生け贄の選定に抗う声
お読み頂き有り難う御座います。
どうやら、お母さんが襲われたようですね。
殺人未遂犯が暴れた跡の病室で寝る訳にも行かず、私は特別室に連れて行かれました。
その場に居た父と、ヒモトはそれぞれ別室だそうです。
流石に私に会わせる程愚かでは無かったようですが、三和さんとも離されてしまいました。
これは家族の問題だから、お友達に帰って貰ってと病院の関係者が言うのです。
「解りました。ミズハちゃん、私下にいるから終わったら言って」
「もう遅いから帰ったらどうかな、お友達は」
「こんなショックな出来事が起こってるのに、友達を置いて帰れません。家には連絡しています」
……そう言えば、三和さんの『此方でのご家族』はどんな方なのでしょう。
夢のお話や、色んなお話がしたいのに、出来ません。
出会って未だ間もない筈なのに、聞きたいこと、知りたいことが山のように溢れてきますね。
初対面はあんなに怖かったのに、我ながらとってもビックリです。
「それに、私だってあんな光景を見たらショックです。具合が悪くなるかもしれませんね」
職員の方も、そう言い募る三和さんを無碍には出来ないようでした。
……人の心の痛い所を突く説得が本当にお上手です。
そして私は、特別室にて病院の偉い方とお話をすることになりました。
否応なしに、です。
とても勝手な行いに、思わず笑ってしまいそうになりました。
「父親には面会謝絶、と」
失血して手術を受けている母にも会うことは叶いませんでした。
何でも、頭を打って入院中の私がショックを受けるような怪我だからだそうです。
たったひとりの家族を会わせない理由と、意味が分かりませんでした。
「暴力を振るう父親から逃げている母娘と申し上げた筈です。まさか、では済まされませんよね」
左胸から肩に向かっての袈裟斬り。父は武道の経験が有ります。躊躇いのない傷だったそうです。
少し大きめの鞄に入れられた短刀での犯行でした。大騒ぎでしたのに、今は静かです。おかしな事に、警察が来ないのだと。手術が必要な傷を負わされたと言うのに。私の病室で、母が父に斬られたという立派な殺人未遂が行われたのに、何も。
「何故、入れたのですか?」
問いに答えること無く、病院の偉い方は警察沙汰にしてくれるなと私に言いました。
入院費は要らない、お詫びのお金も出す。
だから許せ、と言われました。
何を許すのでしょう。これからも起こるであろう病院の不備を許せと?中々に、贅沢なお願いでした。
「不破さん、受け取ってあげたまえ」
そして、何故かやってきた女神学園の学園長。パンフレットでしか見たことの無い彼は、私の許可を取ること無く病室に入り込んだ上に、我が物顔で横を陣取り私にそう告げました。
「不破さん、あまりお家の事情を表沙汰にすべきではないと思うんだよ」
「表沙汰も裏沙汰も有るのでしょうか。私と母が殺されても構わない。そうお考えなのでしょうか」
「そうじゃなくてね、勝手に君達母子が出ていってしまって、お父さんが寂しがっていたんだろうと考えられないのかね?」
負った傷は元には戻りません。彼らの申し出は被害者は加害者の厳罰を願い、憎む権利を棄て、何もなかったように生きろ。
殺しにかかってきた加害者と共に。
勝手な論理です。呆れ果てる話です。そう宣う彼は、例えば妻子が殺しにかかってきても許して暮らしを共にするのでしょうか。きっと、醜いまでの抵抗をするでしょう。殺されそうになったら当たり前です。
「では、理事長先生は私と同じ立場に立ったらご家族を許されるのですね」
「勿論だとも。寂しい思いをさせている事は罪だからね」
他人事ですもの。そうお答えになるでしょうね。
慈悲深いお返事を頂いたので、実行なさる日を楽しみに待つと致しましょう。他人事に此処まで首を突っ込むのでしょう。
「ああ、山茶花坂」
あの当主夫妻が何やら頭の足りないことを命令したのでしょうか。
彼らはもう、そんなお力を振るう事を許されていないのに。
「滅多なことを言わない方が君の為だぞ」
「ご存じですか?彼の家には宝物で溢れていますけれど……手入れも碌に出来ない程困窮しているのを。例えば、従業員へのお給金が遅れていたり、潤沢に出していた寄付金を出す余裕が……」
其処まで紳士的の皮を被りつつも、私の胸元をじろじろ見ながら御為ごかしを吐いていた肉の厚い口は、ピタリと閉じました。
幾ら末端でも内部の者の言葉はどうやら重かったようですね。
「早急な建て直しの手段が無ければ、土台から崩れ落ちて……巻き添えになる方も大勢おいででしょうね。例えば……偶々報告されていなかった寄付金を受け取っていた施設ですとか」
「しっ、失礼する!!」
「お、お大事にしてくれたまえ不破さん。くれぐれも、軽率な行いは慎むように!!」
「きゃっ!?い、院長先生!?」
検温に来た看護師さんを押しのけて、ドタドタと男性2人は出ていかれました。
あの方、病院長でいらっしゃったようです。碌でもない企みにしろ、自ら動かれるのは素晴らしいことですね。
「それにしてもあの慌てよう。組織の事を第一にお考えの動きでは無さそうです。自らの懐が痛まず損をしたくないように見えますわね」
「看護師さんですか、お似合いですね」
細身のお体に少しオーバーサイズでぶかぶかした、パンツのナース服までとてもリアルです。
現実の看護師さんは、ぴったりしたナース服をお召しでは有りませんしね。
スズシさんは実に多彩な方なのですね。
「うふふ、実はちゃーんと私看護師免許を持ってますのよ」
「才女でいらっしゃいますね」
本名は流石に書かれていませんが、写真入りの名札まで丁寧な作りで、一見何の問題もなさそうです。
恐らく、とても本物に近いのでしょう。何処でもノウハウさえ有れば、入り込めるものなのですね。
「それにしても見惚れましたわ、ミズハさん。貴女、上に立つ才能がお有りですわよ。良ければ高校卒業後、私達のお仕事に勧誘したい程ですの」
「そうですね、考えておきます」
何が適正なのかは分かりませんが、未来への選択肢を考えておかなければ。
私の今の願いは、母が助かり、彼を故郷へ返すこと。
父とはそれで決別出来るでしょうか。
叶うことなら、母ごと彼の故郷へ着いて行くことは可能でしょうか。
あの時、空色の中で、そう言ってくれたように。あの朧気な夢が叶えば良いのに。
私に、彼の願いを叶える力が有れば良いのに。
ああ、でもひとつ希望が有りましたね。
「看護師さん」
「何ですか?不破さん」
スズシさんは慣れたように血圧計を私の手に巻いて、チェック表に値を書き込んでいます。
資格だけではなく、本当に毎日働いてらっしゃる看護師さんのように自然でキビキビしていますね。
「私、是非『お座敷に閉じ籠り気味の女性』にお話して頂きたい事が有るんです」
「まあ、どんな事かしら」
「そうですね、私の学校の秘密ですとか」
「弱っていたみたいですが、最近お元気な様子ですしお話してくださると宜しいですわね」
私が入学した当初から、消えていた女神像。
もしかしたら、もう彼女の側に行ってしまったのでしょうか。
でも未だかもしれませんね。決めつけはいけません。
希望を持ち続けた果てに、女神像に押し潰させて3回の人生分の恨みを受け止めさせればいい。救い無き残酷な人生を繰り返せばいい。そう思っていましたけど、気が変わりました。
次の残酷な人生の前に役に立って貰わなければ。
父がこんな愚かな犯罪を犯すなんて、思わなかった私の落ち度です。でも、リカバリーのしようが有るのでは?
彼女の2回の生を巡ったお話を聞いて、メアリさんのお話を思い出して考えました。
……女神像は、どうやら彼女が命の危機に追いやられ、心底恐怖して、怯えないと……押し潰しに出てこないようです。今、僅かな希望を抱いている内は、出てこないでしょう。
私の『前の人生』から、此方に放り出してくれたらしい厄介な女神像。
ええ、それについては恨みません。今の私、不破ミズハは母を救い、彼の故郷へ帰りたい想いを叶えたい。
願いと引き換えには代償が必要ですよね。
女神像のお気に入りである轟エミリを筆頭に、生け贄を捧げてあげましょう。
もう幾つか差し上げれば、私の願いを叶えてくれるかしら。
成功すれば、若君もきっとやりやすくなるでしょう。
役立たない侍従としての、最期のご奉公にしてあげます。
メアリさんも、電波な姉が居なくなれば、きっと持ち前の明るい優しさで学園に馴染まれるでしょう。頼りない山葵様に目を掛けてくださったようですし。
母の意思を確認できないのは残念ですが、時間が惜しいので、成功させてみせます。
『轟エミリ』が『リミエ』であった時に、神様に命を捧げさせたのは『王子様』の幼い息子、『ディヴィット・ジェンナール』のひとり。
『ミエコ』で有った時には、結果的に私を含めた8人の命を事故を通して捧げたことになるのかしら?
『ミエコ』が不幸にしたひとは、もっと沢山?
頭数が必要?それともこの世から消え去ると言う恐怖と絶望が必要なのかしら?
祈りよりも生け贄をご所望な、神様のようですものね。
「看護師さん、お友達と一緒にお出掛けがしたいですね」
「外出ですわね、じゃあ着替えましょうか」
消えた頭の傷が、何故か振り返したように痛みます。
生け贄を捧げるなんて、残酷なことはしないで?
罪を犯しても人はきっと償えるのよ。
お母さんも貴女も生きているじゃない。復讐なんて貴女にとって良くないわ。
さあ、『私』を許しなさい。
『私』だけでも許しなさい。
お前が愛と許しを与えれば、『私』は救われるのよ。
私、……はもう、痛いのは嫌なのよ!
聞いているの?お前はそれでも『私』の……なの!?
誰の声なのでしょう。不愉快な御為ごかしが聞こえますね。
「サポートキャラに悪役令嬢の魅了は効かない」をお読みの方には、謎の声の正体がバレバレですね。




