離れ離れの主従
お読み頂き有り難う御座います。
攻略対象『関白』山茶花坂山葵とその『侍従』坂木ヒモトの言い争いからスタートで御座います。
「いい感じの仲違い加減で不穏な雰囲気ですね」
「ウオウオウオウ……。関白と侍従の会話イベが起こってる……。でもゲーム中とは凄く違う何でえ……」
会話イベント……。2、3には無かったように思います。いえ、4では少し有ったでしょうか。
主にサポートキャラのニックと攻略対象が喋っているシーンが多かったように覚えております。罪の無いクスッとするような日常会話イベントでしたね。さてはそのシステムの踏襲でしょうか。
それにしても、ヒモトの山葵様に対する様子がおかしいです。私を憎むのは……悲しいですがまだ分からなくも御座いません。でも、何故山葵様に辛く当たるのでしょう。当たる相手が違うと思います。何もしてこなかった身で、勝手ながらも憤りを感じたのでしょうか。気が付けば唇を噛みしめておりました。
ですが、此処であの事件の真相を確かめられるやも知れません。山葵様に申し訳ないですが、しゃしゃり出るわけには参りません。グッと我慢しなければ。
「大体、後出しでおかしいおかしいって煩いんですよ。その場で何で否定しなかったんです?」
「それはそうだが、狼狽えてたし……。ヒモト、お前この間からおかしいぞ!?どうしちゃったんだ」
「はあ……何を今更。あんたみたいイキッたな中二病に傅くのどんだけ大変か分かってます?」
「ヒモト……お前、僕がそんなに嫌だったのか」
冷たく突き放す言葉に耳を疑いました。信じられません。
何て心無い言い方でしょう。軽口を叩きながらも仲良くしていたあの関係は偽物だったのでしょうか。
あまり乗り出すと彼らに見つかってしまいますので、此所から詳しく覗くことは出来ません……。事情を探るのは、とても歯痒いものなのだと分かりました。
「チビヤカラの方がイキッた喋りですけどね」
「いやいや関白じゃねえ、山葵君、青醒めてるじゃんよ!!最後までちゃんと仲良くしてたじゃんよ!?あんな主人罵りイベント無かったよ!?」
「有るものが無くなり、隠されてたものが出てきたって事でしょう」
空色の瞳を細めて、抑えた声の三和さんは嫌そうに仰います。
三和さんの言葉は、ハッキリしているのに……時に抽象的でよく分かり難く掴みづらいです。
ええと、隠されていたものは、押さえ付けられていたヒモトの感情でしょうか。
そして最初の有るものが無くなりと言うのは?
もしや、女神像の事でしょうか。
「はっ、当たり前だろ。あんたらの世話を喜んでやってる人間なんて、マゾ下僕気質の伯父さん位だっての」
「お前……」
その父と組んで私を傷付け、ご兄弟をも傷付けているのは貴方でしょう!?
余りの暴言に堪り兼ねて、出ていこうとした私の腕を引っ張ったのは三和さんでした。
っ!?あ、バランスが!!
「っふ!?」
「……」
「!?……!?!!!?」
背中に体温と、胸の下に、締め付ける感覚が。
私を抱き締める腕の主は……女子生徒のブラウスですが、こ、これを着ている方でも、背中の感触的にも、立ち位置的にも、女子じゃ、轟さんじゃありません!!
わ、私……まさか、み、三和さんにだっ、抱きしめられて……!?
「だっ、誰だ!!」
いけない!!声を潜めていたつもりでしたが、土を踏み締めだ音で気付かれてしまいました!?
ああ、覗き見がバレてしまったようです!!
「何なんだ誰だ!!授業をサボって覗き見か!?そこの校舎の影にいる奴、出てこい!!我らを誰だと思っている!?」
ああ、慌てて口を塞ぐも時既に遅きに失したようです。
完全にバレてしまっています。ヒモトはああ見えて、気配に敏い方なのです……。私がミスらなければ隠れおおせていたのに。
ですが、我らを誰だと思っていると言った居丈高に威圧する言葉で、悲しくなりました……。あれほど山葵様を罵って居たのに。
結局山葵様の……いえ、山茶花坂家の威光を借りるのですね。
……何故そんなに歪んでしまったのでしょう。情けなくて悲しくなって参りました。
ですが、バレたからには仕方ありません。
私の汚名も返上されませんし、立場を改善出来はしませんが、山葵様への暴言を謝らさなければ。
そんな決意を固めた私を遮ったのは、可愛らしいお声でした。
「わっ、私だけど!?」
と、轟さん!?
あ、ええ!?ど、どうして!?
あっ、チラッと駆け出して行かれた轟さんの脹脛が、少し赤いです。も、もしかして三和さんが蹴られました!?しかも何故かおさげが解かれていましたよね?
思わず犯人……いえ、三和さんの顔色を確かめようと体を捻ろうとしたら、余計に抱き込まれました。
「ややこしくなります。動かないで」
「!!」
わ、柔らかい、優しい声が耳を擽ります……。
!!!!?!?
囁かれた途端、背中をゾクゾクと何かが走り抜け、顔に血が溜まるのが分かりました。
な、何故!?何なのですかこの感覚は!!
私、おかしいです!!
「貴様……轟エミリ。何でウチの制服を着てる!?」
え?轟エミリと言いましたよ。やはり、ヒモトは轟エミリと接点が有ったようです。
ですが、とても不安です。ふとしたことで別人だとバレないんでしょうか?
ああ、轟さんが心配なのに、直ぐに引っ込んだせいで様子が分かりません。
話から察するに、どうやらヒモトは轟さんをお姉さんの轟エミリと勘違いしているようです……。三和さんの思惑通りになりましたね。
ちゃんと聞かなければいけないのに、心臓が破裂しそうな音に殺されそうです。
「……ホントに騙されてーら……。ふ、ふん!別にエミリが何着てたっていーでしょ。大体メ……エミリ、卒業生だから服くらい有るし!!」
す、少し本音が出ておられますよ轟さん!!
「……何故此処に来た。またお告げとやらか?今は忙しい。役に立つなら後にしろ」
「……?何を言ってるヒモト」
お告げ?
お告げなんて宗教じみた言葉……ヒモトが言うなんて驚きです。勿論旧家である山茶花坂のお家にお仕えしていたので、お盆やお彼岸なんかのお寺の事は有りましたが……個人もしくは叔父さんが熱心に信仰していた宗教は無かった筈です。
そう言えば、宗教絡みのシナリオなら4でした。ただ、舞台は女神像関係ではなく、変な兜を被った神様の神殿でしたが。
1は分かりませんが、同じ学園が舞台の2に宗教が関わっていた事は無かったかのように覚えております。いえ、女神像が宗教……でも無かったですね。お供えはありましたけど。セーブポイントかお地蔵さん扱いと言うかでしたし。
「えー、せ、折角エミリがお得情報挙げるって来たのに?もーおいーい!使えない!帰っちゃう!!」
お声だけ聞いていても本当に似ておいでですね。仕草も似せてらっしゃるなら更に似ておられるのでしょうか。
「は?おい!待て!」
「知ーらない!次会った時忘れちゃってるからね!エミリ、プンプンだから!アハッ!」
「あっ、待てコラ!!」
「ヒモト!?」
ふたりぶんの足音が走って……遠ざかってしまいました。
と、轟さん、大丈夫なのでしょうか!?もし捕まってしまったら……!!
「流石野良ブス。キモい程電波似」
「っ!!」
さ、囁かないでくださいいい!!
うううう!!しかも腕の力を強めないで頂きたいです!!折角轟さんのお陰で顔の血が下がりましたのに!!煩すぎてお話が聞こえにくかった動悸も収まりましたのに!!
「ああ見えて使えないピンポイントハイスペックなんですよ、野良ブスは」
「ど、どのような事なのでしょう。分かりませんが」
「ま、まだ誰か居るのかよ!?」
……あ。
私達を見つめるのは……そ、そうですよね。貴方様は轟さんを追い掛ける必要が有りませんものね。
私は慌てて、少し緩んだ三和さんの腕の中から脱出を図りました。
「山茶花坂弟君、初めまして」
「わ、山葵様……」
「……み、ミズハ!?
に、誰だ貴様、何故ミズハにうわあ!!」
ドゲシッ、と音がして……あ、足元に山葵様が転がっておられます!!
急に何故!?
えっ、まさか!!
涼しいお顔をされてますが、位置と言うか、間合いがおかしくはありませんか!?
「今の音!!わ、山葵様大丈夫ですか!?」
慌てて山葵様に駆け寄り、怪我を確認しましたが……見た感じは大丈夫なようです。
「現代日本で、初対面の他人に『貴様』呼ばわりはしちゃいけませんよ?奇跡的失礼千万な奴と認識しちゃいますからね」
「け、蹴ること無いだろ!?何なんだよ女子なのに!!」
「小僧の癖に前時代的な遺物ですね。男女を区別はしますが差別はしないんです。腹立つ奴にはそれなりのお付き合いをしただけですよ」
「で、ですが蹴られるのは……流石に」
「冤罪を着せた男に甘いことですねえ」
三和さんのお言葉にビクッ、と山葵様が肩を揺らされました。
どうやらヒモトと違い、山葵様の目には罪悪感が滲み出ているように感じました。
「ミズハは女子が好きなのか……。……は見向きもされない筈だな」
「えっ!?女子!?」
い、いきなり山葵様ったら何の事ですか!?何で私が女の子が好きなんてお話に!?
「他人の嗜好に首を突っ込むと、人間関係ズタズタになりますよ」
「っ!!な、何でもない!!」
「ご、誤解です!!私、女の子が恋愛対象では有りませんから!!」
「えっだって抱きしめられて……」
「コケそうになったのを支えて頂いただけです!!」
「まあそれも含め、吐いて貰いましょうか。色々とね」
どうしてこう、三和さんはサポートキャラでいらっしゃるのに……悪いお顔が似合われるのでしょう。頼り甲斐はありますし、優しくして頂くのも、不思議です。
本当に、何故私なんかを助けてくださるのでしょう。
色々ショックで山葵君の中二病要素が消えておりますね。




