大事な場所に還ったから
お読み頂き有り難う御座います。
エピローグです。
彼の両親とかあの人とかあの子とかが出て参ります。
「だから、走って行っちゃ駄目だって言ってるでしょう!?転がるわよ!?」
「平気よおかあさま!何かこう、羽化できそうな気もするもの」
「いや、何でよ。そんな急にしないでしょうよ……いや、するの?困るわね……」
川のせせらぎでしょうか。さらさら、さわさわ、ぽちゃんって……絶え間なく水音が聞こえます。
母親と、子供でしょうか?何処かで聞いたことのある高い声と、もっと高い声が聞こえますね。
「もうシアンは8歳のおねえさんだもの。
あっ、もうお嫁にもいけるわ!」
「いや、何でよ。流石に駄目でしょう……。て言うか、マジでこのノリが続くのかしら。番の概念って本当に長いわね……」
可愛らしい、弾んだ声と落ち着いた母子の会話……?声と話し方が似ていますね。
お母さん……お母さんか。お母さんは、何処に?
「あら、お母様!人が倒れてるわ!」
「ええ!?た、助けなきゃ!!」
ああ、人のいい方ですね。騙されてしまいますよ?
倒れたフリをして襲い掛かられてしまうかもしれませんのに。
倒れてる……?私、何で倒れてるんでしたっけ。
「……傷は、無いようね……?」
「まあ、ディヴィットだわ!こんなお花畑でかくれんぼしてたのね」
「……ええ!?ディヴィットって、ええ!?で、ディヴィット様が何で此方に!?」
ディヴィットの、知り合いですか?
私が目を開けると……其処には。
ピンクの花に、薔薇に似た花に、細かい紫色の花……沢山の花。手入れをされた、しっとりとした花弁に、柔らかい草。
見渡す限りの、手の込んだ自然ではあり得ないお花畑、少し離れて流れる綺麗な川。
そして、私の手は、柔らかい茎や葉に埋もれて、しっかりと誰か……ディヴィットに繋がれていました。
いえ、違う?何でしょうこの違和感。
何だか、手が小さい?あれっ、小さいって、大きい手を知ってるってことですか?
「おかあさま、こっちの女の子が目を覚ましたみたい」
「貴女、大丈夫!?もしかして、何処からか逃げてきたのかしら」
同じ色の髪をした、何処か?で観たことのある母親と、靄のような物を被った、でも、何と言うか……恐ろしい程の整った顔の、でも明るい表情の美少女。モヤのようなものが漂っていますね。
……?
駄目です、思い出せません。
「ねえ、私が走ったお陰でこの子とディヴィットが見つかって良かったわ。おかあさま」
「……アレ……お父様みたいなことは言わないで頂戴。どの道急に走るのは駄目よ」
「はーい」
このお母さん、全く表情が変わりませんね。娘さんに比べればおとなしい顔立ちですが、深い青の綺麗な目が目を引きます。
お母さん……私のお母さんは?
ディヴィットも、目を覚ましませんし……。
此処、何処なんでしょう。素敵な景色ですけれど、私、何で此処に。
「あら?ちょ、あなた、涙が」
……??
……あれ、何ででしょう。何故、涙が溢れるのでしょうか?
「ミズハ」
……声変わりする前のお声を、初めて聞きました。
あれ?声変わり?
ディヴィットの大きい時を、私は知ってるんでしょうか?
「えっ、ミズハ?……凄く何処かで聞いたこと有るわ……」
「……さわるな、シアン」
私の手が引かれ、ぽすんと彼の肩に抱き寄せられました。邪険にされたにも関わらず、シアンと呼ばれた美少女は明るく笑っています。明るい方ですね。
「……まあ、ディヴィット!まさかあなたの番なの?キレイなこね!」
「まーね。でも、おれに、番の概念はねーんですけどね。おまえの弟と一緒で」
「アウルはすぐ怒るのよね……。ゼノアもだけど」
「いや、ポンポン進みすぎでしょう。私を置いていかないで欲しいのだけれど」
ええと。お、お知り合い、のようですね?
御機嫌の悪そうなお顔……随分幼いようですが。ポンポンお話が進んでいって……口を出そうに、色々分かりません。
「アローディエンヌ様、おれとコイツを保護してください」
「それは勿論よ」
真剣に頷いてくださったお母さんがアローディエンヌ様で、女の子がシアンさん。
お母さん、長いお名前ですね……。
「後、コイツのかーちゃんはジーア様です」
「そうジーア様?ジーア様…………何ですって!?」
ジーア?
ああ、お母さんが消える間際に言ってた……消える!?
「お母さんが、お母さん!!」
「落ち着けミズハ。ジーア様もこっちに来てる筈です」
「だって、此処にいません!!」
何で!?何でお母さんは何処なんですか?何で一緒じゃ無いんですか!?
「えっ、ええ!?一体何が起こっているの……」
「ミズハ、おかあさま。おちついて。ミズハはミズハのおかあさまとはぐれたのね?」
「はぐれた?ええ、ええ」
取り乱す私を、綺麗な女の子の薄い青の目が見つめました。
何処かで見たことのある目ですね。ディヴィットの空色とは、違う、氷のような薄い青。……?何処かで、見たことが?
「大丈夫よ。なにを隠そうシアンのおとうさまはすごいの。ディヴィットのおとうさまもすごいわ」
「は、はあ」
凄い方……ですか。はあとしかリアクションが出来ませんね。
「権力を余すところなく使って、探しだしてくれるわ!シアンが迷子になったときも一瞬だったのよ!むてきだから!」
「……いや、言い方……。シアンディーヌ、そうなのだけれど言い方を変えなさいな」
「お気になさらず、アローディエンヌ様」
……他力本願を堂々と仰るのですね。変わっています。でも、とても育ちが良さそうなお嬢様です。
「お前、まだ迷子になるのかよ。でも、そうだな」
ディヴィットは私の前髪を撫でました。
何故か、耳の横に動かしたとき、一瞬止まったようですが。
短く切られた髪ですが、引っ掛かりでも有ったのでしょうか。あれ、私の髪は何時切ったんでしたっけ?もっと重かったような。
「帰してくれてありがとう。今度はおれが、お前のかーちゃんを探しだしてみせますよ」
「?そう、ですか」
帰したの、私でしたっけ?
帰した?何でしたかしら、何処から帰したんでしたっけ。私の力ではなく、他の……?だから、色々最後に、もぎ取られ?でも別に要らなくて。置いてきて?
詳細が、思い出せません。
何だか、何処かが空っぽなのに。
何が消えたのかも分かりません。
私、こんなに小さかったかしら。
目の前のディヴィットも。
私は何を忘れているのでしょうか?
いえ、でも。
お母さんが大事で、目の前のディヴィットが、愛しいひとで有ると認識だけ。それだけで良かった、のですけれど?
もう、役割は無くして……役割?何でしたかしら。
「お前がなんであっても、もう離しませんから」
「ディヴィット……」
「まあ、仲良しね。シアンもレギさまにぎゅーされたいわ」
……し、視線が。シアンさん、グイグイ来ますね……。遠慮が無いと言いますか。
「……シアンディーヌ、邪魔をしないの。
ディヴィット様、ミズハちゃんも。差し出口ですが、兎に角こんな草むらに寝転がっていてはいけませんわ。体に悪いですし」
「そうね!ディヴィット、ミズハ!おうちへ帰りましょう!」
フワフワとシアンさんの体から、綿のような、糸のようなものが漂ってきます。これは、何なのでしょう。
「うわ、糸が絡んでるわ。御免なさいね」
「お、お構い無く」
「……お母様がすぐ見つかるといいですわね」
……表情が変わらないのに、優しい方ですね。
何故か、何処か懐かしいです。
……色々、失った気もします。
でも、ディヴィットが横に居ます。
「でも、おとうさまとディヴィットのおとうさま、とーっても仲悪かったわ」
「……ミーリヤ様……お母様の方にご連絡差し上げるから」
ええと、仲が悪いんですか……。何だか深刻そうな雰囲気です。
「アローディエンヌ様、母上は元気ですか?父上はいつもどおりでしょう?」
ミーリヤ様。それがディヴィットのお母さんのお名前なんですね。良かった、本当に帰ってこれて……。
……何処から帰ってきたんでしたっけ。
「おふたりとも毎日お辛そうよ。憔悴されているわ、お気の毒な程に。でも、本当に貴方が見つかって良かった」
「……よめをつれて帰ったら怒りますかね。やっと手を出せるから一緒に住みたいんですが」
「手を出すぅ!?
そ、其処は……相談の上然るべき時まで別居かしらね……。え、6歳児よね?マセ過ぎよ」
……何だか、不穏なことをディヴィットが言ってます。
「あの、手を出すって暴力を」
「なぐるけるじゃねーよ!チューやらハグやらソレいじょう!あーやっと言えた!」
え。
チューやらハグやら、それ、以上?
い、何時そんなことを言われましたっけ!?
「ディヴィット様」
「あ」
……アローディエンヌ様の目が冷たい、ように見えます。表情は変わられていないのに。
「流石に聞き捨てなりませんわ。ご両親に報告致しますわね」
「ちょっと待ってくださいアローディエンヌ様!おれらは実はですね!!」
「ええ、恐らくご事情がお有りなんですのよね?
ですけれど、何があろうとも貴方は6歳児なんですわよ。ご両親の庇護下のお子さんが、余所のお嬢様に身勝手に振る舞われてはいけませんわ」
「えー素敵よ、じょうねつてきかも。ねえおかあさま」
「シアンディーヌ、レギ様に淑女として振る舞わないなら明日の謁見は無しにしましょうか」
「やっぱりこどもの間は、ケンゼンにふるまうべきだわ。よくばりはおとなになるまでダメよディヴィット!」
「おまえ……」
……ふふ。何だか子供扱いが新鮮です。
……子供ですのに、何故かそう思います。
私は何者なのかしら。色々無くした気しかしませんが。
記憶もボンヤリですし。どういうタイミングで伝えましょう。元々こういう性格だったのかしら?ディヴィットから全く突っ込まれませんね。
「……」
お母さんを見つけたら、色々分かるでしょう。
……お母さん、待っていてください。
何があろうとも見つけ出します。
私には、頼りになる……?小さいディヴィットがいますから。
分からなくてもディヴィットとお母さんが居れば、それで良いんです。それは、確実なんですから。
「……とりあえず、おれの親にあってくれます?」
私は頷いて、彼の手を取り、花畑を後にしました。
置いてきたものは、振り返らないことにして。
その後、私はディヴィットのお母様と暮らしています。ディヴィットのご両親は理由有って、別々に暮らしているそうです。
ディヴィットのお母様は、緩やかな黒髪の美しい方でした。身重でいらして、もうすぐディヴィットの弟か妹が生まれるようです。
今日はディヴィットが来る日でしたね。階下で、声が響いています。
「何でおれまでミズハとはなされるんです!?母上!」
「貴方のぉ発言がぁ、危険で危険で危険だからぁよぉ。小さなぁ可ぁ愛いジェン?」
「いやだから、くそっ!ミズハ!!」
「その歳で執着し過ぎん方がいいぞ、ジェン。何処かのアレキのような気持ち悪い性癖に成り下がってしまう」
「父上!!それ、しえんでは!?」
「ふむ、難しい単語を会得しているな」
「可ぁ愛いわねぇ」
王子様のようなディヴィットのお父様が、彼の頭を撫でています。お母様は愛しくてたまらないように、ディヴィットを抱き締めていました。
あまり、似ていないけれど愛に溢れた彼の家族。
これが、彼が求めたもの。
貴方を還せて、良かった。
記憶は、まだ戻りませんし、お母さんも未だ見つかりませんが、最近、近くに感じるんですよ。
きっと、前より幸せなんだと思います。
悪役令嬢は召された彼を還せない。此れにて終幕です。
彼を召したのが御神像で、還したのが女神像というオチでしたので、このタイトルになりました。
お読みくださった貴方に、心よりの感謝を!




