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深炎の舞姫  作者: 鳴砂(なりすな)
第一章
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舞姫見習いと銀色の狼9

 ふわふわとした意識の中で、焦げたにおいが鼻を刺した。何度か瞬きを繰り返して視力が戻ってきたかと思うと、ユイナの周囲で熱風が吹き荒れていた。


 ハッとして辺りを見回す。そこはバチルダ達に連れ込まれたお仕置き小屋だったが、部屋の様相は一変していた。周りに置いてあった薪やタルに暖炉の火が燃え移ったのか、紅蓮(ぐれん)の炎に包まれていた。


 周囲にバチルダ達の姿はなく、燃え盛る小屋にユイナだけが取り残されていた。

 天井では黒煙が渦巻き、逃げ場を求めて部屋の反対側にある出口へと殺到している。

 自分も逃げなければと思い、体を起こそうとする。が、縛られた手首に縄が食い込んで激痛が走った。全身が軋むように痛い。壁一面の炎がその手を伸ばし、灼熱の爪を立てようとしていた。熱風でのどが焼かれるようだ。吹き荒れる風で塵が舞い上がり、目に入ってきて涙が止まらない。


 このままでは焼き殺される。死にたくない!


 仰向けで手足を縛られていたユイナは、軋む体をひねって腹ばいになり、両肘と両膝を地面について四つん這いになった。そして尺取虫のように両腕と両足を動かして少しずつ進んだ。全身の筋肉が引き千切られるように痛く、手足がまともに動かない。それでも歯を食いしばり、ひじやひざを地面に引きずりながら出口を目指した。

 燃え上がる炎は背後に迫っていた。吸い込む空気も体の内側から焼いてくる。しかし、生きるために必死に前進しつづけた。


 そして、どうにか小屋からの脱出に成功した。それでも、炎から十分に距離をとるまで安心はできない。乾いた地面にもう一度、両肘両膝をついて前進した。そして、周囲には燃える物がない安全な場所に出てこられたと事を確認して地面に寝転がった。


 灰色の空が見えた。今にも雨の降りそうな空に黒い煙が昇って行く。

 ハッとして腹部を見た。バチルダに傷付けられたと思っていた体は、どこにも火傷の跡がなかった。強いて言うなら木の棒で腹部を突かれた時の小さな痣ぐらいだろうか。


 助かったの……?


 (すす)けた顔に小雨が落ちてきた。夕方の空に薄い灰色の雲が伸びて霧のような雨を降らせている。ユイナは恵みの雨を肌に感じながら、もう動きたくないと思った。

 しばらくして、大勢の足音が聞こえてきた。顔を上げると舞姫学校の先生や兵士の一団が駆けてくるのが見えた。その一団の中には、バチルダとその取り巻きの少女達の姿も見える。ユイナは体を起こし、身構えた。


「これは……」


 燃え上がる石小屋を前に唖然とする人々。


「石小屋よ? 何をすればこんなに燃えるの……」


 一団の後ろにいたバチルダ王女が、顔に怒りと恐怖を浮かべてユイナを指差す。


「先生、これは全て彼女がやった事です! 彼女は、私に火傷を負わせようとした! 私は、もう少しで顔に一生消えない傷を負うところでした!」


 バチルダの言葉に耳を疑った。


「違います! それは全く逆です! これはバチルダ王女が――」

「嘘おっしゃい! 貴女が……貴女がやったのよ……!」


 バチルダは怒りと恐怖でかすれる声を絞り出した。冷酷で知られるバチルダの顔が蒼ざめている。あまりにも鬼気迫っており、その迫力に気圧された先生達の目が、ユイナへと向けられた。


「貴女が、やったのね」断定するように言った。


 ユイナは目を見開いた。まさか、本気でそう思っているのだろうか。


「先生、この姿を見てください。私が何かをされていたのは明らかでしょう!」


 先生達は聞く耳を持たないようで、バチルダと二言三言話をしている。

 ユイナは悟った。真偽は関係ないのだ。権力に従っているだけなのだ。

 振り向いた先生は、やはり視線を合わそうとしない。


「貴女の処遇は、明日、学校で話し合います。その結果が出るまで山小屋に閉じ込めます」

「そんな……あんまりです…! 私は何もしていません…! どうして信じていただけないのですか……」


 ユイナのかすれた声は誰にも聞き入れられず、雨で湿り始めた丘に虚しく落ちる。


「すみませんが、あの娘をあそこの山小屋へ連れていくのを手伝ってください」


 そう言って舞姫学校の裏山に小さく見える小屋を指差した。

 先生の言葉に三人の兵士が頷き、近づいてくる。


「い、嫌です……痛いっ」


 縮こまるユイナに手を伸ばした兵士が無理やり立たせた。手足の縄が斬られ、解放されたかと思うと腕を引っ張られた。


「しっかり歩け」


 全身の痛みでうまく歩けず遅れがちになるユイナを兵士が乱暴に腕を引いて急がせる。殴られるのではないかと怯えてしまい、首を縮めて従うしかなかった。


 なぜこのような仕打ちを……。


 恐怖と悔しさと屈辱でユイナは唇を噛み締めた。


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