好きならば何でもして良いのですよね
お読み頂き有り難う御座います。
残酷な表現が御座います。ご注意を。
心安らかに寝静まる夜が良いのでしょうか。
それとも、希望に目覚める朝?
一体、ありったけの恐怖を浴びるには、どちらがより不幸だと思うのでしょうか。楽しみですね。
どちらにせよ。
お母さんが目覚める前に、終わらせなければいけませんね。
「三和さん」
三和さんはナースステーションから少し離れた待ち合いの椅子に本を読みながら座っていました。
文庫本にしては、少し大きめですね。
タイトルは……分かりません。どんな本がお好みなのでしょう。
「……何だよミズハって、誰だ?いえ、どちら様ですか?」
空色の瞳が、私を見て……背後のスズシさんへと移りました。
そう言えばお会いされるのは初めてですね。
「若君の婚約者様です」
「はあ?……あぁ?初めまして、三和琴子です」
三和さんったら、少し地が出ておいでですね。
「随分と、山茶花坂兄君はいーご趣味してますね。歳上のナースですか」
「うふふ、初めまして。牡丹様のご縁で、この厚木スズシがミズハさんの保護者代わりを承っておりますの」
保護者代わり、ですか。
それは有難い隠れ蓑を名乗ってくださいましたね。
若君を餌に差し上げた甲斐が……少し有ったかしら。
「ミズハ、お前……山茶花坂兄君の世話になってんです!?」
「いいえ、三和さん。ご自身で手一杯の若君にはお世話になる気は御座いませんよ。そもそも……いえ、此処でするお話では無いですね」
病院の中ではどんなお話が漏れるやも知れませんし。
コソコソと、隠れるのがお好きな……再起を図りたい従弟ですとか。
「……お前、何をする気です?」
「忘れ物を取りに、抜け出そうと思っています」
「忘れ物?……おいまさか」
「ええ、大丈夫です。拘束されてらっしゃるあの人達とお話は出来ませんでしょう?母も心配ですし、少しだけ」
後ろでカサコソと。隠しもせずに、不愉快なことですね。
目配せをすると、スズシさんは車を取りに行くと席を外されました。
出来た方ですね。若君を甘やかされていないか気には掛かります。
まあ、もう手を離したので、堕落しようと、どうなろうと若君の人生です。お好きに過ごされると良いでしょう。帰りたいなら帰れば良いのです。奥様のご機嫌を損じない範囲でなら、ゆるされることでしょう。
「待てよ、ミズハ!!よくもまあ、ヌケヌケと言えたもんだな!!」
……単純なのですね。これで当主の侍従を狙っていたと言うのですから、本当に呆れます。
足音も荒く、ヒモトのご登場ですね。一体何処に潜んでいたのやら。
そして、こんな所で騒いではご迷惑だと全く考えていないのですね。
「お前のせいで、伯父さんは悲しんで凶行に走ったんだぞ!?」
「悲しみ?」
「クソ腰巾着のチビヤカラが……!だったらその凶行を止めりゃいいでしょーが役立たずが!!」
「な、またお前か!!こんなミズハとよくツルむ気になるな!」
「ええツルみますよ。そう望んでますからね。ねえミズハ」
「あっ」
三和さんは私の脇から腰へ手を滑らせ、抱き寄せてきました。
……少し、はしたない声が出てしまったんですが!!
何処を触っておいでなんですか。ちょっと、胸も触られましたよ!一瞬でしたけど!
……流石、『王子様の息子』なのですね。何と言うか……じょ、女性の扱い方が……。じょ、女装してるからかもですけど!でも、何で!?
「どうしたミズハ」
「い、え!?」
せせら笑いが私に向けられます。
こんなこと許すのは貴方ぐらいですよ!との意味を込めて睨み付けました。でも、少し、冷静になれました。
ええ、少し、落ち着かないといけませんね。
どうも、憎悪に飲み込まれがちですもの。
「くそっ、何なんだよお前ら。女同士の癖にベタベタ……」
「お前の目の方がキモいですよ、チビヤカラ。下劣な目でミズハの胸ばっか見てんな、バーカ」
「なっ!」
……顔より胸を見られる方が多くなって来たので、ヒモトの視線には気付きませんでしたね。私、自覚しないとヒモトを認識しなくなってきているようですね。……どうでも良すぎるからでしょうか。
「何しに来たんですか」
「伯父さんを助けろよ!お前が口添えすべきだろ、娘なんだから!」
何故か都合のいいように私を動かすおつもりですか。従う訳も無いのに、馬鹿げてますね。
小さい頃から数々の虐待めいた扱いに、理不尽で一方的な怒鳴り声で冤罪を掛けられたのが今迄の私の人生です。
そんな母は娘への扱いと、自らに対する偏愛にたまりかねて離婚を申し立て、斬られました。
典型的な小悪党の、気持ち悪い一方的な犯罪です。
それが今までの一連の流れで、私があの男を助ける?
どういう頭の回転をさせて、導きだした答えなのでしょうね。
「あの虐待男は、悲しかったら、妻を害して良いんですか?」
「なっ、お前が悪いんだろ!?」
「虐待男は私を甚振るのが日常でしたね。ヒモトもすっかりあの男の思想に浸かって楽しそうです。何の餌をちらつかせて手駒にならせて貰ったんですか?」
ヒモトの顔が怒りで真っ赤に染まっています。
よくもまあ、あんな男の為に怒れるものです。何の得が有るのかしら、知りたくもありませんが。
「言わせて置けば!!お前は、伯父さんと俺に従っときゃ良いんだよ!」
「ミズハには従う義理も義務も無いな。せめて報酬くらい持ってくれば如何です?バーカ!」
ニコリ、と微笑んだ三和さんの姿が消え……ビタンッ!と辺りに廊下に響き渡りました。
「いてえっ!!」
「まあ」
どうやら、三和さんが足払いを掛けたみたいですね。
……意外とお強いのですね、頼もしいことで。
武道の稽古も……サボっていたのでしょうか。ヒモトがよろけて、床に這いつくばってしまいました。
「あああ!!足が、足が!!」
大袈裟、でも無さそうですね。
掴まれても困るので、私はもがくヒモトから一歩離れました。
「本当にヒモトは、駄目になってしまいましたね」
「何なんだよお前こそ!!もっと、従順だっただろ!?ミズハ!!俺と、仲が良かっただろう!?」
「……ヒモトに従った事なんかありましたでしょうか?」
答えは、ノーです。
幼い頃なら未だしも、最近殆ど関わっていないのですから。これからも関わる気は……ああ、生け贄になって貰う位ですね。
「まあ、どうでも良いことですね。これからもヒモトに関わる必要なんて、無いですもの」
「ミズハ!?」
まあ、絶望したお顔ですね。女神像を呼ぶトリガー……には役者不足でしょうか。何も出てきませんね。無理かしら。
絶望の数が足りないようですね。
当ては沢山有りますけれど。
「お前は俺のものなんだぞ!?何で離れるんだよ!?」
「はあ?このチビヤカラ、正気か?」
「俺は、伯父さんに疎まれてるお前を好いてやってるんだぞ!?」
「そうなんですね。要りません」
「お前を、好きだって言ってやってるんだぞ!?」
愛を告白したら美談になるのでしょうか。
未だ起きない所を見ると、何処か骨でも折れたのかしら。
三和さんは容赦が無いのですね。
それにしても、これ程騒いでいるのに誰も駆け付けませんね。
この病院は大丈夫なのでしょうか。
本当にくだらない環境ですね。
「私、ヒモトの想いなんて要りません。愛する人が居ますので」
「!!!!!?嘘だ!!」
嘘ではありません。私の腰を抱いている方が、愛する方なんですもの。
教えて差し上げる義理はありませんが。
「誰なんだよ!?嘘をつくなあっ!」
「ヒモトに言う必要は有りませんよ」
「嘘だ嘘だ嘘だ!!嘘だあああ!!」
煩いですね。
あら?
何だか、ヒモトの頭の上にチカチカと光が点滅していますね。
「……!?恋を愛する女神像!?」
「三和さん?」
三和さんのご様子がおかしいですね。
恋を愛する……?とは?
何も見えませんのに。三和さんの視線は、ヒモトの上の空中に固定されています。
……本当に、何かが有る!?
「マジかよ。女神って、ドゥッカーノのなのかよ!?」
「どっかの?」
「危ねーミズハ!」
「きゃっ!?」
私が首を傾げると、目の前が揺れて……!?
ドンッという衝撃が……起こりました。
気が付くと、灰色の髪が私の肩口に埋められていました。
「……ディヴィッド!?」
「っつうう!!え、はあ?お前……今!?お前、俺の名前呼んだのか!?」
「ふへっ!?ひひはいれす!!」
い、痛いです。ゴリって言いました!頬っぺたに指がめりこんでます!!ち、力加減が!!
「ひはしゃんひはいれふ!!」
「お待たせ致しました。あら?仲良しですのね」
「「!!」」
わ、私ったら!ゆ、床に三和さんを押し倒してます!!
「ふふふ、ふたりっきりだからって油断してはいけませんよ」
「はあ?」
ふたりきり?
いえ、其処にヒモトが転がって勝手なことを宣って居るのですが。居なきゃ良かったんですけれどね。
「えっ!?」
ですが、私達がヒモトの居た方を見ると、其処には。
白いリノリウムの廊下が広がるだけでした。
いえ、ですが。少し、おかしいです。
ヒモトが其処に転がっていた場所には、少しの凹みが残っているだけでした。
「……どうなってんだ、おい」
「分かりませ……いえ。もしかして」
女神像は、私からの生け贄を受け取ったと言うことでしょうか。
チカチカと何やらヒモトの近くで点滅したのは見えましたが、具体的には何も見えませんでしたのに。
そして、三和さんは女神像の事を……私が知っている他のことをご存じのようですね。
女神像は三和さんの、いえディヴィッドの世界の物なのでしょう。
ああ良かったわ。繋がりが見つかりましたね。
「後幾つで繋げるかしら」
「……ミズハ?」
「いえ、三和さん。私の忘れ物を取りに一緒に来てください」
ただでは還せませんもの。
少しだけお付き合い頂かないといけませんよね。
本作の女神像はアクティブで御座います。




