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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第二章
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反逆者と逃亡生活5

 アレスの独り言に、ペントとユイナはキョトンとしたが、すぐその意味に気付く。


「囲まれたって、まさか……!」

「ああ、追手に見つかったようだ。しかもこちらが気付いたものだから、相手は攻撃態勢に入っている。魔力を隠そうともしていない」

「それって追手の中に魔術師がいるってこと?」

「魔術師がいるというよりも、全員が魔術師だろうな。わかる気配だけでも八つ……」


 そこで言葉を区切り、


「ここから脱出する準備をしとけ。この小島にいたら狙い撃ちにされる」

「脱出するってどうやって。追手に囲まれているんでしょ?」


 小島にいる現状では、泉の外に脱出するには泉を渡らないといけない。向こう岸まで跳び越えられる銀狼ならともかく、ユイナとペントは丸木橋を渡るか泉を泳ぐしかない。そんな無防備なところを魔術で狙われたら回避も難しい。小島にいる方がまだ逃げ場もあった。


「心配するな。やつらの狙いはお前達じゃない。俺だ」銀狼は断言した。

「ど、どうしてそんな事が言えるのよ」

「貴重な魔術師が、反逆者にされた普通の娘の捜索に使われると思うか? そんな無駄ができるほど、この国の戦力に余裕はない。やつらは俺を殺すために寄越(よこ)された刺客だ。俺がやつらを引き付けるから、その間にここから脱出して遠くに逃げろ」


 周辺の木陰から八人の刺客が現れた。みんな黒いローブを着ていて一目で魔術師と分かる。そんな彼らが、四方八方を取り囲むようにして泉のほとりに立ち、手の平をユイナ達に向けた。銀狼は全身に緊張を(みなぎ)らせ、注意深く敵の出方をうかがっている。


 先に動いたのは魔術師達だった。前に突き出した右手で何もない空間に黒い穴・魔口(まこう)をこじ開けると、歪んだ空気のかたまりを放った。


 風の刃!

 見るのは初めてだが、ユイナは直感した。

 それは触れるものを切り刻む風の高等魔術。魔力で歪んだ空気が、四方から迫ってくる。


「伏せろ!」


 銀狼は怒鳴るように言い、丸木橋とは反対の方向に跳躍した。ユイナとペントがさっと伏せると、四方からぶつかり合った風の刃が頭上で爆発した。

 銀狼はたった一度の跳躍で泉を脱出すると、自分へと向けられる黒い穴に噛みつき、食いちぎった。驚愕する敵を頭突きで突き飛ばし、木の幹にぶつけて気絶させる。

 銀狼の背後で大きな黒穴が生まれた。チッと舌打ちをした銀狼は、素早く後方宙返りをして風の刃を躱し、その回転を利用して銀色の尻尾で黒穴を地面に叩きつけると、術者を後ろ脚で蹴りあげた。相手の体が壊れた人形のように空中を舞って落ちる。

 銀狼は動きを止めない。敵に突っ込んでいたかと思うと右や左へと跳んで相手をかく乱している。

 魔術師達の狙いは銀狼のアレスで間違いないようだ。魔術師の戦闘を横目に、ペントの手を引いて丸木橋を渡り、戦場に背を向けて逃げようとした。だがその時だった。近くの木に風の刃が炸裂した。


「ユイ姉さん、横!」


 飛び散る木片に目を瞑り、よろめいてペントから手を放してしまったユイナは反応が遅れた。木蔭の暗闇から伸びてきた手に腕を掴まれ、思いっきり引っ張られた。何が起こったのか理解できないうちに背後に回り込んだ男が、首に短刀を向けてきた。


「動くな! こいつの咽を掻き切るぞ!」


 短刀の切っ先を喉に近付け、大声で脅す。横には新手の魔術師も現れ、魔口をペントに向けていた。ペントは腰のナイフに手を添えたまま動けない。いや、動けないのはペントやユイナだけではなかった。

 銀狼が、前足で敵を踏みつけた姿で動きを止めていた。踏みつけられた敵は気絶しており、周囲にも意識のない魔術師が転がっていた。あの短い間に、八人の魔術師を無力化したのだ。銀狼の瞳が、ユイナを人質にした男をにらみつけている。


「そうだ! それでいい! 動いたら娘は死ぬぞ!」


 この場の主導権を誇示すような口調だ。

 危機的な状況にユイナの頬を冷や汗が流れた。

 銀狼はスッと目を細める。


「なるほど、気配を消して風下で待ち伏せをしていたか。そして、いつでも奇襲をかけられるようにしていた」

「無駄口はたたくな。この娘を殺されたくなければな」


 短刀の男は笑い、銀狼はしばらく考えて冗談ともつかない事を発する。


「それは、その娘を殺されたくなければの話だろ?」


 ユイナは唇を引き結び、余裕を見せていた男が動揺する。


「この女が血を撒き散らして死んでもいいのか」


 さぁな、と銀狼はどちらとも取れない事を言い、気絶した魔術師をまたいでこちらに近付こうとする。すると、ペントに向けられていた魔口が銀狼へと向けられる。


「動くな。そこの小僧もだ。動いたらこの男は容赦なく娘を殺すぞ」


 銀狼は歩みを止める。


「二人に危害を加えるつもりなら許さないぞ」

「それはお前次第だ。おとなしく殺されれば二人を解放してやってもいい」


 銀狼はしばらく考え込み、ため息をつく。


「おとなしくしてやるから二人を逃がしてやれ」

「おいおい状況を考えろ。お前を殺すまで人質を手放すわけがないだろ」

「それなら約束しろ。二人には危害を加えないと。言っておくが二人に手を出すつもりなら容赦はしない。約束できるか?」


 短刀の男が笑った。


「約束? 国を裏切ったお前が約束と言ったか?」

「裏切ってはいない。裏切られたのは俺の方だ」

「戯言を。――おい、狙いを外すなよ」

「わかっている」


 短刀の言葉に魔術師が答える。銀狼が恐ろしい声で続ける。


「二人は巻き込まれただけで、俺とは無関係だ。二人を解放すると約束しろ」

「誰が『はいそうですか』と答えると思うか? 疑いのある奴は皆殺しだ」


 銀狼から殺気が放たれた。凄まじい魔力で空気が歪曲し、誰もが身をすくめた。


「お、おい……そんなに怒られたら、手許が狂って綺麗な肌に傷を付けてしまうぞ」


 短刀の男は怯えを隠すため、人質のユイナを怖がらせるように嗜虐的に笑う。怖気と嫌悪感を誘うような笑いだ。

 銀狼の瞳がユイナを見詰めていた。


「その娘は舞姫をめざしている。踊りもなかなかのもので、将来は立派な舞姫になって幸せな人生を送るだろう。だから、彼女を傷付けるな。俺はここから一歩も動かない。殺したければ殺せ。その代わり二人を見逃せ」


 ユイナはキョトンとした。

 いや、あれは敵を油断させるための嘘だ。

 きっと相手に油断をさせて反撃するつもりなのだ。

 動かなければ殺されると分かっていて逃げない人はいない。自分が助かるためなら赤の他人を見殺しにしてもいい。特に暴力を振るう男は信じてはいけない。奴隷商人の男達に鞭で打たれて植え付けられた恐怖は、忘れたくても忘れる事はない。それだけ幼い頃の体験は、暴漢に対する恐怖となって心に深い根をおろしていた。

 銀狼は攻撃される前に相手を倒しにかかるだろう。そして、のどを切られるのはユイナだ。

 覚悟した。自分の命は自分で護るしかない。

 のどを切られる前に反撃してやろうと、全身に気を張り巡らせていた。

 でも、銀狼は身構えるどころか、死を受け入れたかのように穏やかな顔をしていた。


「どうして?」


 気付けば問いかけていた。

 銀狼はフッと笑い、「自分が()いた種だ」と答える。

 ユイナは戸惑い、叫んでいた。


「どうして相手のいう事を聞くの! 殺されるのよ!? わかってるの!?」


 そうだ。このままでは銀狼が殺されてしまうと思った。だが、銀狼は目を閉じてぶつぶつと口を動かすだけで、逃げる気配はない。魔術師が銀狼に狙いを定め、今にでも殺そうとしているというのに!


「まさか、私を反逆者にした罪をそんな自己犠牲で償うつもり!? ふざけないで!」


 黙っていろ、と男にのどを押さえつけられ、痛みで涙目になりながらも銀狼を睨みつける。それでも動かない銀狼に、怒りと焦りで胸が締め付けられるようだ。

 殺されようとしているのは赤の他人だというのに、ユイナは今、どうしようもないくらいに自分が苦しんでいることに気付いた。


「大人しくしろ。せっかく元英雄さんが人質のために命を捨てようとしているんだからな。最後ぐらい英雄らしく死なせてやれよ」


 短刀の男がニタニタと笑い、銀狼が殺されるのを今か今かと待っている。銀狼に向けられた魔口が、強い魔力で両腕を広げた大きさになり、十五メートル先の銀狼をぴたりと狙った。もう時間がない。そう思った瞬間、短刀を持つ男が悲鳴を上げていた。短刀を持つ手にユイナが噛み付いたのだ。


 男は痛みに顔を歪めてユイナを突き飛ばし、短刀を拾おうとした。が、その短刀を横から現れたペントが蹴って泉に落とし、手にしたナイフを振り回して男を遠ざける。体勢を立て直したユイナは、全力で叫んだ。


「逃げてよアレス!!」


 次の瞬間、銀狼が弾かれたように高く跳び上がり、魔口から放たれた風の刃を躱した。狙いの外れた風の刃は、進路上の木々を切り刻んでなぎ倒していく。先ほどの魔術師よりはるかに強い魔力だ。

 空高く跳び上がった銀狼は、上空から魔術師に牙をむこうとする。だが、


「馬鹿め」


 翼のない銀狼にとって、空中に跳んだのは致命的だった。魔術師は、満月を背にして落下してくる銀狼に、魔口をピタリと合わせている。このままでは狙い撃ちにされる。


「やめてっ!」


 ユイナは地面を蹴って駆け出し、魔口に飛びかかる。


「なっ?」魔術師の目が見開かれる。


 両手を伸ばして魔口をつかんだ瞬間、神秘の穴に溜められた魔力が激流となって全身を突き抜けた。体中の血が燃え上がるように熱い。刃物で体を貫かれるような激痛に襲われ、魔口にひっかけた指から力が抜けていく。


「くぅぅ!」


 唇を噛み締めて痛みに堪え、魔力の激流に逆らいながら魔口にしがみついて地面へとひきずり下ろしていく。


「ば、バカな! は、放せ小娘ッ! 放せェェーッ!」


 狂ったように叫ぶ魔術師は、ユイナにしがみ付かれた魔口をどうする事もできず、無防備になった顔面を銀狼に蹴られ、白目をむいて倒れた。

 銀狼は着地するや否や身をひるがえし、逃げようとする男を後ろから突き飛ばして昏倒させる。


「大丈夫か、動けるか」


 振り向いた銀狼が問いかけてくる。

 どうやら自分に言われているようだと気づき、うなずく。

 銀狼が駆け寄り、ユイナの顔色や指先をのぞきこむ。野生と知性が共存する瞳に見詰められているとドキドキしてしまう。そろそろ離れてほしいと思っていると銀狼の視線が森へと向けられる。


「この場を離れるぞ。まだ他にもいるかもしれない。それに、やつらの意識が戻りそうだ」


 振り向くと、気絶していた魔術師が意識を取り戻そうとしている。


「乗れ!」


 銀狼が地面に伏せ、ペントがその背中に跳び乗った。


「ユイ姉さん! 早く!」

「うん!」


 差し出されたペントの手を取って銀色の背中に(またが)ると、銀狼が立ち上がった。一気に視界が高くなる。


「走るぞ。落ちるなよ」


 ユイナ達がしっかりとしがみつくのを確認し、走り出した。吹き付ける夜風が強くなったかと思うと、ビュューという風切り音をともなってきた。まるで嵐だ。手綱がないので振り落とされないようにしがみつき、後ろを振り返ったが、すでに天女の泉は見えなくなっており、木々が物凄い勢いで後方に流れていった。人外の速さに敵は追いつけない。


「ユイナ」


 銀狼が声をかけてきた。


「はい?」

「魔口を触ったが、体に痺れはないのか?」


 どうしてそんな事を聞かれるのかと(いぶか)ったが、首を横に振り「ない」と答える。


「そうか、それならいい。飛ばすからしっかりつかまっていろ」


 言うや否や、銀狼の強靭な筋肉がひと際躍動した。ぐんぐんとスピードを上げ、木々の間を風のように駆け抜けていく。銀狼になったアレスの背中は雄々しい。その強靭な筋肉の躍動を肌で感じるユイナは、乱暴なだけではない彼のやさしさを思い返し、言い知れぬ心地に揺れていた。


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