のない彼らは、食料もなく飢えに苦しみ、盗みを働いていた者もいるらしい。

 ガモルド男爵に拾われたユイナも、一度は孤児になった身だ。他人事とは思えなかった。両親を殺された不幸は、同じ境遇の人でないと分からない。


 しかし、彼らと親しくなるのには抵抗があった。なぜなら、ユイナは彼らとは敵対する側の人間だからだ。たとえアレスと行動をともにしていても、ガモルド男爵やアリエッタ、それにティニーのことを忘れてはいない。かならず家族と友達のもとに帰り、平穏な日常を取り戻そうと思っている。


 このままでいいわけないよね……。


 行くあてもないので反逆者に従っているが、最善の行動だとは思っていない。ひとりでシルバートに戻り、真実を訴える方が無実の罪を晴らせるかもしれないのだ。

 しかし、信じてもらえる保証はどこにもない。

 たとえば、尋問する相手がユイナを反逆者だと決めつけていたら、破滅の道に転がり落ちるだけだ。どんなに真実を話しても捻じ曲げられる。確実に。バチルダ王女だってそうだ。殺そうとしてきたではないか。そして最後には反逆者と決めつけられたまま処刑場に連れていかれるのだ。その姿を想像して身震いした。


 軽はずみな行動はやめよう。


 それに、無実を訴えようとすれば、アレスやカトレア達について話をしなければならないだろう。それは彼らを売り飛ばす行為に思えて気が引けた。


「なんで反逆者の心配をしてるんだろ……」


 そもそも、アレスが悪いのだ。彼が国の敵だからいけないのだ。

 待って。アレスが反逆者でなくなればすべてが解決する……?

 アレスにシルバート国を守る魔術師として再び活躍してもらうことができたら……。

 ダメだ。そんなに甘いわけないじゃない。アレスは侯爵を殺してるんだよ?


 出口の見えない思考に頭を抱えた。

 アレス達と知り合わなければ、こんなに迷うこともなかっただろうに。


「まだ起きているのか」

「!?」


 いつの間にか近くに男が立っている事に身をこわばらせた。まさかアレスかと思って振り返るが、こちらを見下ろす男は「そこまで驚くか」と夜目にも青い短髪をぽりぽりとかいている。

 シルバート国民の大多数は髪が灰色なのだが、まれに特殊な髪色を持つ血筋が現れる。たとえばアレスやカトレアの銀髪もそうであるし、王族の金髪も特殊だ。そういう意味では漆黒の髪を持つユイナも特殊と言えた。そして、アレスの仲間にもう一人、シルバートでは珍しい青髪の男がいる。


「ザイさん、でしたか……」


 残念な気持ちで声を落とすと、ザイが眉をひそめる。


「その落胆ぶりが気になるぞ」

「す、すみません」


 申し訳なく肩を縮めて謝る。


「そ、そこは認めるなよ。まぁいい。それより、眠れないなら俺の質問に答えてくれないか」

「え? はい」


 体を起してザイから距離を置く。ペントなどの幼い男の子ならあまり抵抗もないが、少年を過ぎて男としての身体が出来上がってくると急に怖くなる。

 それを気遣ってか、ザイは毛布の上には座らず、距離をおいて椅子に座った。


「ユイナは貴族の娘だろ?」

「……はい」

「どうしてアレスに連れてこられた? あいつに聞いても教えてくれないんだ。もし、嫌でなければ何があったのか聞かせてくれないか?」

「………」


 全てを話すべきか迷ったが、事実を隠していても意味がないと思い、洗いざらい自分の身に起こった事を話す事にした。掻い摘んだ説明をして、ちょうど天女の泉で魔術師の一団に襲われた事も話していると、ザイは驚いた。


「魔口を素手でつかんだって!? よくそんな無茶を……魔口は強い毒性を持っているんだぞ。普通の人間が触れば下手したら死に至る事もある。今は何ともないのか? 体は動かせるようだが、どこかに痺れは残っていないか」


 真剣な眼差しで言われ、不安になりながら首を振る。


「いえ、痺れはありません。でも、死ぬ事もあるって本当ですか。私は大丈夫なのでしょうか。魔口にふれた時は全身が痺れて、体が壊れるかと思ったんですけど……」


 不安になって矢継ぎ早に聞くと、ザイが落ち着け、とでも言うように両手を上げる。


「腕や脚が動かせない程に麻痺して、それをほったらかしにしていたら死ぬかもしれない。だが、体は動かせて痺れが残っていないのなら大丈夫だ。毒が体外に吐き出された証拠だ」

「そう、ですか」


 心配ではあったが、他国にも名を知られる魔術師アレスの相棒を務める男が大丈夫だと言っているのだ。信じて問題はないだろう。


「それにしても、ユイナは魔力への抵抗力が強いのだろう。訓練すれば強い魔術師になれるかもな」

「私が魔術師に?」

「そうだ。その素質がある」

「私が、魔術師……」


 ユイナは自分の両手を見詰めて沈黙する。

 魔術師になれるのは男だけで、しかも選ばれた男でなければ魔口を開く事もできないと舞姫学校で教わってきた。そして、女は魔術を使えないかわりに、天女の器となり、魔術師をより良き方向に導くのだと……。

 その教えが絶対でないことは、メリル王女の魔口を見た時からわかっていたことだ。しかし、わかっていながら目をそらしていた。


「まさかアレか? ユイナも『女は魔術師になれない』と教えられてきたのか?」

「……そうです」

「それがおかしいってことは分かってるんだろ? 女が魔術を使えないのなら、メリル王女の魔術を説明できなくなる」


 はい、とうなずく。


「女だって魔術師になれる。むしろ、潜在的に強い魔力を秘めているのは女の方だ。だが、女は戦うには不向きだ。非力だし、子を孕めば身重で戦うこともできない。……というのは建前だろうな。メリル王女のように怪物を呼び出されたら大抵の男は太刀打ちできない。おそらく、腕力で勝る男が女に負けたくないから今の社会を築いて人々に思い込ませたんじゃないかと俺は思う。女も、わざわざ命をかけて戦いたくないからその話に乗ったんだろう」

「質問してもいいですか?」

「ああ、いいぞ。好きなだけ聞いてくれ」

「魔術師としての素質ってなんですか? 魔力の毒に対する抵抗力があれば魔術師になれるのですか?」

「魔毒に対する抵抗力はもちろん必要だ。だが、他にも大切なことがある。それは、強い感情と想像力だ」

「……強い感情と想像力?」


 ユイナが聞くと、ザイは頷く。


「そう、目の前の空間に“感情”をぶつけて穴を開き、そこから導く力を想像する。それが魔術だ。それだけの事に男とか女という性別は関係ない。ただ純粋に、魔口を生み出せるだけの強い感情と想像力を持っているか否かが大事なんだ。そのどちらかが弱くても魔口は開かない。だからといって試しに魔口を開こうとするなよ。魔術は世界を滅ぼす禁術だからな」


 空間に“感情”をぶつけて魔口を開く。そこに男や女の性別は関係ない。もしその話が真実なら、選ばれた男だけが魔術師になれるという舞姫学校の教えは間違っていた事になる。自分の信じてきたことにヒビを入れられたような気分がして柳眉をひそめていると、ザイが腰を上げた。


「早く寝ろ。明日は買い物だ」


 ザイの言葉にうなずく。

 そう、明日は買い物に行くのだ。平民の街に行って市場で必要なものを揃えに行くらしい。少し緊張する。実はユイナ、買い物は初めてだ。下民だった頃は自給自足の生活だったし、貴族の養子としてお金の存在を知ったあとも、お金にはいっさい触れたことがなかった。明日はそれを初めて経験することになる。


「おやすみユイナ」

「おやすみなさい」


 ユイナは青髪の男が寝床に戻っていくのを見送り、毛布の上に寝転がる。

 横になると軽くめまいがした。さまざまな事がこの数日で津波のように押し寄せてきて、体の疲れが頂点に達していたのだろう、いつの間にか眠りに落ちていた。


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