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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第二章
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反逆者と逃亡生活6

 ユイナとペントを背に乗せた銀狼は、歩けば一日はかかる距離を小一時間で飛ぶように駆け抜けた。それは疾風をも凌駕する速さだった。だというのにユイナ達が振り落とされないのは、銀狼が類まれなバランス感覚の持ち主で、背中がほとんど揺れなかったためかもしれない。


 森を抜けた銀狼は海岸沿いを突っ走る。その顔色は背中に乗ったユイナには窺う事ができない。ユイナは今まで彼とは関わらないようにしてきた。それどころか反逆者の汚名を晴らすために彼を利用しようとした。それにも関わらず、彼は人質になったユイナを解放させるために殺されそうになった。

 彼には、敵の攻撃を魔口で受け止めて反撃に転じるという作戦があったらしいが、一歩間違えれば殺されていた。なぜ、偶然出会っただけの他人のためにそんな危険を冒すのか理解できなかった。


「そろそろ目的地だ。みんな寝ているかもしれないから、おとなしくしていろよ」


 いつの間にか前方に岩山が(そび)えており、銀狼はそれを見上げていった。空を覆い隠すものは何もなく、ただ夜空に幾万もの星空が瞬き、満月がぼんやりと浮かんでいる。


「みんなって、仲間がいるの?」


 考え事をしていたユイナは、少し遅れて聞いた。


「ああ、そうだ」


 ユイナは銀狼の仲間がいるという岩山を振り仰ぐ。その高さは百メートル程度の低いものだったが、こちら側は岩肌むき出しの断崖になっており、そこから登る事はできない。銀狼は岩山を左側から回り込み、急な斜面を駆け上がっていく。

 斜面には植物が生えており、その植物を切り開いて造られた道は蛇のようにうねりながら上に向かっている。そして道なりに山を登っていくと、中腹にある大岩の陰から奇怪な生物が現れた。

 道中に立ちふさがったそいつは人間のようで人間ではなかった。二本足で立ち、長い指で槍を握る手などは人間だが、顔は狐にそっくりなのだ。しかも若いというよりも少し年をとって見える。

 敵だと思ったユイナとペントは身構えた。が、狐人間は銀狼のアレスに目をとめると槍を引いて構えを解いた。銀狼はそいつと知り合いらしく足を止めて話しかける。


「久しぶりだなテンマ」


 テンマと呼ばれた狐男は、しかし、ユイナとペントに視線を向けている。


「その二人……また孤児を連れてきたのか。貴様の趣味は孤児集めだな」

「未来のある子供を守りたいだけだ。それより、俺が留守にしていた間、何も変わりはなかったか?」

「オーデル伯爵が来たぞ。例のアレについて話があるそうだ。それと、メリルに何も言わずに出て行っただろう」


 恨みがましくテンマは言った。


「ああ、言わなかった。ついて来られたらいろいろと面倒になるからな」

「それが面倒なのだ。あのワガママ娘を怒らせるな。私が巻き添えをくう」


 苛立ちを含んだテンマの口調に、銀狼は苦笑し「メリルはいるのか?」と聞く。


「いや、こんな所では休めないと言って自分だけ城に戻った」

「そうか……ひょっとして、俺が帰ってきた事をメリルに報告するのか?」


 慎重な問いかけに、「そのように命じられている」とテンマは答えて槍を肩に担ぎ、下山しようとする。それを見た銀狼は慌てた。


「今から報告に行くのか? それは待て。もう遅いから今夜は休んでいけばいいだろ」

「それは断る。近くの城に帰るのに休む必要はない」


 お、おい待て、と銀狼はどうしても足止めをしたいのか、ユイナとペントの事を紹介しようとしたが、テンマは「興味ない」と答えて紹介を遮ると、さっさと山を下りていった。銀狼はよほどメリルという人が苦手らしく、げんなりとしていた。


 銀狼の背中から降りたユイナとペントは、岩山の頂上へと案内された。そこには石で造られた祭壇があり、近くに倉庫のような小屋があった。

 銀狼は小屋の前に来ると、しっぽを器用に動かし、トン、トトン、と扉を叩いた。

 しばらくして扉が少しだけ開かれ、隙間から少年が顔を見せる。


「アレス」


 少年が声を出すと、


「帰って来たの!?」


 元気な声とともに勢いよく扉が開かれ、わっと子供達が出てきた。銀狼はあっという間に囲まれてしまう。年の頃はさまざまで、ペントぐらいの子供もいれば、ユイナと同い年ぐらいの少年少女もいて、そんな彼らがあれやこれやと銀狼に話しかける。


「どこに行ってたの?」

「それは教えられない」

「おみやげはー?」

「そんな物はない」


 反逆者のアジトだからもっと殺伐とした雰囲気を想像していたのだが、これでは腕白子供の寄せ集めだ。それに、銀狼のアレスがこれほど子供に好かれているとは思わなかった。子供の後ろにいる少年少女も、銀狼を信頼しているらしく、彼が帰ってきたことに安心している。


「そこにいる二人は……孤児ですか?」


 少年の一人が舞姫学校の制服に目を止めて聞いた。


「まぁ、似たようなものだ。そこの娘がユイナ。その隣がペントだ。みんな仲良くしてやってくれ」

「「「はぁーい」」」


 子供達が元気よく返事をしてユイナとペントの周りに集まってくる。ペントは顔を輝かせて子供達に溶け込んだが、ユイナは無邪気な子供達に圧倒されて目を白黒させた。

 助けを求めるように視線をさまよわせるが、銀狼がいない。どこに行ったのかと思っていると、さぐるような目つきの少年と目が合った。いや、少年というよりも青年の方が近い。上背のある青年で、こざっぱりとした髪は夜目にも青い。初めて見る髪の色だ。そんな彼が穴の開くほど見詰めてくるので、少し後ろに逃げると、「貴族の娘か?」と問いかけてきた。


「まさか、アレスに誘拐されたんじゃないだろうな」

「誘拐ではありませんが……」


 うまく説明できない。


「年はいくつだ?」


 顔をのぞきこんでくる。

 相手が男なので警戒しつつ


「十三……いえ、十四ですが」

「十四? 十四か。年の割には……いや、なんでもない」


 一瞬、胸を見て言った。他の少女もそれに気付いて嫌な顔をする。


「あっ、まさか胸が小さいとか言うんじゃないでしょうね」

「いやいや、何も言ってないだろ」

「お姉ちゃん、ザイの言う事は聞いちゃダメなの」

「ザイって、あの失礼な男の人?」


 青年を指差して聞くと、青年はギクリとした。


「そう。カトレアお姉ちゃんが、『ザイは女心がわからない』って言ってたの」

「おい、そんな事を言ってたのか?」

「知らなーい」と女の子に声高に言われてむっとする。

「ちびっこはあっちに行ってろ」


 しっしっとザイは子供達を追い払おうとして、


「また口説くつもりだ」

「人聞きの悪いことを言うな。ってか、どこでそんな言葉を覚えてくるんだ」


 ザイは咳払いする。


「あ……えぇと、さっきは失礼な事を言って悪かった。胸が小さいのはあまり気にする事じゃない。これから大きくなるかもしれないだろ? それに、君は手足がすらりとしていて均整も取れている」

「口説いているの?」


 女の子が横から口を出す。


「いや、これは見たままを褒めているだけだ」


 ユイナは白い目をする。


「それはどうもありがとうございます」


 棒読みのような声が出た。胸が小さいと言われた事が腹に据えかねていた。今まで特に気にしたことはなかったが、他人から言われると意識せずにはいられない。


「いや君は美しいよ。それだけは自信を持ってもいい。俺の女を見る目に狂いはない」

「それでは、この子はどうなりますか」


 ユイナはペントの肩に手を置いて聞く。


「これはまたちびっこが出てきたな。だが、なかなか器量よしだ。君はきっといい女になる」

「え、僕っていつか女になるの!? ずっと男の子だと思ってたのに」

「お……何だって?」


 ザイが思わず聞き返し、ペントの口に耳を寄せ、一語一語を確認するように復唱し、「お・と・こ・だとぉ!?」と驚いている。


 そんな彼を置いて銀狼を探しに歩いた。さっきから銀狼の姿が見当たらないので気になっていた。と、祭壇の反対側、夜の海を見渡せる場所に銀色の姿を見つけた。が、銀色の姿は二つある。足音を立てないように近づいていくと、銀狼は若い女性に話しかけていた。


 月光に照らし出された相手の女性は、内陸からの夜風に白銀の長い髪を流し、遠目にも美しい。胸を抱くように腕組みをした体はスラリとして、凛々しかった。


「どこに行ったかと思ったら、こんな所にいたか」


 振り返ると、ザイがそこにいた。彼はユイナの視線の先に気付き、「あの二人、実は兄と妹なんだ」と言った。


兄妹(きょうだい)?」


 ザイは頷く。


「二人とも銀髪だろ? 厳密に言うと母親が違うせいか妹のカトレアは白銀で、アレスは青みを帯びた銀の髪を持っている。父親が一緒の異母兄妹ってことだな。ちなみに、銀色の髪はディベンジャー家に脈々と受け継がれてきた髪だって話だ」

「あの人が、剣舞のカトレア……」


 ユイナのつぶやきにザイが驚いた。


「なんだ? 知っていたのか?」


 名前は知っていた。数々の大会で優勝を飾ってきた踊り子だ。ユイナと同じ舞姫学校『セフィル』に通う上級生だが、本人を目にするのはこれが初めてだった。学年が離れていて教室も宿舎も遠く離れていた。そもそも、カトレアは才能を認められ、特別な授業を受けていた生徒だ。クラスメートでさえ、滅多に会うことができなかったと聞く。


 いったい、どのような踊りをするのだろう。

 気になってカトレアを見詰めていた。そして、ふと、彼女が兄と目を合わそうとしていない事に気付いた。不審に思っているとザイが説明する。


「二人の血はつながっているが、アレスは妹に嫌われている」

「どうして、ですか?」


 気になって聞いた時だった。内陸から海に向かって流れていた風が、突然逆風に変わり、風上からギャアっという獣の鳴き声がした。声のした風上へと顔を向けると、巨大な怪鳥が一羽、すさまじい羽音をたてて眼前に滑空してきた。


「危ない! 痛ぇっ!?」


 ザイが肩をつかんで引き倒し、怪鳥の鉤爪から救い出してくれた。


「だ……大丈夫か」


 ザイは真剣な顔でユイナの無事を確認する。ただ、肩を抱かれた時に反射的に殴ってしまった唇が腫れていて痛々しい。


「ご、ごめんなさい」


 痛む拳をさすりながら謝る。


「いや、問題ない」


 ザイは口もとを押さえ、祭壇中央に着地した怪鳥を振り返る。怪鳥の登場で子供達が怖がっていたが、祭壇に降り立った怪鳥は何食わぬ顔で毛繕いしている。

 ザイは舌打ちをした。


「これだから魔獣は危険なんだ。周りを気にも留めずに行動する。そろそろ王女様にも理解してほしいぜ」


 王女様? とユイナが怪鳥に目を向けると、怪鳥の背中から金髪の少女がぴょんと降りた。

 歳はユイナと同じくらいだろうか。アップにされた金髪と少し気の強そうな目が特徴的な童顔娘で、純白のネグリジェと相成って夜に映えている。一瞬、本物の王女かと思ったが、本物の王女なら首都を離れてこんな辺境にいるわけがない。

 金髪少女は左手に丸い水晶玉を取り出し、それを怪鳥に向けると呪文を唱えた。すると、今まで何もなかった空間に魔口が現れ、しかもその魔口には幾何学的なグリーンの紋様が描かれており、怪鳥を呑み込んでしまった。


「なに、あれ……」


 見た事もない魔口に怪鳥が飲み込まれた事も衝撃的だったが、何より、男しか使えない魔術を、少女が使っている事に驚いた。


「アレス! アレス・ディベンジャーはどこ! 私の前に出てきなさい!」


 少女は命令口調で銀狼を呼ぶ。それは王女様と呼ばれても仕方ないほど高圧的なものだった。種類こそ違うが、高飛車な態度はバチルダ王女に通じるものがある。

 ユイナの横を銀狼が通り過ぎ、少女の前へと進み出る。


「メリル王女。魔獣を乗り回すのはやめてください。誰に見られるかわかりません」

「そんな事は分かっているわ! でも、それは貴方が私を置いていったからでしょう。貴方は今、反逆者として指名手配されているのよ。だから私のところで身を隠していなさいと命令したのに……王女を心配させるなんて、臣下としてあるまじき行為よ!」

「自分で王女って言うなんて呆れた。王女がこんな所にいるわけないじゃない」


 ユイナが呆れ顔で呟くと、ザイが声をひそめる。


「事実だぜ。彼女はメリル・ヒル・シルバート。シルバート国の第四王女だ」

「本当に……?」


 吃驚して聞き返すと、ザイは頷く。


「訳ありで、今はこっちの国に移り住んでいるんだ」


 本当に王女だったのか、と瞠目しかけたユイナは、ザイの言った『こっちの国に移り住んでいる』という言葉に首をかしげた。

 シルバートの王女がこっちの国に移り住んでいる?


「こっちの国って……まさか、ここはシルバートではないのですか?」

「ああ、ここはシルバートの北にあるウィンスターの南方領土だ。聞かされてなかったのか?」

「聞いてない……」


 動揺のあまりにくらりとした。

 アレスに連れられて逃げているうちに、シルバートの国境を越えていたらしい。

 いや、そんな事よりも、なぜ指名手配されたアレスと国の王女が一緒にいるのだろうか。そこには何か、危険なにおいがした。


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