垣間見た蝶々と、蒔いた悪意
お読み頂き有り難う御座います。
夢うつつなミズハから始まります。
夢にとある親子が出て参りますね。
「ディヴィット・ジェンナールは見付からない。だろうね」
「父上……」
ぼんやりと、見える。
其処には赤い髪の親子が居た。
顔は、白く光り……ぼやけてよく見えない。
「……はザマアミロだけど、……夫人か。彼女は気の毒だね。身重らしいし」
「皆、泣いていました。ご夫妻を必死で慰めてました」
「ふーん、暇なことするね」
「……陛下や、……殿下。鳥の殿下や、妃殿下も必死で」
「そういや、ディヴィットには……の隠し子説も出てたっけ。草原の血って凄い話だ。まあ、夫人が鳥番を口説いてた時期も有ったからね」
溶けるように甘い声が、何も知らぬ心をも苛むような辛辣な言葉を紡いでいる。
聴いたことが無いのに、平伏したくなる支配的な甘い声が、脳を揺らす。
彼の言葉なら、どんな残酷な事でも従えそうな狂暴な方向へ、持っていかれそうになる。
「父上。滅多なことは仰らないでください」
「事実だよ。何なら他で聞いてみるといい。裏付けは大事だしね」
「……おれ、別に知りたくないです。ディヴィットが心配で、それどころじゃ」
子供は口ごもって首を振った。
しかし、父親はその返答に納得してはいないらしい。
「ふーん。それでも調べておいで。お前は、この僕の跡継ぎなんだから」
「解って、ます」
「僕と……が居なくなれば、お前が姉を守るんだよ。あれの息子じゃなく」
紅い、蝶々がヒラヒラと。
親子を覆い隠して、飛んでいく。
紅い、キラキラと揺らめく粉を撒き散らしながら。
虫は嫌い。
なのに、あれは何?
心から恐ろしいのに、何故懐かしい?
悍ましくすら有るのに、奥底から沸き立つような、懐かしい気配がする。
血や、記憶、もっと底から湧き出るなにかがせめぎ、蟀谷が、脳が疼く。
目が、合った。
凍り付くような、目と。
「成程、これが『神の覗き見』か。
不愉快だね」
瞬く間にチラチラと火花が散って、集まって、燃え盛る。
視界が、焦げていく。
「消えろ。お前の領分から出てくるな。ディヴィットを救いたいなら、自分でやれ」
視界が燃え広がって、溶けていく。
熱い。この蝶々、炎で出来てるんですか?
チラチラと火花が、炎が……!
救いたい、とは。
その人は誰ですか?
「不破ミズハさん?検査が終わりましたよ」
「……」
白い服の女性が、私を覗き込んでいます。
此処は……。
見慣れない白い天井に、大きな機械。
「顔色が良くないですね。気分が悪いですか?」
「い、いえ」
気分は、悪くないのですが。
強烈な熱の塊を、ぶつけて、逃げられないように被せられた気がします。
「汗をかいてるわ、暑かったかしら。空調を下げれば良かったですね」
「は、はい。熱、くて。御免なさい」
気付いたら、頭から水を被ったように汗まみれで、検査着は汗びっしょりでした。
変な夢。
あの、赤い夢は、何だったのでしょう。
甘い声なのに恐ろしい男性と、子供の声は。
「そうだ、お見舞いの方かしら?検査室の外にお待ちの方がいらしてましたよ」
ビク、とひとりでに肩が揺れました。
確か、私への面会謝絶にして貰ってる筈なのに。一体誰が。
「どんな人ですか?」
万が一父やヒモトなら、事情を話して他から出して貰えるようお願いしなければいけません。
見つからないように、戻らなければ。
正直、今のコンディションでは彼らと対峙することは出来ないでしょう。
体力的にもメンタル的にも、万全でありたいのに。
夢に振り回されていては、いけませんのに。
「若い女性でしたよ。大学生かしら」
「……」
成程、もういらしたんですね。
よろけていた私に、検査室にいた技師さんは車椅子を用意してくれました。
ゆっくりと、外に出ると……紺色のストレートロングの女性が微笑みかけて来たのです。
見慣れないお姿です。
ですが、私は彼女を知っていました。
かつて、若君に山茶花坂の一族内外からお見合いが殺到した時。2年程前でしょうか。
色んな方がおられました。
綺麗な方、大人っぽい方、無邪気な方。本当に色んなタイプの同年代のお嬢様です。
若君の反応が芳しくなかったからでしょうか。
皆さん例外を除いて私を敵視して来られました。
私は、若君への恋情なんて持ってないのに。
異性が侍従だという事実は、お嬢様がたをとても攻撃的な気分にしたようです。
あの時は受け流すしかありませんでしたが、中々に嫌なものでした。
そう言えば、それに気付いてくださったのでしょうか。若君がお見合いを受けなくなられたのは。
今となっては分かりませんが。
紺色のストレートロングを揺らして近寄ってきた女性は、私の背後に回り、当たり前のように車椅子を押しました。
検査技師さんへの挨拶も恙無く。
本当の身内のように、献身的でした。
エレベーターホールに着くまで、何となく無言を貫いていました。
我々以外乗員が居ないエレベーターに入ると、私は口を開きました。
「以前お会いした感じよりも、落ち着いたお召し物ですね。よく、お似合いです」
「ふふ、TPOに合わせませんとね」
以前にお会いした時は、今とお立場が違いました。
「あの時のお嬢様はお元気ですか?」
「ああ、あれは従妹に当たりますの。今はお気の毒に、少しばかり不自由なお暮らしをなさってますわね」
ですが、彼女だけだったのです。
私を丁寧に扱ってくださったのは。
軽やかな音と共に、最上階への扉が開きます。
此処は、談話室とは名ばかりの少しばかり椅子が置いてあり、自販機が1台。
「お久しぶりです御座いますわね。私の事を思い出してくださり、歓喜に堪えませんわ」
「ご期待に添えましたなら、何よりです」
私は、若君の影に控えていた侍従。
あちらは、召し使いのように扱われ、はしゃぐ子供のお守りを仰せつかった女性。
何時もの通り設えられた、お見合い現場。
若君は全くやる気を起こさないのも何時も通り。
何時ものように相手の女性は癇癪を起こし、若君に見えない所で私に当たる。
あの時は、帰宅する度にテンプレート通り繰り返す毎日でした。
忘れたいと思っていましたのに、ありありと思い出せますね。
「ご連絡を本当に有り難う御座います、ミズハさん」
「スズシさん、でいらっしゃいましたね。此方こそ、私の願いをお聞き届け頂き誠に有り難う御座います」
違いましたのは、この女性。
優しさと、下心を持って。私の窮地をを少しだけ、逸らしてくださいました。
「何かありましたら、ご相談に乗りますわね」
ですので、連絡先を預かった時に書き留めてスマホにも入れておいたのです。
「手段を選ばず、利用することになっても構わないのでしょうか」
「ええ、どうぞどうぞ。ご厚意には報いますわよ」
いい方だ、と決めるには時期尚早かつ判断材料に乏しい。
ですが、私は決めたのです。
父や、あの家に報復することを。
私は頭をぶつけて変わってしまったのでしょうか。
対価に、若君と山茶花坂の家を差し出すことに。
何の躊躇いも残ってはおりませんでした。
まるで、先程見た恐ろしい甘い声の持ち主のように。
残酷な行いも、物言いも。出来る気がするのです。
誰かの手を使うの、悪役令嬢ぽいですね。




