娘以外、最早何も期待はしない
お読み頂き有難う御座います。
担ぎ込まれたミズハの元へ駆けつけるお母さんの一人称となります。
「私は父親だぞ、娘に会わせろ!!」
「病院内で騒がないでください!!」
「こんな所に入っていたら世間が何と言うか!!引き取るから早く退院手続きをさせろ!!」
ああ、イカれた奴が喚いている。
変えようと頑張った事もあった。徒労に終わったけれど。
何故、この男はこうなのだろう。そして、何故あの時絆されてしまったのか。
役所や弁護士事務所を回り、離婚の相談をする。スマホの解約は娘と一緒にした方がいいか。
もうすぐ授業も終わるだろう。裏門で約束しているからそろそろ迎えに行かなければ。帰りに携帯ショップと晩御飯の買い物を一緒にしよう。
あの忌々しい結婚生活でがんじがらめになり、動けなかった日々。殆ど取り上げられたに等しい娘と買い物なんて何年ぶりだろうか。今日のおかずは娘のリクエストを聞いて、好きなものにしよう。やはり、ふたりで食べるのは美味しい。
色々計画しながら、娘の通う女神学園の方向へ足を向けた途端、スマホが鳴った。
反射的に録音ボタンを押し、通話ボタンをタップする。
娘の通う学園からだった。
娘が襲われた!?信じられない言葉が耳に入ってきて、よろめいた。
暴漢に襲われ、どうやら花壇で頭を打ったようだ、と学校からの……。
目の前が真っ白になった。
此方が頭を殴られたようにクラクラする。
一体誰だ。誰が、暴漢になった。
所有欲だけは人以上の夫か、歪んで育った甥か。管理能力の著しく欠けた雇い主か。通りがかりの異常者と言う可能性もある。
それとも、あのくだらない奴らの場所から悪しき者が来たのか。
今は分からない。
誰だ。誰が私の娘を害したのだ。
「朝から不審者が彷徨いていました。娘から何か聞いていませんか」
そう聞くと、向こうでは面白いくらいに狼狽え、口籠った。
暫くの沈黙の後、恐る恐る小さい声で、有りましたとの返答。警察には娘が襲われてから連絡をしました、と。
つまり、報告を受けていて何の対策もしていなかったということか。眩暈が再び起こりそうになり、躓きそうな低いヒールの足をグッと踏み変えた。
無能共め、と罵ってやりたいところをグッと堪える。奥歯がギリ、と鳴ったかもしれない。
そう、電話口で争っても仕方がない。此方が録音しているように、向こうだって何か対策を立てていないとも限らない。
娘の学校に対し、母親の自分が友好的に接していない自覚はある。
未だ過失を認めただけマシな方かもしれない。許すことは出来ないが、怒りをぶつけるのは今ではないし、先に選択すべき行き先が有る。
「何処の病院ですか」
詰りたい気持ちを抑え、冷たい声でそう尋ねるのが精一杯だった。
悲しみと怒り、恐怖で足が震えるも、誰も頼れないのは分かっている。
やはり、娘の希望通りに今日は学校に行かせるべきじゃなかった。
「シイナ!?」
ほら、こんな邪魔者まで来てしまっている。
あの学校は本当に無能で頭痛がする。
あれ程、父親はミズハを虐待していると間接的にも直接的にも伝えたと言うのに、情報をアッサリ開示してしまった。
何処が良家の子女の為の学校なのか。
いや、良家の子女へはプライバシーを守るのかもしれない。ということは、仕える子供……つまり、名家の子供のオマケは放置……。有り得る。
「不破ミズハの母親、不破シイナです」
「あ、お母さん……」
喚く夫を無視し、彼に対応していた看護師に声を掛けると、ホッとした顔を向けてきた。
何故か夫も私に対して笑顔を向けてくる。
一貫性の無い様に以前はイライラしたものだが、もう何とも思わなくなった。この男の情緒不安定さは死んでも治らないのだろう。
「シイナ、遅かったな」
「不破さん、離婚調停申立書は届きました?娘には近寄らないでください」
「シイナ!?」
「不審者に襲われて怪我をした実の娘を連れて帰るなんて、非常識を言う方とはお話することはありません」
また喚くのだろうかと身構えたその時、後ろの方で場違いな拍手が起こった。
振り向くと……女子高生がふたり?
片方はともかく、何処かで見たような顔と色合いだが……。いや、思い込みと偏見で見るには早い。
「ミズハのお母さん、流石」
「おおおおい琴子ぉ!!もうちょい引っ込んでよおおおおよおおおお!!」
もしかしてこの子達がミズハの友達だろうか。
……朝に裏門から来るようにと教えてくれたという。
「何だ貴様らは」
「不破さんに付き添った同級生です」
「どうせ山茶花坂の威光に群がる者だろう」
関係のない子供達にまで、何処までも不愉快な。
夫が更に悪態を吐こうとしたその時、スマホが鳴った。
……病院では切っておけばいいのに。本当にコイツは人にマナーがどうのと言える性根じゃない。
それなのに偉そうに振る舞える立場を与えた山茶花坂の者達……吐き気がした。
どうやら顔が強張っているらしく、ピンク色の髪の女子高生が怯えたように私を見ていた。
……是位で怯える?性根は……あの女じゃない。当たり前だ。
どうも、あの悪夢に囚われている。
「はい、では直ぐに戻ります。シイナ、後で話そう」
厚顔無恥にも堂々と電話に出て、夫はそそくさと帰っていった。
もう弁護士には依頼した。お前と直に話すことなんて無い。
そう言ってやろうかと思ったが、余計に激昂するに違いないので口をつぐんだ。病院では静かにしないといけない。
看護師は入院の書類を持ってきますね、とそそくさと席を外してしまった。
「……何か、ガチタイムリーな退場だったね、ミズハちゃんのお父さん……怖いよ」
「あのオッサンがナースステーションでガチャガチャ言ってる時に、山茶花坂弟君に連絡しました。通話しなきゃスマホ使って良いらしいですし」
何と、灰色の髪の女子高生があの男を退ける為、手を回したらしい。
ピンク色の髪の子に比べて華やかさには欠けるが、綺麗な顔立ちの子供だった。
此方も何処かで見たような風貌だが……いや、何というか、特徴を何処かで。
いや、今はそういう話ではない。
「君達、山葵坊っちゃんと知り合いなの?」
「今朝知り合いまして、後悔しているらしいので利用することにしました」
「後悔?」
後悔とはどういうことだろう。
山茶花坂の子供達は巻き込まれたということだろうか。
いや、未だ判断材料するには時期尚早。何が有ったのか確認出来ていない。
確認せずミズハと姿を消すのも手だけど……娘に友達が居るのなら、出来るだけ穏やかにフェードアウトしたい。
「ああ、はい。初めまして、不破さんのお母さん。三和琴子と言います」
「あ!轟メアリです!!!」
「ミズハの母の、ジ……シイナです」
……普通の、ちゃんとした子達らしい。
最近変な気性の者達とばかり会話していたから、つい気を張っていた。今、緩みかけたけど。危ない。
「あの、ミズハちゃんのお母さん。保健室の先生は一緒に来て、今、学校に電話をしに出ていますよ」
「そうですか」
あの学校の先生ね。果たしてどんな碌でもない言い訳をしてくれるのか。
考えるだに面倒臭い。
「ミズハちゃんは検査でベッドごとお部屋に居ないんです。少し、お話をしてもいいですか?」
灰色の髪の……三和さんと名乗った女子高生が儚げな笑みを浮かべた。
……この子、何だか他人とは思えないな。
そして私は、このミズハの友達から聞いた事実に……愕然とする事となった。
お母さんも色々有るようですね。




