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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第一章
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舞姫見習いと銀色の狼11

 翌朝、ガモルド男爵の運転する馬車で送られ、舞姫学校に戻ってきた。振り返ると男爵が車上から「行け」と言っている。


 ユイナは周囲を警戒しながら舞姫学校の正門をくぐった。これ程不安な気持ちで登校するのは入学した時以来だ。山小屋で一晩過ごせという言いつけを破った事がどういう結果を招くのかも心配だが、一番気がかりなのは昨夜の刺客だ。彼らは王女の命令で暗殺に来た。今この時でも狙われているのではないかと思うと、怖くて逃げだしたくなる。


 でも、どこへ? 安全な場所なんてどこにもない。

 結局、帰るところは男爵の所と、舞姫学校しかないのだ。


 ユイナは左腕の包帯をそっと触る。銀狼に噛まれた傷口は軽く触れただけでも痛い。

 昨夜、傷口を押さえながら家に帰るとアリエッタは仰天し、すぐに医者が呼ばれた。傷を見た男爵は厳しい顔をしていたが、的確な応急処置をしていたおかげで、傷は綺麗に治ると医者には言われた。それだけが救いで、痛み止めを飲むと睡魔に襲われてすぐ眠りに落ちてしまった。


 そして今朝、目を覚まして二度目の痛み止めを呑んでから、昨夜、銀狼に噛まれた事を話して聞かせたのだ。

 王女を怒らせて命を狙われたことなど、ことが重大すぎて、とてもではないが打ち明けられなかった。王女に謝る機会をもらい、何としても怒りを鎮めてもらうより道はない。


 ユイナは図書館前の柱廊を歩いていく。そこをまっすぐ進み、次の角を曲がれば、ひときわ豪奢な理事長室が見えてくる。死地におもむく覚悟で、王女と和解できるように機会をつくってほしいと理事長にお願いするつもりだ。頼むのは担任の教師ではダメだ。保身の事しか考えていない彼女は、崖っぷちのユイナを助けるどころか突き落としかねない。最後の望みは、舞姫学校の最高責任者である理事長の判断に任せるしかなかった。


「いったいどういう事ですか!?」


 とつぜんの大声に、廊下の角で立ち止まった。角から顔をのぞかせてみると、少し離れた場所で理事長と侯爵護衛の兵士が向き合っていた。理事長の後ろには先生方が集まっている。


「詳しく聞かせていただきたいものです」

「ここでは話せません。部屋に入ってご説明いたします」

「……。わかりました。こちらへ」


 理事長はそう言って兵士を会議室へと案内し、先生方もそれにつき従う。

 ユイナは不穏な空気を感じて眉をひそめた。周囲に誰もいないことを確認しながら会議室に近付き、そっとドアに耳を近づける。ドア越しに兵士の声が聞こえてきた。


「昨夜、裏山に指名手配犯が現れたのはご存知ですね」


 指名手配犯……銀狼のことだ、とユイナは思った。


「ええ、銀狼のアレスでしょう。私達もラインハルト侯の御身を護るためにたいまつを持って校内を見張っておりました。ラインハルト侯がご無事でなによりです。しかし、それと私どもの生徒を引き渡すというのはどういった関係があるのでしょう」

「生徒の中にアレスをかくまった反逆者がいるのです」


 しん、と会議室が静まり返った。それとは逆にユイナは自分の鼓動が激しくなるのを感じた。アレスを匿った舞姫学校の生徒。それが自分だと分かったからだ。


「我が校の生徒に限ってそういう事をするわけが……どういう事なのか詳しく説明してください」

「昨夜、我々はアレスを追っていたのですが、途中で見失ってしまいました。そんな時、山で小屋を見つけました。気になって近づいてみると、そこには舞姫見習いの娘がおり、アレスの逃げていった方角を指で示してくれたのです。我々はその方角を徹底的に探し回りましたが、アレスの足跡さえ見つけられませんでした。ところが、明け方になって山小屋へ戻ってみると娘はおらず、床にアレスの足跡がくっきりと残っていたのです。おそらく、山小屋にいた舞姫見習いが、アレスを匿ったのだと思われます」

「待って下さい。ずっと使われていない裏山の小屋に、どうして我が校の生徒が……」

「ユイナだわ……」


 担任の口から自分の名前が出た瞬間、心臓を鷲づかみにされたような気がした。


「実は、バチルダ王女の指示でユイナを小屋に閉じ込めていたんです」


 恐ろしくなって足がドアから離れていく。ふと、横にあった窓をユイナは見た。ユイナの視線は会議室内の鏡に反射して先生達の顔にあたった。兵士の話に蒼ざめていた教師が、鏡に映るユイナへと目を向ける。数秒の間、目を見開いた担任と視線が交わった。


 次の瞬間、ユイナは制服のスカートを翻し、わき目も振らずに走り出していた。本を抱えて柱廊を歩いていた上級生の横を駆け抜け、校舎と校舎の間の小道に飛び込む。その背中を会議室から出てきた先生と兵士に見つかった。


「待ちなさい!」と後ろで叫ばれる。


 ユイナは身軽な体とダンスで鍛えた脚力で校舎の間を駆け抜け、東口へと続く大通りに出る。東口には数人の生徒が歩いており、その中には井戸で顔を洗うティニーの姿もあった。


「ティニー!」


 ユイナは友の顔を見て、(わら)にもすがる想いで声をかける。

 ティニーは走ってくるユイナに気付くと、怪訝な顔をする。


「ゆ、ユイナ、どうしたの?」


 その時だった。後方の交差路に出てきた先生が、ユイナに気付いて声を上げた。


「そいつを捕まえて! 反逆者よ!」


 反逆者という言葉に、周りにいた生徒達がキョトンとする。ティニーが目を丸くしてユイナと見詰め合う。教師の大声を聞きつけた兵士が大通りに駆け付けてきて、ユイナは小さく首を振るのが精一杯になった。ティニーは目を白黒させたが、


「に…逃げて……!」


 胸から声を絞り出し、ユイナは弾かれたように逃げ出した。数歩進んだところで身をかがめた。ユイナを捕まえようとした二人の生徒が頭をぶつけ合って倒れた。しかし、三人目の生徒と身体を鍛えた兵士が依然として追いかけてきている。ユイナは、開放されていた東門から出て、その先にある丘を必死に駆け上がった。反逆者として捕まるのは嫌だった。その一心で山羊(やぎ)のように丘を駆け上がり、後ろから追いかけていた少女を完全に引き離す。お嬢様の足では、幼少を山で過ごしてきたユイナに勝てるわけがなかった。


 しかし、ユイナを追ってきた兵士達はそう簡単にはいかなかった。いくら鎧や剣を装備しているとは言え、戦場で鍛えられた足腰は伊達ではなかった。ユイナとの距離を縮めようと丘を登ってくる。丘を登りきったユイナは、そんな兵士に追い立てられるようにその先にある森へと飛び込んだ。


 そこは五、六メートル程の木が群生する森。両手を広げては走られないほどに木々が密集している。しかし、進路を塞ぐような茂みや低い木はなく、その森を全力疾走するユイナは、軽快なステップで目の前に迫る木々を避け、白い制服のスカートをひらりひらりとさせる。

 後を追いかけていた兵士達は、森の妖精でも追いかけているような錯覚に惑い、眼前に現れた木に顔をぶつけて転倒した。そうして兵士達がまごついている間に、ユイナは息を切らしながら森の奥へと駆けた。後ろばかりに気を取られ、横から追い抜いていくもう一つの影に気付くはずがなかった。


 息が苦しい。止まりたい。でも止まったら捕まる。

 ユイナは息を切らしながら森の中を駆けていた。森の天井から射し込む光が顔に当たってまぶしかった。

 兵士は追ってきているのだろうか。反逆者と言っていたから、絶対に逃がしはしないだろう……。そんな事を考えていると、眼前に魔術師が現れた。


「なっ!?」


 止まれずに男に抱きとめられる。捕まったユイナは背筋に悪寒を感じ、がむしゃらに暴れた。


「待て、暴れるな。俺はお前を捕まえに来たわけじゃない」


 雄々しい声で言いつつ、男の腕はしっかりとユイナを捕まえている。騙されてはいけない。こいつは自分を反逆者として侯爵様の前に連れ出すに違いない。


「おい、暴れるなと言ってるだろ。俺はお前の敵ではない。それとも、このまま行く当てもなく、あいつらに捕まりたいのか? 今のお前は反逆者だ。捕まったらどんな拷問をされるか分からない」


『反逆者』『拷問』という言葉にユイナは息を飲む。反逆者が拷問され、そのまま死んでしまうという事はよく聞く話だ。まさか、そんな事が自分の身にも起こるのだろうか。貴族の娘なのに? でも、下民の出身だ。ガモルド男爵は守ってくれるの?

 わからなかった。

 絶望にも似た感情に押し包まれ、ユイナは魔術師を見た。

 ローブの男はゆっくりとユイナから離れると、ため息のようなものをもらす。


「まさかとは思ったが……残っていてよかった」


 そんな事を呟き、見上げるユイナの視線に目を伏せる。


「昨夜は、すまなかった。腕の治療は、受けたようだな」

「どうしてその事を……?」


 男がどうして腕の傷を知っているのか理解できずに聞き返すと、


「そうか、これでは分からないか」


 男は頭に被っていたフードを外す。すると、フードの下から流れるような銀色の髪が現れ、黒々とした力強い瞳がユイナを見下ろした。


「俺はアレス。銀狼のアレスと呼ばれている魔術師だ」

「え? ……えぇ!?」


 ユイナは唖然として目の前の男を見上げる。整った顔立ちに力強い黒瞳。輝く銀髪。そして、狼のような雄々しい声。それらが昨夜の美しい銀狼を連想させてしまう。


「そ、そんな……あれは大きな狼だった……」

「たしかに夜は。だが、昼間はこの姿だ」


 では、夜になればあの美しい銀狼に変身するというのだろうか。


「今は説明している時間も惜しい。兵士達は今もお前を捜しているはずだ。追いつかれる前に移動するぞ」


 アレスは、ユイナの右手を握って歩き出す。ユイナは慌ててそれを振り払う。


「ま、待ってください。私はこれ以上、犯罪者と一緒にいたくありません」

「それで、どこに行くつもりだ。お前は俺と同じ反逆者だと思われているんだぞ」


 それを言われると言葉に詰まる。反逆者で兵士に追われているのは紛れもない事実だ。


「事件が解決するまで身を潜めておくべきだ。そうしないと、お前の命が危ない」


 ユイナは愕然として倒れそうになり、その肩をアレスの大きな手が支えた。


「すまない。お前の疑いはちゃんと晴らす。だから、それまで辛抱してくれ」


 アレスはもう一度ユイナの手を握って歩き出した。彼の手は大きかった。その大きな手には力がこめられ、(あらが)う事を許さなかった。ユイナは手を引かれて歩きながら後ろを振り返る。その方角に舞姫学校があるはずだったが、視界には無数の木々が立ち塞がって何も見えなかった。


 もう帰ることはできないのだろうか。帰ったら、拷問されるのだろうか。


 そう思うと胸が締め付けられるように苦しくなって、涙がこぼれそうになった。ユイナはその目で、自分の手を引いて突き進んでいく男の背中を見詰めた。

 この男は、自分を知らない所へと連れて行く。こいつは、悪魔だと思った。


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