どうぞ、お持ちくださいな
お読み頂き有り難う御座います。
残酷描写、ラストですね。お気をつけくださいませ。
「そもそも、何故私があなたがたを助けなくてはならないのでしょう?」
「何だと!?」
小さい頃から耳障りな声です。この威圧的で鬱陶しい声。喉を枯らすこともなくずっと叫び、騒音を聞かされてきました。
「ミズハ、貴様!逆らうのか」
「ええ、逆らいますよ」
明かりは未だ全てショートしていないようですね。
ぼんやりと、LEDライトが点っている……所もあります。
未だ白熱灯の所は消えているようですね。もう……備品すら、ままならないのでしょうか。
「そんなに悪行を重ねたいのか!?今なら許してやると」
「ミズハ、コイツぶん殴りますけどいいですよね」
「手を痛めてしまわれますよ」
気が短くていらっしゃいますね。
其処も、魅力のひとつでしょうか。ですが……父は無駄に堅そうですしね。
「何だ、その女は」
「お父さんには関係ない方ですよ。お父さんは、山茶花坂の皆様以外に大事で、大切で、ずっと見たいものなんて、無いでしょう?」
「馬鹿を言うな!私は、ジーアを一番愛しているんだ!!」
ジーア?誰でしょう、それは。エミリさんではないですよね?
この男の新たなる浮気相手、でしょうか?分かっていましたので今更落胆も在りませんが、節操が無いですね。
「は?ジーア、だと?」
「どうなさいました、ディ……三和さん」
此処で本名を呼ぶ訳にはいきませんものね。いちいち情報を与える必要はありません。ウッカリするところでした。
「おいオッサン、ジーア様を知ってんのかよ!?」
「何だお前は、ひっ!?ぎゃあっ!!」
三和さんが何か投げられた物が……足の傷口にあたったようですね。バラバラと……何かしら?小石?拾っておかれたのでしょうか。マメですね。
でもまあ、あの傷には小さな破片でも痛そうですし、効果覿面でしょうか。
「ぐあっ、ジ、ジーアは、ジーアは、それの母親だ!私と結婚させる為に椎奈と変えさせたから、私のジーアだ!!」
「お母さんの本当の名前が、ジーア……」
この男は、お母さんの本当の名前まで奪ったのですか。
今、手術中のお母さん。この男に斬られて、苦しませて、名前まで……。
いえ、落ち着かなければ。
「マジかよ」
「私が願って、与えられた私の為の女だ。私の為だけに尽くし、私の為だけに微笑む……!お前が生まれるまでは!!」
「……お前が生ませたんでしょうが」
何なんでしょうか、この被害者面は。
そもそも、あのお母さんがこの男に献身的だったとは、とても思えません。
ですが、私が願ったとは何でしょうか。
……女神像に?でしょうか。そう言えば、この男も女神学園の卒業生でしたね。しかし、何故そんな願い事を女神像は叶えたんでしょうか
「……行方不明のジーア様を引き寄せたの、コイツかよ」
行方不明の?この男の話よりも、気になるお話ですね。
「ジーアは、私だけの女だ!!子供がいれば枷になると思ったのに、お前だけを愛すなんて許されない!!私を棄てることは、もっと出来ない!なのに、離婚だと!?」
……この男の妄言を聞き流していると、普通の家とは何でしょうと考えさせられますね。
母とふたりの生活は普通の家庭だろうと思いますが、親子3人で暮らしていた時に普通なんて無かったのでしょう。
そして、ディヴィットは……『ジーア』つまり私の母の過去?を知っている。ああ、母は三和さんと一緒の世界のひとなんですね。何と言う好都合。
「ひいっ!?」
あら、あの男のすぐ真横に石が生えてきました。大きくて、尖ってますね。
私が楽しいと生えるのでしょうか。
「じゃあ、もう聞きたいことは無くなりましたので」
「何!?」
メリメリ、といった音が響きます。地面を割る音なのでしょうか。
私とディヴィットの前を、大きな大きな石柱が遮りました。
丁度、私の父親が居たすぐ側に。
何だか、新たな土煙は立ち上りましたけれど。
鶯張りの床には、新たな血は流れて居ないようですね。
でも、こんな大きな石を退けることなんて私には出来ませんし。確認は不可能ですね。
ああ、警察の方が後で現場検証に来ますでしょうか。
「!?おい、今女神像が上から降ってきましたけど!?」
「まあ……見逃しました」
ディヴィットの目には、しっかり映っているようですね。私の前にも姿を現して欲しいのですけれど。
無作為に生け贄だけを取られている気しかしませんもの。
しっかりと、報酬を叶えさせないと。
今、何人捧げているのでしょうか?
ヒモト、山茶花坂夫妻、そして父親。長くからの風習に凝り固まる使用人が後、4人位居た筈ですが。
どうやって確認しましょう。
「そうです、ディヴィット。庭に女神像は有りますか?」
「……スルーしてんなあとは思ったけど、見えてねーんです?4体あるよ。いや、数え方柱か?どーでもいーですけどね」
「柱、ですか?物識りでいらっしゃいますね」
中々気味の悪いお庭に変貌しているようですね。
沢山の尖った大きな石が縦横無尽に生えていて、合間に女神像だなんて。
「では、仕上げに行きましょうか」
「いや、満面の笑みだな……無駄に可愛い顔してっし……」
暗がりなのが残念な程、照れた声が聞こえますね。
ディヴィットは、私の手を掴みました。
「では、悪役令嬢。俺を何処に連れてくんです?」
「愚か者のお住まいの、座敷牢へ」
私では連れて還れませんので、お力を借りないと。
やめて!やめてよ!女神に関わらないで!!
もう嫌!潰されるのも、摩り殺されるのも、嫌!5回目は、嫌!!
イヤイヤイヤイヤイヤ!!!
私を許して!!許すと言って!!!!言いなさいよおおおおお!!私は、私は愛されている愛されてあいされテ!!
「頭の中が煩いですね」
「えっ、病院帰るか?」
「いえいえ」
こんな意味不明な叫び声なんて、無視をすれば宜しいのですよ。
だって、誰かも分からない人を許すだなんて、不誠実でいいかげんなことは出来ません。
どんな災いを吹っ掛けられるやら分かりませんもの。
座敷牢への階段は、裏口のすぐ傍に在ります。
……なんだか階段が少し、ぼやけているように見えますね。
「ねえ、ディヴィット」
「なんですか、ミズハ」
少し目線を上げると、ディヴィットと目が合いました。
暗がりでは分かりませんが、私の好きな空色の瞳が私を射抜きます。
出会って……僅か2か月弱でしたでしょうか。
まさか、このひとを好きになるとは思いませんでした。
一体どこが好きなのか……。と思い返せば、何でしょう。
少々意地悪なのに、優しい所でしょうか。いえ、一目惚れ?
……結局私を好きだと言いながらも、私を利用されるようなちゃっかりした所でしょうか。
「おい、返事してんだからさっさと続けろ」
「は、はい……すみません」
この方の前では、元々の性格に戻れるところも魅力ですね。若君の前では……遠慮が有ったのでしょう。気を抜くことが出来ませんでしたから。
私には感知できない筈の、何か、未知の気配が濃くなってきますね。
最後の生贄を平らげたところでしょうか。仕事の早いことです。上手い具合に……何故か、お母さんの気配も。
「……この階段を降りきったら、貴方の願いが叶います」
「いきなり電波に走らないでくれます?どういう理論でだよ。大体、手術中のお前のお母さんはどうなるんです?」
「繋がりを感じます。だから、一緒に帰れます」
その為に大量に捧げたんですから、やり遂げて貰わないと。
理論……説明しがたいんですが、どうお伝えしたものでしょうね。
嫌よ。双子の娘ひとりをやったのに!!あの、私より美しいなんて嘯く生意気な娘もやったのに!!
何故私の言うことを聞かないの!?こんな小娘の!!
邪魔よ!!ジャマなのよ!王子様、ウジサ……!!
もういちどはいや!いたいのはいや!!はやく、はやくタスケ!!
本当に煩いですね。
「父上とか公爵なら分かんですかね……。向こうの女王陛下とか。ああ、くそっ」
「お知り合いですか?」
「いや、えーと。まあ、一部親戚で、一部知り合いですけど」
「そうですか、是非ご挨拶をさせてくださいね。私、ディヴィットのお父様やお知り合いにお会い出来るのが楽しみです」
「……何なんですか、何なんだよお前は!もう!」
そっと小突こうとされたのでしょうか。少し彷徨わせた手を、私の頬に軽く当ててきました。
階段が、ぼんやりと光っています。お母さんの気配が、ぼんやりの向こうの方へ感じます。
ああ、良かった。私達も……。
「そう言えば、スズシさんのお車にお手紙を置いてきてしまったんですよね、投函し忘れました」
「……いや、今更です?しまらねーな。出しといてくれんじゃねーです?」
ふふ、と笑ったディヴィットの顔に、何だか此方まで嬉しくて。
油断していたのでしょうか。
ちかり、と目の前に光が通り過ぎたかと思うと……私は、足を滑らせました。
「ミズハ!?」
すみません、ディヴィット。
手を繋いでいた貴方まで巻き添えに。
奪ってやったわ。お前の役目、力を奪ってやったわ。
次は、私が幸せになるの。
お前みたいな醜い孫、誰も愛さないわ。
愛されるのはこの私よ?
次は、必ずキラキラしたまま生きるの。
落ち行く私を庇い、抱きしめるのは彼。
闇の中なのに、目の前に空色が広がって潤んでいます。
ずうっと見ていたい。
助けてくれて有り難う。言いたいのに、口が動きません。背中に手を回して、しがみつくことだけ。
戯言が、耳に響きます。
お前なんて踏み台よ。お前の母親も、帰ったところで野垂れ死ぬわ。
ああ、本当に役立たず。
……ああ、別にどうぞ。その力?とやらは差し上げます。
私は、このまま彼と母が居て、彼らと生きる術だけで結構です。
ささやかな幸せが一番叶えにくくて尊いんですよ?
エミリさん?いえ、見知らぬ方。
私から『奪った役目と力』とやらが、貴女を望みの幸せとやらに導けるでしょうか。
ああ、もう聞こえませんね。
次で終わりの予定です。