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悪役令嬢は召された彼を還せない  作者: 宇和マチカ


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隠された座敷牢と、油断

お読み頂き有難う御座います。

ミズハがとある人物を訪ねます。

「此処から出してよ!!ねえ!何でもしてあげるから!」


 換気されない湿った空気に漂う、黴と朽ちた木と鉄の臭い。

 この臭いは暫く鼻から、脳裏から消えないんです。

 相変わらず掃除が行き届いて居ない、古くて湿った部屋の壁には、褐色の汚れに何かで引っ掻いたような痕。

 床は所々腐った畳の異臭が漂っていましたが、流石に撤去されたようです。


 女の怒鳴り声が途切れると、ジジ、ジジジと、まるで死にかけの虫の鳴き声のような音が聞こえます。こんな音を立てるのは……LED照明とは程遠い昔の、天井に張り付く白熱灯でしょうか。照明迄も旧式で、古びているのに未だ廊下を点滅しながら照らしています。光が途切れそうで途切れないのは、とても不思議ですね。


 そして、一緒に悲鳴のように荒く金属の擦れる音も響いていますね。

 昔、私も似たようなことを其処で叫んだ事があります。

 あれは、幾つだったでしょうか。


 若君が怪我をした『責任』

 数多の大人が見守りながら負った、厄介払いされていた祖父母宅から戻ってきたばかりの若君の掠り傷。

 その、取って付けたような『跡取り様』への責任を取れと言われたのは幾つだったでしょうか。


 放り込む父親の顔が嗤っていた事まで、思い起こされます。

 彼は今、母屋で酷い目に遭っているのですけれど。

 その前に、此処に居て貰っても良かったかも知れません。


 元々は『都合と世間体の悪い山茶花坂家の穀潰し』が住まわされ、古くなってからは『躾のなってない使用人』が放り込まれたんでしたよね。


 全身が泥濘み、目を塞がれ、腐り落ちて沈むような感覚に陥るこの座敷牢に。


「誰っ!?誰でもいいわ!こんなこと犯罪だと思わないの!?」


 本来は埃しか舞い上がらない筈の床に、ジャリッと水を含んだ足音が。

 どうやら基礎がヒビ割れ、近くの水道管も漏れて浸水しているようです。


 趣の有る旧い建物とは耳に優しい言葉で。

 現実は、碌にメンテナンスを行わない、新しいものを詰めこんだ張りぼて。


 詰めこみ方もぞんざいで、割れてしまう物も有るのでしょうね。

 私に冤罪を向けた、壺のように。

 無理矢理詰めこんで壊して、弱いものに罪を着せる。


「早く私を離してよ!!警察に突き出してやる!」


 私が此処から出されたのは数時間後。


「助けて私の王子様!!早く、早く来て!!」


 彼女が捕まったのは、3日前と聞きます。

 余程体力が有るのですね。


「私を早く、迎えに来て!!此処は放棄するから!!王子様の元へ連れて帰って!!分かってるのよ!!女神像でしょ!!早く現れてよ!!」


 叫び声が、大きく響いています。

 ですが、此処の音は外には漏れないのですよ。

 だから、過去には忘れ去られて餓死者を出したことも有るとか。

 不幸にも痛め付けられた屍が横たわっていた場所なのです。


「早く、女神像!!」


 しかし、女神像とは。

 彼女は女神像によって何処からか連れてこられたのでしょうか。

 此処ではない何処からか。

 ……事故で殺されたという、私のように?

 それとも、転生ではなく、転移?


 少し、お話を伺いたくなりました。

 どんな行いをしてきたのでしょう。


「何でも話すから!!早く出てきてよ!!この私が命を懸けてやるってのよ!?早く助けて!!」

「そうですか。命を」

「ヒッ!?」


 薄暗がりなので、向こうからは私が見えないかもしれませんね。

 檻の向こうには、古びたカンテラが有りますが、照らせる範囲は一畳程の弱い光。

 私の姿を確認するまで届かないでしょう。


「な、誰よ。アンタ」


 そのカンテラの油はとても少ないので、3日程しか光を保てません。

 以前、備品係の方が零していたのを覚えています。


「誰でも宜しいではありませんか」

「誰なのよ!?悪役令嬢!?そ、それともヒロイン!?これだから主役ぶった奴等は嫌なのよ!ふざけんじゃないわよ!!」


 主役ぶった行いをこなして来たのは、他でもない貴女でしょうに。

 ですが、確かに一度お会いした声だけでは分からないようですね。


 そして、自らの妹さんを『ヒロイン』とは。

 この方は現実と妄想との違いが分からなくなって混じっているのでしょうか。

 そもそも、最初から正気でないからの行いかもしれませんね。

 20年程此処で生きていても醒めない夢の中にお住まいだと言うこと。何と言う恐ろしい呪いを受けたのでしょう。


「私を嘲笑ってるの!?私を誰だと思ってるのよ!!あたしには女神が付いてるのよ!!パパに言いつけてやる!!」


 貴女のお父上は、普通の勤め人であり貴女を救い出す力なんて持っていません。

 ですが、傍若無人に振る舞う貴女を慈しんで疲弊されてきた方の筈。

 一体何時の記憶を語っておられるのでしょうね。


「あなたは何方なんですか?」

「はあ!?知らないの!?あたしは、リミエ……いや違う、ミエコ!!エミリ!!」


 3つの名前。

 この方は2回転生か、転移を繰り返されたんでしょうか。


「お可哀そうに。混乱なさっているんですね」

「混乱なんかしてないわ!!あたしは正気よ!!」

「そうですか。名前を沢山お持ちの貴女は正気なのに此処に入れられてしまったんですね」


 私が声を掛けると、その汚れた頬から下に敷かれた茣蓙に涙が滴り落ちていました。


「お辛かったでしょうね、王子様がお迎えに来られない現実は」

「っく、ひっく」

「私なら貴女をお救いできるかもしれません」

「嘘よ、あんたあたしを騙す気でしょ」

「まあ、怯えておいでですね。以前に貴女を助けてくれたひとはおられないんですか?」

「そんな奴、居ないわ!!皆あたしを恨んでるのよ!!」


 よく自分の状況をご存知でいらっしゃいますね。

 きっと、リミエであり、ミエコで有った時も勝手な振る舞いをなさっていたんでしょう。


「過ぎてしまったことは、取り返しがつきませんもの。今と未来に目を向けましょう?」


 きっとこの方の過去は恨みに満ちているのでしょう。煮え滾った憎悪が待ち受けているに違い有りません。

 償いとは、被害者である相手が諦めること。

 きっと諦めない方が沢山いらっしゃることでしょう。それこそ、3つの過去を忘れていない彼女の為にそれぞれが抱えておいでのことでしょう。

 ああ、楽しみです。

 一体どんな目に遭われるのでしょう。


「私を助けてくれるの?」

「未来に向けて頑張りましょうね。今は、もう少し耐えられますか?」

「……が、頑張る」


 前向きで素晴らしいことですね。

 拍子抜けな程です。

 それから私は、彼女の身の上を3つ分伺うことになりました。


「荒唐無稽だと思わないで。本当なの。エミリは、女神に愛されてるから救われるの」

「そうですね、きっと救ってくださることでしょう」

「あなた、もしかして女神なの?だからこのタイミングで来たの?」


 期待に満ちた、轟エミリの声に思わず微笑みたくなりました。

 とても希望に満ちています。先程の絶望に沈んだ金切り声とはとても違っていて。


「貴女を励ませて良かった。また来ますね」


 きっと次にお会いする時はもっと困った事態になっているでしょうね。

 諦めずに希望をお持ちで居て欲しいものです。

 元々プラス思考のようですし。


 ですが、どうして前の記憶を少しは引き継いで居るのに繰り返されるのでしょうね。

 貴女の王子様は、貴女のものにはならなかったんですよ。

 何故、覚えておられないのでしょうね。




「おいミズハ!!お前何ウロウロしてるんです!?見舞い行ったらって……その髪!!」


 そのお声を聞いて、ふと耳元に手をやると、中途半端に削ぎ切られた髪が手に刺さりました。

 私が倒れていた時、削ぎ取られたようなのです。

 だから、病院の理髪室でバッサリと切って貰いました。

 そのギザギザした髪を隠すように切って頂いて……肩より上の、ショートボブになっているのですね。


「ふふ、今なら三和さんの方が髪が長いですね。似合いませんか?」

「に、似合いますけど……何なんですお前、何かこう、吹っ切れてません?」


 少し背の高い彼を見つめると、灰色の髪に包まれた白い顔が少し赤らんでいます。

 そうですね、少し吹っ切れたかもしれません。


 彼女のお話を聞いてから、彼の正体がぼんやりと分かったような気がします。

 そう、見たことが有る筈です。何故か見たことの有る彼とは似ても似つかない容姿でしたので、考えもつかなかったのですが。

 恐らく、彼は。


「ねえ、三和さん。いえディ」


 向き直って、空色の目を見つめたその時。

 大きな悲鳴と怒号が響き、私の横を大急ぎの看護師さんや、お医者さんが走り抜けて行きました。


「あっ!!不破ミズハちゃん!!」

「え?」

「貴女、何処に行ってたの!?」


 私を担当したことの有る看護師さんが、血相を変えて私に詰問しました。


「ええと、理容院です。この病院のお店の……」


 正確に言えば、連れ出して貰ったのは理容院だけではないのですが。部屋からの外出許可はちゃんと取ってあるので文句を言われる事は無かった筈です。


「理容院に!?ああ、良かった貴女だけでも無事で」


 貴女だけが、無事。

 そのただならぬ言葉に、ふらつく体を支えたのは三和さんでした。


「何が有ったんですか。私、ミズハちゃんの友人です」

「駄目、部屋に戻っては!!こっちに来て!!」


 私の部屋へ繋がる廊下に集う、白衣の人々や制服の人々。

 その隙間から、どろりと廊下へ……溢れる、液体は。


「もうお前しか居ないんだ!!私には、お前しか要らないのに!!」


 幼い頃から聞き慣れた、身勝手な怒号。

 ああ、まさか。


「伯父さん!!止めて!!其処までしなくても良かっただろ!?」

「……あの、クソチビ腰巾着……!!」

「お願い君達!!収まるまで此処に居て!!危ない!!」


 ……どうして。

 もう少しだったのに。

 ああ、先にそっちを片付ければ良かった。









勿論、頭部外傷で病院担ぎ込まれた後にホイホイお外へ出てはいけません。フィクションですのでご容赦を。

因みに当シリーズの悪役令嬢に『何でもする』は禁句です。愛されていても嫌われていても禁句です。ドエライ目に遭います。

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― 新着の感想 ―
[一言] み、ミズハさんや。シリアスしてるところアレなのですが、名前が3つあったら転生は2回かと思うのですよ……
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