石に躓かないよう気をつけて
お読み頂き有り難う御座います。
がっつり残酷回で御座います。苦手な方はお気をつけください。
「着きましたよ、お嬢さん達」
病院の駐車場に駐めてあった軽自動車に乗せて頂き、5分と少し。
暗がりに沈んだように佇む、山茶花坂の家が私達の前に現れました。
「駐車場に駐めて来ますね」
スズシさんは、笑顔で運転席から手を振られました。
ずっと此処に居たのに、何故でしょうか。暗くて、寒い……?
知らない家のようですね。壊れれば良かったのに、壊れていません。
あら?何だか、体の中がモヤモヤしてきます。この感触は、何でしょうか。
外から伝っている電線が、ダレッと垂れ下がっていますね。何処かで何かが弾ける音も。何処かでショートが起こっているようですね。
「……何だこのキモイ気配」
「ディ、三和さん。どうなされましたか?」
薄ら寒そうに、三和さんが身震いをされました。
何かを感じ取られたようですね。私にはサッパリ見えませんが、先程ご一緒だったスズシさんも何のリアクションもされませんでしたし……。
やはり、三和さんは此処とは違う方なんですね……。とっても興味深いです。
「……お前ねえ」
「はい?」
「何かおかしーんですよ。この前から」
何が、でしょうか。訝しむ私の頬に、痛みが。
ぶに、と左の頬っぺたに痛みが走りました。い、痛い!!
「ひひゃ!?ひゃひすふんれすひゃ!?」
「んー、まあ、アレか。……底は変わってない感じですか?いや、素養が浮上してきたんですかねえ……」
「ほひょう?」
素養とは?どういうことなのでしょうか。頬っぺた離してください!結構痛いです!!
「ははっ、涙目」
「ひ、酷いです……」
「そうか酷いか、でも俺は許しますよね?」
……顔を近付けないで頂きたいです。私を救い上げた目が、今は白っぽく見える空色が近くてドキドキします。
……苛められているようなジャレ方に、何だか慣れてしまいました。
「それにしても……何か、一見ゴーカな屋敷ですね。薄汚れてますけど」
「そう、ですね」
私が居た数日前迄は、お掃除は行き届いていた筈ですが……。
何故か、土埃?でしょうか。白い粉のような物に覆われています。壁の下の方にこびりついていますね。
「……野良ブスが居れば分かるんでしょーか。この、粉塗れな状況」
「恐らく、分からないでしょうね」
どうやら、風で何処からか粉が流れて来ているようです。
今はどうやら低い位置に集中しているようなので、粉を吸い込まないように気を付けた方が良さそうです。
「……単なる土埃っぽいが、違う?此処に土属性なんて存在すんのか?」
「土属性?」
「……え、聞こえんです?」
「ええ」
私が頷くと、三和さんは眉根を寄せられました。
「……前、それ系の単語はノイズで聞こえねーっつわれたのに、何時解けたんです?」
以前にも言われた単語がノイズで聞こえなかった……。何時、解放されていたのでしょう。
やはり、頭を打ってからでしょうか?
私が考え込んでいると、三和さんの手が私の左の側頭部と耳とを撫でました。
……頭をぶつけたところですね。おかしな事に今は全く痛みがないのですが。
「お前の頭が変なオプション付かなきゃいーですけど、他は無事なんです?」
「痛みは有りません」
「アドレナリンが出てるって気もしますね。それで、此処に何をしに来たんです?お前の親父をドツきに来た?」
忘れ物、と言う嘘は見抜かれていたようですね。
父を殴る……。私の手の方が怪我をしてしまいますね。ぐるぐる巻きにしてしまえば?ああ、でも触りたくないです。母を斬った男なんて、汚らわしい。
「父を殴る、ですか。いえ、違います」
きっと、此処に潜んでいるのでしょうけれど。
別室に閉じ込めたと病院のお偉いさんは言っていましたが、警備がザルでしたもの。出来れば……串刺しにしてやりたいですね。
「……じゃあ、社会的にブッ潰せる証拠探しです?」
「それも楽しそうですが、そちらはスズシさんのご一家が奮闘なさっておられますね」
「……お前、もしかして山茶花坂兄君を」
「ええ、私が手配致しましたお引き取り先です」
自然に、ニコリと笑顔が出ました。今まで笑ったことの無い笑顔の種類ですね。
「……怖」
「そうですか?」
笑えて気分は良かったのですが、不評のようです。困りましたね。以前はどんな風に笑っていたでしょう?
「そっか、野良ブスが怯えるのも分からんでもねーな。お前を敵に回したらさぞかし恐ろしいって」
「メアリさんを敵にだなんて認定しませんよ。私に優しくしてくださる方は稀有ですもの」
ええ、ゲームでは不倶戴天なのかもしれませんが。恐怖を抱きながらも私を救おうとしてくださったのですし、恩は報いなければいけませんよね。ですから、見逃してあげるリストにいれてあげます。
「何か、粉……増えてません?」
「風の向きが変わったのでしょうか?」
一面真っ白……いえ、黄色みがかっていますね。
何かの粉塵でしょうか?
ですが、私達に纏わりつく事も、呼吸を妨げることも有りませんでした。不思議ですね。
「おい、何だアレ」
「庭石、でしょうか?」
お話ししていたら、何時の間にか庭まで来ていたようですね。
名の有る庭師が昔に拵えたらしい、山茶花坂の自慢の広い庭。
歴史的価値が有るとかで、研究者の方が調べたいとのお申し出を却下されていましたね。
最近は、自己顕示欲の強い当主が先ずお客を此処に連れてきて自慢する為の庭に成り下がっていました。
流石に此処は手入れが為されていま……せんでした。
私は庭に興味を抱けなかったので、単に背景としてしか見ていませんでしたが……。
あからさまに、庭が変ですね。暗がりでも分かる程、見慣れぬシルエットが……増えている?
尖った岩が、整えられた数々の木をなぎ倒していました。まるで、地面を破って生えてきた筍のように。
……いえ、筍サイズでは有りません。近寄ると、私の身長を優に越していました。
あら、……大きな彫刻が、岩に貫かれて真っ二つですね。あちらの松も可哀想に串刺しです。
「……おいおい」
「何処から持ち込まれたのでしょう?」
「……生やされた、みたいに見えんですけど」
「魔法のようですね」
「いや、……驚かねーんです?」
三和さんの方が驚いていらっしゃるようですね。私の様子に。
「三和さんこそ、このような現場で落ち着いてらっしゃいますよね」
「まーな」
「違う世界では、このような手段が簡単に取れるのですか?残酷な現場にも慣れるような頻度で」
三和さんの空色の瞳が、ゆっくりと見開かれてゆきました。
「……お前、何で」
「図らずも此方に送られてしまった王子様の息子『ディヴィット・ジェンナール』様ですものね。色々ご存知なのでは?」
「……何でセカンドネームまで。お前、あの時起きてたにしても、そっちは名乗ってねーぞ」
「少し反則技で教えて頂きました」
「誰に」
「解りません。私の知らない親子でしたね」
くすり、と私の唇から笑みが溢れました。
三和さんは信じられない顔で私を見ています。
恐らく、彼らの見目を話せば三和さんにはお心当たりが有るでしょう。だけど、少しお話しする気は湧いてきませんね。
「最初、私を利用したくてお手紙をくださったんですか?私の力で家族のもとへ帰る為に」
「手紙……。何のことですかねえ」
「ふふ、昇降口でお姿を見ています。誤魔化さないでくださいね」
「……何か怒ってます?ミズハ」
「いえ?ただ、貴方が素直におねだりしてくださるのが見たいんです、ディヴィット」
だって、不公平じゃありませんか。
貴方の願いを叶えて差し上げるんだから、私のモチベーションを上げてくださっても良い筈です。
でなきゃ、態々不愉快の溜まり場である山茶花坂の家になんて来ません。
地獄に落とすような復讐なら、厚木家に任せておけば良いだけの話です。
三和さん、いえディヴィットは空色の瞳を手で覆い、絶句してしまいました。
……粉で見辛いですが、耳がとても血色良くなっていますね
「確かに、最初は野良ブスからお前が悪役令嬢っつーんで、人外な力を期待して絡んだけど?それを詫びろっつーんなら、詫びます」
「もうひと声お願いします。後、お顔を見せてください」
「鬼か?」
「いえ、悪役令嬢ミズハですよ、ディヴィット?」
愛を込めて無邪気に微笑んだつもりでしたが、お顔を背けられてしまいました。
「あのお手紙には、白紙がありましたし、意味不明で悩んだんですよ?」
「あーあー悪かったな!」
「今の私はお気に召しませんか?」
「……お前、卑怯だな」
まあ、そうでしょうか?
あの時は何も分かりませんでしたし、とても色々不安定でした。
「……これは、お前の力なんですかね?」
「そうでしょうね」
まさか自分が地面から石を生やす事が出来るだなんて、思いもしませんでしたが。
夢に出てきた赤毛の……父親の方は火を纏っていました。私にもこれ位は可能で当たり前なのでしょう。何故か、しっくり来ました。理屈では無いようです。
もっと早く使えたら良かったのに、とは思いますけれどね。
「……けてえ!!」
「……っ!!……様っ!?」
「ああ…………っ!?」
母屋の方から声がしますね。
どうやら、追い込んだようですね……。
「……おい、この石、めっちゃ血塗れなんですけど!?」
「回収が早いですね。躓かないよう気を付けてください」
「はあ?こんなデカイ石に躓く訳……いや、回収?誰が」
「その内出てきますよ」
「お前、めっちゃ焦らしてくんな……」
古くからの勤め人の誰かでしょうか。
新しい人は、次々とイビられて辞めていますもの。
仕方ないですね。お家に殉じる程忠誠心が有るのでしょう。
それにしても、女神像の回収が早いこと。生け贄に飢えているんですね。物騒です。
私に変わった力を授ける位、生け贄をお待ちかねなんでしょうか。それとも、元々持ち合わせていたものなのかしら。
このしっくり具合からして、後者のようですけれど。何らかの拍子で使えるようになったんですね。
「ですけれど、私の意のままにならない力が、生け贄を追いかけているのでしたら、困りますね。
この目で見届けたいから、態々病院を抜け出して来てしまったのに」
「生け贄……?まさか」
「本当なら母にも付いていたかったんですが、憂いを絶たないと」
「……お前のお母さん、もしかして俺と同じ」
「ミ、ミズハ!?何故、此処に!?」
……あらら。辿り着いて来てしまいましたか。運のいいことで。いえ、悪運かしら。
「血塗れですね、お父さん」
母を斬った血だけでは無いようですね。
まるで、もうふたり分位浴びたような量が……暗がりでも良く分かります。
ご主人様を振り切って来たのか、見棄てたのか。散々私に喚いていた忠誠心は何処へ消えたのでしょう?
「お前、何しに来た!?早く救急車を呼べ!!」
「ご自身で呼べば宜しいのでは?固定電話も、スマホも有りますものね。衛星電話も有ったでしょう」
私に食って掛かる威勢は良かったのですが、何故か青褪めた顔でぐっ、と黙ってしまいました。
「この土埃で、使えなくなりましたか?」
図星のようですね。
この、黄色みがかった土埃によって、電化製品が軒並み使えなくなっているようです。
先程聞いたショート音も、そのせいでしょうか。
ああ、そう言えば無駄に最新のセキュリティに凝ったお部屋が有りましたね。
「ああ、御当主のお部屋はどうですか?彼処なら……?沢山の通信手段が有りますけど」
重い重い電動のドアに守られている、セキュリティの厳しいお部屋。
ドアの設置がとても大変でしたのを覚えています。
大の大人5人でやっと運べる重い扉の取り付けをしていましたからね。
あれはお幾ら掛かったのかしら。とってもお高そうでしたね。勤め人のお給料を優に支払える位だったら、悲しいことですね。
「口答えを、するなっ!いいから、走って助けを呼べ!!」
「もし、セキュリティが狂ってあの重いドアに挟まれたら、ひとたまりも無いでしょうね」
「ミズハ、お前、いい加減にしろっ!!言うことを、聞け!!」
何故そんな信じられないモノを見る目をされるのでしょうね。
あら、よく見ると……。
「その潰れた足で、よく這いずり回れましたね」
挟まれたのは、ふたりだけでは無かったんですか。
私を怒鳴る為には傷の痛みも我慢する。まあ、ビックリですね。
しかし、丈夫ですね。普通、激痛で動けないのでは?
さて、……どうしようかしら。
ミズハのイレギュラーさが出て参りました。




