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悪役令嬢は召された彼を還せない  作者: 宇和マチカ


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山茶花坂牡丹の岐路と選択

お読み頂き有難う御座います。

山茶花坂邸にて、三人称でお送り致します。

新キャラが出てきます。

 山茶花坂邸、1階。

 鶯張りの廊下がキシキシと鳴らすのは、薄いパーカーを着込む、オレンジ色の髪に黄色の目をした少年。

 幾度か逡巡した後、ゴクリと唾を飲み込み、とある部屋の前で立ち止まった。

 彼の名は山茶花坂山葵。この家の住人で、この部屋の主の弟である。


「兄ちゃん……」

「あー」


 辺りを見回し、誰も居ない事を確認してこそっと声を掛けると、疲れた声が応答した。

 返答が聞こえてからも躊躇い、ソロソロと横開きの扉を開ける。

 中では、兄が何故か大量の座布団に埋もれて、座っていた。


「聞いたわ。ミズハが暴漢に襲われてんてな」


 遠くでは、そのミズハの父親の大声がする。

 どうやら他の使用人へ当たっているらしい。自宅にも関わらず居辛いことこの上ない。

 仲違いして近寄らないヒモトの目を盗み、山葵は兄の部屋へ滑り込んだ。

 以前より余り代わり映えはしない畳敷きの部屋だが、珍しく箪笥の横に大きいバッグがふたつ置いてある。

 山葵は座布団に埋もれそうな兄を避け、前に座った。

 ひとつ、座布団が放り投げられるのを受け取り、ノロノロとその上に座る。

 兄の様子は変わらないようだ。

 幼い時からの侍従のミズハが襲われたというのに。

 だが、山葵は彼を詰りに来た訳ではない。


「そう、みたいだ」

「変な喋り方せえへんのやね」

「……それどころじゃない」

「まあ、せやけど」


 厨二病な言葉だって、最初は親に構われず寂しくて目立つ為に色々言っていたが、結局更に疎まれただけだった。

 それでも意地で使い続けていたが、苦笑いして受け入れてくれていると思ったヒモトにも嫌われていたのが判明して……そして、あんな暴言に、疑惑。

 胃を握りつぶされるような痛みを堪え、山葵は暗い顔のまま兄を見た。

 怠そうな黄色の目は変わらないが、同じオレンジ色の髪は何時もと違ってクシャクシャだった。兄は悲しんでいないのかと思った山葵は何時もと異なる様子に、先程変わらないと思った事を後悔した。


「ミズハが襲われたの、僕のせいだろうか……」

「何か思い当たる節でもあるん?」


 兄に問いかけられ、山葵は言葉に詰まった。

 何と言っていいのか分からなかったのだ。

 だが、目線で促されて、恐る恐る重い口を開く。


「ヒモトは、ミズハを好きだから、かも」

「アレが?あんなんが?ホンマに?身の程知らずやなあ」

「い、一応イトコだし……身の程知らずってのは」


 あんなに蔑まれたのに、何故かヒモトを庇うような言葉が出ていた。

 そんな山葵に、牡丹は首を振る。


「イトコ同士って血ィ濃いやん。おまけにあんなんにミズハをやる訳にはいかんわ。おばちゃんの二の舞になる」


  兄の吐き捨てるような言葉に、山葵は息を飲む。

 兄は、ミズハが妻に省みられない父親に恨まれ、蔑ろにされていたのを知っていたらしい。


「……兄ちゃんも知って……。いや、僕も知ってたのに、何もしなかったから」

「不破はミズハをイビってたやろ。

 ……前、親に言うたんや。せやけどアイツ等……面倒かったんやろな。『私達に仕える者は滅私奉公しなきゃ』だった」

「……言いそうだ……」


 楽しいことが好きで享楽的な両親。

 その為誰かの面倒を見るどころか、気にかけるのすら大嫌いな人達だった。

 世話をさせるのが当然。その者達のケアなんて関係ない。そう考えているのが長じるにつれ、山葵にも何となく分かっていた。

 息子である自分達との交流すら、気分で放棄するような人間だ。


「まあ、それも終わりやね。この頃帰って来おへんやろ?」

「え、旅行に行ってたんだね?そろそろ帰って来るんじゃ」


 この件で顔も合わせたくなくなってきたし、嫌だけど、仕方ない。納められはせず、余計にひっくり返すのだろう。どうしたら。

 山葵はそう思って恐怖していたが、兄は楽しそうに手を左右に振った。


「ああ、もう来おへん」

「え?」


 兄の言葉は、関西弁でもあるから難解だ。だが、何となくニュアンスで言葉を当てて……山葵はポカンとした。

 両親は、もう来ないと言った、のか?


「来な、い?」

「旅行先で崖崩れが有ってなあ。Wi-Fiも電波も中継地点が壊れてしもてんて。ハラハラビクビクしながら別邸にお隠れ頂いとんねん。可哀想やね」


 可哀想とは全く思ってもいないような目を細め、狐のような微笑みを牡丹は浮かべていた。

 何故そんな事を兄は知っているのだろう。

 ヒモトからも、不破からもそんな大変な事は聞いていない。そんな一報が有れば、当主お大事のこの家は大騒ぎになっている筈だ。


「親戚のオッサン共になあ。手え貸して貰ってん。家督簒奪?クーデター言うやっちゃな」

「さんだ……!?クーデター!?」


 聞き慣れないにも程がある単語が、山葵の脳髄に響いた。

 こんな、凝り固まった家で、そんな馬鹿な事が、起こりうるのだろうか。

 誰が一体、そんな事を許したのだろうか。


「オッサン共が手を貸したって……誰が!?」


 山茶花坂の親戚筋は、良くも悪くも現実主義で現金な人間達だ。夢見がちもロマンティストも全く居ない。

 間違っても義理や人情お涙頂戴で動く訳はない、そんな一癖も二癖も有るオッサン共だ。そんな人達なのに、手を借りたとは。


 魑魅魍魎なのはよく知っている。一体、兄は何を対価に家督簒奪をしでかそうとしているのか。山葵は震えが止まらなかった。


「兄ちゃん、一体何を対価に」

「結婚」

「……は?」


 聞き慣れない言葉が聞こえたので、問返すと牡丹はゆっくりと言い直した。

 何時もと違うニヤニヤ笑いをずっと貼り付けながらも。


「親戚筋の娘をひとり、ボクの嫁に迎えたんや」

「……いや、兄ちゃんまだ17で、け、結婚!?」

「イイナズケ言うん?それやけど、厚木スズシ言うねん」


 混乱する山葵の記憶には、そんな親戚は居なかった。

 息を整え、心臓がバクバクするのを抑えるも、全く心当たりはない。


「えっ、厚木?え、スズシ?知らない……」

「まあ、半端もの厚木をご存知でない?」


 その時、鈴を転がすような声が掛かる。


 何時の間にか引き戸は開け放たれ、スルリと躊躇なく足を進めるのは、知らない顔だった。

 ショートカットの金髪に、付けまつ毛が青紫の目をビッシリ覆い尽くす元が解らないメイクの施された顔。

 開けすぎた開襟シャツに、太腿が丸見えの短いスカート。

 何処の学校なのかは分からないが、女神学園ではお目にかかれないタイプの、絵に描いたようなギャルが出て来た。


 いや、そもそも親戚所か、近隣にもこんなタイプは居ない。箱入り育ちの山葵は、ギャルをテレビでしか見たことが無いのだ。


「本当に誰!?」

「変装中にてご容赦くださいまし、山葵様。いえ、義弟殿?」

「どっちでもええよ。山葵、コレがスズシや」

「厚木五行の次女、スズシで御座います」


 ギャルの見た目の割に、抑えた声といい、所作といい物凄く礼儀正しい。他の親戚筋の女性、でも中々ここまでのレベルは居ない。

 だが、怪しいものは怪しい。かなり怪しいが、座布団に凭れながらも横に座る兄は落ち着いたままだ。

 山葵は引く心と心臓を押さえつけ、兄と女性に向き直った。


「……こ、こんなひと、親戚に居た?」

「警察の偉いさんの上峰おったやろ。あのジジイの五男の家やて」

「ええ、あの乱痴気騒ぎジジイが使用人に手を付けて放置したんです。今も昔も端金と口だけ出してくるのですわよ」

「……兄ちゃん、えっと」


 それは気の毒だが、何故此処に居るのか。

 居心地の悪さを伝えようと、山葵はアワアワと兄に視線を向けるも、聞け、と目線で促される。


「わたくしの父は警察OB……と言えば聞こえは宜しいですが、クソジジイのシンパにハメられて追い出された過去を持っておりまして」

「えっと」


 しかもいきなり暗い話を披露され、面食らった山葵は口を開閉させる。そんな様子に、女性、いやスズシはクスクスと顔に似合わない忍び笑いを漏らした。


「それで半端もの扱いされておりますの。うふっ」

「そ、そうか。何処の家も大変なんだね」

「お優しいですわね。それで、そんな鼻つまみ者な当家に来る筈の無い縁談に疑問をお持ちですわよね?」

「他の上峰の孫、なら見合いはしたしなあ。何やあの金目当ての」

「ああ、長男の娘ですわね。乃穂だったかしら」

「よお知ってんな」

「うふっ、牡丹様のお話なら、何でも」


 ぎらり、と兄を見る青紫色の目が、強く光る。

 まるで捕食者のようだと山葵は怖気を覚えた。

 大体、この女性は一体何者なのか。名乗られはしたが、山茶花坂に気安く入ってこれる身の上では無さそうだ。

 仮にも名家なので、見回りの警備員が居るのだが……。


「山葵、スマホ持ってるか?出しい」

「あ、うん」


 上着に入れてあったスマホを出すと、牡丹はスズシを呼んだ。


「スズシ」

「はい、少々お待ちくださいませ?」


 テキパキとタブレット端末を出し、ケーブルで繋いだかと思うとものの一分程でスマホを返却された。


「えっ、何かした!?」

「大したことはしてませんのよ。個人情報と電話帳に履歴を少々。他の端末に移し替えないといけませんからね」

「えっ」

「ほれ、コレ持ちい」

「わっぶ!?」


 突然大きい鞄をいきなり腕の中に落とされ、山葵は面食らった。


「安心し、山葵。コレはギブアンドテイクな契約や」

「ええ、そうですとも義弟殿。なーんにも心配は要りませんのよ」


 スズシがタブレットを提げていた鞄に戻すと、スカートの裾を直し、立ち上がって微笑む。


「表側裏側を探り、後ろ暗い様を晒すのが我が家のお仕事。主に探偵業や便利屋を営んでおりますの。夜逃げのご相談も24時間365日承っておりますわ」

「えっ、裏社会の人!?」

「そもそも名家自体が裏取引にビッタビタやんか」

「左様にて御座いますわ。我が父は不遇を乗り越え、暗がりをお譲り頂いて継いだに相違ありませんの」


 さあさあ、と右手に牡丹、左手に山葵の手を握り、廊下へ引っ張り出す。

 あまりの大胆さに肝を冷やす山葵だったが、何故か庭は静かだった。

 何時も見回りの警備員が居る筈なのに。


「兄ちゃん、ミズハが好きなんじゃ……」


 何故、スズシと結婚を約束したのか。

 助けるにしろ、別の方法が有ったのでは無いか。

 思わず漏れ出た言葉が聞こえたらしく、牡丹の捻り出したようなボソッとした返答が有った。


「ああ好きや、アイツは、侍従やからな。ボクのやから助けるのは当然や」


 思ったよりもガチめなトーンに、聞いた山葵が何故かいたたまれなくなり慌てた。


「こ、こう言ってるけど、いいの?スズシ、さん」

「幼い時からの絆に早々勝てませんわ。ですけれど」


 ぎらり、と、分厚い付け睫毛の奥の青紫が煌いている。


「ずっと狙っていた方ですもの。お呼びが掛かれば、参上してかっ拐いますわ」

「に、兄ちゃん本当にいいのか!?」

「ええゆーてるやろ」


 戯れる兄弟に、スズシは微笑んだ。


「うふっ、ミズハ嬢ったら、こんなお顔を牡丹様にさせて迄、しかもヒモト君を無意識に壊してしまって。悪女の素質お有りですねえ」


 そして、山茶花坂山葵は、事情説明も碌にされないまま、兄の牡丹と共に行方を晦ました。

 誰にも姿を見られず、監視カメラにも引っ掛からず、である。






若君も反撃に本腰を入れたようですね。

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